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4.冒険者リンゴが頑張りました

 集合は市庁舎の前であった。

交換(チェンジ)ですわ」

 ニルさん、ばっさりである。

「僕、なんかしたか!?」

 すっかり骨折の治ったポチが何かショックを受けているけれど、まあそういう生き物だからしかたない。人生諦めが肝心です。

 三日目。悪夢のような会合地獄の果てに、ニルは自由な一日を獲得していた。

 今日のために、私の他にも『腕の立つ信用できる冒険者』をハゲさんに頼んでおいたことを伝えると、ニルはそれはもう大層喜んだ。大層喜んでうきうき気分でスキップしそうな足取りのまま合流場所に向かったらポチが居た。ニルの眼差しが一瞬で氷点下になった。夢に見そうな気がする。

 こほん、と私は咳払いをひとつ。注目を集める。

「えーと、本日はニルの希望に添って、冒険者の様子を間近で観察してもらおうという趣旨です。まあ、ニルはポチに不満があるかもしれないけれど、どっちにしろ誰かひとり来てもらう予定だったしさ。一応はニルが知っている冒険者で。身元も確か。盾代わりにしても心が痛まない。三拍子揃った人材じゃないかな?」

「リンゴさん、最後のは!?」

 私、聞こえなーい。

 さて、ニルが冒険者をするわけではないが、それでも「近くのコンビニだからジャージにサンダルでいいか」レベルの構えでは困る。

 そんなわけで、ドレスが常のニルも今は実用第一。動きやすくて肌の露出が少ない格好を選んでもらっている。

 私もちゃんと着替え済み。足元はブーツで固め、長ズボンに薄手の防刃着。その上から研究を旨とする魔術師らしくローブを羽織り、魔法薬を数十本。私の力の源泉である特製の魔導書も本体を持ってきてある。万全だ。ポチ? なんか、洗濯はしたらしい服着てる。

「わたくしはリンゴの格好良い冒険者姿を目にできればそれだけで良いのですが……」

「……ところがどっこい、格好良くないんだなぁ、これが」

「? リンゴ、何か言いました?」

 小首を傾げるニルに答えず話を進める。

「じゃあまあ、ハゲさん。出かけてくるよ」

「おう、留守は任せろ」

「ん。戸締まりには気を付けて」

 見送りの場まで現役のときの武器を携えている人にわざわざ言うことでもないんだけどね。

「とまあ、そういうわけで、被観察対象こと実験動物ポチです。野獣なので女性は近寄らないよう注意してください」

「ええ、頼まれても近寄らないわ」

「二人してひでぇ!?」

 あ、口の利き方を間違えたポチが護衛さんにしばかれた。

「オヤジ……僕、なんかしたかなぁ?」

「おう、諦めろ。女に勝てる男なんざ地上にゃいねぇ」

「私は同情するよ。するだけなんだけど」

「同情もしませんわ」

「だから、なんでそんな辛辣なんすかっ!?」

 あ、またしばかれた。

「つ、慎んで、今日一日、お嬢様方の安全を誠心誠意守らせていただきます……」

「要らないよ」

「要らないわね」

「僕にどうしろっての!?」

 もちろんしばかれた。




「じゃ、最初は薬草の採取依頼ね」

「定番ですわね。楽しみですわ」




「そ、それでは、お嬢様。薬草の採取を始めさせていただきます。お手は煩わせませんのでこ、この卑しい豚の愚鈍な働きに一笑してくださいませ」

 ほんの数十分で驚くほど卑屈になったポチと私たちが来たのは、街から程近い森の入り口である。

 薬草採取は駆け出し冒険者が必ずと言っていいほど経験する、基本中の基本の依頼。まずは、ここで――ニルに冒険者稼業の現実を味わってもらおう。

 開始から五分。

「ぷちぷちぷち……っと、ポチー。そっちはどれだけ摘めたー?」

「小カゴ三つが埋まるところっす! リンゴさんはどうっすかー?」

「こっちも小カゴ三つ埋まったからそこまででいいやー」

 終了。

「ご清聴ありがとうございました」

 さー、帰ろ帰ろ。

「ちょっと待ったぁ! ですわ!」

 ニルの物言いが入った。

「いくらなんでも簡単すぎませんこと!? まだ、森に入ってから鐘ひとつ鳴ってないんですわよ!? どうしてこんな近くに群生地がありますの!?」

 と言われてもなあ。

「ニルニル。駆け出し冒険者を森の奥まで行かせたらどうなると思う?」

「えっ? ……いくらか野生動物に出会う、かしら?」

「遭難するんだ」

 森は木々の密集地帯であり、その植生にもよるが、開けた場所が極端に少ない。そのため、十分な装備や土地勘を持たない駆け出し冒険者が獣道を外れてしまうと、そのまま帰れなくなることが多々ある。

 これは笑い話でも何でもない。

 方位磁針や衛星による補助があってなお、森は容易に人を呑み込む。百戦錬磨の軍隊が、森に入ってしまったがために戦わずして壊滅した例すらあるのだ。

「だから、森の入り口で採取が終わるように禁採取区域を設けて薬草を育てているし、駆け出しを過ぎた冒険者には薬草採取の仕事が回らないようにもなっているよ」

 今回は見せるのが目的だから私やポチが採取したけどね、と付け加える。

「もちろん、余裕のない街ならこうは行かない。けれど、この街は好景気の真っ只中。きつくて苦しいだけの仕事じゃ冒険者が転職しちゃう。そうなれば冒険者が足りなくなる。冒険者が少ないと何かあったときが怖い。多少損をしても育成しよう。……とまあ、こういうカラクリ」

 腫れ物扱いというわけではないが、冒険者を育てるだけの余裕があるのだ。




「ううぅ……ダメですわ! ダメですの! 説明されても納得行きませんわ! 納得できませんわ! 納得不能ですわ!」

「じゃあ、次は討伐依頼で」




 がさり、小さな音を立てて茂みから覗いたのは赤い目だった。

 注意深く周囲を観察し慎重に身を進める様はまさしく野生の獣が持つ警戒心そのもの。尖った歯には何物をも噛み砕かんという強い意志が、低く落ち着けた重心にはその体躯を一瞬にして別の場所へと運ぶ力強さが、生き残ったことに対する強い自負が伺える。

 しかし、その知恵は不足気味だった。

 じわりじわりと獣が近付くのは、真っ赤な果実。

 森にある樹から時折恵まれるこの甘露を、稀に得る愉楽を、おそらくはこの獣も知っているのだろう。ゆえに、猜疑心を持ちながらも危機感を覚えながらも、森の間隙、わずかに目の通るその場所へ獣は足を伸ばしてしまう。

 あと一歩。あと半歩。陰を伝い身を隠し、一時足りとも油断せず、体を晒さず集中し。そこまで近付いて、獣は跳んだ。一瞬にして果実をくわえ、踵を返し、すぐさまに茂みへと飛び込もうと――

「えい」

 魔法一閃。うさぎの串刺し。

 終了。

「ご清聴ありがとうございました」

 さー、帰ろ帰ろ。

「ちょっと待ったぁ! ですわ!」

 ニルの物言いが入った。

「どうしてうさぎですの!? 人の肉を好む凶悪な野獣との戦いはどうなってますの!? そもそもうさぎの捕獲は討伐依頼と呼べるのかしら!?」

 と言われてもなあ。

「人の肉を好む凶悪な野獣を私が放置すると思う?」

 そんなものは真っ先に排除済みである。

「で、では、その冒険譚が――」

「森の環境を保つためにほどほどの数の肉食動物は必要だから、折を見て少しずつ、ハゲさんら官僚と協議して冒険者たちの手を借りて三年がかりで生態系を整えたよ」

「違うですわ! 違うですわ! 違うですの!」

 人間に都合の良い草食動物だけを残せば、あっという間に森は食い尽くされる。森は資源の宝庫であり、これがなくなれば街の人間にとっても大きな打撃になるのだから、慎重かつ丁寧にそして手間と時間を惜しまず人海戦術で挑まねばならないのだ。

「それに新鮮な食肉の確保は街のみんなが望むところだし、需要が多い依頼だよ」

「あーあーあー聞こえませんわ聞こえませんわ。そんな夢のカケラもない事実など耳にしたくありませんわ」

 気持ちはわかるんだけどねぇ。




 森の中。薬草採取をした入り口よりはやや奥だが、十分開けた場所で、私達は釣果を確認している。

 しとめたうさぎは、私もポチもそれぞれ三羽。満足の内容だ。日の高さを考えれば、もう少し狙うこともできるが、ニルも居るのだし無理をする意味がない。

「あとは、僕は街に戻って大工の手伝いっすけど、リンゴさんはどうするんで?」

「じゃあ、せっかくだし私は屋根の補修をするよ。精肉店の看板が傾いていたはずだし」

「あー、うさぎ持って行きつつっすか。うまいなぁ」

「これでも下積みは長かったからね」

 あっはっは、と私とポチは笑い合う。うん。

「不満ですわ……不満ですわ不満ですわ不満ですわ不満ですわぁー!」

 笑ってもダメでした。

「まー、英雄譚に憧れる姫さんにゃ、ちと厳しい現実だったかもな」

 と、ポチが苦笑う。すかさず護衛にしばかれる。本当に学習しないなぁ、ポチ。

「……何よ。英雄に憧れて冒険譚に憧れて、何が悪いのよ?」

 ニルは、言いながら護衛に対して『待て』を送る。

「僕はただ、冒険者の大多数は一般人だって言ってんだよ。腕っ節がなけりゃいざってときに死ぬしかねぇから鍛えるけど、わざわざ死地に向かいたがる死にたがりなんて居るわけねぇし」

「それはあなたの勝手な思い込みでしょう! 居るじゃないの、ここに! あらゆる死地に出向いて生き残った、英雄と呼べる大魔術師が!」

「リンゴさんは例外中の例外だ! そんな死にたがりは他の普通の冒険者に求められることじゃねえ!」

「いやあの、私も別に死にたがりではないんですが」

 むしろ、保身を大事にしてます。

「だいたい、なんですのあなたは! リンゴと薬草採取も野獣討伐も釣果が同じ! 英雄と肩を並べずに一歩引くくらいの配慮はありませんの!?」

「なんで仕事に手ぇ抜かなきゃなんねんだよ! てか、こういう依頼じゃリンゴさんだって実力の出しようがないだけだろ! わかれよ!」

「この、デリカシーゼロ男!」

「るせぇ、夢見がち女!」

 ぐぎぎぎぎ、と睨み合うふたり。どうしてこうなった。

「リンゴ!」

「リンゴさん!」

 ずずい、とこっちに詰め寄るふたり。どうしてこうなった。

「あー、えーと……」

 とりあえず、適当に言葉を濁さねば。

 どうどう、ふたりともいい子ですから。見た目は私が一番年下だけどさ。

「リンゴぉ♪」

 あ、ちょ、ニル抱きつかないで。動けなくなる。

「ああっ! おめぇ! リンゴさんから離れろよ!」

「嫌よ! 触らないで! 不敬罪に問うわよ!」

「そ、それ、汚えぞ!」

「使えるものを使って何が悪いのよ? 冒険者の心得でしょ!」

「それとこれとは違ぇよ!」

 私を挟んで、ぎゃーのぎゃーのと騒ぐ騒ぐ。あの、腕引っ張らないで。君ら、素の腕力私より高いんだから。痛いから。痛いから。痛――


「――行けッ!」


 茂みから大声が飛んだ。

 同時にその茂みから細身の男が飛び出し、投げナイフを放つ。

 私はニルとポチを無理矢理伏せさせて――その大声の反対側。死角から無言無音で出て来たもうひとりの男の剣を薬草のカゴでいなす。

「《斥波》!」

 退こうとする剣の男に魔法の斥力をぶつけ、十メートル近く弾き飛ばす。入りが甘かったから、距離が取れて十分、捻挫のひとつもしていれば上等と割り切る。

「《氷弾掃射》!」

 次の投げナイフを構えつつあった細身の男に向けて、数百本の氷のつららを掃射する。無誘導で狙いも付けていない魔法だが、男を樹の陰に追い込むことくらいはできる。

「こ、の化け物があっ!」

「お褒めに預かり光栄ですねっと――《大切断》ッ!」

 隠れた樹ごと、数十本の不可視の刃で前方をずたずたに切り裂いた。

「が、はっ……!」

 誰何の問答なんてしない。善悪の問答なんてしない。そんな余裕は本物の英雄様とやらが持てばいい。私はただの元日本人で、ありふれきった平凡な小市民なのだから。

「くっ……!」

 投げナイフの男が倒れた音を聞いて、舌打ち混じりに剣の男は立ち上がる。やはり大きなケガはなかったらしく足腰もしっかりしているし、剣も折れていない。戦闘力は損なわれていないと見るべきだろう。

 だが、敵はひとり消えた。奇襲の優位も消え、持ち武器さえも見せてしまった。剣の男個人の戦闘力が損なわれていないとしても、私はもうこの男に負ける気がしない。

「さあ、どうする? まだ私とやる? 言っておくけど――私はまだ全力じゃないよ?」

 私はローブの中から一冊の本を取り出し、左手に載せる。

 ばらららら、と本は自動的に開き、幻想的な光をまとわせる。

 周囲の小石を一瞬浮かび上がらせ、ことんと落として威の一部と見せる。

「それが……『リンゴの書』ですの……?」

 私の足元に伏せていたニルが呆然と呟いた。

「そ。私の魔法学の集大成。リンゴ式魔法術オーエスプログラム『リンゴの書』だよ」

 魔法は一言で発動するものではないというのが、この世界の常識だ。

 長い長い魔法式に則った呪文を唱えるか、それに相当する魔法陣を描き魔力を注ぐかしないことには発動しない。

 それらのプロセスを補助し、平たくいえば『長い長いプログラム言語を書いて実行させる』のを『アイコンをダブルクリックするだけでプログラムが動く』のと同じようにしたのが、このリンゴ式魔法術オーエスプログラム『リンゴの書』である。

 ――ちなみに、起動っぽく見せて本が開いたり、光をまとったり、小石を浮かび上がらせたのは全部演出。手に持ってなくても常時稼働してます。これ。

「おぉおおおおお!」

 剣の男は叫びを上げ、防御を捨てた構えで突っ込んでくる。

「護衛さん、ニルをよろしく!」

 剣の男に向かい、私も走り出す。

 十歩か十一歩か、そのくらい()()()()()()()、もう十分かな。

「喰らえ! 《氷弾掃射》!」

 声とともにもう一度、数百本の氷のつららが私の前方を埋め尽くす。剣の男は頭こそ守ったが、腕にも足にも腹にも胸にも突き刺さり、血まみれになってひざを突く。

 そのまま倒れて地面に触れる、その瞬間に、剣の男はニヤリと嗤い――


「今だ! 『斬れ』!」


「わ、わかっただよ!」

「えっ――きゃああああっ!?」

 符牒らしき言葉。ニルの悲鳴に振り向けば、ニルを守る護衛――の姿がどろりと溶けて、代わりに人間を模した醜悪なのっぺらぼうのニセモノがニルに斧をかざしていた。

「し、死ぬだよ!」

「くそっ! やらせるかぁあああああ!」

 と、必死の形相のポチが、のっぺらぼうとニルの間に飛び込んで――


「いや、私、気付いてたから」


「あ、あへぁ?」

 のっぺらぼうは、一振り繰り出す間もなく、百以上のピースとなってバラバラと崩れ落ちた。

 すかさず、細かくなったのっぺらぼうの断片に圧力を加えて潰し、業火を舞わせ、灰を水にさらして、そのまま氷漬けにする。その間五秒。もちろん全部魔法。近寄ったりしない。

 正体がよくわからないものは、細切れにしてすりつぶして焼いて灰にして水にさらして氷漬けにするに限ります。ここまですれば、よっぽどのトンデモ生物でも復活したりはしない。はず。多分。この世界の超生物の常識なんか知りません。

「ば、莫迦な……ごふっ」

 つららまみれの剣の男が、そのまま顔を伏した。二度と起き上がることはないだろう。でも、一応同じことをやっておく。最後に生き残るのは小心者です。

 視線を向けると、遠くの樹の上にあった不自然な人陰は揺れて消えた。その魔力反応もきちんと遠ざかっている。周囲に私達の他に人は居ないと確認できた。

「ふぅ……」

 と、一息。『リンゴの書』を閉じる。

 襲撃から一分足らず。心臓を吐き出しそうなくらい濃密な時間がようやく終わりを告げた。

「ポチ、身を挺してよくニルを守ろうとした。褒めてあげよう」

「リンゴさん……っ!」

 にっこり笑って頭を撫でてあげる。なでなで。ポチの勇気と根性へのご褒美だ。

「――でも、両手開いて飛び込んでどうすんのさ? ポチ斬られてニル斬られておしまいでしょ。次はもうちょっと頭を使いなさい」

「へ? リンゴさ――痛たたたたたた!?」

 にっこり笑ったまま頭を握り潰す。あいあんくろー。ポチのお莫迦さん具合への罰だ。

「まったく……ポートランド。君が死んだら悲しむのは、ハゲさんだけじゃないんだよ? それもちゃんと覚えておくこと。いいね?」

 ぺちん、とポチ――ポートランド・ド・ゲルモンドの頭を軽くはたいて、おしまいにしてあげた。

 さてさて、限界が近いのでさっさと行こう。

「護衛さん方。あなたたちは、念のため街に戻るまで私の視界から出ないでください。おそらく本物であると思いますけれど、ハリランダ市長に身分の照会を要請します。指示に従えない場合は、申し訳ありませんがこの襲撃事件の犯人のひとりとして数えることとなります。よろしいですね?」

 残ったふたりの護衛は、顔を青くして何度も肯いた。

 悪いとは思うけれど、彼らの精神状態のケアまでする余裕は私にはない。脅しめいたことを口にして誤認事故を減らす配慮で精一杯です。

「ポチ。君は、私の後ろ五歩の位置を維持しなさい。察知した異常があれば、戦わずに私に伝えること。できるね?」

「も、もちろんっす。任せてくれ、リンゴさん!」

 護衛よりは幾分落ち着いた様子で、ポチは胸を叩いてみせた。

 よしよし、頑張れ男の子。今度は声が震えないことを期待しよう。

「そして、ニル。君は、私の左一歩の位置を維持しなさい。右腕はこちらに向けて下げておくこと。左側から何かあれば、私は君の右腕を引く。そのまま無理に伏せさせることもある。いいね?」

「はいっ! お任せですわ!」

 ……なんか、目ぇすっごいキラキラしてるんですが。

「ああ、さすがはリンゴですの。これぞ英雄。これぞ冒険者。格好良い。格好良い。格好良いにも格好良い。最高ですわ。美しすぎますのよ。渋くて美しくて可愛らしくて。ああもう、素敵ですの♪」

 いやんいやん、とばかりに頬に両手を当ててくねくねするニル。

 なお、顔色は悪い。明らかに血の気が引いてる。でも、くねくねしてる。

「ふ、ふふ……わたくし、ちょ、ちょっと貧血気味ですけれど、この感動の最中、寝ては居られませんわ……っ!」

 ちなみに、周囲にはそこかしこに赤黒い水たまりができていて鉄臭い。肉が燃え尽きた灰のかおりも少々。

 豪胆というか執念というか、いずれにせよ凄い。その情熱の活用法は著しく間違ってるけど。

「きゅう……」

 あ、倒れた。




「――で、ニルウィ姫様が襲われたもののお前が殲滅した、と」

 ハゲさんに肯きを返す。

 市長室には、私とポチとニルとハゲさんが居る。護衛さん方は身分照会中なので別室送りだ。

「うっぷ……そう。ひとり取り逃してるけど、おぇっぷ……アレは結果問わず連絡するための人員だと思うから、うぇっぷ……再襲撃は起きないと思うよ……」

「おう……お前、わかったからちょっと吐いてこい。ここで戻されたらたまらん」

「そ、そうさせてもらう……おえぇ……」

 小走りに市長室を出て、トイレまで……間に合いそうにないから、すぐに魔法で異空間の穴を生成。オェー。

「ぁーぅー……」

 気持ち悪い。割と死にそうに気持ち悪い。

「きっついわぁ……」

 胃腸が全力で荒れてるのがわかるし、息をするごとに頭痛もする。拳が壊れるまで何かを殴りつけたいような気もするし、息ができないよう自分の首を絞めたくもある。

 生きているのが気持ち悪い。と、そんな生理的嫌悪感。

「何をどう間違っても、私は軍人にはなれないね……」

 ――私は、ヒトゴロシがダメなのだ。

 元現代日本人だからというのもあるだろうけれど、そもそもが転生者である。高校生だった。つまり、寿命ではなくまっとうじゃない死に方をしたのだ。

 ゆえに、か。死の周辺の記憶は特に曖昧で、だけれども『とてつもなく恐ろしい』ものであったことだけは鮮明に覚えている。

 動物に対しては特にそのようなことはないのだが、人だけはダメだ。もう、この手にかけた人間は両手両足の指でも足りないというのに、一向に慣れる気配がない。

「うぇえ……胃酸で焼けて、のどガーラガラ……」

 正直、私の知識と能力は、この世界基準では異常の域にある。

 富も名誉も得たい放題得られるだろうし、運用次第では世界征服だって可能かもしれない。

 ただ、それを好き勝手に使うことで誰かが死ぬことがあまりに恐ろしい。気持ち悪い。

 だから、私は隠者であろうとしている。ほんの少しだけ周りの人に幸福を分け与えられる隠者であろうとしているのだ。

「『殺したくない』が贅沢って嫌な世界だよ、ホント……」

 あ、思い出してたら第二波来た。オェー。




「……何やっとるんだ、お前は」

「ふぇ?」

 市長室に戻って、ハゲさんの第一声が呆れ返ったものだった。

「お前、部屋の目の前で戻されたら聞こえるに決まってんだろが……」

「ぶっ!?」

 ぎゃあー聞かれてたぁー!?

「ハゲさぁん!? 聞こえてたなら止めてよぉ!?」

「止めるに止めらんねーよ」

 あーあー、恥ずかしい恥ずかしい。

「羞恥に悶えるリンゴもいいですわぁ♪」

 羞恥の原因は嘔吐なんですが、それでもいいんですか?

「た、確かに何か……いいな、このリンゴさんも」

 おいポチ、せめて君は健全なおっぱい星人でいてください。こっち来んな。こっち見んな。今日稼いだ男気ポイント全損ですよ。

「で、お前。明日、ニルウィ姫様はガーナ市をお出になって王都に向かうことになるわけだが……どうする?」

 どうって言われてもねぇ。

「ハゲさん、そんな顔はよしてよ。ハゲさんは市長として依頼すればいいんだよ。『ニルウィ姫様を襲撃の危険からお守りしろ』ってね」

「……すまねぇ。予定通りにニルウィ姫様にお帰り願えねぇと、あっちにもこっちにも付け入る隙を与えることになっちまうんだ」

「いいっていいって」

 ハゲさんは、私のこの体質を知っている。

 だから、滅多なことでは人死がかかわる依頼をしないし、もし出そうになっても握り潰してくれている。それだけでも十分感謝に値するのだ。

「お前は十分この街に尽くしてくれたってのに、情けねぇよなぁ……」

「だから、いいってば。私とハゲさんの仲でしょ?」

 私は笑顔で、ばしばし強めにハゲさんの肩を叩く。

『リンゴ・ジュース』という便利な道具をできるだけ使わないでくれるハゲさんに。

 このバケモノを使わねばならなくなったことを心苦しく想ってくれるハゲさんに。

 ――あなたは得難い友人なのだから、と。

「……ったく、ハゲハゲ言いやがって。俺がホントにハゲたらどーすんだ」

「笑う」

「笑うなよ!?」

 がりがりがりがり、とハゲさんは頭をかく。

「……それからお前、この手紙を『学園』の学園長まで届けて欲しい。頼めるか?」

 と、ハゲさんは今しがた封蝋を押したばかりと見える手紙を差し出した。

「いいよ、せっかくだし」

「あと、これは……餞別と孤児院のガキんちょどもに何か買う足しにでもしてくれ」

 じゃら、とそれなりの重さの小袋を渡された。餞別にしてもおみやげにしても高すぎる額であろうことは間違いない。

「本当に、気を遣わなくていいんだよ?」

「いいから取っとけ。――何かと入り用(いりよう)になるだろうしな」

「入り用?」

 なんで?

「ああいや、気にすんな。それより――ニルウィ姫様は冒険者リンゴの同道を認めてくださいますか?」

「ええ、もちろんですわ。ハリランダ市長の要請がなければ、わたくしから頼んでいたところですの」

 くるりと振り返って、ニルは私に笑いかける。

 だからもう一度、私はニルに右手を差し伸べる。

「じゃあ、ニル。明日からもしばらくよろしく」

「こちらこそ、ですわ♪」

 心から嬉しそうに、ニルは私の手を何の迷いもなく握ってくれた。




「僕も行くからな! 姫さんだけにチャンスは与えねぇぞ!」

 とかなんとか言ってたポチは、身分照会が終わった護衛さん方にしこたましばかれてた。合掌。

これで第1部はおしまいです。

このあと、お昼にも人物紹介を兼ねたおまけを投稿します。

引き続き、明日からの第2部もお楽しみいただければ幸いです。

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