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2.街でポチに会いました

 未だに希少金属本位制がまかり通るこの世界、各国はこぞって希少金属を卑金属――つまり、安価な金属――から作り出そうと研究を行っている。いわゆる『錬金術』の模索だ。

 そうして世界中が莫大な予算を投じながら錬金術師を育成するも、得られた成果はわずかな科学技術の進歩程度。肝心の貴金属の錬金には至っていない。

 びっくりするくらい地球の歴史と同じだ。

 ちなみに、私はこのまま錬金術師たちが研究を続けてもその先には絶望しかないことを知っている。魔法で成そうにも一般相対性理論と波動方程式の構築は最低限必須。それ以前に、周期律表や電子顕微鏡による原子の確認などブレイクスルーを複数要求されるのだからどうしようもない。

 そんなわけで、


「ねえ、リンゴ。金か銀でいいから作ってくれないかしら♪」

「嫌です」


 私はニルウィ姫の頼みをすっぱり断ったのである。

 ふぁあ、と私の口から大あくびがこぼれ出た。


「ずいぶんと眠そうね、リンゴ」

「あのですね、ニル? そもそも今何時かな?」

「日は出てるわよ?」


 我が家の玄関に立つニルウィ姫は、例によって豪奢なドレス姿で後ろを指し示す。朝日が登りつつあった。そりゃ眠いわ!


「ニルは何考えたの?」

「機先を制して物事を優位に運ぶのは交渉の基本!」

「……で、何か得られた?」


 眠気の恨みを込めてジト目で問うた。


「そうね。わたくしの『作って欲しい』というお願いに『できない』ではなく『嫌』と答えてもらえたわ」


 どうだ、とばかりに腰に手を当て豊満な胸を突っ張らせるニルウィ姫。


「私が『できない』って言っても信じないなら同じでしょ? ふぁあ……」

「む。それもそうですわね……」


 一本取られた、とニルウィ姫は顔をしかめた。


「まあいいわ。それよりも、予定時刻までリンゴの研究室を案内してくれないかしら?」

「いや、帰ってよぉ」


 作戦失敗したのならおとなしく撤退してください。


「嫌ですわ。早起きできるように、昨日は別れてすぐに寝たのよ。このまま待つなんて暇すぎて死んでしまいますわ」

「うわぁ、この娘めんどくさい」


 しかたないな、と私は魔法式冷蔵庫からビンを一本取り出し、きゅっと飲む。眠気スッキリ。


「え、何ですのそれ何ですのそれ? 眠らなくて済むようになる魔法薬? ね、そうですわよねそうですわよね?」

「違うよ。ただの栄養剤。覚醒効果のあるハーブが何種類か入ってる――という設定」

「……り、リンゴもなかなか言うのね」

「私はニルの友達らしいので」


 しれっと私は流してあげた。


「で、朝食はどうする? まだならこれから簡単なものでも作るけど?」

「そうね……お願いするわ」

「私を入れて五人前でいいかな?」

「……彼らがつまめるものなら頼みたいわ」


 若干引きつるニルウィ姫。


「はいはいっと」


 おにぎりとお味噌汁をちゃちゃっと作る。

 さすがに味噌汁は渡せないので三人分はおにぎりだけ。玄関から出て呼びかける。


「護衛のお仕事お疲れ様です。もしよければ朝食にどうぞ。邪魔にはならないと思うので」


 まあ、聞こえただろう。おしまいおしまい。


「それじゃ、いただきます。どうぞニルも召し上がれ」

「ええ、ごちそうになるわ」


 テーブルに並べたごはんの前で手を合わせる私を不思議そうに見ていたニルウィ姫も、そう言っておにぎりを口に運んだ。


「あら……おいしい。何かしらこの具は?」

「魚を燻製にしたものを削り節にしたものだよ。お米はそこそこだけど水と塩が良くてね。この旨味がわかるならお味噌汁もおいしいんじゃないかな?」


 勧められておわんを手にするニルウィ姫。


「これも珍しい味わいだけれどもおいしい……」

「大豆を加工したものに海藻のダシを入れたスープだよ。おかわりはあるから好きに食べて」


 前世の母国料理を褒められて悪い気はしないのです。




「ぶぅ」


 豚ではない。


「ぶー」


 繰り返すが豚ではない。


「ぶーぶー!」

「ニル、いい加減機嫌直しなよ」


 ふてくされているニルウィ姫である。


「リンゴの研究室、見ーたーいーでーすーのー」

「子供ですかあなたは」


 商店居並ぶ大通り。まだ朝も早いとあって客はまばらながらも続々と店が開き始めている。

 発展した大都市の象徴ともいえる石畳の整った道を行くのは、手を引く私と引かれるニルウィ姫、少々離れてニルウィ姫の護衛が三人だ。姫君の手を引っ張ることに問題がないこともないのだが「私こどもだからわかんなーい」で回避。かんぺきなろんり。美少女は無敵。


「大体リンゴはずるいですわ! せっかく昨日も護衛を隠していたのに、こんなにあっさり見付けてしまうなんて!」


 私とニルウィ姫が居なくなった後で研究室をひっくり返すつもりだったらしい。気付けて良かった。

 くだんの護衛三人衆はというと、明らかにホッとした様子。家探しなんて泥棒の真似事をしたいわけでもなしバレて私と王国の関係を悪くしたいわけでもなし、困った命令だったようだ。


「おーい! リンゴさーぐわらぶぁ!?」


 呼ばれて振り向くと、商店からビンを持って走ってくる少年……だったもの。護衛ひとりが突撃し、あっという間に一撃もらって沈んでいた。


「……何やってんの、ポチ?」

「ぽ、ポチじゃないっすよ……」


 ぴくぴくする少年ポチに近付いて、適当な棒きれでつんつん突くとまだ生きてた。とどめを刺そう。えい。


「ぎゃあ!? 何するんすかぁ!?」

「あ、つい」

「つい、で倒れてるやつを突くやつがありますかぁ!?」

「てへ♪って笑えば美少女は許されるのだ」

「いや、許されないっすよ!?」


 さて。


「ときに女々しいポチ少年十五歳。ハゲろ」

「いきなりなんですか!? ハゲないっすよ!? 僕はオヤジとは違うんです!」

「……ポチよ。夢を見るのは自由だが、それを現実と錯覚するのは褒められたことじゃない」

「だ、大丈夫だから。僕まだ十五だから。予兆なんてないから。平気だから」

「ふふふ、そうだね。――貴様のオヤジも十五年前に同じことを言っていたがなぁ!」

「やめてぇえええええええ!」


 絶叫するつるつる予備軍ことポチ。

 ハゲさん市長の実の息子であり現冒険者。ハゲさんに似ず細身の体躯で、黙っていればそこそこ精悍な顔付きをしている。肝心の頭髪はといえば、今のところはかろうじて赤髪がふさふさしている。ちっ。


「で、なんで、いきなり死にに来たの?」

「ちょっとリンゴさんにジャムのビンの……いや待て待て、死ぬ!? どういうことっすか!?」


 んー。


「ひょっとして、ポチ、なんで護衛さんに殴られたかわかってない?」

「護衛? 誰の? てか、なんで僕はいきなり殴られたんすか?」


 ああ、それ以前だった。


「ニルー。コイツ、単なるお莫迦だから近付いても大丈夫だよー」

「どうやらそのようですわね」


 護衛に囲まれて、遠巻きに話を聞いていたニルを呼び寄せる。


「ポチ。こちら、第三王女ニルウィ様。ひれ伏して靴を舐めるんだ」

「えっ」

「舐められても気持ち悪いのでやめて欲しいですわ」

「初対面の女の子に気持ち悪いって言われたっ!?」

「戯言は無視するとして、これ、ポチ。ハゲさんの一人息子」

「……よく似ていますわ」

「やめて、頭見ながら言うのやめて。え、何、僕ホントにそんなヤバい? 嘘でしょ? 嘘と言ってよ? ねえ、ねえってば!?」

「で、まあ、見ての通り話しての通りただのお莫迦」

「リ、リンゴさん。さっきから莫迦莫迦ってひどくないっすか?」


 ほう。生意気言いおる。


「ポチポチ。護衛に守られた姫君に向かって正体のわからないビンを持って走り寄る阿呆は、自爆テロ犯と断定されて問答無用に殺されても文句言えないって知ってる?」


 びきっとポチが固まった。やっぱり自覚してなかったらしい。


「それで、ポチ。ジャムのビンがどうしたって?」

「あ、ああ、その……リンゴさんに、フタが固いから開けてくれーって言おうと思って……」

「あはははは、阿呆だ。ジャムのビンを開けてもらおうとして死にかけてる」


 指差し大笑い。

 ニルウィ姫もそっぽ向いて口元に手を当ててこらえてる。


「なんかもう、僕、今日はいいことなさそう……」

「そうだね。くよくよしろ」

「しろ!?」

「するなとは言わない私です。よっと」


 かぱ、と軽い音を立ててジャムのビンのフタが開く。


「おお、リンゴさん。あんがとっす!」

「……」

「リンゴさん?」

「『ジャムのビンのフタを開けしものに中身の九割を与えよ』という法律があってだね」

「ねえっすよ!?」


 ポチのクセに法を知った風に語りよった。


「しかたないな、しぶしぶ返してあげよう」

「いや、それが普通じゃ……しぶしぶって」

「はい。現役冒険者の野郎なのにジャムのビンのフタを開けられず、明らかに見た目歳下の可愛い女の子に頼み込んで開けてもらったポチ」

「悪意が! にじみ出て隠しようのない悪意が!」

「おっと、ポチで遊んでたらこんな時間だ。ニル、そろそろ急ごうか」

「そうね。無駄な時間を過ごしたわ」

「無駄て! 思いっきりいじっておいて無駄て!」


 すっと私はポチに敬礼をしてみせる。



「――その頭部に髪があるうちにまた会えることを祈る」



「鬼かあんたは!?」


 あなたのオヤジさんにもよく言われます。


「もういいっすよ。僕、今日は帰って一日おとなしくしてる……」


 そう言って、ポチは悲哀に満ちた背中を向けた。


「あ、ポチ。ちょっと待った。コレあげるから、あとで飲みなよ」


 私は魔法薬を一本取り出してポチに持たせる。


「リンゴさん、これ、何ですか?」

「今のポチに必要なもの。それがあれば、今日一日といわず半日おとなしくするだけで足りるから」

「り、リンゴさん……っ!」


 感極まったような顔されても知らんぷり。


「僕、コレを一生大事にしますから!」

「いや、飲もうよ。なんで治療薬飲まずに取っておこうとする」

「えっ……? ちりょう、やく……?」

「おい待てポチ。お前、それ何だと思った? 言え言ってみろ言わねば死なす言っても内容次第で死なす」

「そういえば、僕ちょっと用事が! 失礼しましたー!」

「あ、コラ!」


 ぬぬぬぅ。逃げ足ばっかり速くなってからに。


「ふふふ……リンゴ。あなたもなかなか色女のようですわね♪」

「何がよ?」

「ええ、ええ、理解しているわ。理解していますとも。ふふふふふ」


 目を爛々と輝かせてニマニマと笑うニルウィ姫がちょいと憎らしい。


「彼の気持ちには気付いているのでしょう?」

「まあね、私だってそこまでひどいことは言わないよ」

「ハリランダ市長の一人息子ならば、昔から交流があったのではなくて? 時間をかけて育まれた恋があったのではなくて? ねえ、ねえ、ねえ?」

「冗談。付き合いは長いけど、長すぎる。私はポチのおしめを二百回は換えたんだよ?」

「またまたぁ♪」


 ばしばし背中叩かないでください。


「ふふふふふ」


 どうしよう、ニルウィ姫がお見合いセッティングなおばちゃん並にウザい。


「いや、本当にさ。当時七歳、駆け出し冒険者の私は、子守の仕事を繰り返し受けてたんだよ」

「あら……そうでしたわね。外見で忘れがちですが、リンゴは彼よりも歳上なのですね」

「市街官吏だったハゲさんの将来性に期待して――というのもあるけれど、何より私自身が子供好きでね。命にかかわる危険もないし、片手に参考書を持って魔法学を修めながら仕事ができる環境は最高だったよ」

「うう……色気もなければ英雄らしさもない話ですわね……『不老魔術師リンゴ』が……」

「そんなあからさまにがっかりした顔見せられても。誰にだって新人のときくらいあるでしょうに」

「でも! それでも、英雄らしく少しくらいは浮いた話が!」

「何がニルをそこまで駆り立てるのさ……」

「恋の話は乙女の必須栄養素ですわ!」


 なりはともかく、私の中身はどっちなのやら。


「じゃあ、ニルに聞くけれど。あの阿呆やったポチだよ? いいの?」

「う゛っ……」

「声をかける材料に事欠いて『ビンのフタが開かない』だよ? いいの?」

「う゛う゛っ!」

「想い人の目の前でおっぱいの大きさ比べをしてるような阿呆だよ? いいの?」

「う゛う゛う゛っ……」


 気付かれていないつもりだろうけれど、ポチがチラチラ私とニルウィ姫の胸元を覗き込んでいた。凄くバレバレだった。見ててこっちが恥ずかしくなるくらいに。


「ちなみに、ポチは巨乳好きだから、ひとりで会うときは気を付けてね」

「……思わず護衛をけしかけていいかしら?」

「死なない程度にならご自由に。……まあ、護衛さんに骨折させられてもごまかし通す根性は買ってるよ。オチで台無しだったけど」


 心配させまいと骨折を隠す男気を見せたのに評価を下げるお莫迦はポチくらいのものだろう。


「……見てくれは悪くないのですけれどねぇ」


 残念ながら、野郎という時点で外見的な評価はむしろマイナスです。


「私にとってポチは、嫌いじゃないけど好きでもない存在。持っている感情は家族愛というのが一番近しいよ」

「はぁ……そのようですわね」

「だから、心底落胆されても困るってば」

「リンゴの好みがわかれば、年頃の貴族子息一個旅団を差し向けられましたのに……」


 あっぶなぁ!? 全力で政略結婚狙われてた!







「……」

「リンゴ? 早く行きましょ」

「ああ、うん。今行くよ」




『……』

『……行ったか?』

『あ、ああ、ど、どうやらオラたちに、き、気付いていたようだよ』

『さすがは『不老魔術師リンゴ』といったところか。まったく、忌々しい』

『ど、どうするだ? い、今からやるだか?』

『よせ。この距離で警戒している魔術師に勝てるわけがない。ましてや、二つ名持ちだ。貴様のような近距離一辺倒では一太刀浴びせることさえできん』

『じゃ、じゃあ、どうするだ? オラ、い、いつ行けばいいだ?』

『そうさな。機会を作る。それを待て』

『き、機会だか?』

『ああ、貴様でも必ず一太刀浴びせられる機会を作ってやる。待てるな?』

『お、オラ難しいことはわかんねだ』

『安心しろ。時が来たら『斬れ』と言ってやる。貴様はその瞬間まで殺気を出さなければそれでいい。いいか、よく覚えておけよ? 『斬れ』だからな?』

『わ、わかっただ。任せるだよ……』

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