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番外編1.リンゴさん爆乳になる

王都に来てすぐの出来事です。

早く『勇者』の話題が進んで、またこういうお話をやりたいなあと思いながら更新。

 今日は良い獲物が居ない、と男は思った。

 目深に被ったフードの隙間から見えるのは、王都の宿場区。そこに居る大勢の人の群であった。

 この王都で男を知るものは多い。そして、知っていれば近付く婦女子はそう居ない。だから、男はわざわざ顔を隠して眺めていた。

 もっとも、男は気付いていないが、二ヤーグ――およそ一八〇センチ――を優に超える長身に、細いが筋肉の詰まった体、顔を見せないフードとくれば、それだけでも警戒感を抱かせるに十分である。

「チッ。河岸が悪かったか」

 これまで男は主に商業区を中心に獲物を見繕い、行動してきた。

 そうして数多くの成果をあげるも、男は少々やりすぎた。似顔絵が貼り出されるに至って、成果もへったくれもなくなったのだ。

 そんな男が次に目を付けたのが、宿場区である。商業区ほどではないにしても、お金のやりとりがあり、往来で懐の具合を確かめる人が居る地区でもある。

 しかし、男の期待とは裏腹に、宿場区は隙のある人間がほとんど居なかった。

「くっそ。考えればそうか……。マヌケが街の移動などするわけもない……」

 おまけに、そこに居る気を張っていないわずかな例外はというと、皆屈強な男ばかり。それは『不注意の隙』ではなく『強者ゆえの余裕』なのだ。

 男の獲物は婦女子だ。か弱い婦女子だ。できることなら可愛い婦女子だ。決して、街々を行き来し生き馬の目を抜いて富を築くギラギラした野郎どもではない。

「はぁあ……失敗したぜ……」

 男は肩を落とし、諦めて移動するかと思い始めた。その矢先。

「うっは、すげぇ! いろんな人が居る! リンゴさんリンゴさん、人が人が!」

「ポチ、はしゃぎすぎだよ」

「だってだって、人が! すげぇ種類が!」

「ポチポチ、情報増えてないから」

 この場所には珍しい二人組だった。

 ひとりは十代半ばの冒険者風の少年。王都に集まる様々な人種に驚くよくある田舎者。足捌きや装備から、歳にしては腕が立つ方だろうと、男は推察した。

 まあ、この少年はそこまで珍しくない。珍しいのはもうひとりの方。

 ローブをまとった十代前半の少女。過ぎれば振り返らざるを得ない白の絹肌と黒の艶髪を持った美の化身がごとき少女。

 その美しさを珍しく思うが、それ以上に男の気を引いたことが四つある。

 ひとつは、荷物らしい荷物を何ひとつとして手にしていないこと。

 ひとつは、飾り気はないが極めて質の良いローブを身に着けていること。

 ひとつは、護衛役と思しきが、まだ経験の浅い少年ひとりのみであること。

 そして最後のひとつは――隙だらけであること。

「大方、親に連れられたいいところのお嬢様が、付き合いのある冒険者に無理を言って街見物に抜け出してきた……ってところだろうぜ」

 歩き方を見るにそこそこ歩き慣れてはいるようだが、武芸者特有の重心を保つ動きはしていない。ローブだって前を開いた緩いもの。懐にはそれなりの額の硬貨を入れているのだろう、重みが少々生地をたわませていた。男は今日の獲物をこの少女に決めようとしていた。

「ん? なんだこれ?」

 と、少年が立て看板に気付く。

「えーと『スリにご用心』? 大変だ、リンゴさん! スリが出るらしい! え、えと、僕の財布は……あ、あった!」

 少年は大慌てで内懐に隠していた革袋を取り出して、ほっと一息吐いた。

「……ポチ。君ねぇ、それ一番しちゃダメなこと」

「え?」

「もし、ここにスリが居たら、どこに財布を仕舞うかまるわかりでしょ? あっさりスられておしまいだよ?」

「あっ……じゃ、じゃあ、リンゴさん。出しちゃった財布、どうしたら……?」

「宿まで手に持ってたら?」

「か、格好悪ぅ!」

 男は少年の評価を五段階ほど引き下げ、少女の評価を三段階ほど引き上げた。『隙』だらけに見えて、こんな可愛らしい少女が『余裕』で街を歩いていたのだとわかり、少々驚きもした。

 こうなればこの少女は狙うべき獲物ではない。警戒心を持っているのなら構うべき意味もない。

 だが、男はニヤリと唇の端を釣り上げた。

「くくく、面白いぜ……」

 す、と物陰から音もなく歩み出し、未だ立て看板の前で莫迦をしている少年とやれやれといった風に呆れてみせる少女に背後から忍び寄る。

 そして、少女に肩を当て、注意を引いた一瞬の間に、胸元に手を――




「ぎゃんっ!?」

 ぽて、と細身の大男が私の前にぶっ倒れた。で、目を見開いたままぴくぴく痙攣してる。

「あー、ポチ。これが話題にしていた、スリってやつ」

「り、リンゴさん、それより今のは!?」

「自動防御システムだよ。私の許可なくローブの内側に手を入れようとしたら、雷の魔法が発動するようになってるのさ」

 高電圧で低電流なスタンガン仕様の魔法です。

「ん、んな、デタラメが、あ、あるか、よ……」

 おや、痺れながらツッコんでる。後でもうちょっと強力にしようかな。

「まあいいや。ポチ、巡回している警邏を呼んで」

「わかった」

「ま、待て、お、オレの話を、聞い、てくれ……」

「イヤです。十にも満たないガリガリの子供ならやむにやまれずということも考えるけれど、しっかり成人してて立派な体を親御さんからもらっておきながらスリなんてやってるお莫迦にまで与える慈悲はありません」

 服の仕立てこそツギを当てられたものだが、その体は明らかに清潔で血色も良い。お金を稼げるだけの体があるのだ。

 犯罪に走ることでしか食べていけないストリートチルドレンならば私はお説教で済ませるし、場合によっては孤児院まで案内するつもりがある。実際に何人もをそうしてきた。

 でも、彼は違う。まっとうに働けるだけの体を持ちながら、我欲を満たすためにより安易な方法として犯罪を選んだのだ。

 ならば、私は裁かないけれどこの国の法に則って罰を受けてもらうべき。

「スリの言い訳なら警邏さんにどうぞ。私は聞きたくない」

「――だから、違うんだって! オレはスリじゃない!」

 ……ああん?

 言うに事欠いて何を言い出しますかね、このチンピラさんは。

「私は暴走するシステムなんて組んだ覚えはないよ? あなたは確実に私のローブの内側に手を突っ込んだ。偶然ではなく悪意を持って、だ」

「そ、それは否定しない。確かにオレは、お嬢さんのローブの中に手を突っ込んだ」

「じゃあ、スリでしょ?」


「――違う! オレはあんたの胸を触るだけのつもりだったんだ!」


 こほん。

「ポチ。スリじゃなくて痴漢だった。警邏呼ばなくていいや。私がすり潰すから」

「リンゴさん、すり潰すって何を!?」

 ははは。ポチさん、決まってるじゃないですか。全身ですよ。もちろん。

「ま、待て待てお嬢さん! 痴漢ってなんだ!? 罪に問われることじゃないだろ!?」

 何をトンデモ発言を、と言いかけて気付く。

「あー……そか、セクハラやら痴漢やらって概念が曖昧なんだよな。この国は……」

 性犯罪法自体はあるのだが、胸触るくらいでは適用されないし職場でセクハラじみたことをしても罰するに値しないとされている。周辺諸国もそんな感じ。世界全体的に実害の出ない犯罪を軽視する傾向が強いのです。

 でも、

「私が気に入らないから極刑。以上」

「嘘だろ!?」

 大丈夫。今ならトラウマだって越えられる気がする。ううん、今ここで私はトラウマから解き放たれるんだ! きっとそんな感じの天のお導き系統! ダメでも別にいーや。私、げろげろしてでもすり潰す。がんばる。赤黒いスープになぁれ♪

「お、オレは旅人や住人に、スリの危険性を訴えるためにこうしたことをしている! だから、財布は狙わない。ちょっとおっぱいに触って『オレがスリだったらスられてたところだぞ』って話すだけだ! 嘘だと思うなら商業区で誰にでも聞いてみろ! いや、似顔絵だって出ている。すぐわかる! そ、それに……」

 男は懐から身分証らしき名札を取り出して、


「見ろ。オレは『学園』の教師長だ。ちゃんと身分は保証されている!」


 一見してニセモノではないとわかる豪華な作り。周囲の通行人の反応からしても、どうやら話は事実のようだ。

 なるほどなるほど。

「でも、見ず知らずの野郎に好き勝手揉ませる乳は持ち合わせてません。よって断罪」

「ちょっ!?」

 まあ、することはよろしくないとはいえ、それなりの理由があるのだから多少のお仕置き程度に減刑してあげようか――



「――だぁからぁ! オレは巨乳派で、お嬢さんの薄い胸に興味はないんだって!」



 ああ、ポチ。どこへ行くんだい? 何、私の顔が怖い? ははは、こーんな可愛い美少女様を掴まえて何を寝言を言っているのかな、君は?

「だ、大体だな! 揉めるほどの胸もないだろうが!」

 だから、ポチ。どこに行きたいんだい? トイレ? 行くな。漏らしたきゃ漏らせ。動けば死なす。

「な、なんだよ? 黙りこくるなよ? そりゃ、オレも悪かったかもしれないけど!」

 ポチの襟首を捕まえたまま、私はローブに手を突っ込んで、中から『リンゴの書』を取り出す。

 例によって仰々しいエフェクトを発させて、起動したように見せかける。光ったり小石浮かんだりひゅんひゅん音鳴ったりそんな感じで。派手に。

「な、なんだぁ!?」

 今回は手動でとあるページを開いて魔法を実行する。


「発動せよ! 大魔法《巨縮自在化》!」


『リンゴの書』は強烈な白光を放ち、この場に居る全員から視界を一秒だけ奪い――

「リンゴさんっ!?」

「おおっ!」

 ポチが驚愕の、自称教師長が好色そうな声を上げる。

「――で、誰の胸が揉めるほどないって?」

 私は、ローブをこれでもかというくらい押し上げる『爆乳』と化した我が胸を張って見せ付けてやった。重い。

「リンゴさん、これって……」

「おや、ポチ。私が身体操作のひとつもできないと思うのかい?」

 あんまり重いので、胸の下で腕を組みつつもう少し解説。

「この魔法はね、正常な人間なら誰でも持っている乳腺や脂肪細胞を活性化増殖集中させ神経細胞の延長等々をもって豊胸と乳量増加を物理的にかつ自然に実現させるものなんだよ。全身どこでも自由自在とまではいかないが、このまま発展すれば美容整形はもちろん形成外科でも新時代が幕開けすることだろうね」

 豊胸は副産物というか、前段階の成功例なのだ。

 将来的に私が目指すところは、欠損した耳や目、また四肢を再生させ、非常に短い期間のリハビリのみで本来の機能を回復させる魔法。

 道程は長いけれども、ポチの骨折を治した魔法薬同様、完成すればきっと多くの不幸を消し去ることができると期待しているのだ。

「それで、お嬢さんよ。せっかく揉めるだけのおっぱいにしたってことはオレに揉ませてくれるのか? 揉ませてくれるんだよな!?」

 はっはっは。人の話を聞かない人ですね。

「そんなに揉みたいなら好きなだけ揉ませてあげようじゃないか」

「おおっ! マジでか!」

「リンゴさん!? じゃ、じゃあ、僕も!」


「――お前らの胸にもおっぱい乗っけてやるからそれを好きなだけ揉むといいよ♪」


「「えっ?」」

 たじろぐふたりに、私は問答無用で魔法を発動させる構えを取る。

「なぁに、おっぱい揉む痴漢に与える罰は、揉まれる側に変えてやることだと思ってなぁ!」

 くはははは! 滅びろ!

「ちょ、ちょちょちょちょちょ、待て待て待てぇ!? お、オレは男だぞ!?」

「説明したじゃないか。『()()()()()()()()()()』って。当然、男でもまったく問題なく作用する魔法だよ」

 女性ホルモン投与でも見られる、いわゆる『女性化乳房』と同じものを作るだけの話。

「り、りりり、リンゴさん!? 僕は関係ないですよ!?」

「じろじろじろじろじろじろおっぱい眺めるポチにも相応の報いが必要と判断した。異論は認めない」

 というか、今この瞬間すら目線がおっぱい向いてるんですが。ちょっと凄い。

「ちなみに、この魔法は、呪いでもなければ幻影でもないし体に無理やり作った異物でもないので自然に体型が戻るまで数ヶ月から数年かかります」

 測定したことはないけどねー。まあ、二人とも若いしー。そのくらいで戻るんじゃないかなー。っていう。



「――さあ、貴様ら。死かおっぱいか、選べ」



 その日、王都にて爆乳少女に泣きながら土下座する野郎二人組が観測されたという記録が残ったとか残らなかったとか。

ちなみに、リンゴさんがこの魔法を研究していたのはミケの耳(まだ事件前です)を治したいという目的があったからです。


現在、本編は『自称『勇者』が革命します!』に続いています。こちらもお楽しみいただければ幸いです。

http://ncode.syosetu.com/n8935cc/

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