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1.ミケに魔法をあげ し

私は諦めが良いの 。

 私は魔力というものに恵まれなかった。

 なぜ他の人が容易に使える魔法がうまく使えないのか、試しに作った魔力測定機はこれでもかというくらい明確な形で私に教えてくれた。

 常人の半分未満の魔力量。これは魔法を(こころざ)すものにとって、とてつもないハンデ。

 だが、魔法を扱えない原因がそれとわかってしまえば、あとは問題をどう解決するかに焦点は絞られる。

 私が採用した方法は『空気中魔力の自動収集』である。

 細かい話を抜きにざっくりといえば、魔力は人間の体の中にだけでなく空気中にもある。ただ、空気中魔力は非常に希薄で、私も魔力測定機を作る過程で誤差のように入り続けるノイズのようなそれの意味を理解できるまで結構な時間がかかった。当然、空気中魔力の存在は世間一般では知られてすらいない。

 そんな、あまりにも薄くて気付かれもしない空気中魔力だが、十ヶ所も二十ヶ所も収集拠点を設ければ常人が扱える魔力と変わらないくらいの量になる。そして、吸収効率を上げれば。設置箇所を百ヶ所も千ヶ所も設ければ。それは莫大な量となる。

 こうして作り上げたのがリンゴ式魔法術オーエスプログラム()『リンゴの書』であり、魔力をろくに持たない私が無尽蔵ともいえる魔力タンクとして魔法を行使し続けられる理由である。

 そして、それはつまり――

「み、ミケ……その、ま、魔法って……覚える気、ないかな?」

「魔法です?」

「う、うん。わ、私が使っている魔法と、同じものを。あの、ご、ごめんね? 休んでるときに急に話しかけて」


 ――使う気になれば、特段の資質を必要とせず誰でも私と同じ魔法を使えるということ。


「あたしにも、リンゴ姉さんみてーな魔法が使えんですか?」

「うん。うんうん! そ、それは絶対。も、元から私は魔力なんてほとんどなかったしそれを補うために作ったものなの。え、えっとえっと、だ、だから、大丈夫! きっと使えるよ!」

 今日もベッドで安静にしているミケは、びっくりしたのか目をぱちぱちと瞬く。

 ミケが何か言おうと口を開けたところで、私は怖くて言葉を挟む。

「あ、ああ、あ、あ、諦めてないよ? わ、私、ちゃんと、ミケの、う、腕を、治す研究、続けてるよ。本当に。治せるから。治すから! 治すから! 治すから! 治すから!」

「リンゴ姉さん」

「大丈夫だから! 絶対! 本当に! だ、だから……だか、ら……」

「リンゴ姉さん」

 違う。こんなの違う。

 私は、ミケの言葉がどんなに汚い罵倒だったとしても受け取らなくちゃいけない。逃げちゃいけないのに。

 ぽろぽろと勝手に涙がこぼれてくる。

「ご、ごめ……っく。ん、なさい……、ちょ、と、だけ、待っ、て……ぐすっ」

 やだ。

 やだ。

 やだ。やだ。やだ。

 ごまかす気なんてない。泣いて許されようなんて思ってない。かわいそうだなんて思ってもらう資格なんて持ってないのに。

「泣かねーで欲しーです、リンゴ姉さん。あたしは、リンゴ姉さんが大好きです」

「……う、ん。ごめ、んなさ、い。ひっく……ごめ、な、さ……」

 ミケが優しい言葉をかけてくれる。見えないけれどもミケはきっと困った顔をしている。

 普通な顔をしなくちゃ。ちゃんと説明しなきゃ。せっかく、ミケが興味を持ってくれたんだから、泣いてちゃダメだ。止まれ。涙、止まれ。

「……っ!」

 ぶるぶる首を振って、ぐしぐし腕で涙を拭って、ばしばし自分の顔を叩く。

 頭がくらくらして、目がひりひりして、ほっぺたがびりびりした。

 でも、前を向けるようにはなった。

「ご、ごめ、ん。え、えっと、だから……ミケが興味あるなら、私の魔法、ミケにあげる」

 涙は強引に止めたけれども、声の震えは止まらない。

 説明しなくちゃいけないのに、こんな風じゃいけないのに。いくら叱責してもいうことを聞いてくれない我が身が憎らしい。

「正直使ってみてーです。リンゴ姉さんの魔法はすげーカッコイーです」

「そ、そう! じゃ、じゃあ、すぐ、使えるようにするから!」

 良かった!

 ミケが興味を持ってくれた!

 ミケが魔法を使えるようになれば、ミケの日常生活の不便をずっとずっと少なくすることができるはず。ちょっとでもストレスを減らすことができるはず。わずかでも


「――でも、魔法の秘密はリンゴ姉さんの隠し玉じゃねーんですか?」


 びくっと私の体が硬直した。

「ご、ごめんなさい……ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」

 顔を見て謝らなくちゃいけないのに、ベッドに顔を押し付けて、私は両耳を手で塞いでしまった。

 怖い。怖い。怖い。怖い怖い怖い。

 何? 何を言われるの? 何をしちゃったの?

 私、何を間違ったの? ミケに何を言っちゃったの?

「リンゴ姉さん。あたしは、何も怒ってねーですよ」

 耳元でのミケの声に、またびくりと体が凍る。

 おこってない。

 怒ってない、って言った?

「……ほ、本当、に?」

 恐る恐る、顔を伏せたまま私は小さな声で尋ねた。

「本当にーです。あたしは、ただ質問したーだけです」

 質問。

 ミケの疑問。答えなくちゃ。

「え、えっと……私の魔法は秘密が、あるよ。うん」

 顔を上げ、私は(つたな)い言葉で答える。

「あたしは見てねーですが、『学園』に魔力測定機一個貸すのにすら、すげー手間かけたって聞ーてるですよ?」

「うん。あ、あのね、魔力測定機一個からでも、ちょ、ちょっと考え方を変えると、私の魔法と同じところまでたどり着けるの。そ、それで、それは……下手をすると、世界を滅ぼせるくらいに大きな発見も内包してるの」

 比喩ではない。

 実際、私は世界を滅ぼそうと思えば滅ぼせる。世界中から空気中魔力を集め、何年かほど練り上げればこの星の表層を舐め尽くすくらいの破壊は生み出せる。

 だから、私はこの行き過ぎた魔法を管理し、示威行為以上にはもらさないよう注意を払ってきた。

「で、でも、そんなのってどうでもいいよ。私が、ちゃ、ちゃんと魔法を……私の魔法を、ミケに、あげていたなら、こんな……こんなことになんて……ならな、かった、の、に……こんな、こんな……っ!」

 ぽろぽろとまた勝手に涙が溢れ出る。

 私が、魔法の管理なんて詰まんないことを気にしていたから。世界の破滅なんてどうでも良いことを気にしていたから。私自身を守ることを優先してミケにあげていなかったから。――ミケは自分を守れなかった。

「わた、私、が……ごめ……っ! ご、なさ……ひっく……」

「泣かねーで欲しーです。あたしは怒ってねーです。後悔してねーです。何ひとつ恨んでねーです」

 ぽふ、と私の頭の上にミケはアゴを乗せ、それを優しく左右に擦るようにして撫でてくれる。

 肘の先までになってしまった右腕で、私の背中をさすってくれる。

 まるで子供みたいで、なお一層ミケに申し訳なくなる。

「リンゴ姉さんが言うなら、世界を滅ぼせるってーのもホントーだと思うです」

「……うん」

「でも、あたしは頭が悪いです。リンゴ姉さんの恐れたことが何だったか、半分もわかんねーです」

「……」

「だから、あたしはそんなすげー魔法は要らねーです」


 目の前が真っ暗になった。


「――ゴ姉さん!?」

 視界が戻ると、私は布団の上に突っ伏していた。

 どうやら、一瞬気絶して、ミケのベッドに倒れ込んでしまったらしい。

「リンゴ姉さん、大丈夫です!?」

「あ、う、うん。だ、大丈夫……」

 私は気絶してしまったことにびっくりして、少しだけ冷静だった。

「拒絶してねーです。あたしは、リンゴ姉さんの恐れたことをしでかすのがこえーだけです」

「拒絶、してない……」

「してねーです。大丈夫です」

 呆けてオウム返しした言葉をさらにミケは噛みやすく返してくれた。

「じゃ、じゃあ、私、安全なの作るよ! み、ミケがどう使っても安全なのを! 『ミケの書』を作るから!」

「リンゴ姉さ――」

「じゃ、じゃあ、またあとで! 私すぐそこに居るから! 何かあったら呼んで!」

 ベッドから飛び降りミケの言葉をさえぎって。聞こえないよう走ってドアを乱暴に閉めて。

 私は逃げた。

 ミケの言葉を聞くのが怖くてまた逃げた。

『そんなものは要らない』って言われそうだったから言われる前に逃げた。

 ミケに何もできないことが怖くて怖くて怖くて怖くて――そんな身勝手な理由で逃げた。

「……っ!」

 ミケの部屋の隣に設けた私の仮設研究室。

 紙片に書かれた山ほどの数式。フラスコやビーカーや顕微鏡といった簡易実験設備。そして、実験結果。


 ――それらが、ミケの腕を元通りにすることがどれほど困難かを語っている。


 私は希望ばかり語って、そのことをミケに伝えていない。

 逃げて逃げて逃げて、それでも逃げきれなくて。

 尋ねられるのを恐れて研究室へ飛び込んだ。


 私は卑怯者だ。


 私はどうしようもない卑怯者だ。


「うぁ、あ、ああああ……っ!」

 声を殺して泣く。

 どうしたらいいのかわからなくて、ミケから見えない場所で私はただただ泣いた。

私は諦め 良いのだ。

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