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0.ミケたちを見付けまし

私は諦めが良いのだ。

 騒ぐな。

 (わめ)くな。

 焦るな。

「ポチ、ミケはどこにさらわれた?」

 今、私が気にすべきはその一点。

「み、南側だそうっす。王城から見て南に向かって孤児院のチビらと、こんな馬車で連れ去られたってシリカが!」

 と、ポチが出したのは、一枚の絵。

 急いで描いたのだろうかなり大雑把。だが、特徴は十分に掴める。

「ニル、この馬車を知っているかい?」

「……もし偽装がないならば、カルヴァリアン子爵家のものですわね」

 絵をひと睨みしたニルは、すぐにそう言った。

「姫さん、カルヴァリンって……ミケ姉がスッた財布の……」

「ええ、ミケさんが返したはずの子爵家ですわ」

 理由はわからないが、動機に繋がりそうな線はあるわけか。なら十分だ。

「ニル、ポチ。君たちはシリカを連れて学園長に保護を求めなさい」

「シリカなら、僕が学園長室に向かうよう言っておいたっす!」

 良い判断だ。

「でも、僕はリンゴさんに付いていくっす!」

「ダメ。時間がない。足手まとい」

「僕は覚悟が――」

「覚悟ができてるできてないの話じゃない。私は邪魔だと言っている」

 冷たい目を向け、ポチに取り合わない意思を明確に示す。

「で、でも、僕は!」

 なおも食い下がろうとするポチを無視して、ニルへと目をやる。

「ニル」

「駄々はこねませんわ。ポチさんのことはわたくしが」

「ありがとう。よろしく」

 人命がかかわる場面、ニルはすんなりと話を進めさせてくれた。

 カルヴァリン子爵邸の方角にミケを検索しつつ『リンゴの書』を取り出し、ただちに魔力を集中させる命令を出す。

 会議室の窓を開け、枠に足をかける。

「リンゴ。カルヴァリン子爵についてこの間調べたときに、新しい武具を作ろうとしているという噂を聞きましたわ。気を付けて」

 ニルの言葉に『実験台』という文字が浮かび、胃がぐっと締め付けられたような気持ち悪さを覚える。歯を食いしばって忘れる。

「わかった。それじゃ」

「リンゴさぁん!」

 ポチの叫びを放って、私は魔法で強化を完了した脚力で窓から飛び出す。

 校庭を三歩で横断し助走を終えて、地面がめげるのも構わず超長距離のスキップの要領でさらに加速する。

 着地点は適当だ。街路のこともあれば屋根の上のこともある。そのいずれもが等しくひび割れて崩れた。通行人が揃って驚いた顔をしていたが知ったこっちゃない。魔法の常識がどうした兵器利用の危険がどうした。そんなのは後回しだ。

 どかん、どかん、とおよそ人間らしからぬ足音を響かせながら私は走る。

 飛び出した人間を魔法のつむじ風でくるりと場所を変えさせ、そこを直進する。先を行く馬車を飛び越し幌を蹴って止まらない。

 頭のどこか冷静な部分が「こんなに目立っていいのか?」「シリカの勘違いかもしれない」「慌てなくても助けられるのでは」と警鐘を鳴らす。

 これまで積み上げてきた『名前倒れの魔術師』であろうとする努力をいっぺんに無駄にしていやしないかと、それがいずれ私自身の死につながるのではないかと、気色悪い計算がよぎってしまう。

「……そんなのどうでもいい! ミケたちの方が大事だ!」

 無駄でいい。

 無駄な労力で終わって欲しい。

 いっそ嘘でいい。嘘であってくれ。

 ミケは「母に耳を()()()()()()()」と言った。

 彼女たち『ネコミミ』は地位が低い。その歴史は数百年の迫害の歴史である。

 大本が宗教的な敵対者の創出であったようだが、そんなことはほとんどの人が知らない。ただ――『ネコミミ』は(しいた)げても良いものという、腐りきった差別意識だけが残っている。

 だから、街に生きる『ネコミミ』は耳を切る。少しでも投げつけられる石の数を減らすために。意味なく殺されないように。特徴である獣のような毛のふわふわした可愛らしいそれを切り落とす。

「――っ!」

 ノド元までせり上がってきた胃液を飲み下す。

「ぐ、うっ……!」

 私はミケを保護した後でも見たことがある。

 路地裏に打ち捨てられたその『ネコミミ』は、ひどい暴力の末に息絶えたようだった。

 持ち物はおろか服の一枚すら残さず奪い取られ、何を思ったのか髪の毛すらむしられた痕跡があった。

 白濁した目は睨みつける力すらなく、口はぽかんと半開きになっていた。火箸を当てられたのか顔にも胸にもやけどが見られ、開けられた腹の中身は獣に食われ、幼虫と卵の巣となっていた。

 吐き気にうずくまる私の横を見知らぬ男が平然と通り過ぎ、転がる『ネコミミ』の横に腐臭のする袋を置いて帰っていった。

 そこはゴミ捨て場だった。

 私は、名前も知らない『ネコミミ』を抱いてその場を離れ、虫をかき出し、火葬して、見晴らしのいい場所に埋めた。

 どれだけの回数吐いたかは覚えていない。

 ――けれども、そのときの二度と経験したくない気持ちは忘れていない。


「絶対に、助ける……っ!」


 ようやく見えた目的の城館。

 三人の衛兵が守る門扉へ向け、私は勢いをゆるめず、そのまま――突っ込んだ。

「どけぇえええええええええええええええ!」

「「「なぁっ!?」」」

 魔法で私の前方に障壁を展開。そのまま衛兵ごと門を体当たりでぶち抜いて立ち止まる。

「し、侵入者だ! いや、襲撃者だ!」

「悪いけど、私は忙しいんだ。――《斥波》っ!」

 歓迎を遠慮して、魔法の斥力で周辺を吹っ飛ばす。

 ミケたちの魔力反応を頼りに屋敷の中を私は駆ける。

「待ちやが――ぐえっ!?」

「何をして――ぐはっ!?」

「と、止め――ごはぁ!?」

 ぴかぴかな装備に身を包んだ強面どもが、次から次へと現れるが私は気にせず魔法を連打する。

 火災や倒壊で救出前に巻き込まれてはまずいので、比較的地味な殺傷能力の弱い魔法に限定されるが、それでも十分。誰も近寄れない。

 右へ左へ私兵だか用心棒だかを一掃し、家財道具も美術品も一緒くたに片付けて、しかしミケたちが見当たらない。

 忠誠心あふれる使用人とやらは居ないようで、誰も私に敵わないと見るや一目散に逃げ出した。しかし、それでもミケたちが見当たらない。

 なぜ。なぜ。なぜ!?

 何度確認しても座標は合っている。二階建ての館。一階も二階も掃除し尽くした。まさか、私の魔法に対抗できる魔法を使える? いくらなんでもそれはない。そんなに魔法の技術レベルが高いならもっとまともな対抗手段を採る。もっと別の――

「……待てよ、二階建て?」

 監禁場所。逃げにくい場所。周りから目に付きにくい場所といえば――


「――地下か!」


 失念した。

 魔法に頼りすぎて知らず知らずのうちに思考が鈍っていた。

 百も二百も自分に叩き付けたい言葉を呑み込んで、私は床にめがけて魔法を撃つ。

「《大切断》っ!」

 ナイフで常温のバターを切るようにするりと魔法の刃は落ちる。

「《大切断》! 《大切断》! 《大切断》っ!」

 私に周囲に一メートルほどの四辺を切って、その小さな四角形ごと私は地下へと降りる。

 ごどん、と重い音を立てて一階と地下を区切る床石が私に先んじて地下室の床に砕けた。

「リンゴのお姉ちゃん!」「リンゴの姉さん!」「……お姉ちゃん」「リンゴ姉貴!」

 お子様たちが居た。

 ケガをした様子もなく、生きて私の名を呼べた。

 間に合った。間に合ったんだ。


「私が来たからもう大丈夫、ミケは――」






 においを、思い出した。


「あ、ぁ」


 血のにおい。胃液のにおい。腸液のにおい。胆汁のにおい。におい。匂い。臭い。


「ああ、あああああ」


 削れた骨のにおい。断裂した筋肉のにおい。静脈のにおい。動脈のにおい。


「な、ワシの屋敷にいつ入ってきた!? 無礼だぞ貴様!」


 失われてはいけない、命を繋ぐもののにおい。


「ああああああああああああああああああああああ」


 私は飛び出した。

 殴った。

 太った小男はアゴを砕かれてゴロゴロと転がり、壁にぶつかり豚のような悲鳴を上げた。

 殴った。

 小男は頬骨を割られ、皮膚から一部を覗かせて気を失った。

 殴った。

 魔法を使うなんて考えもせず、強化した腕力に任せて殴った。

 五発目を叩き込む前。刹那、「これ以上殴れば死ぬかもしれない」と理性が(よぎ)り、こらえることもできず私はそのまま胃の中身をぶちまけた。


「げ、ほ、げぇほっ……!」


 そうだ。こんな小男なんか放っておけばいい。

 ミケを助けるんだ。ミケを。ミケが、死ぬ前に――


「う、げぇ……っ!」


 吐いた。

 びちゃびちゃとあふれる酸の味。止めることもできず、死を意識すると同時に戻していた。

 いつの間にか私は両膝を突いていた。

 立たなくちゃ。

 立って、急いで、早く、ミケを――


「う、ぇぐっ……!」


 嘔吐(えず)いて、体を支えられず、片腕で食べ物の成れの果てを押し潰す。

 ミケを助けなきゃ。

 ミケはまだ助けられ――


「……っ!」


 胃液すら出ないのに、胃の痙攣が止まらない。両腕を地面に付けてすら体を支えられず、顔から吐瀉物に突っ込む。

 ミケ。

 ミケを。ミケを!


「……っ! ……っ!」


 震え、震える。手が足が。魔法で常人の何倍にも強化しているのに、四つん這いになってさえ崩れかねない。

 どうして。

 どうして。

 どうして私の言うことを聞かない! 私の体のくせに!

 動けよ! 間に合うんだ! まだ魔力反応あるんだ! 救われなくちゃいけないんだ!


「――リンゴさんっ!」


 声と同時に、私は突き飛ばされた。

 野太い叫び声に首だけで振り返ると、そこには斬り付けられて細長い筒を構えたまま絶命した小男と、剣を持ったポチが居た。

「ぽ……ち……?」

「はあ、はあ……リンゴ、さん……僕、今度は……ちゃんと、頭使った、っすよ……」

 ポチはニヤッと強い笑みを見せた。

「ミケ姉を……お願い、するっす……」

 言い終えると、荒い息のポチはばったりぶっ倒れた。

「……」

 立つ。

 立つんだ。

 絶対に絶対に死なせない!

 息が止まってようが心臓が止まってようが戻してみせる!


「私は、」


 ミケを。

 ミケを。

 ミケを!


「私は、絶対に――諦めない!」

私は諦めが良いのだ。

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