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ミケ

本日2回更新の2回目です。

 あたしは、結末とすべきことがわかっているからまったく慌てなかった。

「……お嬢ちゃん、素直に吐いてくれると俺らも手心加えることができる。言いたいことはわかるな?」

 ちろちろと揺らぐ明かりが照らす、石でできた薄暗い部屋。あたしとチビどもの数人はそんな場所に入れられていた。

「あたしは、あたしの知ることをおーよそ話す気があるです」

「……そうか、それは助かる。じゃあ、率直に聞こう。誰に頼まれて子爵家を探った?」

「探ってねーですよ?」

 ふーっと聞こえよがしなでかいため息を吐いたのは、あたしの目の前に居る大男。帽子で顔はよく見えないが、三十代か四十代だと感じた。

「……俺たちは、冗談でお前らをさらってきたわけじゃない。お前が意固地になるというなら、お前でもそこのガキどもでも痛めつけて吐かせる用意がある」

 ぱちん、と大男は丸太のごとき自分の右拳を左掌で受け止めてみせた。わかりやすい脅しだが、あたしは別に怖くない。

「意固地にゃなってねーです。ただ、あたしは『学園』メイドです。子爵家の子息なんてーのはいくらも見たですよ」

 ふん、と大男は面倒くさそうに息を吐く。

「……ミーシェ・シャル。お前が駆けずり回って『学園』内外で尋ねて回った子爵家の傍系は一人のはずだ」

「なら、財布を返そうとしただけです」

「……あん? 財布だ?」

「気付いてねーですか? なら、正門に向かって右側の塀から投げ込んだです。確かめりゃー一発ですよ」

「……あれもお嬢ちゃんのしわざか」

「そーです。他意はまったくねーです」

 がりがり、と大男は首筋をかきむしる。

「……もう一度聞くが、お嬢ちゃんは子爵家を探っていたわけじゃないんだな?」

「返す相手を探してたーだけです。嘘だと思ーなら、あたしが聞いて回った人に聞きゃーいーです。あたしの質問は『こーいう人知らねーですか?』以外ねーです」

「……第三王女が貴族名簿をあたっていた件は知っているか?」

「それもあたしに協力してくれたーだけです」

 がりがりがりがり、と大男は首筋をかきむしる。若干の焦った汗の臭いも漂っていた。

「……子爵閣下、いかがいたしましょうか?」

 大男の視線を追うと、部屋の角が石壁に合わせて開いた。隠し部屋だ。

「ふん。いかがも何もあるまい。『ネコミミ』とて、諜報に使うなら答える言葉くらい教え込もう? 違うか?」

 そう言いながら現れたのは、でっぷりと太った小男だった。

「……ですが、あまりに流暢(りゅうちょう)です。よほど訓練を積んだ特殊工作員かまったくのシロでなければこの反応はありえません」

「ふん、ならば訓練を積んだ特殊工作員だということであろう」

 ニタニタと笑んだ脂の浮いた顔を寄せられて、あたしは思わず首を引いた。

「……俺の勘では、このお嬢ちゃんはシロですが」

「もうよい、下がれ。後の尋問はワシ自らがやろう」

 ジロジロと視線は顔から下り、胸、腰、尻、ふとももまで舐めるように這いずった。

 まるで赤子のようにぱんぱんな指をあたしの体の線を現すように動かし、それが気に入るものだったのか上機嫌に唇を湿らせる様には体が震えた。

「……お考え直しを。さらいはしましたが、子爵家の自衛行動と考えればまだこちらには正当性があります」

「ワシは下がれと言わんかったか?」

「……確かに見目良い娘ですが、『ネコミミ』です。子爵閣下が手をお付けになるほどの価値はありません。どうか――」

「くどい! ワシに命じられたなら下がらんか!」

「……失礼いたしました」

 この子爵様とやらは、あたしの顔か体かもしくは両方を見たときにあたしの末路を決めたのだろう。もしかすると『ネコミミ』相手だからかもしれないが、いずれにせよこの小男はあたしで遊ぶことを目的に据えてしまったのだ。理屈は通らない。

「おっちゃん、ありがとです」

「……」

 大男は返事をせずに部屋を出た。

 彼は本気であたしに暴力を振るう用意があったはずなのに、その匂いはどうしてか本当に申し訳なさそうで、あたしは首をひねった。

「ふん、ふん、ふん。さぁて『ネコミミ』よ。近う寄れ」

 鼻息荒く、子爵は手招きをする。

 あたしは間違わない。嫌悪感いっぱいの顔をして、怯えるように壁へと後退る。いや、いや、と首を横に振ってみせる。

「ふくくくく、追いかけっこか? ほれ、早う逃げい。ワシが捕まえてしまうぞ」

 弱い獲物をいたぶる肉食獣の目。あたしはそれを誘う。

 狭い部屋の中、のたのたと右へ逃げ左へ逃げ、さりげなくチビどもとは反対側の角であたしは震えて縮こまる。

「ふん、ふくく、困ったのう。さあ、助かりたくばワシに知っていることを吐くが良い」

「知らねーです。何にも知らねーです。あたし、何にも知らねーです。ホントーです」

 慌てるように。身を守るように。身の潔白を証明しようとあがいているようにみせる。

「ふくく、ワシの目はごまかせんぞ? 密書でも隠してあろう? ここか? ん? ここか?」

「いや! いやぁあああ! 何もねーです何にもねーんです! 信じて! 信じて欲しーんです!」

 手が触れる。胸に、腰に、尻に、ふとももに。

 本物の鳥肌を立たせながら、けれどもあたしは全力では逃げない。嗜虐心を煽るよう、わずかに見をよじり、無駄な抵抗だけをする。

「服の上からではわからんのう。どれ、ワシが何もないか確認したら許してやろう」

「ほ、ホントーです……?」

「ああ、本当だとも。ワシが嘘など吐くものかいな」

 ニタリニタリといやらしく、遠慮のない視線が突き刺さる。

 あたしは逆らわない。わずかな希望にすがっているよう振る舞う。

「こ、これで……何もないと……わかる、です……?」

 恥じらって、顔を真っ赤にして、上を脱ぎ、下を脱ぎ、子爵の視界に晒した肌を震えながら手で身を隠してみせる。

「ふん。見えんのう見えんのう。やはり、ワシに隠し事があるとみえるぞい」

「ねーです……何にもねーです……本当に、本当に何にもねーんです……」

 胸を隠し、股間を隠し、部屋の隅の隅にしゃがむ。

 煽る。煽る。あたしは、無駄なことを続ける。本当に助かると信じた振りをして、この小男の言うままに莫迦げた『証明』をいくらでもする。

「お家に返して欲しーです……あたしは、何も知らねーですよ……」

「ふくく、信じられんのう。手で隠しておるようでは何かあると言っておるのと同じぞ?」

「だ、だって……手を外したら、全部……見えちゃうです……」

 恥じらえ。恥じらえ。顔を赤く染めろ。涙をまなじりに浮かべろ。

「ふん。それを見せられぬなら、やはり何か隠し持っておろう。(ゆる)せんな、子爵たるこのワシを(たばか)ろうとは。ふん。ふん。ふくく」

 あたしは間違わない。

 チビどもと一瞬だけ目が合った。

 顔面を蒼白にし、今にも叫び出しそうなチビどもを目で一喝する。

「み、見せれば……いーんです?」

「ふくく。ただ見せるだけではダメだのう。確認できねば意味があるまい?」

 あたしは間違わない。

 あたしは結末を知っている。

 あたしはすべきことを知っている。

 あたしは、もう(むく)われた。


 ――チビどもも、報われなくちゃなんねーんです。


「ん? 何か言ったかの?」

「助けて……って言ったです……」

「ふくくくく、そうかそうか。しばらくの間、ワシに誠意を見せれば助けてやらんこともないのう」

「ほ、ホントーです?」

 あたしは間違わない。


 ――あたしは、リンゴ姉さんが助けに来てくれるまでの間、ぜってーにチビどもを守るです!


 チビどもが報われる未来を、絶対に渡さない。














「ああ、本当だとも。ワシにほんのしばらくの間だけ付き合ってくれればそれで許してやろう……」

 そう言いながら、子爵は鈍く光るノコギリをあたしに見せた。

新タイトル・あらすじ案を募集しています。詳しくは活動報告にて。

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