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4.ニルを甘く見ていました

最初のニルの長台詞は読み飛ばしても大丈夫です。

 女の子は可愛いものが好きである。

 ……。

 大丈夫、私、状況呑み込めてる。二十三年オンナやってますから。ええ、平気ですとも。むしろ、記憶のある前世よりこの体の方が長いくらいなんですから全然普通。うん。そう。大丈夫。だいじょぶ。

「リンゴはやはり赤ですわね♪ 基調色は他にありませんわ! あとは、ワンピースタイプかセパレートタイプかが問題かしら? ああん、もう、どれもこれもリンゴが似合いすぎて選ぶのがつらいですの! こういうときはひとつひとつ検証すべきですわね。ワンピースなら少し幼さが出る一方、活動的なリンゴの姿が夏の海に映えるに違いないですわ。セパレートタイプなら少し運動に難を残す一方、扇情的なリンゴの姿が夏の浜辺に映えるに違いないですわ。困りましたわね、どちらも良さが大きすぎて選びにくいですわ。ああ、わたくしとしたことがフリルをあしらうか検討するのを失念していましたわ。ワンピースにパレオという組み合わせは、わたくしに言わせれば邪道ですの。パレオに頼るならばその向きは装飾にあるべきで、装飾であるならばその機能性は損なわれますわ。機能美以外を認めないわけではないですけれども、縫製技術の不完全さをごまかすような方式であってはならないとわたくしは考えますの。それにしても困りましたわ。どれもこれもリンゴに似合いすぎて選べないですわね。リンゴはどのようにしたいですの?」

「かえりたい」

 昼休みの『学園』。わざわざ借りきった会議室で、私は半分くらい白目になって答えた。

 ニルに、ずらりと試作品とデザイナーのラフを並べられての水着選びである。

「かえりてぇっす」

 あ、ポチも死んだ魚の目になってる。

「ポチさんは別に帰っても構いませんわよ?」

「リンゴさん一人を……こんな場所には置いていけねえっすよ……」

 言ってることは格好良いのだが、姿勢と声色が完全に『女性の買い物に振り回された男性』だった。多分、私もこんな感じ。

「さ、リンゴが一息吐いたところで、次のデザインも並べていきますわね♪ こちらは少々背伸びした可愛らしさをテーマに――」

 どうしてこんなことになったのか。私は空を仰いだ。




 ――発端は昨日。孤児院でミケたちを泣かせた後でのニルの一言だった。




「リンゴ、夏季休暇には避暑地に行きたいですわよね? ですわよね?」

 疑問形にする意味があるのかと思うくらい期待感たっぷりの顔をされた。

「……ニルが何を期待しているかは知らないけれど、私は面白い別荘なんて持っていないよ」

 隠れ家くらいならあるけれど、言わないから隠れ家なのです。

「姫さんは相っ変わらず狙われてる自覚ねーなぁ」

「あら、ポチさん。リンゴが居ても無理ならば、どこに隠れても無駄ではなくて?」

「ま、そらそーか」

 ニルは軽く言っているが、そこに幾分の辟易とした感情が含まれていることを私は感じた。

「要するに、ニルは夏休み中ずーっと王城に閉じ込められるのが嫌、ってことかな?」

「……ですわ。いくら安全のため名分が立つとはいえ、窮屈すぎですの」

 はぁ、とニルはため息を吐く。

「お姫様、お城から出らんねーですか?」

 と、お茶のおかわりを持ってきてくれたミケが小首を傾げる。

「ええ、そういうことになりますわね」

「でも、リンゴ姉さんならどーにかしてくれっですよ♪」

「……ミケ。ちなみに、その根拠は?」

「リンゴ姉さんならどーにかしてくれそーです」

 うわ。根拠なかった。

「リンゴ……」

 ニルがちょっと希望を持って私を見詰める。そんな顔されると困る。

「んー。ニルは海が好きかい?」

「海、ですの? 嫌いではないですわ」

「じゃあ、一度行ってみようか。人の住まない孤島があるから、浜辺でボール遊びをしたり、水着で泳げばきっと楽しいよ」

「えっ……それって……?」

「別荘というほど快適ではないけれどね」

 と、片目を瞑って肩をすくめてみせる。

 こうしてあっさり隠れ家を晒してしまうあたり私は甘いんだろうけれど、ぴょんぴょん飛び跳ねて喜ぶニルを見ているとそれでも良いような気がしてくる。

「リンゴ姉さん、あたしも行きてーです」

「よし、じゃあミケも一緒に行こう。君たちも一緒に行くかい?」

 孤児院のお子様たちも連れて行ってもらえるとわかって、わっと湧いた。

「じゃ、リンゴさん、僕も連れてって欲しいっす!」

「ごめん。ポチは上陸できないんだ……今、私が成人男子禁制の島って決めちゃったから……」

「リンゴさぁん!?」

「わかった。条件を緩和しよう。ポチ禁制」

「何も変わってないっすよ!?」

「これ以上の譲歩はちょっと難しいです」

「うわぁあああん」

 ははははは。

「ところで、リンゴ。『水着』で……泳げるんですの?」

「ん? ああ、その辺は大丈夫。撥水性が高くて肌を傷めない薄くて頑丈な布地があるから、女性でも周りを気にせず快適に泳げるよ」

 この世界の化学や縫製技術の未熟は、リンゴ製素材ひとつで簡単に補えるのです。

「……リンゴ。詳しい話を聞かせてもらえるかしら?」

「いいよー」

 ニルはスタイルが良いからビキニが似合いそうだなーと呑気なことを考えながら応じた。




 ――デザイナーを招集し一日で数百枚のデザインと試作品をこさえてくるとは思いもよらず。




「――ですの。これは、胸のカップの部分のデザインに夏の花数種類をモチーフにした飾りを付けたものですわ」

「ぁー」

「ぅー」

 前者が私で後者がポチである。

 目に光がなかったり首が据わってなかったりと諸症状が見られます。

「リンゴ、聞いてますの?」

「にる、てきとうにおねがいできませんか?」

「それは、わたくしにリンゴの水着を任せてくださるということですの?」

「……はい」

 後のことはどうなっても良いから解放されたいです。

「ふふふ……。うふ、うふふふふ、リンゴの水着をわたくしが……わたくしが好きに……っ♪」

 手をわきわきさせながらお姫様らしからぬすっごい笑顔で喜んでるけれども、もう知らない。私は未来を売りました。目先の楽のために売り払いました。

「ぼく、ちょっと、そとのくうきを、すってくるっす」

 ふらふらと魂の抜けた動きでポチが会議室を出る。

「そういえば、そろそろ午後の授業ですわね。リンゴは次の時間の授業を取っていないんですの?」

「私はしばらく動きたくないぃ……」

「あら、我らが首席様がズル休みはいけないですわよ?」

 くすくすとニルは笑う。

「なりたくてなったんじゃないもーん……」

 テーブルに突っ伏して、そのまま同化してしまう勢いで気力がゼロなんです。

「せめて、ミケが居てくれたらまだ楽だったんだけどなぁ……」

 ニルがミケと話していてくれれば、私は矢面に立たずに済む。

 ミケも女の子らしくオシャレの話は好きだ。これだけの数のデザインや布地があれば、きっと目を輝かせただろう。

「……そういえば、ニル。ミケ見かけた?」

 ふと思いだして私は頭を起こす。

「ミケさんですの? いいえ、今日は顔を見てないですわね」

「ふむ」

 学生服の懐からどうやっても入らないサイズの『リンゴの書』を取り出す。原理は割愛。

「んー……ミケ居ないな。休みなのかな?」

 検索させたが、『学園』内部でミケの魔力反応を発見できなかった。

「何か気になることでもありますの?」

「いや、特にないんだけど……んー……」

 検索範囲を変え、孤児院へ。孤児院周辺へ。スラムの露店街へ。王都の商店街へ。

「ニル、悪いけれど午後の授業サボってくれないかな?」

「……見付からないんですの?」

「気にしすぎだとは思うんだけれど――」

 と、ニルに同行か王城での待機をお願いしようとしたところに、



「――リンゴさん、大変だ! ミケ姉がさらわれたらしい!」



 息を切らせたポチが飛び込んできた。

ミーシェ・シャルは(むく)われました。

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