0.ミケとたわむれました
『それでは、新入生挨拶です。新入生代表リンゴ・ド・ゲルモンドさん』
「はい。本日の佳き日を向かえられたこと幸運に思います。私たちはこの学び舎で次代のアスミニア王国を担う力を――」
ミリー姫の毒入り晩餐会から一週間後の入学式。最初から決められている新入生挨拶文をつらつらと読み上げながら、私は体育館に居並ぶ『同級生たち』を改めて見やっていた。
そこには、式辞を無視しておしゃべりに興じるお坊ちゃんお嬢さんばかりでなく、この式に感じ入るものがあるのだろう目に涙さえ浮かべた大人たちの姿があった。
彼らは親に引かれたレールに乗って『学園』に来た良家の子女ではない。自力で初等教育を修了し、学費を工面してこの場に立ってみせた真に誇り高い平民たち――アナーク学園長が言っていた、胸を張って入学した大人たちである。
……。
私、元日本人だから学識あるし金銭的にも困窮してないから全然前提違ぁーう!?
あああ、凄くズルした気分で居た堪れない。
「――として、私たちは実りある最高の『学園』生活を健やかに送ることをここに誓います。新入生代表リンゴ・ド・ゲルモンド」
新入生と在校生の拍手の中、壇上の私は『学園』校旗とアスミニア王国旗に一礼する。
私のその様子を見て、厳しい顔をしていた幾人かの教師が表情をほころばせた。
まあ、無理もない。
『リンゴ・ジュース』は民衆にも知られた有名な冒険者だ。そして、英雄譚が爽快さを求められるためか、私の物語は大抵が『力技』で問題をどうにかしている。なんで、薬草採取したり道案内する程度で毎度ドラゴンと死闘を繰り広げにゃならんのか。ひどい風評被害だ。
つまり、彼らはホッとしたのだろう。『リンゴ・ジュース』が挨拶文を読み上げられ、礼儀をわきまえられ、宣誓のできる文明人であるとわかって。
で、そんな和やかな雰囲気の中――今もなお厳しい顔を続ける生徒が、露骨に舌打ちをして拍手拒否をした上、新入生の列に戻ろうとする私の足を引っ掛けようとしましたとさ。合計五人ほど。めでたしめでたし。
リンゴ・ジュースまたはリンゴ・ド・ゲルモンド。二十三歳にして初のいじめ体験です。
どうしてこうなった。理由はわかるけど、どーしてこーなった。
ふ。
「り、リンゴさん、大丈夫っすか?」
ふふ、ふ。
「……リンゴさん?」
ふはははは!
「ポチ。私がどこかで吐いてたら後始末よろしく」
「リンゴさぁあああああああん、待って待って待って!?」
下駄箱がある。中には私の靴とネズミの死骸がある。よくぞこの短時間で用意したといっそ感心した。
「いじめはされたまま黙っているとどこまでも広がるっていうし、原因から根絶しないと……うぇっぷ……想像したら気持ち悪くなって来たけど頑張る……」
「姫さん、姫さーん! リンゴさんを止めろぉおおお!?」
入学式が終わったので帰ろうとしたら、この有り様です。
「ええと……リンゴ? これはどういうことなんですの?」
ブレザーにネクタイ、日本のそれより幾分長いスカートを組み合わせた紺地の可愛らしい制服を着込んだニルが困惑していた。
場所が場所なので私たち以外にも生徒が大勢居て、私に親しげに話しかけるニル――第三王女――に驚いているようでもあった。
「要するに、私が邪魔なのさ。誰かさんたちは、ね」
本年の新入生代表――入試首席は私であった。
試験で手を抜かなかったけれど、私は体力魔力でズタボロの点だから総合順位は低いだろうと思い込んでいた。こんなことならアナーク学園長に順位を聞いておくべきだった。
ともかく結果は覆らない。私は首席だ。
そして、私は『リンゴ・ジュース』という名の平民である。ギリギリ『リンゴ・ド・ゲルモンド』という名の爵位なし貴族の非嫡子でもあるが、どちらにせよ爵位持ち貴族の嫡子とは比べ物にならないくらい低位だ。単純に目に付く上、自分の席次の邪魔になることはほぼ確実と来れば、嫌がらせのひとつもしたくなるだろう。
「まあ、だからといって私が許す理由もない。ふはははは。わがまま放題に育ってきた貴族のボンボンどもにこの世に貴様らより強い力があるということを思い知らせてやろウェー……気持ち悪いよう……もうやだよう……ボンボンとかどうでもいいよう……」
おうちかえりたい。
「だ、大丈夫ですわよ。わたくしが居る限りもうこんなことはありませんわ!」
「まあ、よほど気合の入ったお莫迦でもない限り大丈夫だろうけど……あ、ニル。どうせ撫でるなら頭じゃなくて背中にして。まだ気持ち悪いの」
さすがに、第三王女の友人とわかって直接的ないじめに走る輩は居るまい。犯人が野放しで腹立たしさは残るが、私が我慢すればそれで済む話。いじめ問題解決である。
「――きゃあっ」
と、高い声が廊下に響く。
「おい、『学園』メイド! 気を付けろ!」
「ごめんなさいごめんなさい」
「謝って済むならメイドなんて要らないだろ!」
ぶつかってしまったのだろう、『学園』所属のメイドが男子新入生のひとりに怒られていた。
……。
一応、ニルを見る。
「リンゴの活劇が始まりますのね!」
すっごい目がキラキラしてた。
「えーと……ニル? 君、私の護衛対象だってわかってるよね?」
「ええ、リンゴは、わたくしを守りながらあの娘も守れるということもわかっていますわ」
「……まあ、手を上げそうなら止めるよ」
説得は無意味と判断。
しかたなしに近寄って――メイドの顔に気付いて、頭痛をこらえながら声をかける。
「あー、君ら。少し悪いけど、ニルウィ第三王女が気にされている。どうか穏便にことを済ませてはもらえないだろうか」
「うっ……わ、わかったよ。おい、メイド! 次はないからな、感謝しろよ!」
「はい、ありがとうございますありがとうございます」
私の登場に嫌そうに顔をしかめ立ち去っていった男子生徒を見て、私は大体の事情を察し、ますます頭痛が強くなる。
「あら、狼藉を働いて無駄な抵抗の末にリンゴに成敗されはしないのかしら?」
なんか、ニルが物騒なことを言いながらやってきた。
「――そーです。あたしもどーせならそーなってくれりゃいいのにーって思ったです」
にやにや笑うメイドの頭を私は、すぱんとはたいた。
「痛ったぁ!? リンゴ姉さん、何すんです!?」
「何じゃないよ何じゃ。ちょっとこっち来なさい」
「あたたたた!? あ、あたしの髪は便利な着脱可能パーツじゃねーですよー!?」
メイドを引っ張って適当な空き教室に入り込んだ。
「それじゃ、ポチ。入ろうとする人は斬り捨てて。自己責任で」
「自己責任で!?」
空き教室。表にはポチに立ってもらって話をする準備を完了した。
「『学園』メイドの彼女はリンゴの知り合いですの?」
ニルの疑問はもっともなのでまずそれに答えよう。
「ミケは私が出資している孤児院の子だよ。こういうしゃべり方をするけれど、悪気はないから大目に見てやって欲しい」
「どーも、お姫様。あたしはミーシェ・シャル、リンゴ姉さんからはミケって呼ばれてるです。よろしくです」
ポニーテールに縛った裾の白い茶と黒の三色髪。釣り目がちで挑発的な笑みが似合う人懐っこい少女で、どこかネコを思わせる性格もミケというあだ名の由来となっている。
ミケの歳は十七。ニルやポチよりも二つ上で、けれどもその二人よりも背が低く体も細い。私と比べて……比べて……胸では負けてない。勝ってもそれ自体が負けのような気もするが。
「ええ、わたくしはニルウィ・ラ・エルス・アスミニア、こちらこそよろしくお願いしますわ」
「おおぉ、リンゴ姉さんリンゴ姉さん! 凄いこの娘、王族なのにちゃんとお辞儀したです!」
「あなたの中の王族はどういう生き物ですの!?」
「えーと、目から――」
「すでに単語選びがおかしいですわ!?」
「ミケみたいな普通の平民からすれば、王族なんて雲の上の人だからねえ」
「そういうレベルと違いますわよ!?」
「凄いこの娘、王族なのにちゃんとツッコミもできるです!」
「あなたの中の王族はどういう生き物ですのぉー!?」
「えーと、耳から――」
「どこからも何も出ないですわよ!?」
血も涙も尿意もないらしい。王族凄い。昔のアイドルより凄い。
さて、本題に入ろう。
「ミケの紹介も済んだから訊くけど――君、何を盗った?」
さっとミケが目を逸らす。
「リンゴ姉さん、な、何のことかな、です?」
「みぃーけぇー?」
「あ、あ、あ、あたしは別に悪いことなんてしてねーですよ?」
言いながら、ミケの目が上下左右へ泳ぐ泳ぐ。
「私が本気で怒る前に自白なさい」
「ううぅ……」
「ミケ」
「だって……アイツ、リンゴ姉さんの下駄箱に……」
ああ、やっぱりあの男子生徒が実行犯だったか。
「……ミケさんがリンゴに代わって報復のため、何かを盗んだということですの?」
「正確にはスったんだろうね。多分、わざとぶつかってその瞬間に」
スリはミケの特技だ。妙と呼べる域にまで達せられたそれは、生半可な注意力では気付くことすらできない高みにある。
「それで、ミケは何をスったの?」
「……これだけ、です」
しょぼんとしたミケが出したのは、ずっしりとした重さのある財布だった。
「中身を使ったり移し替えたりしたかい?」
ふるふる、とミケは力なく首を左右に振る。
「スったことにはすぐ気付かれない?」
「……同じくらいの重さの袋を入れ替えたです」
なら、まだ大丈夫か。
「じゃ、ミケはさっさと彼にスったものを返してらっしゃい」
「……や、です」
涙目でミケは財布を握り締める。
「みーけ」
「だってだって、アイツ、リンゴ姉さんに悪いことしたです! 許せないです!」
ああもう、なんていうかミケは可愛いなあ相変わらず。
「ミケはスリを辞めたんだよね?」
「……です」
「うん。こうやってメイドさんの仕事してるってことはそうだと思ったけど、改めて聞けて私は嬉しいよ」
「……」
完全に真下向きにまでうつむいたミケの手にそっと触れる。
「私、前に言ったよね? ミケがこれからの人生を幸せに生きるために、もう後ろ暗いことをしちゃいけないって」
「だって……だってぇ……」
ついに泣き出したミケの背中をぽんぽんと優しく撫でる。
「私は、詰まんない莫迦への報復なんかで今のミケの幸せが損なわれることが嫌なんだ」
「リンゴ姉さ゛ぁあああん……」
「あーあー、泣かない泣かない。よしよし」
抱えるようにミケをあやしながら、ニルの方へと顔を向ける。
「ま、ミケは見ての通り優しい子だからさ、ニルも孤児だの元スリだのって偏見を持たずに付き合ってくれると嬉しいな」
「はぁあ……リンゴのお説教は活劇よりも萌えますわぁ……♪」
あれぇ? なんか反応が予想と違うよ。
過去作の掲載を始めました。詳しくは活動報告にて。
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