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ニルウィ・ラ・エルス・アスミニア

ニルのお話です。

時系列はそのまま、第2部と第3部の間の出来事です。

 わたくしは、生まれながらにして政争の火種でした。

 アスミニア王の第三子でありながら、わたくしは唯一の第一王妃の実子。つまり、二人の姉が居るにもかかわらず王位継承権の第一位者という扱いにくい立場でしたの。

 そのようなわたくしに、物心付く前から姉上たちは優しくしてくださいました。

 ただ遊び遊ばせ甘やかすのではなく、わたくしが悪いことをしてしまったときは本気で叱ってもらえましたの。愛や情に薄い宮廷において、それがどれほど嬉しくどれほどありがたいことか言葉で説明するのは難しいですわね。

 そして、わたくしが成長するに従って、姉上たちは揃って優秀で民を想い労を惜しまないすばらしい方であると理解できるようになりましたの。

「わたくし、政治には興味がないの。他の勉強に時間を割いてちょうだい」

 ですから、わたくしは自ら政治の世界から遠ざかることを選びました。

 どれだけ姉上たちに叱られようと、この態度だけは頑として変えず、粘り通しましたわ。

 それから数年。わたくしが十二歳になったとき。

「わたくし、ニルウィ・ラ・エルス・アスミニアは王位継承権を返上いたします」

 ようやく、わたくしは正式に王位継承権を放棄することが許されましたの。

 このころには、姉上たちもわたくしの言動を理解してらしたので、複雑な表情はされましたけれども(ことほ)いでもらえましたわ。

 ただ、これを期に本格的に政治から遠ざかったおかげで、少しばかり時間を余すようになったのも事実でしたの。

「吟遊詩人……? そうね、面白い話のひとつも聞かせてもらえるかしら」

 なので、これは本当に単なる偶然。

 このとき初めて、『持って生まれた権利を捨てること』が幸せにつながると信じたわたくしは『自ら得た能力ですべてをまかなうこと』で幸せを手に入れた少女の話を耳にしましたの。

 当時のわたくしと同じくらいの外見年齢で、その小さくて非力な体躯のまま、人々を困らせる大獣を仕留め、迫り来る野盗団を蹴散らし、古代遺跡に隠された謎を解き明かして、道無き道の果てで財宝を掴む、英雄の中の英雄――冒険者リンゴ・ジュースの詩に出会いましたの。

 わたくしは、感動のあまり泣いてしまいました。

 何一つとしてわたくしは自分の決断を後悔してはおらず――それでも『こんな生き方もできるものなのだ』と涙が止みませんでしたわ。

 それからわたくしは、リンゴの冒険譚を求め始めましたの。

 東にリンゴの冒険譚を歌う吟遊詩人が居ると聞けば話をさせ。

 西にリンゴと共に討伐に出た冒険者が居ると聞けば呼び寄せ。

 北にリンゴと取引をした大店の商人が居ると聞けば茶に招き。

 南にリンゴが住む街があると聞けば……聞けば……聞けば……聞いて、どうしてもどうしても我慢できなくなりましたの!

 政治にかかわらないという主義さえ少しばかり崩して、『学園』入学前のわずかな余暇にガーナ市へ向かう理由を無理に作りましたわ。

 そうして出会ったリンゴは話以上に強くて話以上に愛らしくて――けれども、話ほど冒険は爽快なものではなくて、話よりもリンゴは臆病で。

「でも、わたくし、リンゴに幻滅したわけではないですわよねぇ……?」

 どうしてなのかしら、と街外れの『学園』へと向かう馬車の中、わたくしは首を傾げました。

「ん? ニル、何かあった?」

「いえ、ただの独り言ですわ」

「そう? 違和感があるなら言ってよ。馬車でも慣れないと筋を痛めることがあるから」

「ええ。わかりましたわ、リンゴ。気遣いありがとうございます」

「どういたしまして」

 リンゴは愛らしい笑みを見せて、わたくしの頭を撫でてくださいました。

 護衛という名目で、わたくしとリンゴが同乗しているのは王家の馬車。その馬車を守るように前を行くのは、それぞれ別の馬にまたがった護衛と――ガーナ市から本当に付いてきてしまったポチさん。別名、リンゴにまとわりつく悪い虫ですわ。

「……!」

 あら。何の直感か、ポチさんがこちらを睨んで口を動かしているわね。ええと……『は・な・れ・ろ・!』かしら。

「ニル? どうかした?」

「いいえ、もう少し強めに撫でてもらえると嬉しいですわ♪」

「はいはい、お姫様の仰せのままに」

 ふふん、どうかしら。いいでしょう?

『姫さん! ずるいぞ!』

 べー、ですわ。

「ぎゅーっと抱きしめて欲しいですわね♪」

「はいはい、私はこんなに大きな子供を持った覚えはないんだけどねー」

 と、苦笑いしながら抱き締めてくれるリンゴ。

 おーっほほほ、せいぜい馬上で悔しがるがいいですわー。




「……あふっ」

 リンゴに抱き締められて撫でてもらうのが心地良くて、小さくあくびが出てしまいました。

「ニル、眠いかい?」

「いえ、このくらい平気ですわ」

「んー……寝れるなら寝てしまってもいいよ? 疲れてるでしょう?」

 リンゴの言う通り、無理がたたった気もしますわ。

 ガーナ市の滞在期間はたった三日でも、移動は往復それぞれ一週間。継承権がなく自由の多いわたくしであっても、半月以上の時間を捻出するのは大変でしたの。

「けれども、一週間ぶりにリンゴとゆっくり話せる機会ですのに、それはもったいな……あふ……っ! し、失礼しましたわ!」

 ううぅ、恥ずかしいですわ。公の場であくびを漏らしたことなど一度もありませんのに!

「うーん……それじゃあ、私が少しお話をしよう。ニルは眠くなったらそのまま寝ていいから、毛布だけかけておきなよ」

 うとうとしかけていた頭が、その言葉に少し覚醒しました。

 リンゴはそれほど多くを語らない人。己を誇ることを恥ずかしがるような場面さえ幾度見たか。そんな彼女が語る自分の話。興味を持たないわけがないですわ。

「ニルはどんな話がいい?」

「……どのような話でもいいんですの?」

「うん。いいよ。森の主たる大きな肉食獣と三日間戦い続けた話でもいいし、冒険者仲間と協力して複数の盗賊団を束ねる大盗賊団を討伐した話でもいいし、若かりしころのハゲさんが重要な報告書を燃やしちゃってその復元に泣き付かれた話でもいい」

 どれもこれも楽しそうで面白そうな『不老魔術師リンゴ』の、きっとわたくし好みの英雄譚。

 でも、


「――わたくし、普段のリンゴの話をもっと知りたいですわ」


「普段の私? そんな面白いもんじゃないよ?」

「ええ、面白くなくても構いません」

 ああ。わかりましたわ。爽快な冒険をせず、臆病だったリンゴに幻滅しなかった理由が。


 ――わたくしは、リンゴを好きになったのですわ。幻想として憧れた『不老魔術師リンゴ』よりも、現実としてここに居る『リンゴ・ジュース』という少女のことが。


「じゃあ、普段の私の話をしよう」

「お願いしますわ」

 ですから、わたくしは安心して目を閉じます。

「えーと、じゃあ私が最近やらかしちゃった失敗料理の話を――」

 最後まで耳にできず途中で寝てしまったとしても、話が終わったときのわたくしは、リンゴのことをより好きになっているだろうとわかったので……。

冒険者の現実をいくつも見て、ヒトゴロシを恐れ吐きすらするリンゴさんを見て、リンゴさんの能力の測定結果も知って――ニルはリンゴさんがより大好きになりました。

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― 新着の感想 ―
[一言] 等身大の人間の方が感情移入できるよね
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