4.外堀を埋められました
うん。
「魚介類と肉類の~、どちらがお好きかしら~?」
「あ、う……そのことは答えかねますので、リンゴにお尋ねください」
「あなたの好きな女性のタイプを~、教えてもらえるかしら~?」
「が、ぐ……そ、そのことは答えかねますので、リンゴにお尋ねください」
「今日の空模様は~、どうだったかしら~?」
「……そそ、そのことは答えかねますので……り、リンゴにお尋ねくださいぃいいい」
ごめんよポチ、これもう明らかに定型文回答潰しです。でも、もうちょっと応用利かせてください。ニルなんか呆れを通り越して悟りを開きかけてる顔してるし。
「うふふ~♪」
ほんわりにこやかに微笑み、ポチを質問攻めにして半泣きにさせているのは、アスミニア王国第二王女ミリー・ラ・エルス・アスミニア。御歳十七歳。ニルをはちみつと黒砂糖とチョコレートで味付けしたような雰囲気の少女である。怖い。
「お姉様。お姉様。ミリーお姉様。ポチさ……ポートランドさんは初めての王城に緊張しているようですわ。彼の話よりも、わたくしと一緒にリンゴの冒険譚を聞きましょう? ね、ミリーお姉様、そうしましょう?」
と、復活したニルが助け舟を漕ぎ出した。
「あらあら~、見ないうちに大きくなったわね~。ニルちゃん♪」
「あの、ミリーお姉様? わたくしが王城を出てからまだ一ヶ月と経っていないですの」
「成長期って凄いのね~♪」
「特に変わっていないと思いますわっ!?」
姉妹と思えないほど性格の違う二人だが、こうして並ぶと見た目はよく似ている。ミリー姫を一回り小さくしたらばおおよそニルになる。
大きく違うところといえば髪だろうか。どちらも長髪で金髪なのだが、ニルはさらりとした質の流れて輝くような豪奢な金髪で、ミリー姫はふわりとクセの付いた茶色に近い淡い金髪をしている。
「でも、ニルちゃんの言う通りね~。ポートランドさんは人が大勢だと緊張するのかしら~?」
やわらかく微笑んだまま、ぽんとミリー姫は手を打つ。
「――じゃあ~、みんなは退室してちょうだい~♪」
「「「えっ」」」
私、ニル、ポチの声が揃った。
聞き間違えかと思ったら、本当にぞろぞろと退出していく。
一分とかからずに、広い食堂からは侍従のひとりすら居なくなった。
「あー……失礼、ミリー姫。つまり、最初からこの場を作ろうと?」
「うふふ~、びっくりしてもらえたかしら~♪」
退出した彼らが異を唱えなかったこともそうだが、気付いてみれば料理も前菜から食後のお茶まで一通り並べられていた。予想通り予定通りであったということだ。
「ミリーお姉様! こういう危ない遊びはやめてください! 害を成す者があれば、どうなるかわからないですわ!」
「平気よ~、ニルちゃんは信用している人たちでしょう~?」
「それは……そうですけれど……」
「じゃあ、大丈夫よ~♪」
「……ミリーお姉様、他の人にはなさらないでくださいね?」
「うふふ~♪」
そばに寄って、良い子良い子とミリー姫はニルの頭を撫でた。ニルは不機嫌そうに口を尖らせながらもどこか嬉しそうだった。
で、
「なんで私はニルの膝の上に設置されてしまったのでしょうかね?」
「はい、リンゴ。あーん、ですわ♪」
「あむ」
もぐもぐ
「ああ、リンゴ可愛いですの……心が癒やされますわぁ……」
「というか、気にすべき人が居なくなったのならこのフリフリ服を着替えたいんですが」
「はい、リンゴ。あーん、ですわ♪」
「あむ」
もぐもぐ
「はぁん……ずっとこのままリンゴにご飯を食べさせ続けたいですの……」
「おなかばくはつします」
「はい、リンゴ。あーん、ですわ♪」
「あむ」
もぐもぐ
「……リンゴさん、なんだかんだで食べるんすね」
「ポチよ。ご飯は残しちゃいけないんだ。お百姓さんに怒られる」
「そういうもんっすか」
「そういうものです」
「じゃあ、僕もやっていいで「却下」「一体何考えてるんですの」「うふふ~♪」」
ポチが泣いた。
「全員で言わなくたっていいじゃんかよぉおおおお……」
男泣きの無駄遣いというものを初めて見ました。
「何が悲しゅうて離乳食与えた相手にあーんされにゃならんのですかい」
介護される年齢じゃないですよ、私は。される年齢になっても魔法で年齢いじってピンピンしてると思いますが。
「まあ、ポチも食べるといいよ。ほら、このエビっぽい何かのステーキもおいしいよ」
ひょい、とトングのようなこの世界の取り箸で取ってやる。
阿呆っぽい顔で口を開けていたけど完全に無視して皿に載せる。泣いた。うん、泣け。
「……ぁぅ」
して欲しいと言い出したいけれど言い出せない顔でニルがしょんぼりしていたので、小さな包み焼きを掴む。
「ほら、ニル。あーん、して」
「えっ!? あっ、あ、あーん……」
口にころん、と。
「あにゅ」
もくもく
「おいしいですわー♪」
よしよし。
さあ、次はこっちの甘いお菓子を――
「男女差別だぁあああああああああああああああああああああ!」
ポチが男泣きの大安売りを始めた。
「ポチ。よく覚えておきなさい。――女の子は甘やかすと可愛くなるが、野郎は甘やかすと付け上がってキモい。よって、野郎は放置に限る」
「リンゴさぁあああああああああああああああああああああん!?」
差別はダメですが区別は大事です。
「うふふ~、仲が良いのね~♪」
「ええ、ミリーお姉様。リンゴはわたくしの自慢の友人ですわ!」
「ニルに同じく。私も良い友人を得たものだと思っているよ」
「リンゴー♪」
んぎゅっと抱き締められた。良い抱き締められ心地です。
「えっと、僕は?」
「ポチは……うん……」
「ポチさんは……ええ……」
「ひどっ!?」
ポチだもん。
「うふふふふ~♪」
やあ、ミリー姫にも笑ってもらえたようで良かった良かっ
「ところで皆さん~。――毒入りのご飯はおいしかったかしら~?」
かしゃん、と匙がひとつ皿に落ちた。
「ど、え、毒? 僕らが食べ、え? ご飯……?」
「み、ミリーお姉様?」
こうして見ると、ポチもニルも不意打ちにはさほど強くなさそうだ。今後も私が注意しておこう。もぐもぐ。
「ちょ、ちょっとリンゴさん!? 何、普通に食ってるんすか!?」
「どうせ無効化してるし。誰も影響は受けないよ」
強いていっても、入れた分だけ味が悪くなった程度かな。
「ミリーお姉様、リンゴ。毒というのは本当ですの?」
「事実よ~」
「毒というほど大層なものでもないけどね。ただの睡眠薬だよ」
「あらあら~、種類までわかるのね~♪」
「そりゃまあ、こんな危険地帯に無防備で顔を出すほど自惚れちゃいないからね」
王侯貴族にだって、私を得たい連中はわんさと居るし、私を排したい連中もわんさと居る。私はニルの友人だが、アスミニア王家は私の友人ではない。アスミニア王城は、紛れもなく危険地帯なのだ。
「……で、ミリー姫。私こと『リンゴ・ジュース』はこういうものです。満足できましたか?」
私は、王城に入る際に取り上げられた『リンゴの書』を手元に召喚し、見せ付けるようにテーブルの上に置いた。
「ええ、大満足よ~♪ 魔術師と聞いて~、魔法を取り上げれば無力かと思ったのに~、凄いわ~♪」
「そもそも、私から魔法を取り上げること自体が不可能でしょうけどね」
晩餐会だから毒の無効化魔法を発動したわけではなく、常にどの瞬間であっても私と私が選んだ人物には毒の無効化魔法を発動させている。魔法を使えない魔術師が弱いのなら、魔法を使い続ければ良いのだ。
「ミリーお姉様! いくらお姉様でも、これは悪ふざけで許されることではありませんわ! どうしてこんなことをしたんですの!?」
ニルは顔面を蒼白にしてテーブルを叩き、ポチはこっそり食器のナイフを手の中に握って中腰の姿勢を取る。
「そうね~、最終テストかしら~?」
「テスト……ですの?」
ミリー姫は胸元から封筒を一通取り出し、私の正面へとテーブルの上を滑らせた。
封筒の高級そうな紙には不釣り合いな、角張った――筆跡を消すための――文字で『予告状』と書かれていた。
これで読まないのはダメなんだろうねぇ。
「どうぞ~、ご覧になって~♪」
「では、失礼して……」
~予告状~
我々は、貴国が第三王女ニルウィ・ラ・エルス・アスミニアの命を頂戴する。
我々の所属も理由も一切明かさない。この手紙から我々を発見させはしない。
もし第三王女の命が惜しくば、以下の四つの要求を呑むこと。
要求。現王の退位。
要求。貴族身分の全廃。
要求。平等選挙によって国家を運営する市民議会の創設。
要求。以上の項目について、この手紙が届けられて三ヶ月以内に実現に向けた行動を開始し、三年以内に達成すること。
要求を呑む気配がないと判断した時点で我々は行動を開始する。実現する能力があることも示した。次は指ではなく首であると思え。賢明であることを祈る。
「ニルちゃんの寝室のベッドの上に置かれていたのよ~、どうやったのかしら~?」
王城の。不在中とはいえ、姫君の寝室に忍び込んで手紙を置いていく。それがどれほど卓越した技能であるかわからないものはこの場には居ない。
「なあ、リンゴさん。他はわかっけど『指』ってどーいうことっすか?」
「ポチ。多分、暗殺未遂事件のことだよ。アレはニルの命を狙ったものじゃなくて、ニルの指だけを奪って、この予告状の通りに暗殺を実現する能力があると示すことが狙いだったんだろうね」
不自然な点はあるが、実力ある襲撃者を送り込んできたのは事実。無視できない。
「……で、私が見ても到底呑みようがない無茶苦茶な要求。ミリー姫。――私に頼みたいことは何だい?」
ミリー姫は、そのまま無言で席を立ち、テーブルに沿う形で私のすぐ真横まで歩み寄ってきた。そして、
「――リンゴ・ジュース様。このミリー・ラ・エルス・アスミニア、伏してお願いします。どうか、妹の命を救ってください」
間延びした口調でなく一息に。額を擦り付けるような本当の懇願。
「なるほど……ミリー姫が給仕を下げた一番の理由はそれでしたか」
王は無謬である。言うことも成すことも必ず正しいとされる。そうでなくてはならない。
だから、誰にも頭を下げない。王族だってそれに準ずる。
『アスミニア王家』が『王家』であるために絶対にしてはならないことをミリー姫はしてのけた。それも、王家のためでなく、ただニルのためと言って。
余人を排しはしたけれども、この場に居る三人はそれを確かに見たのだ。
「ミリーお姉様……」
つぶやいたニルがどんな顔をしているのか見たくとも見なかった。
「ミリー姫。顔をお上げください。私はニルの友人です。友人の命を守るのに理由なんて必要ありますか?」
「ま、僕だってケンカ仲間の指だの首だの持ってかれるのは気分が悪ぃ。……先に僕の首守ってくれようとしたのは姫さんだしな。借りは返すぜ」
私はミリー姫に手を差し伸べ、ポチは私の横に立って腕を組んで歯を出して笑んだ。
「リンゴ……ポチさん……」
「姫さん、こういうときくらい、ポチ呼ばわりはやめろよ……」
唇を尖らせてポチが不機嫌そうに顔を背けた。
「あはは、そうですわね♪」
いつの間にか、いつもの口喧嘩に発展した二人組を見て、床に座ったミリー姫が柔らかく笑う。
「ニルちゃんは~、本当に得難い友人を得たのね~♪」
私はミリー姫のその『ようやく安心した』という顔を見て――
「いやー、リンゴさん。宿取る必要がなくなって良かったっすね!」
王城に備えられた客室。そのうちの二つを貸してもらったのだが……まあ、それはおそらく名目上の話。実際は、ニルのそばから離さないようにという考えだろう。
「しっかも、ベッドもふっかふかと来てるし。姫さんに感謝!」
ぼふぼふ、とベッドの上で跳ねて遊んでいたポチが滑って落ちた。うーん、お莫迦だ。
「痛っててて……あれ? リンゴさん、どうかしたんすか?」
もう一度、周囲を探知。誰も居ないことを確認。
「リンゴさん……?」
「ポチ。これからしばらく返事をするな。少し話しておきたいことがある」
――少々の疑問を覚えたのだ。
こうして、ハゲさんの気遣いであった「『学園』入学を理由とした長い休み」は変な方向へと転がり始めます。
ここで第2部はおしまいです。
このあと、お昼にも人物紹介を兼ねたおまけを投稿します。
引き続き、明日からの第3部もお楽しみいただければ幸いです。




