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0.とりあえず保留にしました

セリフの前後に空白行を付与する修正をしました。本文は変わっていません。

 私は変な幼児だった。

 しばしば熱を出して寝込み、そうでないときも動作は緩慢で危なっかしく、親の目からはたいそう不安だったことだろう。

 頭にかかったその霧がさぁっと晴れたのは、ちょうど五歳の誕生日のこと。


「あ、僕、転生したんだ」


 わかってみれば、なるほどである。

 脳みその容量不足がひどくて、情報のインストールに何年もかかったというのが真相のようで。

 まあ、そのちっちゃい脳みそに全部入ったのかとかインストールし終えるまで記憶や人格等の情報を保持していたのはどこなのかとか疑問は尽きないのだが、わからないことはしかたがない。私は諦めが良いのだ。

 ともかく、前世の記憶と人格を取り戻した私は、この世界にある『魔法』こと不思議ぱぅわーの解析に乗り出した。理由? 格好良さそうだから! あと、自衛。主に自衛。理由の九〇パーセント以上が自衛手段の確保。

 私はそこそこ恵まれた家庭には生まれられたが、幼児期の病弱さがまずかった。銀貨の一枚も持たせず放逐である。若干七歳。鬼だ。それを売り飛ばされなくて良かったと思えるこの世界マジべりーはーど。これが五歳時点で予測できたことなので、私は『魔法』の取得を急いだというわけだ。

 学んでみれば『魔法』はなかなか面白い。この世界の人間の発想では少々気付きにくいであろう数学的な要素があり、そこをちょいといじったところ大抵のことが可能になってしまった。


「うーん、チートだなぁ」


 炎と氷と光と闇をお手玉するお子様。九歳。我ながら末恐ろしい。

 さて、チートを得て、金を得て、名誉も得て、望めば地位も手に入ろうところまで駆け上った。どうも人生急ぎすぎた気がする。

 そして、少々進んで十三歳。中学一年生相当なその歳になったある日のこと。


「なんか、変にお腹痛いなぁ……うわぁああああああああああああ!? なんだこれなんだこれなんだこれ!? 新手の魔法か!? 呪術か!? 精霊術か!?」


 どったばた大慌て。気心知れた仲間を叩き起こし金を持てるだけ持って医者を叩き起こし昏倒したのをさらに叩き起こしして、ようやくわかった病名が――『初潮』であった……。

 凹んだ。

 ものっそい凹んだ。

 何に凹んでるかわかんないけれど、とにかく凹んだ。

 恥ずかしいし格好悪いし、いやそのうん。あの、前世は男性でした。元男子高校生。ウフフ。

 荒くれ者の冒険者どもと仲良く莫迦騒ぎしていたせいで認識薄れていたけれど、今世の私は女性に生まれてしまっていました。


「お腹痛いよぅ……なにこれ、すっごいシクシク痛い……」


 突っ伏して動けない私に、ほうと関心したような声を上げたのもゴツい男。もうじき四十路の体に、今日もまた立場にふさわしい威厳を乗せてうまく演じているようだった。


「お前、ちゃんと女だったんだなぁ……」

「ひどいや、こんなに痛いのに。ハゲるか切腹すればいいのに……呪ってやるぅ……」

「おいやめろ、最近薄くなってきた気がしてこええんだよ」

「諦めは早い方が良い。それが私の人生哲学。何なら全部引っこ抜いてあげるよ?」

「悪魔かお前」

「それにしてもひどくないかい? こーんな可愛い女の子相手にさぁ」


 認識はともかく、自慢じゃないが私は可愛い。

 ふんわり流れる穏やかな川のごときはつやつやした黒髪、冒険者仕事をしているなんて思えない白く細い手足、眉目は秀麗にしてくりくりと愛嬌を振りまき、鼻に唇にと小ぶりな果実のような艶やかさを見せる。完璧だろう。

 可愛いは至尊の価値なので目一杯可愛いを追求した結果、目一杯可愛くなったのだ。えへん。


「いや、お前。だってそーだろが。ここどこだよ?」

「? カウンター席でしょ?」

「冒険者酒場の、な」


 あ。

 冒険者行きつけの酒場 イコール いかつい野郎集会所

 見渡せば、申し訳程度に回るファンと傷みの見える板張りの殺風景な店内には、ゴツいのとかゴツいのとかゴツいのとかがうじゃうじゃしていた。

 医者に『普段通りに休める場所で安静に』と言われて、真っ先に向かったのがここだった。

 うん、私ちょっとダメだった。


「ここの冒険者の半分は、お前のことを小柄種族の美男子だと思ってるんじゃねーかな?」

「まあ、襲われるよりゃずーっといいけどさ……私の心の微妙な挟持がシクシク痛むよ……子宮もだけど……」

「そういうこと言ってるからじゃねぇのかなぁ?」


 失礼な。


「うーぁー痛いぃ……マスター……コブクロに良いモノ作ってぇ……」

「ああ、安心しろ。お前、襲うやつ居ないわ。色気がないどころの騒ぎじゃねえから」

「うぐぐぅ……ハゲるか妊娠してから出直して来い……」

「ハゲねえよ!? ハゲねえよ! 絶対ハゲねえから!?」


 まったくもってとんでもない。ろくでもない。


「あー、りんごジュースおいしい……うぐっ……胃が膨らんでアレが圧迫されてる気がして気持ち悪い……」

「アレってお前……いやもういいよ、それで」


 諦めハゲさんはさておいて。


「しっかし、ハゲさんさ。よくまあ世の女性はこんな痛いのを毎月毎月やってられると思わないかい?」

「お前も今日その一員になったんだろーが」


 互いに傾けたグラスをぶつけて、ひとすすり。うぐぐ。痛い。じたばた。


「はぁ……俺もお前に少しは憧れたんだぞ? それが『最強の魔導師様も生理痛には勝てませんでした』じゃ、ちとなさけなかぁないか?」

「うぐぐぅ……ハゲろ……」

「ついに選択肢すらなくなったぞおい」


 うっさい。痛いものは痛いのだ。

 これが男と女の間に横たわる深くて大きな溝というものか、と今更ひとつ理解した。


「あー、もう。もったいないけど……んっ」


 そう言って、私は懐から魔法薬の小ビンをひとつ取り出して飲み下す。

 効果はたちまちに現れて、気分スッキリ。痛みも飛んだ。


「ふー、やぁっと楽になった」

「なんでぇ、お前。便利なものがあるんじゃねぇか。最初っからそれ飲みゃ良かったじゃんか」

「ハゲさん、冗談きついよ。コレ、一本作るのに金貨八〇枚はかかるんだからね?」

「げっ……お、俺の先月の稼ぎより高ぇじゃねえか……」


 ハゲさんはそれなりの高給取りだ。それでも五世帯が一ヶ月暮らせるほどの額を痛み止めに使うのは驚くようで。


「そもそも、コレは私のとっておき。不意打ち食らってもその場をしのげるようにした特製だから……そんなに長く効かない。半日もしないうちに、また無様を晒すことになるよ」

「なら、お前。どーすんだ?」

「……三ヶ月くらい研究所にこもれば、安い生理痛抑止剤も作れるかなぁ?」

「やめてくれ。マジやめてくれ。お前が三ヶ月も居なくなったら、この街が滅ぶ」


 と、ぺこぺこハゲ頭を晒す歳の離れた友。一応、この街の市街長だったりする。


「お前だって、もっと成長して女らしくなるんだろ? いいじゃねぇか、生理痛くらい。女性ほるもん……だっけ? お前の言ってたやつが出るんだろ? 手足伸びて体丸くなっておっぱいぼいんぼいんに膨らむのが普通なんだろ? そういうものだって我慢してくれよ……」

「あ……そっか、第二次性徴期も来るのか……」


 私は少々腕を組む。

 手足が伸びるのは良い。体丸くなるのもまあ良い。胸が膨らむのも……まあ、良い。前世はともかく、今世だって十三年やってきたのだ、いい加減己の性も女としぶしぶながら認めつつある。

 が、だ。


「――脳みそも……だよねぇ」


 男性脳女性脳とあるように、脳みそも女性ホルモンの働きで女性らしくなる。

 平たくいえば、生殖の準備を整え出す。

 もっと平たくいえば、男性に抱かれる準備を整え出す。

 もっともっと平たくいえば、野郎に恋して胸キュンして目ぇうるうるさせて抱き着いてキスねだってうわあああああああああああああああああ。


「ぐふぁ……」


 私はもう一度カウンターに突っ伏した。

 きっつい。

 心の底からきっつい。

 前言大撤回。私の性認識は男性です。変える気が今のところしません。


「ううぅ……大人になんてなりたくないよぅ……」

「何言ってんだお前」

「うっさい、ハゲろぉ……」


 ぐぬぬ。

 あーやだやだやだ。

 遺伝子的には正しいことなんだろうけれど、魂が。まさしく魂が拒絶している。

 百歩譲って、子供を産むのはいいさ。ああ、私も子供は嫌いじゃない。いやむしろ大好きだ。それが、己の子供だっていうんならきっとなおさらだろうさ。

 でも、過程が問題だ。

 いろいろ面倒事を乗り越えて人の手に余るくらいの力を手に入れた私は、結婚を迫る家の束縛もなければお金だって腐るほどある。寿命さえもあってないようなもの。自由なのだ。誰にも何も強要されない。

 つまり、その、男性と……いたすのであれば、私の合意が。私の恋が大前提となるわけだ。

 それは要するに、私が野郎に惚れるということである。私が。野郎に。うぉあああああああ。


「もう私、死ぬ……」

「なんで生理ごときで死を選んだ!?」


 選ぶよ。選ぶさ。

 変化を受け入れがたい。認めがたい。

 脳みそも、あるんだかわからない魂も、どちらもまったくもって準備不足。どう考えても早過ぎる。今言われても困る。

 されど、体だけは勝手に準備を整え始めた。卵巣からどばどば女性ホルモンを生成して、脳みそと魂をオンナに侵していくと宣言しおった。

 私よ、私に断りもなく私を作り変えんでくれ……。


「あーもー、やーだー」

「子供か」

「子供だよ! 十三歳児様だよ! チヤホヤしろぃ!」


 いっそのこと、卵巣切除して男性ホルモン治療を……うーん。

 繰り返すが、私は子供だけど子供が好きだ。前世では得られなかった我が子を抱き締めたくもある。

 医学や魔法学の進歩があれば、卵子同士での生殖も可能だろうし、おそらく魔法学においては私が一番そのゴールに近い場所に居る。道は長いが辿り着く可能性は十分あると思う。

 しかし、卵巣を失えば私の卵子が得られない。他にいい方法を見付けるかもしれないが、見付からなかったらその決断は、前世に続いて今世でもひとりの我が子も得られないという悲惨な結果に直結する。


「かといって、このままだと……」


 望まぬ心の女性化が化学的に進行する。

 己の心を切り刻まれて書き換えられるのは、たとえ下手人が自分でも許しがたい。

 せめて、男性としての私が好く女性あるいはまだ中性といえる子供である私が認められる男性を見付けてから、納得尽くでどちらにか己の変化を進めたい。


「うぐぐぐぐ……」


 あっちを立てればこっちが立たず。

 得られる結果は片方だけ。世界一の魔導師だろうと分身なんかできやしない。

 ああ、時間が欲しい。ゆっくり悩み考えるだけの時間が――



「なあ、んなつらいなら、成長を止めちまえばいいんじゃねえか? なーんて――」



「……それだ。それだ! ハゲさん、それだよそれ! その手があった!」


 我、天啓を得たり。ハゲ天使降臨せり。


「い、いや、今のはただの軽口で――」

「そうだよ! 多少巻き戻してから完全に成長ストップさせれば、女性ホルモンの悪夢は最小限にガードできる。加えて、女性ホルモンそのものを除去するために透析に近い方法を開発すれば思考保護が可能になって。さらに……」


 口に指を当て、ぶつぶつと呟きながらひとつひとつ問題点を洗い出す。あれが問題これが問題。あれはこう解決これはこう解決。うん。うんうんうん! いける! いけるぞ!


「お、おーい?」

「よっし、決めた! ハゲさん市街長! 私、半年くらい研究所こもるからよろしく!」


 がったん、とカウンターのイスを蹴飛ばさんばかりに立ち上がる。

 善は急げ。この世界にはないことわざだけど、巧遅より拙速を尊ぶのはこちらにもある文化。私は間違っていない。


「え」

「じゃ、また半年後!」

「ま」


 背後で響くハゲさんの懇願の叫びをまるっと無視して、私は酒場を飛び出した。




 かくして、私は惚れる女か男に出会うまで、とりあえず十三歳の体のままに保って判断を保留することにしたのである。

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