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エピローグ ある日の君。

今回は視点が違います。


 季節は冬。

 マフラーと手袋が一日中手放せなくなるほどギンギンに冷え切った空気の中で、俺は妹と二人、近くのスーパーに今晩の食材を買い求めに来ていた。

 結婚してから優に十六年は経っているというのに、今だラブラブな優男(とうさん)最強武術家(かあさん)は、今日は二人ともデートらしい。だから自分たちで食料を確保しなければならないのだった。

 かわいい子供たち二人を残してナニしてんだか、と呆れずにはいられないが、普段頑張っている(らしい)二人なので、今日くらい多めに見てやることにした。

 ちなみに料理を作るのは妹の奈々。コイツはなにも怪力ばかりを特技としているわけではなく、料理も得意としていた。しかも俺の好みを知り尽くしているので、ある意味、母さんに次ぐ最高の料理手である。

「おにぃおにぃ、今日のご飯は何がいーい?」

 店の中の精肉コーナーをきょろきょろしながら歩いていく奈々が、振り返らずに聞いてきた。

「んー……」

 奈々の一歩半後ろを歩きながら考える。

 ここは俺と妹、両者の好物であるハンバーグにするか、それとも、奈々の手間を考慮に入れると、あまり時間の掛からないカレーにするか。

 試行錯誤の上、カレーを所望しようとしたが、

「…………」

 奈々は牛肉のミンチをすでに手に取っていた。

 こちらに首を傾けながらニヒヒと笑い、『ハンバーグっ、はっんばーぐーっ』とか言いながら買い物カゴに入れてしまった。

「……流石は我が妹、よくわかっているな」

「えへへ、伊達(だて)に十三年もおにぃの妹をやってないよっ」

 にへらと笑い、顔を崩す。

 ああ可愛い。こいつの可愛さは犯罪じゃないだろうかちくしょう。料理も上手いし気も利くし、これは絶対犯罪だな。いや、どちらか言うと、こんな思考を持っている俺のほうが犯罪的か。

 ……どうでもいい。

「ねえねえおにぃ」

「ん?」

「このご飯食べたら、ユッキーさんの家に行くの?」

「は? 何でだ? 別に行く予定はないが」

「いや、だって……冬休みの宿題、終わってないでしょ?」

「ぐはあ!」

 わ、忘れてた! 明日から学校なのに! 宿題なんて存在から忘れてたあ!!

「ほらあ、やってないならユッキーさんとこで見せてもらわなきゃ」

「そ、そうだな……アイツに頼み事をするのは気が向かないんだが、この際仕方がない……」

 あのドS野郎に頼み事をしたら何を代償に取られるかわかったもんじゃないが、そうも言ってられない状況だ。

 後であいつの家に行って宿題を写させてもらおう。

 と、その時。


「ねえ言音、夕食はなにが食べたい?」

「えーっとね、ハンバーグ! ……じゃなくて、やっぱりユッキーが好きな物でいいよっ」

「僕が好きな物?」

「うん!」

「じゃあ……今夜は言音を食べようかな」

「も、もう! ユッキーのばかっ!」

「あはは、叩くなよ。冗談さ。今日はハンバーグにしようね」

「やったー! ユッキー大好きーっ」


 ――――気持ちの悪いバカップルが目の前を通り過ぎようとしていた。

「ね、ねえおにぃ……」

「……なんだ妹。今の俺は非常に機嫌が悪いぞ」

「今の二人って……」

「ああ、ユッキーとその相棒だな」

「……あんなにオープンな人たちだったっけ?」

「違うな。あんな風になったのはこの前からだ。あいつらが付き合う前やその直後は、それはもう思春期真っ盛りで、中学生の男女のような初々しさがあったのに、今はこの有様だ。人目を気にしないバカップルになってしまった」

 ユッキーとその相方が付き合い始めたのは、もう夏も終わりかけていたある日のことだった。なんでも、ユッキーが描いていた言音の絵を本人に見られて、恥ずかしさのあまり勢いで告白したらしい。すべてが終わった後に「君のおかげさ」とかなんとか言っていた気がするが、俺にとっては嫌味にしか聞こえない。

 俺は別に何もしていない。ただ、『何もしていない』ことが必然的にそういう場面を作り出すことは予想できたがな。それを黙っていただけだ。

 俺のおかげなんかじゃない。すべては二人が両想いだったからこその結果だ。

「あれ、妹さんじゃない? あ、あとその兄」

「あ、こんにちはー、ユッキーのお友達の妹さん。あ、あとその兄」

 俺としては全力で二人をシカトして、ここで見たことなど記憶の彼方に投げ捨ててしまいたかったが、残念ながら話しかけられてしまった。

 というか、俺の存在がオマケみたいになってしまっているのは気の所為か?

「なんだかとっても嫌そうな顔をしているねえ」

「そんなことはないぞ、ユッキー? 俺は普段は会わないこの時間帯にお前に会えてとっても嬉しい」

「……おにぃ、顔が歪んでる」

 おっといけない。思わず本音が顔に出てしまっていた。

「おっといけない。思わず本音が顔に出てしまっていた」

「……おにぃ、口にも出しちゃってる」

「相変わらずだねえ、君は。冬休みで少しは変わっているかと期待してたんだけど、そんな様子は微塵もないね」

 俺の表情を見ながら、ユッキーは呆れたように言う。

 やかましいわ。

「それで? 何で君はこんなところにいるの? 『俺の母の料理は世界一だー』なんて豪語していた君には来る必要の無いところだと思うけど」

 俺のセリフのところを、口真似しながら言う。全然似てない。

「今日はその料理家(かあさん)がいないんだよ」

「へえ、言音のとこと一緒だ。何か用事でも?」

「んー……、用事と言えば用事か。父さんと一緒にデートらしい」

「いいねえ、君のところの両親は。いつまで経ってもラブラブで」

「仲が良すぎるのも考えものだ。今頃二人は豪華ディナー。そしてその後ベッドに直行。二人合わせてギシギシアンアン。十七離れた兄弟ができるのは勘弁して欲しいところだな――ってぐぼはぁ!!」

「もう、おにぃ……えっちな言い方しないの!」

 両親の子作り過程を想像しながらペラペラと話していた俺の顔に、奈々のツッコミにも似た裏拳が炸裂。本人にとっては軽く叩いたつもりかもしれないが、武術家(はは)直伝の怪力で俺のフェイスは沈没寸前。ちょういたい。

「そ、そうなんだ。あ、あはは」

 奈々の奇行に流石のユッキーも若干引き気味。ほんの少し脚が震えているのは見なかったことにしてやろう。

「と、ところでだ。お前の方こそ何をしているんだ? さっきの会話からするに、二人で一緒に食べるようなことを言っていたが、もしかして、その食材か?」

「そうなんだよ!」

 今の今まで黙って俺たちの会話を聞いていたユッキーの片割れが、待ってましたと言わんばかりに大声で割り込んできた。彼女の表情は溢れんばかりの笑顔だ。

「今日ね、『今晩私の両親が居なくて、ご飯がないんだよー』なんて話をユッキーにしたら、なんとなんと、ユッキー家の夕飯に招待されちゃったんだよっ!」

「招待しちゃいました!」

「ユッキーのご両親も居るし、迷惑かけるからって最初は遠慮してたんだけど、僕が作るから心配しないで、なーんて言われたら行かないわけにはいかんぜよ!」

「いかんぜよ!」

 この(アマ)、幸せの絶頂のような顔しやがって。なんか腹立つ。

 その横で言音の言うことを半端に復唱するユッキーもなんか腹立つ。

「ちょうど僕も、言音のことを両親に紹介しておこうと思ってたところだし、この際それも済ませておくよ」

「え、ええ!? そんなこと聞いてないよ!」

 ユッキーが平然と言った言葉に、過剰に反応して驚く相棒。

「うん、言ってないから」

「ひ、酷いよユッキー! そんなこと知っていたら、もうちょっと綺麗な格好して行くのに! 今から着替えに帰る時間なんてないよ!?」

 この女の言うことは、まあ、正論なんだろうが、……そのことを知っていようといまいと、ユッキーの両親に会うことは変わらないだろうに。この娘はちょっとアホなんじゃなかろうか。

「もうちょっと綺麗な格好? 何を言ってるんだい、言音」

「え?」

「君はもう、十分すぎるほどに綺麗じゃないか」

「…………へ?」

 かああ、と水銀の体温計のように赤くなっていく彼女。

「も、もうユッキー!! 友達の居るところでそんな恥ずかしいこと言わないでよ!」

「あれ? 嫌だった?」

「……い、嫌じゃないけど……」

 口を尖らせながら、両手の人差し指をつき合わせてモジモジ。

「つ、続きは二人だけの夜の時に言ってほしいかなあ、……なーんて……」

「言音……」

「ユッキー……」

 見つめあう二人。言葉の語尾が小さくなっていって、同時に二人の距離も短くなっていく。そして二人は、この人々が往来する店の中で――――

 …………。

 …………。

「なあ奈々」

「ど、どうしたの、おにぃ? そんなに怖い顔して……」

「俺は今久々に、血が吹き出るまで人を殴りつけたいと思った」

「ええ!? ダメだよそんな母さんみたいなことしちゃ!」

「心配するな、男のほうだけだ」

「そういう問題じゃなくて!」

「女のほうは、そうだな……あのやかましい口を俺のモノでふさいで――――」

「だからダメだってーっ!!」

 くそ、なんたる屈辱か! 二人のアツアツぶりを見せ付けるとは俺に対する侮辱か!? 彼女のいない俺に対する当て付けかあああ!!

「くそ、帰るぞ、奈々!」

「え!? まだ買い物終わってないよ!」

「じゃあ早くしてくれ! このままじゃ俺の理性が崩壊する! あと数分でこの二人を肉片に分解してしまいそうだあああ!!」

「肉片!? わ、わかったよ! なるべく早く行ってくるから、何もしちゃだめだよ!!」

「ああなにもしない……。もう先に出て、店の前で待ってるぞ……」

 ふしゅるー、と凶暴な肉食動物のようなうめき声を出す俺を心配そうに見ながら、奈々は凄いスピードで商品をカゴに入れていく。

 後は頼んだぞ、と呟いて、俺は店の出口に向かう。

 途中で呼び止めるような(ゆうじん)の声が聞こえるが、完全に無視。今立ち止まったら本当に殴りかかりかねない。


 ……勢いでユッキーと別れてしまった俺が、宿題のことを言うのを忘れていたのに気付くのは、家に帰って数分後だった。




「もー、いい加減に機嫌なおしなよぅ」

「何を言っている我が妹よ。俺は別に不機嫌ではない。ただちょっと、虫の居所が悪いだけだ」

「全く一緒のことだよ……」

 夕食を終えた後、俺たち二人はリビングのソファーに座り、テレビを見ながらなんとはなしに会話をしていた。

 がはは、とバラエティー番組の出演者のタレントが下品に笑っている。しかしそれとは対照的に、俺の機嫌は相変わらず低空飛行を続けていた。

「何がおにぃの癇に障ったの? 宿題のこと?」

「……別に」

「まあ、それはおにぃがちゃんとやらなかったのが悪いから仕方ないでしょ」

 ぐ、と心に刺さるような一言。しかし、俺はそれが原因で不機嫌なわけではない。

「それは今からユッキーの家に、宿題を借りに行けばいいことだろう。即解決だ」

「え、ええ!? それはダメだよぅ!!」

「は? なんで?」

 なんでそんなに慌てている? 買い物のとき、宿題をやっていないなら借りに行けばいい、とかなんとか言っていたのはコイツじゃあなかったか?

「えええと、そ、それはぁ……」

「それは?」

 赤くなりながら、もごもごと答えを濁そうとする奈々。

 ――――ははあ。そういうことか。コイツも年頃になりやがって。

「そうだよなあ、こんな時間に男女二人が一つ屋根の下に居て、やることといったら一つしかないよなあ? 確かに、そんなコトをシテいる中に俺が入って行ったら邪魔だよなあ?」

「はえ!? あ、いや、奈々はそんなこと思ってないけど……」

「ん? 奈々、何、『そんなこと』って? お前はどんなことを思っていないんだって? ちなみに俺は、二人で一緒に『夕食を作っている、もしくは食べている』中に邪魔しちゃ悪いと思ったんだが」

「え、あ、いや……」

「どうした? 早く言ってみろよ」

「う、ううう……」

 追い詰めれば追い詰めるほど、奈々の顔がだんだんとタコのように赤くなっていく。

 面白い、そして可愛い。

 もっとこいつの可愛さを引き出すために追求してもいいが、これ以上やるとすぐに鉄拳が飛んできそうである。この辺の加減が難しいのだ。

 しかし、コイツのおかげで少しは和んだ。機嫌も若干ながら良くなってきたかもしれない。

 やっぱりもう一度奈々への言葉攻めを開始しようかと思っていたとき、玄関のドアの開く音が響いた。おそらく母さんたちだろう。

「ただいまー」

「ただいま」

 奈々はその二つの声を聞いて助かったと思ったのか、早足で二人を迎えに行く。

 玄関先から聞こえる声は、心なしか弾んでいる。十分に休暇を楽しんできたようだった。

 ……本当に兄弟ができたらどうしよう。十七歳差なんてのは勘弁して欲しい。

「あら、奈々ちゃん、夕食はハンバーグだったの? まだいい匂いが残ってるわ」

「本当だ。父さんも食べたかったよ」

 リビングに入ってきたあと俺にただいまを言って、荷物をテーブルに載せながら父さんと母さんが言った。

「でしょでしょ? 奈々頑張ったもんねっ! おにぃにおいしいって言われたんだ!」

「それはよかったわねぇ。なでなでしてもらった?」

 うん! なんて返事をしながら、奈々は自分の作った料理を嬉々として事細やかに母さんに説明していく。

 父さんは俺の横に座った。

「何か変わったことはなかったかい?」

「ああ、何もない。強いて言えば、台所にゴキブリが出て奈々がぎゃあぎゃあわめいたことくらいか」

 それじゃあ大丈夫だね。そう言って父さんは、ニュースが始まったテレビに目を向けた。

「父さんは? 何か変わったことはなかった?」

 今度は俺が問う。

「僕? 僕は何もなかったよ。強いて言えば、母さんが特上に可愛かったことくらいかな。おかげで、夜に三回もご馳走になっちゃった」

 母さんが可愛いことと三回のご馳走の関連性が見当たらなかったが、深く考えると軽く憂鬱になりそうだったので軽くスルー。

 世の中を生きていくためには、物事に関わり過ぎないようにしなければならないのだ。


 テレビもそこそこに夕飯の片づけをし、風呂に入って部屋に戻る。なんとなくベッドに倒れこみたくなる衝動を抑えきれず、そのままうつ伏せに倒れた。

 夕方の出来事を考える。

 ユッキーとその相棒の彼女は、とても幸せそうだった。俺たちと話している間中ずっと笑顔でいた。その幸せそうな二人を見ると、なんとなく、自分も幸せになっていくような気がした。ユッキーやその彼女と話すたびに、なにか漠然とした、淡い柔らかな感情が自分に湧いてくるのが分かった。

 しかし、それを良く思わない自分が居る。

 何故か。

 理由は明白かつ単純なことなのだが、それを認められるほど俺の心は出来ていないし、広くもない。

 それがただの嫉妬だなんて、

 それがただの羨望だなんて。

 知りたくもないし考えたくもない。

「俺も、まだまだ、子供、だ、な」

 そう呟きながら、俺はまどろみの中に堕ちていった。


前書きでも言った通り、今回は視点が違いましたね。今までの書き方とも全く違いました。

彼、どうでした?

実は彼は僕の別作品の主人公なのですが……ちゃんとかけてました?


さて、これで本当に最終話です。こんな駄作を見てくださった方、本当にありがとうございました!

今年はもう受験に専念するのでここに来ることはないでしょうが、四月になったら、きっと、大学生になって戻って来ます!

また会う日までっ。

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某 - soregashi -

やっと復活! サイト作りました。気が向いたら立ち寄ってください


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