夢想屋(7/10)PDFで表示縦書き表示RDF


夢想屋
作:HERON



Dream7 アルバイト


 経済的アルバイト騒動から二週間が経った。
 始めは緊張していたのか、何をするにも次にする仕事を聞いていたのだが、徐々に慣れていった春香は、ふと気づいたことがあった。

 この二週間で春香がしたことといえば、あまり汚れていないこの店を掃除。その後、ハムに餌をやり、時々来る客にお茶やコーヒーを出すくらいである。

 アルバイトをしている身として、春香は何か物足りなくなっていた。汗水流してお金を貰うという充実感が全く無いのだ。
 なので、雨鏡に他にやる仕事はないのか尋ねた。

 尋ねられた雨鏡は「ありません。お恥ずかしい話ながら、暇すぎてしてもらうこともないんですよ」と、ごまかし笑いをしながら言葉を返す。

 春香は「はぁ〜」とため息をつきながら「自分で探します」と雨鏡に言い、雨鏡のいる部屋を後にした。

「どうしようかなぁ。雨鏡さんに掃除するように言われてる部屋も全部掃除したし、ハムちゃんにも餌をあげた。他にする仕事なんてこの店で何があるんだろう……」

 思わず独り言を呟いてしまう。
 それにしても、掃除と餌をやるくらいしかする仕事が無い店というのも珍しい話である。

「あっ。そういえば!」

 春香は突如閃いた。
 実はこの店は、雨鏡の家でもある。この店には、いつも店に来る客を招く部屋。つまり客部屋。その両隣の部屋には、キッチン・ソファー・テーブルだけが置いてあるリビング。雨鏡は大抵ここにいる。余計なものが何も無い空間が好きらしいのだ。そして、洗濯機と風呂が同じ場所にある部屋。
 春香は、この三つの部屋を掃除するように言われている。しかし、この店にはもう一つ、春香も入ったことがない部屋があるのだ。

 そう。雨鏡の部屋である。この店は二階建てで、いつもは客部屋やリビングがある一階で生活をしているのだが、寝るときだけは二階に上がり、自分の部屋で寝ているらしい。

 春香は、秘密に溢れた雨鏡の部屋を掃除しようと考えた。
 この二週間の間。一度も掃除するように言われなかった部屋である。もしかしたら、物凄いゴミ屋敷だったり、人には見せられないようなものが満載かもしれない。春香の想像は膨らむ一方だ。

 そう考えると行動は早いもので、雨鏡にばれぬよう、音をださず、器用に階段を登っていく。
 春香が思っていた最大の難関である鍵は、そもそもついていなかったので、いとも簡単に雨鏡の部屋に侵入することに成功した。

 秘密に溢れた部屋の中身は見事に普通で、別に汚れているわけでもなく、人には見せられないようなものも見当たらない。
 そんな部屋を見て、少し残念そうにしていた春香であるが、机の上に置いてあった一冊の本に目がいく。

 その本の表紙には、いかにも手書きだろうと思わせる字で「思い出帳」と書かれている。
 これはまさかと思い、表紙を開こうと思った春香だが、途中で手が止まる。

 罪悪感である。罪悪感という名のストッパーが、春香の手を止める。
 しかし、ストッパーを潰しにかかる、好奇心という名の秘密兵器が春香の手を再度動かす。

 しばらくストッパーと秘密兵器が頭の中で戦いを繰り広げていたのだが、秘密兵器がストッパーを打ち破り「思い出帳」が春香の手により開かれた。

 そこに書かれていたのは、今までのお客さんとの思い出。
 当然。夏樹との思い出も、春香がアルバイトに来た日の事も……

 じ〜んとしながら続きを見ていると、最後に書かれてあるページに、今考えている新たな世界の話が書かれてあった。

 春香は、これだ! と思い、「思い出帳」を持って雨鏡の下へ急ぐ。

 上が騒がしいと思っていた雨鏡だが、息を切らしながら「思い出帳」を持って走ってきた春香を見ると、雨鏡は思わず「あぁーー!」と叫ぶ。

「な……なんで春香さんがそれを持っているんですかぁ!! 私の部屋に無断で入りましたね? そして思い出帳を見ましたね!?」

 雨鏡は、いつになく取り乱した表情と口調で春香を問い攻める。

「ごめんなさい。そのぉ……雨鏡さんの部屋が気になっちゃったもんで……つい……」

 春香は、雨鏡がまさかこんなに取り乱すとは思っておらず、思わず言い訳する。

「つい……じゃないですよ。まったくもぉ……でもまぁ、近くにある見たことない部屋を見たくなるのは分かりますし、部屋に入られることはないだろうと思って、思い出帳を隠しておかなかった私にも非がありますので、これ以上怒りはしません。しかし、これだけは注意しておきます。人の部屋に勝手に入ること。人の所有物を勝手に探ること。これはプライバシーの侵害です。常識外の行動は慎んでください。いいですね?」

 雨鏡は、赤面しながら春香を叱る。

「ごめんなさい……これからは、このような行動は慎みます。本当にごめんなさい」

 春香は、さっきまでのテンションは嘘のように、頭を下げて謝った。まさか、ここまで雨鏡が嫌がるとは思っていなかったのだ。

「反省したならそれでよしです。それにしても、なんでこの思い出帳をわざわざ私に? ただ見せに来たわけじゃないでしょう?」

 雨鏡は、春香が反省しているのを感じると、コロッと表情を変え、優しく春香に問いかけた。

「はい。最後のページに書かれてある新たな世界の話あるじゃないですか。その世界の実験台になれないかなぁ……なんて……」

 さっきがさっきなので、控え目に話した春香。

「駄目です。とっても危ないことですので」

 雨鏡は、危ないからとキッパリ否定する。

「でも、そんなこと言ってちゃ、一生、世にはだせないアイデアになっちゃうかも知れないじゃないですか。私、新たな世界の説明を読んで、素敵だなって思いました。このまま使われないなんてもったいないと思います。だから、私を実験台にしてください。もし成功したら使えるんですよ。雨鏡さんの世界の幅が広がるんですよ!?」

 春香は一歩も引かず反論する。さっきまでの落ち込んだテンションが嘘のようだ。

 このとき雨鏡は、危険だと忠告しても一歩も引かないところが夏樹と似ているなと思い、やっぱり姉妹なんだなと感じる。
 そして、こうなったときは、何を言っても止められないと確信した。

「分かりました……でも、この世界は二つの世界を組み合わせてできる高度な世界なんです。それ故に私でもコントロールできるか分からない程、危険な世界です。もしなにかあったら私がすぐに現実の世界に戻します。しかし戻した後、春香さんが無事である保障はありません。それ程、危険なんです。それでも春香さんは実験台になろうと思いますか?」

 真剣な顔で忠告する雨鏡。

「覚悟は出来てます。私、雨鏡さんの作る世界をもっと見てみたいですから」

 春香も、真剣な態度で答えを返す。

「分かりました。では、ご想像を……」

 張り詰めたムードのまま、雨鏡は慎重に春香の額を触り、新たな世界へと誘う。







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