38-一人の麻耶
麻耶とアナスタシア、龍太郎のマンションに帰って一息ついて、龍太郎が自慢するソファーに腰を下ろす。
アナスタシアは、かなり眠そう、長旅の疲れと身重な体が睡魔に拍車をかけて、
眼下の、高層ビルの夜景を眺めても目が自然に閉じてしまう。
しかし、麻耶はこの夜景を見て、初めて龍太郎の部屋にやってきた事を思い出し、何故か眼が冴える。
アナスタシアを、開いている奥の部屋に案内し、眠りにつかせる。
彼女はすぐにぐっすりと眠りについた。
暫く麻耶は付き添っていた、初めての日本の夜に彼女を気遣って。
彼女の部屋を後にして、麻耶は夜景が一望できるリビングに戻り、龍太郎の好きな竹鶴、そう、優雅に35年間熟成された、余市のモルトをロックグラスに注いだ。
何故か、麻耶 自然に竹鶴に手が伸びた。
龍太郎のいない寂しさをこのモルトで紛らわすのだろうか。
あの時、龍太郎は非常に遠い存在だった。
素敵な中年の紳士、あんな父親が欲しい。
そう思いながら、龍太郎のグラスにモルトウイスキーを隣で注ぎ、
隣に座っただけで胸がドキドキ、キューンとした。
それは今までに無い感覚だった。
それなりに男も知った、付き合いもした。
しかし、龍太郎みたいな存在の男、男性・・・
そして父親みたいに・・・甘えられる、
大きな心の異性に巡り会った事など無かった。
それはまさしく運命だと思った。
一生涯に一度会えるかどうかの・・・
その彼と・・・、その彼に抱かれ・・・、
女のすばらしさを知った。
愛する素晴らしさを知った。
心の底から・・・確かに年の差はかなりある。
父親と言っても決して不思議ではない。
しかし、二人でいると・・・、
彼に抱かれていると、そんな事・・まるで感じない。
麻耶の心に大きな存在として、しっかりいる・・・。
彼が・・・龍太郎が 本当に優しい素敵な男性・・
もう・・・彼のいない世界なんて考えられない。
彼がいて自分がいる。
余市の傑作モルト竹鶴が、麻耶のすらりと伸びた首筋に程よい刺激と、
熱感が少しずつ、胃壁にも少しずつ浸みて来る。
酔いが麻耶を軽く襲う。
ゆっくりとグラスを傾け、少しずつ味わいながら余韻に浸る。
それは、なるべく龍太郎を思い出さないように・・・、
いや・・・じっくりと思いにふける様に・・・するために。
麻耶の体に、アルコールが浸みれば浸みるほど、龍太郎が恋しくなる。
欲しくなる。抱いて欲しくなる。
彼の大きな体に包まれて・・・そのまま
それを十分に、分かっているからゆっくりと飲む。
それは麻耶の精一杯の、自制でもある。
逢いたいのだ。
すごく、とっても・・・・、あの時の別れが何故か麻耶にとって・・
永遠の別れみたいに、感じてしまう今の自分・・・。
何故だか麻耶には、分からない。
ただ・・・そんな気がするのだ。
疲れているはずの麻耶・・・アルコールの力でも、麻耶の心は休まらない。
かえって、彼が恋しくなる。欲しくなる・・・抱いて・・・ほしい。
もう・・・少しずつ空が明るく・・カーテンを開くように・・・、
ワイドビューの窓ガラスは、新しい一日を準備し始めている。
麻耶の心をさしおいて・・・・
今頃龍太郎は何処に・・・用の無い時にかける電話を龍太郎は極端に嫌う。
手元に携帯をテーブルから、何度も持ち上げたり、携帯を開いたり・・・
麻耶、そばに・・・こんなに傍に・・彼の声が・・・聞こえる、ツールが・・
思い出しても、龍太郎は必要な時以外の連絡はしない。
麻耶は龍太郎に嫌われたくない。用も無いのに、携帯で連絡なんて・・・
出来ない。
麻耶は龍太郎の心を完全に把握している。そして、その事は頭脳明晰な麻耶の
自制心が、体でストップをかけている。
それこそ、それを無視すれば、龍太郎は自分の傍から離れてしまう事を、
自覚している。
メールも同じだ。龍太郎は電波を通じての情報の漏洩を極端に嫌う。
空中に解き放たれた電波はほとんど、傍受される。
その事を熟知している龍太郎は、自分の携帯にもスクランブル電波で、
傍受を避けている。
だから、龍太郎の携帯電話は特殊な加工を施してある。
スクランブル電波も同じパターンは使わない。
とにかく空中に放たれた電波は、危険な事をいやと言うほど知らされている。
それが、龍太郎の電話やメール嫌いの原因か不明だが・・・
夜が明けかけた頃麻耶はソファーに寄り添いいつの間にか眠りについた。
うわごとで、龍太郎と何度もつぶやいていた。
おそらく、夢の中で龍太郎にしっかりと愛されているのだろう、
麻耶の寝顔は、やさしい・・しかし、たまに恍惚の表情も・・・見られ・・・
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