36-不安
龍太郎は二人をロシアの飛行場で見送った後、密かに次の便で北海道に向かった。
北海道で、麻耶の母親、伯母の身辺調査を依頼した人物から、さらに気になる情報が龍太郎にもたらせられた。
その確認のために、急遽ロシアから北海道にやって来た。
麻耶の祖母に会うためにだ。
稚内にやって来て、麻耶の祖母に面会を申し出た。麻耶がいなくなった後、祖母は気の抜けた生活が続いていた。
淡々と毎日を送る、時折麻耶から連絡が来るのが、唯一の楽しみになっていた。
調査された場所に向かったが、果たしてどう切り出すかが問題だった。
龍太郎は、麻耶の会社の上司と言う事で、面会を申し出た。
かなり年季の入った、決して裕福な環境ではない古民家の門を叩く。
暫くして活気のない老婆が現れた。その老婆こそ、麻耶の祖母だ。
白髪に覆われた顔に微かに麻耶の面影がある。
おそらく、麻耶が東京に行ってしまってから、急に老け込んでしまったのだろう。
今目の前の顔は、生きる糧を失ってしまった様なさまが、ありありと伺える。
在りし日は、相当に美しかった事が分る顔立ちに、今龍太郎の目の前の顔はぐっと増えた皺が、相当な年月を重ねた事を物語っている。
めったに他人など来ない家に、何処から見ても紳士と分る壮年の男性が立っていた。その紳士は、片足をわずかに引きながら麻耶の祖母の前に立った。
「失礼ですが? こちらは松本麻耶様のお宅でしょうか?」
龍太郎を胡散臭そうに、一にらみして
「そうだが!・・・何か!?」
「実は、私・・・麻耶君の会社の上司でして・・・!」
と言って、龍太郎は名刺を差し出した。じっとその名刺を見つめて、麻耶の祖母は怪訝そうな、どこかで聞いたことのあるような反応を示した。
その反応から龍太郎も少しどきりとした。もしや・・・
龍太郎も、麻耶の祖母になぜか懐かしさを感じた。そう、麻耶より大人の魅力を持った、以前龍太郎の心を動かした唯一の女を彷彿させる面影だ。
はっとして、一瞬言葉を失った。
「麻耶に何かあったのか?」
龍太郎の一言で、麻耶の身に何事が起こったのか心配になった祖母は、龍太郎に食い下がる。
「いえ、麻耶君は元気です。」
「では・・・どうして・・・ここへ?」
「実は・・・・・麻耶君の母親の事でお聞きしたい事が・・・!」
「麻耶の母親の事?」
「はい!」
「麻耶の母親は、死んだ・・・ずっと前に・・・」
「はい、その事は彼女から聞きました。」
「なら・・・何も話すことはない!!」
もう何も話すことは無いとばかりに、龍太郎から顔を背けて去って行こうとした。
何かあると感じた龍太郎は、必死に食い下がる。
「麻耶君の父親の事が知りたいのです?」
「・・・・麻耶の父親も死んだ・・もういない!」
「はい・・・それで・・父親の名は・・・ご存知では?」
「いや・・・知らん!」
「そうですか? それで何時頃ですか?」
「そんな事・・・あんたに話す必要はない・・・」
「帰って・・くれ!!」
なぜ・・・こんなに無視する。言いたくないことが・・・
「つかぬ事をお伺いしますが・・・?」
「麻耶君のお母さんは、若いころ九州に住んでいた事が、ありませんか?」
「そんな事、あんたに関係ないだろう!!」
「すいません、実は・・もしかすると!!」
「何だ・・・もしかすると!!」
「はい、麻耶君は私の・・・子では・・・!?」
「馬鹿言うな・・・麻耶の父親は・・・日本人じゃあ・・ねえ!!」
「えっ・・・日本人じゃ無いのですか?」
「そうだ・・・ロシア人じゃ!!」
「ロシア人・・・で、その人の名は?」
「もう・・・忘れた・・!!」
「そんな・・・馬鹿な!」
「そうだ、わしの娘を身ごもらして・・・そのまま、ロシアに帰ってしもうた!!」
「それは本当ですか??」
「そうだ、やつは・・・ひどい男だった!」
「娘を身ごもらして、さっさと帰っていったんだ、自分の国へ・・」
「そんな酷い事・・・したんですか?」
「何か訳でも・・・あったのでは?」
「訳など・・・ない、やつは卑怯者だ!」
「そうですか、ではもう一度聞きます・・・」
「彼女は大阪には行った事は・・・九州に住んだ事は・・・?」
「ない・・・、ない!」
何故かその事に触れるのを極端に嫌がる。何か秘密でも・・・
「・・・分りました・・・突然お邪魔してすいませんでした!」
龍太郎、はっきりした証拠が何も無い、探偵からの情報も確実な物は
何も無い。
これでは拉致が開かないと今日の所は引き上げることにした。
「突然お邪魔いたしまして、大変失礼しました!」
「分ったら・・・かえってくれ!!」
普通なら孫娘の上司が来て、このような冷たい態度自体がおかしい。
龍太郎は、祖母は何か知っている事をはっきりと確信した。
それだけでも収穫だと思った。
しかし、本当に麻耶の父親が誰なのかはいまだに疑問だ。
自分が父親の可能性が、ゼロである事がベストだが、その事の確証が早くほしい。
今現在麻耶は妊娠していないと思われるが、もしも・・・妊娠なんて事になったとしたら・・・
大きな不安がよぎる龍太郎だった。
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