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五 息吹を憑ける者 上
「伏せろ!」
 日向宮と嘉凛を庇いながら、望月は両手の指の間に短剣を滑らせた。

 まずは七人を瞬殺。

 八つの剣を投げたのだが、一人だけ、望月の短剣をね返してきた。
 風花が日向宮の側まで飛び込んできたので、望月は踵を返した。駆け寄りながら再び短剣を投げるがまたも弾かれてしまう。とりあえず日向宮と嘉凛は大丈夫だがもう、望月も由祇も、間にあわない。

 橘の左肩に、刃が喰い込んだ。

 おびただしい量の鮮血が弾ける。
 急所は外したようだが、出血が激しい。あと一度刺されたら終わりだ。
 しかし、そのとどめを繰り出される前に、由祇が足を踏み込んだ。

 まさに、一瞬の神業だった。
 竹刀では決して見せることのできない抜刀術だ。
 森羅深斬シンラシンザン
 敵のフトコロに入り、刀を抜く。その瞬間に鍔元ツバモトで獲物を捕らえ、切っ先まで滑らせることで、根こそぎ斬り落とす。
 これこそが、雨音深斬流ウオンシンザンリュウの業か。
 由祇の刀はすでに構え直されていて、別の男へ牙を剥いている。

 奇襲を仕掛けてきた敵の数は、十七。風花と由祇があと一人倒していたので、残るは八人だ。

 橘が自らの血がついた刀を取り上げる。そして亡骸ナキガラと化した男へ刺しながら叫んだ。
「殺せ、皆殺しだ!」

 その言葉を受け、由祇が動いた。
 白金の光がトモエを描きながら、前方左右の敵を切り裂く。
 風花の鎖も舞い踊る。分銅に頭蓋骨を砕かれ二人、崩れ落ちた。
 望月も回し蹴りで男を倒した後、足を踏み落とし首を砕く。

 残るは一人。

 由祇と望月が駆け寄ろうとしたら、目の前の障子が全開になった。
「何があった!」
 駆けつけてきた穂村を押しのけ、男が外へ逃げ出した。
「っしまっ……!」
「まて穂村」
 追いかけようとしていた穂村の腕を止め、望月は左足からこういう場合のための短剣を取り出し、投擲トウテキした。

 短剣は逃げる男の背中に刺さった。右の肩甲骨辺りだ、自分で抜くのは難しいだろう。
「なんだ、さっきの短剣は?」
「ああ、あの剣はな、真ん中が空洞になってるんだ」
 通常、刃物が体内に食い込んでいる内は、それがセンとなり、出血は少ない。しかし空洞になっている部分があれば、そこから、血が滴り落ちてくる。
「……つまり」
「血の跡をつけるための剣だ」
 絶句した穂村に、望月は続けた。
「これで誰がこの屋敷を狙ったのか、見つかるといいけどな。応急処置される前に追うぞ、穂村」
 すでに血の跡だけになっている道を、望月は辿りはじめる。
「じゃ、オレは行ってくる。後は頼んだからな」
 人が丁寧に報告したというのに由祇は、早く行けと言わんばかりに手を振っていた。

 冷静なのか、気が抜けているのか、とにかく大した奴等だ、と由祇は思った。
 望月といい、風花といい。
 特に望月だ、八本もの短剣を瞬時に投げるだけでもかなりの技量が必要だ。しかもその内の七本が敵の急所を完璧に仕留めている。六人は首のど真ん中を、布で首が隠れていた男だけ短剣は口腔に、突き刺さっている。
 口腔内を狙うのはかなり難しい、由祇には解る。口の中は確かに急所、しかし歯の合間をすり抜けなければ威力は落ちてしまう。
 あの一瞬で、判断したというのか。
 それに、瞬殺したのを当たり前と思っているような、その後の対応はなんだ。

 歯がカタカタとなり、由祇は自分が震えていることに気がついた。

 死体が所せましところがっているというのに、風花は笑顔で話しかけてきた。
「ウォン君って強いんだねぇ」
「ウォンクン? ……ああ、俺〔雨音寺〕の事か」
 由祇は生真面目に考えてしまった。
「それだと雨音寺の一族全員がウォン君にならないか?」
「気にしない気にしない。そんなことより、また教えてよぉ、バットージュツ。ざっ、しゅぱっっ、って。すっごいカッコいい!」
 本気で、抜刀術を会得するつもりだろうと由祇は思った。

 この風花という女、相当腕はいい。長い鎖をまるで自分の腕のように操っていた。まるで蛇のように、魂を持っているかのように、鎖がウゴメいていた。あの鎖の動きは予測不可能だ。手負いなく殺すのは難しいだろう。下手すると、相打ちになりかねない。
 それに、人を殺しておいて、この緊張感のなさはなんなのだろう。
 望月と風花。この二人に組まれたら……。

 軽く目をツムり、由祇は深呼吸した。今はそんな事を考えている場合ではない。
「まさかこのような惨事をお見せしようとは……。申し訳ございません」
 傷の手当を受けながら、橘は頭を下げていた。
 そう、今は、目の前に日向宮がいるのだ。
「私の事など、どうでも良い事。とにかく休養を」
「いえ、休養など必要ございません」
 そう言って、橘は指示を下した。
「誰か、日向宮様を広間にご案内してくれ。父へ報告も、頼む」
 再び日向宮へ視線を戻し、橘は一礼する。
「至急手当てをし、すぐに私も広間にお戻りいたします」

 橘のきびきびとした態度に、日向宮は含みのある笑顔を浮かべた。
「ではその心意気に甘えるとしよう。Chessを一局打とうではないか、瀬生橘」
 なぜ今、Chessを? 由祇は不思議に思ったが、日向宮には何か考えがあるようだ。きっと意味があるのだろう、橘もそう感じ取ったのか、笑顔で頷いた。

 瀬生はやはり、治安があまり良くないらしい。肩に短剣を刺している男は、さほど注目を浴びることなく逃げているようだった。いや、皆、目を逸らしている。
 まあ、正しい対応だ。
 そう思いながら望月は目を細めた。
 ここは住宅地だ、住民は海に出ているのか瀬生の屋敷で働いているのか、決して人の多い場所ではない。手傷を負った人相の悪い男に関わったら、巻き添えになりかねない。街を取り締まるような人間は、いるとしても今は屋敷の方へ集まっているのだろう。
 逃げている男の姿を、望月たちははっきりと捉えていた。一定の距離を保ちながら、気配をヒソめ、様子をウカガっていた。

 背中の剣を何度か抜こうとしていたが、まるで手が届いていなかった。かなり苛立っているのだろう、近くにいた小さな存在を、蹴り飛ばしているのが解る。
 その小さな存在、三毛猫を抱き上げながら、望月は言った。
「巻き添え喰っちまったな……」
 骨が折れていないか確かめるために猫を撫でていたら、穂村が無言で睨んできた。

 その目を見て、望月は苦笑いした。
 昔の自分は、もっと冷たい目をしていたはずだ。
 そしてもっと、首尾よく的確に物事を処理していたはずだ。
 複数の短剣を投げるというのは、最良の策ではなかった。気づくのが遅すぎ、瞬時に多数の人間を殺すしかなかったとはいえ、雨音寺由祇に本領を見せてしまった。結果として、橘が傷を負ってしまった。
 橘がなぜ傷を負ったのか。それは決して由祇の力量が足りなかったわけではない。望月の技を見て、由祇が驚いてしまったからだ。その驚愕が由祇の動きを鈍らせた。あの瞬間を思い出しながら、望月は確信していた。

 望月は、地面を濡らしている血へ、視線をむけた。
 定期的に落ちている血の臭いを吸い込みながら、望月は感覚を取り戻そうとしていた。どす黒い血から、生々しい感触を思い出していた。

 研ぎ澄ませ。
 頭から、足の先まで、全神経を研ぎ澄ませ。
 全情報を察知しろ。
 脅し、ねじ伏せ、生き残れ。
 今むかっているのは、昔いた世界。
 一瞬の隙が死を招く、容赦ない残酷な世界。

「……よし」
 猫を放し、望月は表情を消した。

 橘とともに由祇が慌てて大広間に戻ると、日向宮がChessの駒を並べていた。
「このようなこと、誰にでも言ってくださればよろしかったのに」
「誰も解らぬだろう」
 日向宮は穏やかに笑いながら応えた。日向宮は駒の配置を完璧に覚えていたようだった。迷うことなく順に駒を揃えてゆく。
「もう覚えてらっしゃるのですか……」
 そう橘が感嘆すると、日向宮は左手に持っていた扇子を横に振った。
「いや、すべてはこのChessの盤と駒が覚えている」

 駒を並べ終えると同時に、日向宮は顔を上げる。
「早く身体を休めたいのだろうが、一局だけお相手願うとしよう」
 そう言って、橘を座らせた。
 市松模様の盤にはそれぞれ駒が十六ずつ、計三十二の駒が並べられている。後方中央には王の駒と女王の駒。両端を強力な駒が守り、前方は歩兵の駒が盾になっている。
 日向宮が黒い駒、橘が白い駒になっている。その駒の色が関係あるのかわからないが、
「お先にどうぞ」
 と橘は言った。

 その言葉を受け、日向宮は歩兵の駒を二枡フタマス進める。
 朝方、橘が、歩兵の駒は始めの位置にある時に限り、二枡動かせると言っていたのを思い出した。口で説明されただけでよく動かせるものだと由祇は感心した。
 橘も同じことを思ったのか言う。
「よく覚えてらっしゃいますね」
「覚えてはおらぬ。とりあえずは、Kingに動く余地を作るとしよう」
「Chessの駒は後ろにも動かせますかね、的確な判断です」

 話しながらも、両者よく駒を進めている。
「日向宮様のご感想をお聞きしたいのですが、Chessを見た時、どう思われましたか。将棋との一番の違いは」
「Chessの駒はすべて、このような形をしているのだろうか」
「はい。私が知るところですが、将棋の駒はすべからく字が彫られておりますが、Chessの場合このような二色の盤と形象化された駒になっております。……説明が不足しておりました、申し訳ございませんでした」
「かまわぬ」
 日向宮は歩兵の駒を取りながら、言った。
「捕らえた駒は、Chessではもう使えぬのだな」
「それは、我国独特の概念ですね」
「ではこれは、将棋のほうが良いと思う点になるな。そう思うと、我国・打潮も捨てたものではないか……」

 日向宮が何を思っているのか、由祇には解らない。
 橘も釈然としない顔のまま、歩兵の駒を取り返す。
 何か大きな動きが生まれたのか、互いに駒を取りあいはじめた。
「Queenの駒は、一つ」
 日向宮はふと呟いただけなのだろう。しかし、橘は丁寧に返事を返した。
「ええ、とりあえずは。しかし、将棋には成金ナリキンという物がありますよね、Chessにも同じような規則があります。と言ってもPawnポーンだけですが。将棋で言うところの『歩』ですね、ただの歩兵です」
 朝、話したことと同じだ。橘にしては珍しいことだった。
「Pawnは一度敵地に到着すると、King以外の、全ての駒に成ることができます」
「……Queenの駒が既にあったとしても」
「左様です。……日向宮様、お妃様方はお元気ですか」
「相も変わらずだ。そなたと面識のあるものは」
「いえ」
「そなたも妻をメトりはじめなければならぬだろうな」
「はい」

 ふと、橘は手を止めた。
「……我が祖母の国・王霧では、一夫一妻制、男も一人の女性としか結婚できないという決まりがあるそうです。もちろん地域にもよりますが」
「そうか……」
 日向宮が顔を上げ、橘と見つめあう形になった。
「……日向宮様は、どう思われます?」
「女としては、その方が良いのだろうな」
「ですね」
「皇帝は、代々男が務めるものと定められている。そなたも季艶院がいたに関わらず跡継ぎとして育てられたのであろう、何故だと思う」
「単純に、種を残しやすいからでしょう」
 二人の間に、沈黙が生まれた。

 退屈した風花が、脇に下げられた、用済みの駒を由祇に近づけてくる。
「ねぇねぇ、この石ホンモノォ?」
「……おそらく」
 由祇にはまったく解らないのだが、おそらく本物の宝石なのだろう。乳褐色のものは真珠、それを石と呼ぶのかも疑問だが、他の色のものは石名すら知らない。
 風花の右手に巻きついている鎖に、目が留まった。近くから見ると飾り気の無い鎖にごく簡素な分銅がついているようにしか、由祇には思えない。
「日向宮様も、そろそろお子様が欲しいのでは」
 失礼なことは百も承知なはずだが今更、橘は遠慮する気持ちはないようだった。日向宮も、顔色を悪くすることなく答える。
「私には、子がいないほうが、良い」

 皇位継承権第一位の弁柄宮には、子が十人いる。今のところ、次位である日向宮には子供がいない方が、まだめ事が起こりにくいのだろう。そう由祇は思った。

 日向宮は、すっと目線をChess盤に戻し、Queenの駒を定めた。
「Checkmate(詰み)」
「……さすが。見事です、日向宮様」
 橘が心から他人を誉めることは滅多にない。しかし、今は本当に驚嘆している、と由祇は思った。

 最高級の賛美にも、日向宮は軽く笑うだけだった。
「なに、これは駒の役割が決まっているからこその勝負。実際には、そうはいかぬ」
 そう言いながら、日向宮はPawnの駒を掴んだ。
「実際には、まず駒を見極めなければならぬ。流れ者を装った男が、本当にただの歩兵なのか。七人もの存在を刹那に倒す兵師ツワモノを、歩兵と見紛ミマゴうてしまえば、その時点で私は終わり……」
「確かに」
 次はQueenの駒に手を移す。
「狙いを読むことも大切。目的は本当にKingの首なのか……。その横にいるQueenこそが今回の的という可能性もある。Chessならば、撤退はいくらでも可能」
「……コンカイノ、マト」
 橘は、その音を口でなぞりながら意味を考える、そしてようやく目を見開いた。
「さよう」
 微笑みながら日向宮は立ち上がる。
「お待ちください、日向宮様」
 すがるような目で、橘は叫んだ。しかしもう日向宮は、こちらへ振り返ることはなかった。
「しばし休みを取り、考えるがよい」
 背をむけたまま立ち止まり、断言した。
「再度、私は瀬生へ訪れよう。その際に、またChessの相手をしてもらいたい」
「日向、ノ……」
 橘は息を呑む。何か、気づいたのだろう。
 由祇は立ち上がろうとしたが、それは日向宮の笑顔に阻まれた。
「何か気になることでもあるのかな」
「……いいえ」
 何も隠し立てすることなどないのだが、なぜかそう答えてしまった。

 望月は、表情を完全に消した。
 今なら非情になれそうだ。
 いくつもの死体の記憶。殺してきた人々の記憶。それが一つ、増えるだけ。
 自分の身体が抉られた記憶。一身に受けた冷たい視線の記憶。それらが少し、増えるだけ。
 悲鳴、恨み、後悔、痛み、すべてを力に変える鬼の神経。

 望月は捉えた。
 その先を左に曲がると宿屋があるはすだ。その一室に、血の塊がある。
 中庭と看板が見えた。

「空の舟」

 望月が昨朝、見かけた宿屋だ。
 その小さな旅館の一室が、巣だった。穂村とともに窓から飛び込みながら、望月は毛皮を羽織った大男へ言った。
「間抜けにも程がある。それとも相当、腕に自信があるのか?」
 こいつが頭なのだろう。やたらと態度がでかく、体躯もかなり大きな男だ。
「自信があるからに決まってるだろうが。おまえ等も、直にこうなる」
 指を差した先には死体が一つ。
 望月が印をつけていた手下を、必要もないのにぶっ殺していた。
 手下を殺したためか、打潮ではあまり見かけない脚の長い机と椅子が、脇に追いやられている。どこぞの工芸品らしき布が被せられた寝台まであるが、それでも十分な床面積があった。客室にしては広い。
「俺の名は笹戯ササギ。おまえ等を殺すんだからな、名前ぐらいは教えといてやる」
「別に、名前なんて興味ねぇよ」
 名乗る必要がどこにある? 名前なんてものに何の意味があるんだ? 月読見にツッキー、今まで数え切れないほどの名前で呼ばれてきた望月は、心底腹が立っていた。

 そんな望月の態度が気にくわないのか、笹戯は声を荒げる。
「まさか、小猿を殺したぐらいでいい気になってんじゃねえだろうな?」
「小猿? ってやたらと小柄なおっさんのことか?」
「やっぱり、おまえが殺したのか」
 小猿、神名備の森で望月がであった小柄な男のことか。そのまますぎる呼び名だ。
「大口叩いてる暇があるなら、もう少しマシな仲間の呼び方、考えたらどうだ?」
「殺したおまえに言われたかねえ」
 好きで殺したわけじゃない。しかし言い訳にすらならないかと思い、望月は言葉を飲み込んだ。殺した事実に、変わりない。
 笹戯は調子に乗り、言う。
「俺をなめんじゃねえ。俺は西のサクラを殺ったこともあるんだぜ」
「桜? 何でそんなこと解るんだ?」
「いちいちシャクに障る野郎だな、サクラにはアカシがあるんだよ。業倉氏の紋が授けられているんだよ。名はタツナリ、腕の立つ奴だった。小猿より、よっぽどな」

「桜に、そんな奴はいない」
 そう答えた望月に、笹戯は眉をひそめた。
「てめぇこそ、何でそんなこと言えるんだ」
「別に、口だけなら何とでも言えるだろ? オレも、おまえも……。ついでに教えておいてやるが、桜の証なんて小細工、オレには興味がない。無意味だ」
 血生臭い部屋に、いい加減嫌気が差し、望月は提案する。
「ここで大人しく捕まっとかないか? オレはさくっと片つけて、瀬生とか日向宮とかから離れたいんだ」
「もうじき殺されるってのに、口が減らない奴だな。せめて精一杯、生き延びる道を考えたらどうだ?」
「生憎オレの頭は出来が悪い。何も考えないで力を抜いた方が柔軟性がでる、周囲の息吹が見えてくる……」
タワけ!」

 振り落とされた大刀を避けながら、望月は言った。
「まずは一つ、おまえ意外と腕力はないんだな。微妙に二の腕が震えている、その大刀、おまえには重過ぎる」
「うるせぇ」
 次はその大刀を横薙ぎに振るってきた。腰を落とし刃を避けてから、望月は一気に笹戯の脇まで近寄った。
 そして耳元で忠告した。
「遅すぎる上、脇が甘い。こんな部屋の中での接近戦には、不むきだ」
 柄を叩き、笹戯の手から大刀を払い落とす。
 その転がった得物を手にしてみると、やはり重かった。
「なるほどな、こういう刀は馬に乗った武将や重装備した敵陣をぶった切るために使うもんだ。面と向かって戦うための物じゃない」

「黙れ!」
 叫びながら小刀を突き刺してくる笹戯はかなり俊敏になっていた。
「そう、この状況には脇差の方があってるよ」
 敬意を証し、望月は間一髪まで首を逸らさず、言った。

 しかし、望月の声は、笹戯には届いてなどいなかった。
 その全神経は、望月の首にむいている。
 脇差の刃により、望月の首に巻きつけていた布が、ひらりひらりと落ちていく。中にあるのは、ほんの小さな丸い痣。

「これは……」
 混乱しているのか、笹戯は頭を振り己の眼を疑う。それでもなお望月の首に見える印に動揺しながらも、ようやく口を開いた。
「……輪桜ワザクラの紋なのか?」
「なんだって!」
 穂村までもが息を飲んだ。眼を見開き、信じがたいという表情を浮かべながらも、望月を見据えた。そして、言った。
「……おまえ、『西のサクラ』なのか?」