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道の果ては 作者:花咲リナ
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「珍しいことも、あるものですね」

真っ白な空間、時々機械音が鳴る部屋に、平淡な声が響く。

「あら、何のことかしら」

白色の椅子に座り、銀縁の眼鏡を押し上げる男。その後ろに立つ女が、自身の髪に指を絡ませながら、小さく笑う。

「情が移るなど、君らしくもない」

「らしくもない?そんなに私のことをご存知とは思いませんでしたわ」

「……何を考えているのです」

眼鏡の男は、相変わらずの平淡な声音で問いかける。その視線は真っ直ぐ、透明な壁の向こう――『被験体』へと注がれたまま、女を振り返ることはない。

「ふふっ、面白い質問ですわね」

吐息を漏らすように響く、女の笑い声。

「そしてあまりに愚問ですわ」

機械音に混じり、女の笑い声が段々と大きくなる。

「うふふっふふっあははははっ!!」

カチャリ、男が眼鏡を押し上げる。

「五月蝿いです」
「……つまらない男ね」
「結構。無駄な事は嫌いです」
「そういうことではないわ」

笑みを消し、呆れたように溜め息をつく女は、男が見つめる壁の向こう、横たわる『被験体』を見遣る。

「余命すら使い尽くすなんて、酷い人」
「つまり実験を止めろと?」
「――……本当、残酷ね」

『被験体』の意識が徐々に浮上する。透明な壁に映し出される数字が、急激に上昇した。

「ねえ、所長様?」

女が不意に、弾んだ声音で男に呼びかけた。
男は無言だ。

「もし、この研究所から出ることになったら、何をしたい?」

真っ白な部屋。鳴る機械音。横たわるモノ。
そして夢見る少女のような声。


「それこそ、愚問ですね」


男は、女を振り返ることなく、平淡な声音で答える。

「出た後に、考えます」



「……本当に、つまらない男ね」
「結構」





╋ ╋ ╋ ╋ ╋ ╋





痛みで意識が戻る。目をゆっくり開く。
――開いたはずだ。

周りは暗闇だった。いや、真っ黒と言った方が良いかもしれない。
右も左も分からない。それこそ、目が開いているのかも分からないほどの闇。

部屋、なのだろうか。ここはどこだろう。
寝転がっているのか、立っているのか座っているのか。平衡感覚が狂う。
手を持ち上げてみるが、それを目視することすらできない。

闇が重くのしかかって来るようで、段々と息が苦しくなる。首が絞められるようで、目を閉じる。

意識が沈んだと思ったら浮上する。今が夢か現実か、曖昧になってくる。相変わらず周りは暗闇で、空気は薄く感じる。


どのくらい経ったのか分からない。

――ガタッ

不意に音がした。周りを見ようと、少しだけ頭を動かすが、何も見えない。
気のせい、だろうか。

――ガタッガタッ

また鳴った。
まるで、頭の中に直接響くような音だった。頭を揺さぶられているような……。

――ガタッ

トン、と何かが足に当たった。ゆっくりそちらへ視線を遣る。
見ると、赤い小さな箱だ。
暗闇の中、そこだけがまるで浮かび上がるように、はっきり見える。
手を伸ばそうと腕を浮かした時だった。

カタカタカタッ

赤い箱が振動した。中に何か入っているようだ。小刻みに揺れている。

カタカタッガタッ

……おかしい。
気のせいか、揺れる度に箱が大きくなっているように見えた。音も大きくなっていく。

いや、気のせいではない。
いつの間にか、膝の高さまで大きくなっている。さっきまで掌に乗りそうな程、小さかったのに。

巨大化する、立方体の赤い箱。

ガタッガタッ

音が鳴り、箱が揺れる。
足元が不安定に曲がった気がした。

この箱は何だろうか。
でもなぜか、嫌な予感がする。

ガタッガタガタッ


揺れが激しくなる。大きさも、今では人の背丈程まで巨大化している。

逃げなきゃ。なぜか、そう思った。
早く。しかし、体が縛り付けられたように動かず、ただ、見上げる程になった箱を見つめる。


――ガタッ


ゆっくり、蓋が開いた。目を見開く。

息が、苦しい。
だめだ、逃げないと……。


黒い煙が、箱の中から溢れ出す。
何も見えない。
だけど何かが、箱の中から出てきたのは、分かった。

逃げよう、と立ち上がる。
なぜか分からないけど、逃げなきゃ。
アレから、逃げなきゃ。

後ずさるが、すぐに壁にぶつかる。
周りは闇。
アレは、どこに――。


『イラナイ』


耳元で聞こえた呪詛。
心臓が凍りつく。

見えたのは、何も映し出さない空洞。
振り上げられたのは、鈍く光る――。


「――っ!!」


ハッと目を開ける。

夢……?いや、違う。
だって、相変わらずそこにあるのは闇。

――ガタガタッ

どこかで音が鳴っている。箱が揺れる音だ。
反射的に立ち上がろうとするが、力が入らず床を這う。

――ガタガタッガタッ

嫌だ。アレが来てしまう。
手探りで、必死に床を這う。

――ガタガタッ!!

指が硬い何かに触れた。壁だ。

「だ、して」

壁を叩く。音が鳴る。
なんでなにがどうして。

「こ、こか、ら……だし、てっ」

喉が痛い。口の中に血の味が広がる。

「お、ねがい……!だしてっ!!」

痛い。だけど声の限りに叫ぶ。
だって、早くしないと。箱が……。

「おねがっ……ゴホッ……だし、てっ!」

アレが、来てしまう。
アレって何?

壁を引っ掻く。手の感覚はない。
叫ぶ。掠れてほとんど聞こえない。

「ゴホッはあっ……ゲホッ……っ」

――ガタガタッ!!

いやだ。お願い。音が止まない。
誰か。

「はぁっ……はぁ…………っけ、て」

――ガタガタガタッ!!

早くしないと、追いつかれる。
誰に?アイツに。

早く逃げないと、また――……。


――また?


ガタガタガタガタッ!!


「ぁ……い、いやだっ……いやぁっ!!」


ああ、コワレル。


「た、すけて……っ!!」




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