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道の果ては 作者:花咲リナ
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檻の外に出て数日、女は毎日のように部屋にやって来るようになった。
と、言っても。女は特に何をするでもなく椅子に座り足を組んだまま、ただ楽しそうに笑っているだけだ。

腕立て伏せ、腹筋、腿上げ、柔軟……。女は様々な「運動」を指示してきた。
体力がないことは自覚していたが、だからと言って何かしようとも思わなかった。だからこうして「運動」をすることは随分久し振りだった。

「運動」するようになって変わったことは幾つかある。
まず檻の外に出られることだ。「運動」が終わればまた檻の中に戻されるが、それでも大きな変化だと思う。
見るだけだった部屋の中に初めて踏み出した感覚。あれは確かに解放感だった。檻の中の冷たさとは違う、灯りの下に立っていることに微かな安堵を覚えた。

あとは、調合物を出されることが極端に減った。それどころか、女は様々な食べ物を与えてくれる。そのおかげか、段々と体調が元に戻っていくのが分かる。
いや寧ろ、ここに来た頃より良くなっている気がする。「運動」の、おかげだろうか。

少しだけ変わった、日々の流れ。
それが日常となってから、更に随分経った頃。

その日は、訪れた。




╋ ╋ ╋ ╋ ╋ ╋




「あなたは、本当に不思議な人間ね」

女はその日、部屋に入るなり、格子越しにこちらを見下ろして小さく笑った。
その笑顔が、何だかいつもと違うように見えて、瞬きを返す。

「抵抗する者、逃げ出そうとする者、自分で命を絶つ者。そして与えられる毒物に耐えることができずに、死んでいく者」

黙って女を見上げると、微笑みは苦笑に変わる。

「あなたはどれでもなかったわね。何の成果も得られない研究に、退屈していたことは確かよ。だからあなたはとても……、暇潰しに適していたわ」
「……」
「本当、何考えているんだか。……ただ馬鹿なだけかしら」

ひどい言い草だ。しかし否定もしない。
確かに、自分は他人からしたら、愚かに見えるのだろう。

「あなたとの時間は、なかなか楽しかったわよ。でもそれも、おしまいね」

腕を組み、檻の格子に寄りかかる女は、口元に三日月を描き、真っ直ぐこちらを見る。
その瞳に映るのは……、好奇心。

「ねえ、ここから出して差し上げましょうか」

「……」

女を見上げる。そして、微かに頭を動かす。
小さな動きだったが、女には伝わったようだ。

「……そう。……そうよね」

ガシャンッ

「あなたならそうすると、思っていたわ」

檻の中に入って来た女は、こちらに近づいてくると、顔を覗き込んできた。
記憶している限り、女がこの檻に入って来るのは初めてのことだった。

「ふふっ、この質問、実験体全てに訊いているの」

しゃがみ込んだ女が手を伸ばしてくる。そして、伸びきってギトギトになった髪を払われた。
おかげで視界が開け、女の顔がよく見えた。

「特に意味はないの。だって、なんと答えようと、結果は同じですもの」

そう言った女は、笑う。

「檻からは出してあげることはできるけれど、この研究所から出ることはできない――。実験体も、そして研究者も、ね」


ガンッと大きく頭が揺れた。視界が一気に暗くなる。
急激に暗転する意識の中、ポツリと落とされた言葉。

「――ごめんなさいね」


最後に見えたのは、悲しそうな、女の笑顔だった。
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