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道の果ては 作者:花咲リナ
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黒いゼリー状の物を口に入れ、すぐに熱が出たため、いつものように薬らしき物を投与される。
暫くすると熱は下がってきて、白衣の人も部屋を出て行った。

荒い息を吐き出しながら、程なくして新しい人が部屋に入って来るのを耳で聞き取り、いつものように差し出される物を待つ。
しかしいつまで経っても、ぼやけた視界の先にいる人影は突っ立ったままだ。
おかしい。
"いつも"なら症状が治まれば、すぐに次の物を差し出される。
ぼやけた視界を鮮明にしようと、数回瞬きをした時だった。

「……ふぅん。やるわね、あなた。本当に人間なの?」

耳を疑う。
……幻聴、だろうか。声が聞こえる。

そうか。熱だけかと思っていたが、幻聴も引き起こす物だったのか。
今までに幻覚や幻聴といった症状も経験していたため、そう納得する。症状が治るまでは次の物が差し出されることはない。

しかし、こちらの考えを読んだかのように笑い声が響いた。

「うふふっ。残念ながら、あなたの精神状態は正常よ」

目の前の人影を凝視する。

緩く一纏めに括り、肩に流れる焦げ茶の髪。
同色の瞳は真っ直ぐにこちらを見つめている。
その瞳から読み取れるのは――、好奇心。

「ふふっ、本当にすごいわぁ。一通り試したのに、五感がまだ使い物になるなんて。奇跡を通り越して悲惨ね」

人の声を聞くのはいつぶりだろう。……確かここに連れて来られた日以来だ。
何しろ自分の声すら、最後に聞いたのは何時だったか、思い出せない。

「自己紹介がまだだったわね。初めまして。そうね……。一応、副所長って肩書きがあるけれど、あまりそう呼ばれるのは好きじゃないの。何だか響きが野暮ったいのよね。あなたもそう思いませんこと?」

先程まで口元に笑みを浮かべていたと思ったら、次の瞬間には不満げに口角が下がる。
ここに来てから無表情に見慣れていたせいか、コロコロ変わる表情がとても新鮮に映る。

「あら、そうそう。これ、差し上げるわ」

格子の中に放り投げられたのは、いつものように毒々しい物体――ではなく。
これは恐らく、パンだ。
這うように近付き拾い上げてみると、中に何か硬い物が練り込まれている。

「テウチのパンよ。木の実類は嫌って言ってるのに買ってくるのよ。嫌がらせね、絶対」

独り言なのか、こちらに話しかけているのか。喋り続ける女とパンを交互に見遣り、ゆっくりと、パンの方へ手を伸ばす。
鼻に持っていき匂いを嗅ぐと、確かにパンの香りがして、ゆっくりと口に入れて噛みちぎる。

「どうかしら?」
「……」

顔を上げると、女がこちらを凝視している。
今まで白衣の人達に何かを尋ねられたことはなかったので、少し驚く。
答えを待っているらしい女に、口の中の食べ物を味わうように咀嚼する。思えばここに来てから、食べ物らしい食べ物を口にするのは初めてだ。

「お、……いし……」
「それは良かったわ。取っといた甲斐があったわね」

久し振りに絞り出した声は酷く嗄れていて、自分でも聞き取りずらかった程だが、女は満足げに頷くと、部屋の隅に置いてあった椅子を引っ張って来て目の前に置き、そこに座り込んだ。

「ふぅん。本当に真っ黒なのね。目は髪が邪魔で見えないけれど……、伸びてる部分を見る限り魔術で染めてる訳でもなさそうねぇ」

女の声は大きい。殆ど独り言なのだろうが、こちらまではっきり聞こえる音量だ。

「そうだわ。お水がいるわよね」

不意に思い出したように女は懐から銀色の器を取り出すと、こちらに差し出してきた。
しかしその中は空だ。
伺うように女の方を見ると、女は小さな声で何やら呟き、皿に手を伸ばす。
すると、女の手の平から滝のように透明な液体が溢れ出たのだ。

――魔術だ。

器に満たされていく液体を、瞬きもせずに見つめる。魔術を見るのは、これが二回目だ。

「お飲みなさい」

女の手が引っ込む。銀の皿には透明な液体が並々と注がれていた。
勧められるままに手を伸ばし、零さないようにゆっくり持ち上げる。
口に含むと、冷たく澄んだ水が喉を潤した。同時に鋭い痛みが喉元を走る。
ゆっくり時間をかけて、無心で水を飲んでいると、いつの間にか皿は空になっていた。

「あ、りが、と……」

先程よりも多少聞き取りやすくなった声で礼を言い、皿を置く。

「声帯に傷は見られるものの、重症ではない。精神的な異常もなし。身体的には一般水準の生活をするには支障をきたす……ってとこかしら」

椅子に腰掛け、タイトスカートから覗く白い脚を組みながらこちらを観察している女は、何かを確認するように、ジロジロとこちらを眺め回す。
女は他の白衣の人達のように、板に書き込んだりはしないようだ。
いやそもそも、女は手に何も持ってはいないのだが。

女は何事か呟きながら、こちらを観察していたが、暫くするとひどく満足げな笑みを浮かべ、椅子から立ち上がった。

「ふふっ。こちらこそ礼を言うわ。あなたはとても良い暇潰しになりそうよ」

そう言った女は白衣を翻し、鼻歌を歌いながら部屋を出て行った。
女が居なくなった部屋はあまりにも静かで、まるで嵐が過ぎ去った後のようだと、呆然と思った。
テウチ=胡桃のようなもの。
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