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道の果ては 作者:花咲リナ
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研究所

あの陶磁器が割れた翌々日。使用人に伯爵が呼んでいると伝えられ、執務室に連れて行かれた。
伯爵から呼び出されるのは半年ぶりだ。
何の用だろう、と首を傾げ、一番最初に思い至ったのは、ここを去って行ったコレクション達。遂に自分の番ということなのだろうか。
辿り着いた執務室の重厚な扉を、三回ノックする。

「クロカミ、参りました」
「入れ」

久方振りに聞いた伯爵の声は、半年前と何も変わらない。扉を開けて踏み入れた執務室も、相変わらず奇妙な物で溢れ返っていた。
中には、毒々しい色のソファーに体を深々と沈めた伯爵と――、向かい合うように座る男が一人。
前髪をサイドに分け、襟に付かない程度に切られた癖のない深紫色の髪。神経質そうな銀縁の眼鏡に、なぜか白衣を着ている。初めて見るその男を視界の端に捉えながら、その場に跪き頭を垂れる。

「ほう、これはまた」
眼鏡の男が平淡な声を出す。

「この目で見るまでは信じ難かったのですが……」
「見事なものだろう」
「ええ。本当によろしいのですか」
「ああ。飽きたものの……、息子がいたく気に入っておったからな。捨てずにいたのだが。……妻が我慢ならないらしい」
「まあ、こちらとしては有難いお話ですが」

発言は許されないため、黙って様子を伺う。しかし何となく、自分がこの屋敷を出るのだろうということは分かった。

「クロカミ」
「はい」
伯爵に呼ばれ、頭を垂れたまま返事をする。

「お前はもう用無しだ。今まで世話してやった恩を忘れるな」
「はい」
「ふんっ」

「では、私はお先に」

眼鏡の男が立ち上がる音がし、こちらに近付いてくる足音が鳴る。

「荷物をまとめたら出てきなさい」

それだけ言い残し、男は執務室を出て行った。恐らく今の言葉は自分に言ったものだろう。次はどこにつれていかれるのだろうか。
扉が閉まる音を合図に立ち上がり、伯爵へ腰を折る。
何か言おうと口を開くが、結局言葉は出てこなかった。黙って伯爵に背を向け、扉を開く。

「精々、励めよ」

扉が閉まる直前、聞こえた声に振り返ると、口元を歪めた伯爵と目が合ったが、すぐに見えなくなった。




╋ ╋ ╋ ╋ ╋ ╋



あの男は荷物をまとめろと言っていたが、持って行くような荷物もない。着替えを数枚腕に抱え、下へ降りる。

既に外で馬車の準備をしていた男はこちらに気付くと、さっさと馬車に乗り込んだ。
どうすれば良いか分からず、その場に突っ立つ。馬車など、あの競売所に連れて行かれた荷馬車以来だ。況してや座る台がある馬車など乗ったことがない。
指示されるまで乗らない方がいいのだろうか。そもそも自分はこの馬車に乗るのだろうか。
いつまで経っても動こうとしない様子を見兼ねたのか、馬車の中から男が顔を覗かせる。

「何をしているのです。早く乗りなさい」

どうやら乗って良かったらしい。足掛けに体重を乗せ、馬車の中を見回しながら足を踏み入れる。思ったより中は広く、ちょっとした部屋のようだ。窓には赤いカーテンが付いていて、もちろん座るところもある。上には小さな明かりが点ったランプがぶら下がっていて、ゆらゆら揺れていた。

「中で転がることを所望ですか?迷惑ですから早く座りなさい」

平淡な声音に我に返り、男の向かいに座る。外に馬車を出すよう指示する男を横目で見遣る。
近くで見ると、眼鏡の奥の目が髪の色と同じ深紫色だと分かったが、その瞳には何の感情も浮かばない。屋敷では見なかったタイプの人間だ。

「貴女は人間ですか」

馬車が動き出し、思ったよりも揺れるな、などと思っていた時。唐突に前から質問が投げかけられ、顔を男の方へ向ける。眼鏡の奥、深紫の瞳が観察するようにこちらを真っ直ぐ見つめている。
しかし変な質問だ。人間か、だなんて。

「……はい」
「魔獣の類ではないのですね」
「まじゅう?」
「……結構です」

それっきり口を閉ざした男から視線を逸らし、窓の外を見遣る。
馬車は次第に人里を離れ、森の中へと入って行った。ぼんやりと窓の外から景色を眺めている間に、更に森の深い場所へと進んで行く。
そう言えばあの時、目を覚ましたのもこんな深い森の中だった、と窓のカーテンの隙間から見える景色を見つめる。
訪れた沈黙は、馬車の揺れが止まるまで続いた。

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