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道の果ては 作者:花咲リナ
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「あれ、アキヨちゃん?」

ヘルの家に来て、五日が経った。
しばらくは寝たきりの日々が続いたが、今では起き上がり普通に生活できる位にまで回復してきている。

「はい」

呼ばれて玄関の方に視線を向けると、目を丸くしたヘルがあんぐり口を開いてこちらを凝視していた。

「おはようございます」
「おはよう……って、そうじゃなくて。え、何してんの」

「逆立ち」

足を地面に下ろし、手を叩きながら答えると、ヘルは複雑な表情で口をモゴモゴさせる。

「あー……うん。そっか。体調はもう大丈夫なの?」

一つ頷く。
「ヘルのおかげ」

「いや僕は何もしてないから。まあ、でも良かったよ。その……、逆立ちできるくらいには回復したんだね」

「?」

「いやごめん。思ったより混乱してるみたい」

何やらブツブツ呟いているヘルに首を傾げつつ、とりあえず今は朝の運動に専念することにする。

これは体力回復に向けて行っている運動だ。
研究所にいた頃、あの女の気紛れで『運動』を指南された時期があったが、その時の記憶を元に考えたメニューだ。

体力がないと回復も遅くなる、と女は言っていた。
きっと自分には筋肉が足りないに違いない。

再び逆立ちをすると、ヘルが諦めたように溜息をついた。

「無理はしないでね」
「はい」

逆立ちからブリッジの状態になり、そこから腹筋の力で背中をつけずに体を起こす。それを段々早いペースで続けると、跳躍を利用して起き上がれるようになってきた。

トスン、と地面に付いた足。
息が乱れている。
森を吹き抜ける風が気持ちいい。

上がった息を整えながら、周りを見回す。
研究所もこんな森の中に建っていた記憶がある。この国は自然が豊からしい。

一度深呼吸をしてから、森に背を向けてヘルの家に入った。





╋ ╋ ╋ ╋ ╋ ╋





「アキヨ?」


ローアルは帰ってきてリビングに入ってくるなり、戸惑った様子で声をかけてきた。

普段ローアルは夕方近くまで仕事に行っている。
騎士というのは忙しいらしい。
ローアルが今こうしてアキヨの側にいるのは、仕事だからだ。
日が出ている間は外で働き、帰ってきても仕事というのは酷な話で、日本だったら労働基準法に引っかかるだろう。

ローアルの休むべき時間を奪っている。早く体調を治して、ローアルを解放しなければと気持ちは急く一方だ。


「おかえりなさい」
「はい、ただいま戻りました。……って、そうではなく!」

なんか見た事のある状況だ。
複雑な表情でこちらを見つめるローアルから視線を逸らし、机に向き直る。

「何をしているのですか?」
「勉強です」
『ソコ違ウ』
「あ、ごめんなさい」

ヘルの使い魔のムゥが先生で、この国の文字を教えてくれている。
ここから出た時、最低限読み書きができないと働けないと思ったからだ。

この国の言葉は英語のようなもので、この世界で最も使われている言語らしい。
逆にこの言語を使わないのは、名の知れていない島国や辺境の地くらいだとか。

空いた時間を潰したくてヘルが貸してくれた本を読もうとしたのがきっかけで、文字が読めないことが判明した。言葉は通じるのに。
それからムゥが教えてくれることになった、という流れだが、それも今日からなのでローアルが初耳なのも無理はない。

ムゥはかれこれ五時間ずっと付きっ切りで教えてくれている。
ありがたいが、少し集中力が途切れてきた。

「言ってくれれば教えたのに……」
「ローアルは、仕事があるから」

「あれ、まだやってたんだ」

作業部屋から出てきたヘルが、驚いたように机の上に散らばる紙を見る。

『全部、教エタ』
「はやっ!」
『今、文法』
「それは優秀なことで……。どう、憶えられそう?」

こちらに視線を向けたヘルに頷く。

ムゥはとても分かりやすく教えてくれた。
こちらのペースに合わせてくれるのが新鮮で、ムゥは本当に良い先生だと思う。

「さて、そろそろ夕飯にしよう。机の上片付けて」
「はい」
「ほら、アル坊も。……男の嫉妬は見苦しいぞ」
「……」

ため息混じりにヘルの言葉に従うローアル。
アル坊とはローアルのことで、子供の姿でそう呼ぶヘルにも、ここ数日で慣れてきた。

三人と一匹で囲むご飯。そこに自分がいることに、何だか不思議な気持ちになる。

ヘルは料理を作る時、魔術を使う。指に炎を乗せたり、物を浮かせたりと、まるで手品を見ているようでおもしろい。
ローアルもプロのような包丁さばきで、思わず魅入ってしまう程だ。

料理などしたことがないため、手伝えることと言ったら調味料を量ったり、鍋をかき回したりだが、二人を横目にキッチンに立つのは楽しい。

今日はシチューのようだ。この世界ではミフィベと言うらしい。

できあがった料理はどれも美味しく、温かい。
今までご飯を美味しいと思ったことはそんなになかったのだが、この家に来てからは毎日思う。

そして食べ終わったら風呂に入るのが、いつもの流れだ。
ちなみにあのボトル石鹸の使い方は合っていたらしく、この世界ではシャンプーがあるものの、使うのは高貴な人や美容に拘わる女の人くらいで、あまりオーソドックスではないらしい。
リンスだと思っていた物は、髪にはもちろん、体にも付けるのが常識のようで、肌の調子を整えてくれるらしいが、今は髪だけに使わせてもらっている。

風呂から上がると決まってローアルが、髪を乾かしてくれる。
断ろうとしたら、途端に項垂れてしまったローアルに負けて、ずっと任せてしまっていた。

「はい、できました」
「……ありがとうございます」

髪を梳くところまでしてもらい、お礼を言うと満面の笑みが返ってくる。
ローアルはよくこうして笑う。その度にどんな反応をすればいいのか分からなくて、視線を逸らしてしまうのだ。





╋ ╋ ╋ ╋ ╋ ╋





ベッドは変わらず、目を覚ました時に使っていた物を使わせてもらっている。

ストレッチをしてからベッドに入る。

するとローアルが椅子を枕元に持ってきて座った。
寝る前に少し二人で話しをするのが日課になっている。

「体調はどうですか?」
「良くなってきてます」
「よかった……。それにしてもアキヨは頭が良いんですね」
「?」
「もうここの文字を憶えたのだから、すごいですよ」
「……ムゥが良い先生だから」

そう言うと、なぜか複雑そうな表情をされる。

「本当は私が教えたかったんですけどね……」
「忙しそうだった、から」
「アキヨのためだったら、いくらでも時間を作りますよ」

真顔でよくローアルはこういうことを言う。恐らくアキヨの面倒を見ることも「仕事」の内ということなのだろう。
しかしその真剣な瞳を向けられると、何故か居心地悪く感じてしまう。

「そう言えばヘルから聞きましたが、朝に運動をしているんですか?」

思い出したように口を開いたローアルに頷くと、優しく微笑まれた。

「良いことですね。運動は好きなんですか?」

聞かれて答えに困った。
ローアルはたくさん質問してくる。そしていつもこちらが答えるまで気長に待ってくれる。
逆に言えば、答えるまで待つのがローアルだった。

「……嫌いではない、です」
「そうなんですか。でも得意なんですね」
「得意?」

思わず聞き返してしまった。ローアルは不思議そうな表情で首を傾げる。

「まるで大道芸人のように身軽な動きだったと、ヘルが言っていましたよ。意識が戻ってまだ数日なのにそこまで動けるのは、元々身体能力が優れている証拠です」
「……」

ヘルは結構しっかり見ていたらしい。

しかし、運動なんて研究所で女に言われてやったくらいで、日本にいた時も特に何かをした記憶はない。

別に体を動かすことを苦には思わない。だけど好きかと訊かれると答えずらい。

「勉強も運動も頑張っていて、アキヨはすごいですね」

微笑んだローアル。
褒められることにも慣れていないから、言葉が出てくることなく、俯いてしまう。

その後しばらく他愛のない話をしていたが、小さく零れた欠伸に気付かれ、ローアルが微笑む。

「そろそろ寝ましょうか」

徐に立ち上がったローアルは、スルリと髪を撫でてくる。

「おやすみなさい、アキヨ。良い夢を」
部屋の電気を消し、名残惜しそうにローアルは部屋を出て行った。

遠ざかる足音が聞こえなくなってから、小さく息を吐き出す。

ベッドから降り、窓の方へ近づく。
カーテンを開くと、大きな満月の光が木々の間から漏れていた。
その光景に見入る。

「五日」

この家に来て、五日経った。
月の光を閉じ込めるように目を閉じ、しばらくして開く。


月の光は曇ることなく、今日も一晩中アキヨの顔を照らし続けた。
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