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道の果ては 作者:花咲リナ
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魔術師の家



ふわり、意識が浮上する。
なんだか懐かしい夢を見た気がする。
そう、日本に……いた頃の――。

――いた頃?


はっと目を開き、体を起こそうとする。しかし鋭い痛みが走り、目眩がして、再び沈んだ体に、ふと違和感を覚えた。

柔らかい。
随分、久しぶりの感覚だ。
まるで、ベッドのような……。

そう言えば、妙に辺りが明るい。
あの薄暗い地下室ではない。木の匂いがする。
見上げる天井は木の目があり、ぶら下がるランプは優しい薄桃色の光を発している。
ゆっくり首を回せば、生活感のある部屋がそこにあって、どれも木で作られた家具が置かれている。
紙や本が散乱している机と、開け放された大きな窓。
壁沿いに置かれた棚には、本や何かが入った瓶が綺麗に並んでいる。
扉が一つあり、その上には小さな壁掛け時計が振り子を揺らし、時を刻んでいる。数字は書かれておらず、蔓のように曲がった二本の針が何もない空間を指していた。

外が明るい。自然光を見るのはいつぶりだろうか。
……ここはどこだろう。

呆然と、窓から吹き込んでくる爽やかな風を感じていると、微かな音が鳴り、そちらを見遣る。

扉が開き、入って来たのは小さな男の子と、真っ赤な長い尾の鳥だった。
男の子はマグカップを片手に持ち、もう片方の手に本を持っていた。そしてこちらを見て、驚いたように動きを止める。
しかし男の子だけではなく、こちらも驚いていた。

男の子の髪が、真っ白だったのだ。遠目だが、瞳は輝く金色。
神秘的で綺麗な色彩に、状況も忘れて思わず見入る。

一瞬だけ動きを止めた男の子は、呆然とするこちらを見て我に返ったのか、すぐにその表情を緩ませ、こちらにゆっくり近付いてくる。

「初めまして。そしておはよう。良かったよ目が覚めて。君がここに来てもう十日経つんだよ」

すぐ目の前にやって来た男の子は、ベッドの近くにある小さな机に本を置き、こちらに笑いかける。

「あ、喉渇いてない?これ、お水。自分で飲めるかい?」

こちらを気遣う、恐らく自分より年下の男の子は、持っていたマグカップをこちらに手渡してくれる。
確かに喉は渇いている。ありがたくマグカップを受け取り、少しだけ体を起こした。
お礼を言おうと口を開くが、なぜか声が出ない。声帯を痛めているのかもしれない。
水を口に含み、ゆっくり飲み込むと、焼けるような痛みが喉を走る。

「大丈夫?どこか痛い?」

マグカップを返すと、それを机に置きながらこちらを伺う男の子。

戸惑いながらも、ゆっくり喉を抑える。

「ああ!そっか。回復魔術をかけるね」

納得したように頷き、身を乗り出した男の子が、指先をこちらに向け、何か呟いた。
するとじんわりとした熱が喉に広がり、暫くすると熱も引き、炎症を起こしたように痛んでいた喉も治っていた。

「……ありがとう」

するり、言葉が出る。
男の子は少しだけ目を見開くと、すぐに笑顔で頷いた。

「改めて、僕はヘル。ここは僕の家だよ」

ヘル、と名乗った男の子は、続けて窓際に留まっている赤い鳥を示した。

「あの鳥はムゥ。僕の家族だ」

紹介されたムゥは、答えるように翼を広げた。綺麗な朱色を日光に煌めかせる姿は、ヘルと同じく神秘的だと思う。

「ここに来る前のことは、憶えてる?」

ヘルが気遣うように問いかけてくる。

ここに来る前。言われて、思い出す。
白衣の人間、地下室、調合物、笑う女、眼鏡の男――。

そして、暗闇。


「っ!!」

頭の中、鳴り響く音が聞こえた気がして、反射的に頭を抑える。
嫌な汗が背筋を流れる。

「落ち着いて、大丈夫。……ごめんね。嫌なことを思い出しちゃったよね」

ヘルがギュッと握ってきたのは自分の手で、はっと我に返る。
そうだ、ここはあの暗闇ではない。

「……」

呼吸を落ち着かせる。大丈夫。だいじょうぶ。

「僕、何か温かい飲み物持ってくるよ。ちょっと待っててね」

思い付いたようにそう言って、パタパタと足音を鳴らしながら部屋を出ていくヘル。
静かになった空間に、ムゥが翼を鳴らす音が響き、それをぼうっと聞く。
しばらくしてヘルが戻って来る頃には、だいぶ落ち着きを取り戻していた。

「はい、モレのお茶蜂蜜入り。気分が落ち着くんだ」

新たに渡されたマグカップは温かく、クリーム色の液体が入っていた。
仄かに甘い匂いがする。

一口飲むと、少しの酸味と、甘い味がフワリと広がり、目を瞬かせる。

「おい、しい」
「よかった!お茶入れるのは自信あるから」

自慢げに鼻を掻くヘルに、久し振りに頬が緩んだ。

「落ち着いた?」

近くの椅子に座り、首を傾げるヘル。
自分より幾分幼く見えるのに、しっかりしている。
見習うようにこちらも体をゆっくり起こし、小さく頷く。

「起きて早々、申し訳ないんだけど、きっと分からないことも多いだろうから、状況を説明しようと思うんだ。大丈夫?」

頷くと、ほっと息を吐くヘル。

「ありがとう。……それじゃあまず大前提から言うとね」

にっこり、ヘルは笑った。


「ここは、君がいた世界とは別の星――、"ウホマトンケ" という星なんだ」


「……」
「……あれ、知ってた?」

知らなかった。
だけど、予想はしていた。

初めから、おかしいことには気付いていた。

明らかに日本ではない場所で、言葉が通じることも。
古めかしい階級に縛られた、身分差別も。
屋敷で見た、人とは異なる姿の "コレクション" も。
魔術と呼ばれる、不思議な力のことも。

どれも、疑問には思っていたが知ることのなかった事実。


「この星には魔術と呼ばれる力があるし、妖精や亜人、魔獣と呼ばれる人間ではない種族もいる」

ヘルが語る真実は現実味がなく、しかし自身に起こったことを鑑みると、納得してしまうだけの説得力はある。

「君のように別の世界から来た人間は、僕の知る限り初めてだ」
「……」
「だから、君が元の世界に帰れるかは分からない。だけど君が望むのなら、生涯をかけてその方法を探すことを約束する」

ヘルが真剣な表情で、こちらを見つめる。

「全てを話す前にそれだけ、確認しておきたいんだ。君は、元の世界に帰りたい?」

見つめてくるヘルの金色の瞳を見つめ、言葉を詰まらせる。

すぐに答えられないのは、なぜだろうか。

「……」

簡単な選択肢のはずだ。
帰るか、帰らないか。それだけなのに。


「わたしは」
どうしたいのだろう。

「……わたしには、ここにいる、理由がない」
「君がいた世界には、その理由があるの?」
「……」

なぜ、すぐ答えられないのだろう。

思い出すのは、朧気に記憶している祖父の姿。
日本には、祖父がいる。自分を必要としてくれる人が、いる……。


――本当に?


「あるよ」

ヘルの声に、ハッと我に返る。

「君がこの星に留まる理由が欲しいなら、あるよ」
とっておきのがね、とヘルは微笑んだ。

「そうは言っても、ここに来て碌な経験もしてないだろうし、帰りたいと願うのが普通だと思うけど」


「……わからない」
「うん?」
「どうすればいいのか、わからない」

日本に帰る理由はある。
でもヘルは、この星に留まる理由もあると言った。

分からないのだ。自分がどうしたいのか。

「そっか」
ヘルは静かに頷いた。

「じゃあ、わかったら教えてよ」
「……」
「それまでは保留ってことで」

先延ばしにされた答え。正直、時間を置いたところで答えは出ない気がしたが、だからと言ってこのままでは話しが進まない。

ヘルの言葉に、小さく頷く。

「ごめんなさい」
「いや、謝るのはこっちだよ」

真剣な表情で、ヘルは椅子から降りると、唐突に頭を下げた。

「ごめん。君にひどいことをした奴らを、許してほしいなんて言わない。これは僕の自己満足だけど、この星の人間として謝らせてほしい」
ごめんなさい。そう言って深々と頭を下げるヘルに驚き、慌てる。

「かお、あげて」
「でも……」
「怒ってないから」

そう言うと、泣きそうな表情でヘルが顔を上げた。

「……ごめん」

再び謝るヘルに、首を横に振る。すると、ヘルは俯いてしまった。

「……この星を、嫌いにならないで」
「……」

静かな、声だった。
ヘルの顔は見えない。だけど、その表情は想像できた。

「おしえて」

零れでた言葉が、ヘルの顔を上げる。
目が合った金色の瞳を、真っ直ぐ見つめた。

「この星のこと、おしえてほしい」

ヘルが目を見開く。

そして、くしゃり、と笑って頷いた。


「うん。……ありがとう」


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