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道の果ては 作者:花咲リナ
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作品中の描写は、筆者の想像によるものです。実際の施設、団体、人物とは一切関係ありません。


唐突だった。

光が弾けるように、辺りが明るくなり、視界が潰れる。

ガクンッと力の抜けた身体を、何かが覆った。

髪の隙間から見えたのは、
淡い金色と、冬の夜空。

それを最後に、糸が切れたように意識が落ちた。





╋ ╋ ╋ ╋ ╋ ╋





その日、とある森に住む魔導士は、自室の机に本を積み上げ、見比べては放り、魔陣形を紙に描いてみては握り潰していた。

そろそろ日も暮れる。
窓の外から射す光が、紅く染まるのを睨むように見上げる。そして眉間をグリグリと揉んだ。

『集中、ナイ』

部屋の片隅にある止まり木で、鳥が鳴く。
片言なそれに答えるように、魔導士は重い溜め息をつく。

「だってぇ、気になるじゃん」
『例ノ、人間カ』
「そ。当たりか、外れか」
『ドッチ、イイ』
「正直、どっちでも嬉しくはない」

だから気が重い、と一回伸びをしながら魔導士は苦笑する。

『嬉シク、ナイ』
「うん。だって当たりってことは 奴隷として扱われてたってことだよ?加えて "あの" 研究所にいるのだとしたら、延命率は絶望的だね」
『ハズレ、ワ』
「また振り出しに戻る。年単位の調査が全てパアさ」

夜が更けていく。気分転換に入れた茶も三杯目となった頃。

バサッと鳥が翼を広げる。
同時に魔導士も素早く椅子から立ち上がり、玄関となる扉に視線を向けた。

バタンッ!!

扉が勢い良く開いたと思ったら、物凄い勢いで飛び込んできた一人の男が、そのままのスピードで魔導士の部屋を横断する。

乱入者が向かったのは、浴室だ。
その腕に抱えられたモノを見て、魔導士はひどく複雑な表情になる。

「当たり、か」

ぽつり、と呟かれた声。鳥が答えるように、羽を一度鳴らす。

「とりあえず、事情は後だな」

先程、男が入って行った扉を見つめ、その表情を思い出した魔導士は、小さな溜め息を吐き出したのだった。




╋ ╋ ╋ ╋ ╋ ╋





『過度な精神負担による記憶障害です』

真っ白な部屋の、白いベッドの上で目を覚ました時、診察しに来た医者はそう言った。

当時6歳。言われている意味もよく分からず、ただ自分が何も持っていないことは理解できた。
何も、思い出せなかった。6歳までの記憶も、ここがどこなのかも、なぜここにいるのかも。
何も分からなかった。

しばらくその白い部屋で診察を受け、数日を過ごした後、今度は違う施設へと移された。

その施設は、親のいない子供が集まる場所だった。そして、とても騒がしい場所でもあった。

夜中でも奇声が止まず、誰かが暴れることは日常茶飯事で、あまり口を開かない者もいれば、どんな時でも、形を成さない言葉を発し続ける者もいた。

後に分かることだが、その施設は精神的に病を抱えた者などを預かる場所だったのだが、当時は記憶もない6歳児だったため、何の疑問もなく現状を受け入れていた。

施設では比較的、自由な時間が多かった。
言葉やアルファベットなどを皆で学ぶ時間もあったが、それ以外はほとんど書物庫で過ごした。
忘れられたように、施設の庭の隅に建てられた書物庫の中には、所狭しと本が並べられていて、一人の老人がカウンターで眠っている以外に人影はなく、施設の中で唯一、静かな場所だったと思う。

言葉は覚えていたが漢字が分からず、振り仮名がある本を選んで読んでいた。

「先生」と呼ばれる大人が数人いて、施設の子供達の世話をしていたが、関わることはほとんどなかった。恐らく、他の子供より手が掛からなかったからだろう。

集団行動の時間以外は、書物庫に向かう。
そんな生活を四年続け、十歳になった頃。


『あなたを引き取りたい、と仰って下さる方が来られているの』

今まで話したこともない先生に呼ばれ、連れて行かれた先にいたのは、スーツ姿の男だった。

白髪混じりの黒髪を、きっちりと後ろに撫で付けて固め、一文字に引き結んだ口と鋭い目。恐らく還暦は過ぎているのに、それを感じさせない程、真っ直ぐ伸びた背筋。

『お前の祖父にあたる者だ。田島の血を引く者としての責任は、果たしてもらおう』

祖父。その単語に驚いた。

記憶がないことに当初、戸惑わなかったと言えば嘘になるが、この施設にいる間、記憶がないことに対して悩むことはなかった。

しかし、この人は自分が知らない――いや、憶えていないことを、知っている人間だ。

心臓が音を立てる。
周りに促されるまま、気付けば祖父の家に向かう車に乗り込んでいた。


連れて行かれた家は、大きかった。一般的な広さがどれ程かは知らないが、恐らく相当広い。
敷地内を車で移動し、下ろされたのは隅に建てられた平屋。

『お前は道具だ。決して奢るな』

そう言った祖父はそれっきり、顔を見せることはなかった。

それからは、その平屋から出ることは許されず、ただひらすら勉学を強要された。
毎日、朝から晩まで様々なことを教わる。休むことは許されず、失敗すれば殴られ、間違えれば罵声が飛ぶ。

増えていく知識の中で、あの祖父が「田島」という大きな企業のトップであること、そして祖父が自分をここに連れて来たのは、別の大きな企業の息子と政略結婚させるためであることが分かった。

しかしそれを知ったからと言って、何が変わるわけでもなく。
ただひたすら、与えられるものを受け入れる毎日。




そんな日々が過ぎ、祖父の家に来て四年が経った頃。
あの、引き取られた日以来、会ったことのなかった祖父に呼び出され、本社へと車で移動していた。

質の良い服を着せられ、髪を結い上げ、軽く化粧まで施されて。
着飾る理由など一つしかない。
きっと、結婚相手と会うのだ。
使用人がそんなことを言っていた、とぼんやり思い出しながら、車の窓から流れる景色を眺めていた。


その時だった。


――キキイイイッ!!


鋭いブレーキ音と、タイヤの摩擦する耳障りな音が響いた。

運転手の叫び声をどこか遠くに聞く。先程まで見ていた車の窓ガラスが割れ、眩しい光が視界を覆うのを、スローモーションのように見つめながら。

心のどこかで微かに、しかし確かに感じたのは、絶望でも悲哀でもなく……。


――解放感、だった。



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