私は賢しいから、夢なんて見ない。
夢なんて見ても、裏切られるだけだから。
そう思ったのは、何時だっけ?
何時もの様に、教室のドアを開ける。
何時もの様に、罵詈雑言が私を迎える。
(今日は空き缶と、黒板消し付きだった。)
「汚ったねー。」
は?お前らのせいだろ…。
「学校来んなよ。」
来たくねぇよ。
こっちだって。
けど高校は義務教育じゃねぇんだから、休んだら進級危ういんだよ。
「死ねば?」
こっちだってお前らの相手疲れてんだ。
こっちだって死にてぇよ。
けど、お前らみたいな、カスの為に死ぬには、勿体無いだろ?
何時からだっただろうか?
気が付けば、私は独りだった。
事の発端は、とても有り触れた事だった。
ある日、同じクラスの子が、軽い火傷を負った。
近くに誰も居なかったから、私は処置を施した。
(薄々気が付いていたけど、私はこの子に嫌われていた。)
その次の日、その子から手紙が来た。
『嫌いだったけど、仲直りしましょう。』って。
普通なら、『ありがとう』って返すだろうね。
でも、私はこの手紙が、凄く腹立たしかったんだ。
嫌いなら…ずっと嫌いでいたら良い。
だって、自分を嫌って居る人と、完璧に仲良くなれる?
そんな夢物語、ありえないでしょう。
だから、私は本心を暴露した。
本当なら、一対一で済む話だよね?
でも、気付けば、一対三十九になってたんだ。
別に、その子が卑怯だとは、思わないけど。
所詮、人間なんて…。
家に帰って、メールを見る。
―『新着メール1件』―――――――――
T中の細江を呪って下さい。
―――――――――――――――――――
その『細江』らしき人物の顔写真も添えつけてあった。
私は『呪い屋』をやっている。
依頼が来たら、そいつを呪う。
もちろん無償で。
(つくずく、私ってお人よしだな…)
『細江』の顔写真をプリントアウトして、藁人形に貼り付ける。
後は、午前二時に、家の境内の裏にある神木に打ち付けるだけ。
私が一番最初に呪ったのは、婆さんだった。
母は、私が幼い時に死んだ。
過労死だった。
全ては婆さんが原因。
婆さんは、母を毎日の様に、いびり倒していた。
それに疲れたのか、ある日、母は静かに息を引き取っていた。
婆さんが私に白羽の矢を立てたのは、すぐの事だった。
学校から帰るのが少し遅ければ、罵られ、打たれる。
風呂場に髪がへばり付いていたら、ヒステリックに叫び、また打つ。
夕飯の味付けが気に入らなければ、料理を投げつけて来る。
(毎日毎日、母さんは耐えていたんだ)と思うと、自然と涙が出た。
ある日、学校で借りた本に『丑の刻参り』について書いてあった。
何でも、藁人形にムカツクやつの写真を貼って、夜中の二時に、藁人形を五寸釘で神木に打ち付けると、写真の相手を呪えるらしい。
怨みが深ければ深いほど、呪い殺す事も可能らしい。
私は、早速藁人形を作り、婆さんの写真を貼った。
そして、午前二時。
神木に打ち付けた。
次の日の昼、婆さんは交通事故で死んだ。
罪悪感より、清々しい気分で一杯だった。
その日から、私は『呪い屋』を始めた。
午前二時、『細江』の藁人形を持って、境内の裏へ行く。
(『細江』、恨みは無いけど、依頼だから。どうせ骨折位で済むんだし。)
カン―…カン―…
釘を打つ音が境内に木霊する。
今日も、学校へ行く。
ご丁寧に、靴箱には鳩の死骸と、画鋲が入ってあった。
(上靴は鳩の血で真っ赤だった。)
真っ赤な上靴を履いて、教室へ行く。
ドアを開くと…ワォ。
水が降って来た。
私はびしょ濡れ。
『アハハ』と、爆笑する声が聞こえる。
私は自分んお机の横に掛けた、体操服を取って、トイレへ行った。
着替えようと、体操服を出すと、体操服はボロボロだった。
保健室へ行って、借りようとしたけど、保険医は居らず、その上、貸し出し用の体操服は全て無くなっていた。
こんなびしょ濡れのなりで授業を受けるわけもいかず、一限目から、屋上でサボる事にした。
もう夏も近い。
この様子では、直ぐに乾くだろう。
暖かな陽だまりの中、うつらうつらとし、寝る事にした。
「…い。…きろ。」
誰だよ…五月蝿いな。
「お…い。…ろ。お…ろ。」
んだよ。解るように、日本語喋れよ。
「おい!!起きろってんだよ!!!!」
目覚めるなり、頬を打たれた。
「やっと起きたぜ、こいつ。」
「よく寝てられるよなぁ。まじムカツク。」
「ちょっとこっち来いよ!!」
腕を引かれて、連れて来られたのは、理科室。
昼間だというのに、薄暗く、尚且つ人体模型や骨格標本まであるので、不気味だ。
「これ、何だ?」
一人の子が笑顔で差し出した物。
それは、『硫酸』(ご丁寧に『人にかけてはいけません』と注意書きがあった)
「硫酸。私が漢字も読めないバカだとでも思った?」
「まじで〜?漢字読めたんだ。バカの分際で。」
「この硫酸、何に使うと思う?」
「知らねぇよ。」
「正解はぁ…あんたにぶっ掛けんだよ。」
流石に、硫酸は勘弁して欲しいよ。
「こいつ抑えて!」
言うなり手を掴まれ、羽交い絞めにされた。
リアルに硫酸掛けられる、リアルに5秒前。
足は自由だ。
私は、硫酸を持ったそいつを、蹴った。
思いっきり。
そいつは、転んだ。
その拍子に、持っていた硫酸は宙に舞い、そいつの顔に掛かった。
「イヤぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああ!!!」
悲痛な叫び声と、皮膚を溶かす、『ジュウ―…』という音。
「たすけてぇぇえぇぇ!!」
そういう彼女の顔は、ゾンビの様に焼け爛れ、直視できない物だった。
「キャぁぁぁぁぁぁぁ!!」
そう叫び、私を羽交い絞めにしていた奴らは、逃げていった。
すぐさま、私は彼女の顔を水で洗い、職員室へ行った。
この事は大事になり、私は放課後、呼び出された。
もちろん、あの時一緒に居た子達も。
「何をして、こんな事になったんだ!!」
鬼の様な形相をして、担任は私達に尋ねた。
「それに、何だね!?君のその上靴は!!!」
あ、私の事か。
「今朝学校に来たら、靴箱に鳩の死骸が入っていて、その鳩の血が付いて、こうなりました。」
『むぅ…』と担任は唸り、話を元に戻した。
「何故、こんな事になったのかね?」
誰も、口を開こうとはしない。
「では個人個人で話を聞こう。長谷川、来い。」
私の名前が呼ばれ、私は担任に付いて行き、進路指導室に入った。
「どうして、こんな事になったんだ?」
「村野さん達が、私を羽交い絞めにして、硫酸を掛けようとしてきました。だから私は村野さんを蹴っただけです。正当防衛です。」
(村野さんは確かに、私に硫酸を掛けようとした。リアルに。だから私のした事は正当防衛である。)
「単刀直入に聞くが、君はイジメにあっているのかね?」
「…それは、ご自身で判断されてはいかがでしょうか?失礼します。」
そう言って、私は進路指導室を出た。
家に帰ってメールを見る。
『新着メールなし』
今日は珍しく、メールが来ていなかった。
久々に、ゆっくりと過ごせそうだ。
そう思って電源を切ろうとする。
その時だった。
ポンっという音と共に『新着メール一件』の文字。
―――――――――――――――――――――――
N高校の長谷川加奈子を呪い殺してください。
―――――――――――――――――――――――
私の事じゃん。
ムリだな。
自分で自分を呪うなんて馬鹿な事、誰がするか。
私は、中学の時の卒業アルバムを引き出した。
(3―D…村野は…あった。)
私は、村野の写真、それと、その取り巻き達の写真を取って、プリントアウトした。
そして、藁人形を出し、貼り付けた。
今夜、丑三つ時。
また、境内には、釘を打つ音が木霊する。
また、今日も学校へ行く。
今日は、村野と、その取り巻き達の机の上に、花瓶と、菊の花があった。
(いつもは私の机にあるはずだけれど。)
村野は、昨日の事件で、顔が焼け爛れた事にショックし、自らの首を切り、自害した。
取り巻き達は、昨日、学校から帰る途中、トラックに轢かれたらしい。
クラスの奴らは、泣く奴も居れば、『不憫だ』と噂する者も居た。
私はそのどちらでもなく、(良い気味…)と思った。
葬儀は、今夜らしい。
葬儀に出ると、当たり前だが、村野や取り巻きの家族は泣いていた。
村野の母は、私に気付いたのか、近づいて来た。
「貴方が、長谷川さん?」
「そうですけど?何か?」
「貴方のせいで…貴方のせいで、由香は死んだのよ!!私の娘を返して!!」
彼女はヒステリックに叫んでいた。
(婆さんにそっくりだなぁ―)
「何とか言いなさいよ!!」
「…あんたの娘が、私に硫酸ぶっかけようと、して来たんだよ?蹴り飛ばしたとしても正当防衛です。その上、彼女が自ら死を選んだ事に私は直接、関与していません。私にそれを言うのは、お門違いなんでは?」
そう言って、私は、式場を後にした。
次の日には、『村野たちを長谷川が呪い殺したんではないか』という噂が流れていた。
確かにそうだ。
私が呪い殺したんだもの。
正解。
気付いた人、100点。
学校では、私とすれ違う度に、皆恐れ、畏怖し、道をあけた。
本当に、良い気味。
まるで、自分が支配者になったよう。
とても清々しい。
偶には、自分の為に他人を呪い殺すのも良いな。
それから、私をいじめる者は居なくなった。
だって、私に逆らえば、私が呪い殺すもの。
死にたくないのなら、それが懸命な判断ね。
そして、誰もが、私に付き従うようになった。
私が、『あいつムカツク』と言えば、その日からそいつは、ハブだ。
『喉渇いた』そう言えば、飲み物を買ってきてくれる。
こんな女王様気分、一度は味わってみたかったのだ。
でも、やはり、人間は信用できない。
現に、地獄耳の私は、ヒソヒソと悪口を言っているのも聞こえるし、何より、今までの経験で、人間というものには、裏切られた記憶しかないからだ。
どうでも良いけど。
学校から帰り、境内の裏の神木を見に行った。
いつも、夜中にしか見ない神木。
夜中以外の時間に見たのは、初めてだ。
ふと、声がした。
「何!?」
振り返ると、私は闇の中に居た。
「ここ…どこ?」
ポツリ、ポツリと小さな鬼火が燈る。
私の目の前には、鬼と、閻魔が居た。
「ここは、地獄だ。」
「は?意味解んねぇし!!早く帰せよ!!」
「無理だな。」
「んでだよ!!」
「人を呪わば、穴二つ。貴様は、死んだんだよ。」
ある朝、一人の少女が、神木の前で死んでいたそうだ。
彼女の死を悼む者は、誰一人として居なかった。
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