月は太陽に強い憧れを抱いていた。
毎日飽きる事も無く太陽を追いかけるが・・・めったに出会うことはできない。
ましてや触れる事など到底かないはしない。
これはそんな月のような少年、十五夜 満月と、太陽のような少女、日向 葵の悲しい物語。
僕が小学校に上がる時、両親の都合で引っ越してきた町。
それが今僕の住んでいる町、天宮町。
都会というにはいささか平凡で、田舎というにはいささか無機質な、そんな中途半端だが平和で静かな町。
引っ越してきた日に一番最初に友達になったのがお隣に住んでいる葵だった。
両親と一緒に近所の挨拶周りをしていた時、母親の後ろで隠れるようにこちらを見つめていた女の子。
クリッとした可愛らしい瞳にどこか気の弱そうな雰囲気を孕んだ葵に、僕は何の前触れも無く
「友達になろうっ。」
と、手を差し出した。
僕の親も葵の親も、少し驚いたようにその様子を見つめていた。
葵も最初はビックリしたみたいでおどおどした様子だったけど・・・そっと僕の手を握って太陽の様な笑顔を見せてくれた。
その日から、僕は毎朝葵と一緒に学校に行った。
一年生と二年生では同じクラスにはなれなかったけど三年生から六年生まではずっと同じクラスでいられた。
最初は僕たちをからかう子達はいっぱいいた。
僕はそんな事まったく気にせず、逆に
「うらやましいだろっ。」
なんて、よく言い張ったものだ。
そんな対応をしていたお陰か、僕のクラスにはその事をからかう奴はいなくなった。
でも、気の弱かった葵は同じようにクラスでからかわれて、泣いてしまう事もあった。
僕はそんな話を聞くたびに、葵を泣かせた奴を調べ上げて仇を取った。
時には返り討ちにされてしまう事もあって、そんな僕の姿を見てまた葵が泣いてしまうという事もあった。
でも・・・そんな時、決まって僕はやる気を倍増させて、何度も何度も挑戦した。
そのお陰で何故か仇を討つはずだったその相手と仲良しになってしまった。
その時友達になったのが、須藤 匠。
匠は葵にもちゃんと謝ってくれて、僕らはこうして三人で一組の仲良しグループになった。
葵をからかったりいじめたりする奴は僕と匠の働きの甲斐もあってさっぱりと居なくなった。
そして時は流れる。
同じ地元の公立中学に入って、三人そろって運良く同じ高校に入って。
高校二年の夏。
それは僕らのバランスが始めて揺らぎ、崩れさった時だった。
匠が葵に告白した。
僕がその事を匠本人から聞いた時、匠は僕の顔をチラリとも見ようとしなかった。
葵の答えはわかっていたのだ・・・。
匠も、僕ですらも薄々分かっていた事。
「ごめんなさい匠君・・・私やっぱり・・・みっちゃんの事が――――。」
そう応えた葵は本当に申し訳ないといった様子だったらしい。
僕はわかっていた。
僕が匠と同じ事をしていたら、きっと葵は受けてくれただろうという事。
だけど三人の内、もし誰かがその行動に出れば・・・もう三人では居られないのだという事も・・・。
危惧していた通り、その日から・・・匠は僕や葵とは話さなくなった。
匠が居なくなった事で、僕と葵はギクシャクとした不安定な関係をぎりぎりの所で保っていた。
このバランスを安定させる方法は僕も、そういう事には疎い葵だってきっと気付いていたと思う。
でも匠という存在は・・・悪い意味で言えば、そこに居なくなった後も僕たちの間に壁として立ち塞がっていた。
そんな不安定なまま、大学に進む時がやって来る。
僕は地元の国立大学に。
当然葵もそこを受ける物だと僕は完全に思い込んでいた。
だから葵の口から
「みっちゃん・・・私ね・・・アメリカの大学に行かなきゃならないの・・・」
という言葉が出てきた時、僕は最初裏切られたような気持ちになった。
そして今まで不安定な関係を貫いていた事を・・・後悔した。
八月二十日。
別れの日、僕は見送りに行った空港で葵に思いの内を、実に九年間心の中に大切にしまってあった思いを、打ち明けた。
「葵、僕・・・葵の事ずっと好きだった。」
九年という時間で蓄積された思いも、言葉にしてしまえば本当に軽い。
だけど、葵はきっとその言葉をもっと・・・普通の何十倍も重く受け止めてくれたと思う。
「みっちゃんっ・・・私も・・・私もずっと、大好きだったよ。これまでも・・・これからもっ・・・」
僕らは空港で、葵の親や他人が見ている事なんて関係無しに抱きしめあった。
きっとお互いにずっと、ずっとそうしたくてたまらなかったんだ。
「僕、手紙書くからね・・・?四年後、大学卒業したら・・・また会って、また一緒に話したり、どこか出かけたりしようね?」
そう耳元で囁くと、葵は少し涙ぐんだ声で
「うん・・・、約束だよ・・・?絶対・・・絶対破っちゃダメなんだからね・・・?
そう、僕の服をしっかりと握り締めて言った。
飛行機の出発を告げるアナウンスが流れ、今まで見守っていてくれた葵の両親が葵に声を掛ける。
葵は泣いていたが、僕は最後まで涙を見せなかった。
お互い涙で分かれるなんて、
もう二度と会えないみたいで、
そんなのは絶対に嫌だったから・・・。
葵を載せて飛び立った飛行機が見えなくなるまで、僕は休憩所の窓の前で立ち尽くしていた。
『十五夜 満月様』
我慢できずにみっちゃんより先に出しちゃいました。
私の事、忘れてなんていませんよね?
アメリカの大学、という事で私は不安で夜も眠れませんでした。
入る学科は外国語学部。
日本語を少しだけど話せる子がいっぱいいってびっくりしちゃいました。
それと私は英語が得意な方だったけど、不自由なく話せるようにするにはまだまだ時間が掛かるみたいです。
みっちゃんのほうはどうですか?やっぱり知っている人もたくさんいますよね・・・?
少し羨ましいです。
まだこっちに来て二ヶ月も経って無いのに早速寂しくなっちゃって・・・でもがんばります。
みっちゃんも勉強とかバイトとかしっかりがんばってね?
P.S 浮気しちゃだめですよ・・・?
October 20th 日向 葵
「浮気しちゃだめですよ・・・か・・・。」
僕はもう何度読んだかも分からない手紙を読み終え、大切に鞄にしまう。
「おい、何ニヤニヤしてんだよ・・・?葵からの手紙か何かか?」
そう声を掛けてきたのは須藤 匠である。
「うん・・・元気にやってるみたいだよ。」
そして僕は窓から空を見上げる。
匠が同じ大学に居ると知ったのは入学式の時にその顔を見かけた時だった。
僕が我慢しきれずつい話しかけたら、匠は意外にも前と同じように僕に接してくれた。
夏休みが明けて、僕は匠に空港での出来事を話すと同時に、葵がアメリカに行った事を話した。
匠はその時
「そうか・・・」
としか言わなかった。
僕もそれ以上は言わなかった。
それから僕らはまた大学では殆ど一緒に行動する程の仲に戻り、今に至っている。
『日向 葵様』
手紙ありがとう。
本当はこっちから先に出したかったんだけど・・・先を越されちゃったみたいだね。
僕は元気でやっています、葵も元気そうで安心した。
アメリカの大学、大変そうだね。
慣れない環境に適応するのはとても難しい事だと思う。
でも葵ならきっと大丈夫。
自信をもってがんばって欲しい。
僕はいつでも葵を応援しているよ?
それとね、少し驚くかもしれないけど、僕は大学で匠に会った。
しかも仲直りも出来たんだ。
匠に君が元気で居る事を伝えたら喜んでいたよ。
また三人で笑える日が来たら良いね。
それじゃ、体に気をつけてね。
P.S 葵の事で頭が一杯で他の子どころか勉強すら頭に入らないよ・・・?
October 30th 十五夜 満月
こうして僕らは月に一回、手紙を交換し合った。
それが大学時代、僕のもっとも大きな楽しみの一つであったのは言うまでも無い。
そうして月日は流れ、僕が大学を卒業して就職先も決めて、社会人としての一歩を踏み出してもう4ヶ月が過ぎようとしていた時。
その月に来た手紙には待ちに待った内容が記されていた。
十五夜 満月様
早い物で、私が日本を後にしてからもう四年経つんですよね・・・。
ところで九月二十五日、日本に帰れます!
丁度私の誕生日です。
でもプレゼントはいりません。
だって私にとって、みっちゃんに会える事が今一番のプレゼントだから・・・。
それに加えてまたプレゼントなんて貰ったりしたらきっとバチが当たっちゃいます。
今から楽しみで楽しみでしょうがないです。
早くみっちゃんに会いたいな・・・。
September 20th 日向 葵
その手紙を、僕は縋る様に握り締めた。
その手紙が僕のところに届く前日の、九月二十一日。
僕の家に葵の父親から国際電話が掛かってきた。
「ひさしぶりだね満月君・・・実は――――。」
ガチャ。
僕はその現実から逃げるように、返事もせずに受話器を置いた。
九月二十五日。
ああは言っていたが、僕は葵に渡すプレゼントを持って空港へ迎えにいった。
そして約四年ぶりに・・・僕らは互いに待ち望んだ再会を果たした。
それなのに、どうしてなんだろう・・・。
僕がどんなに見つめても、葵は僕の事を見てくれない。
僕がどんなに話しかけても、葵は僕と口を聞いてくれない。
折角用意したプレゼントも受け取ってくれない。
長旅で疲れているのかな・・・とも思ったので、僕は今日の所は葵に別れを告げた。
次の日から、葵は一つの部屋にずっと閉じこもるようになった。
食事も取らず、ずっとずっと部屋に閉じこもっている。
誰に話し掛けられても口を開こうともしない。
こんな葵は・・・僕の知っている葵じゃない。
僕は現実を認められず葵の家に通い、毎日毎日話しかけた。
「葵、誕生日プレゼント、受け取ってくれる気になったかな・・・?」
「・・・・・・」
「葵、覚えてる?よくこの家の中でかくれんぼとかしたよね・・・?」
「・・・・・・」
「葵・・・どうして・・・?どうして何も応えてくれないの?四年前空港で約束したじゃないか・・・絶対破っちゃダメだって・・・葵言ったじゃないか・・・?」
「・・・・・・」
僕はその時、とうとう葵の前で涙を流した。
ずっとずっと大好きだった女の子。
四年前、本当は涙が出そうでしょうがなかった。
目頭がこれ以上無いほど熱くなっていた。
だけど、いつかきっとまた会って笑いあえる日が来るって信じていた。
だからこそ涙をこらえた・・・それなのに・・・。
ある日、葵の親戚が一同に、とある大きな建物に集まった。
家に閉じこもりきりだった葵もその時ばかりは車に乗せられてその場所に向かった。
僕はそこについても、葵にずっと話し掛けていた。
返事が無いのは相変わらずだ。
親戚の人達が、僕達のそんな様子を見て本当に悲しそうな顔をしている。
以前は太陽の様に微笑んでいた葵がこんな風になってしまって、きっと悲しいのだ。
というか、どうも葵は今は眠っているみたいだ。
昨日ちゃんと寝たのかな・・・と少し心配しながら僕はいい事を考えた。
人気が無くなったのを見計らって、僕は葵に寄り添うようにして一緒に眠った。
きっと葵が目覚めて僕が隣に居る事に気付いたら、何か反応してくれるはずだ。
今の葵は誰に対しても氷の様に冷たいけど、きっとそうすればまた太陽の様な暖かな笑顔を見せてくれるはずだ。
そう信じて深い眠りに落ちた僕は・・・
その後、永遠に目覚める事は無い。
九月二十四日。
匠は仕事場にいた。
本当に何の偶然か、満月と一緒の職場に行く事が決まってしまったのだが。
どういうわけか、もう満月は今日で四日間も無断欠勤を続けている。
そんな時、匠の携帯電話に一通のメールが届いた。
内容は、明日葵が日本に帰ってくるから一緒に出迎えないか?
という物。
ほんの少し考えるが、告白してからもう五年はたっている。
そんな事を気にしているのはやはり自分らしくない。
ここは笑顔で葵を出迎えて、昔みたいに三人で笑いあおう。
そう思い、承諾のメールを返した。
九月二十五日。
早めに到着した匠だったが、満月はさらに早く到着していた。
その表情は、これから葵に会えるというのにどこか無表情で、俺の話しかけにも微妙にしか反応を示さなかった。
出迎えた葵は・・・棺の中で安らかな顔を浮かべていた。
両親の話では九月二十一日の朝。
強盗に銃で心臓を撃たれ、ほぼ即死だったそうだ。
満月にはあらかじめ電話してあったらしい。
俺は、どうしてその話を教えなかったのか、満月を問い詰めようとした。
しかしそんな事・・・できるはずもなかった。
満月は・・・壊れてしまっていた。
普段の落ち着いた様子をなんら変える事無く遺体に話し掛ける姿を、とても直視する事はできなかった。
何より、涙が溢れてきて・・・とても何かを見れる状況ではなかった。
次の日から毎日、満月は葵の自宅に安置された遺体に話しかけ続けていた。
たわいない事、質問のような事、相談事・・・。
その姿はまるで、死んだ母犬に縋りつく、それに気付いていない子犬のようで、本当にとても見て居られなかった。
九月三十日。
火葬場に親戚が集まり、葵の葬儀が執り行われた。
誰もが信じられなかっただろう。
火葬を終えたタンカの上には・・・
二人分の遺骨が寄り添うように乗っていて・・・
ずっと葵に話しかけ続けていた満月は、どこにも見当たらなかった。
月は太陽に強い憧れを抱いていた。
毎日飽きる事も無く太陽を追いかけるが・・・めったに出会うことはできない。
ましてや触れる事など到底かないはしない。
月はある日太陽を想うあまりに壊れ・・・
その自らの持つ理から離れて太陽に向かう。
そして想い続けた温もりの中で、
月は幸せそうな最期を遂げた。
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