バットマン「狗神 杉川村編」(9/29)PDFで表示縦書き表示RDF


悲しき犯罪者、澤地豊雄。ひたすら闇に向かって走って行く。
バットマン「狗神 杉川村編」
作:オリオン



鬼人走る! 3



 村で大惨事が起きていた頃、少し離れた民家に、一人の少女がいた。

 名前を節子(19)と言う。

 彼女の両親は、今日は親類の所に行っていて、留守にしていた。

 家には彼女しかいない。

 事件は、ちょうど節子が寝ついた頃に起きた。


 ミシミシと、古い板廊下を歩く音がする。

 男は、家の間取りを知り尽くしているのか? 迷う様子もなく先に進んだ。

 廊下の突き当たりは便所になっている。
 その手前の障子をそっと開ける。

 少しだけ開いた隙間から、中を覗き込むと、目指す獲物を発見した。
 

 慎重に、音が立たないように障子を滑らせた。

 湿気を吸った木製のレールは、もどかしいほど動きが鈍い。


 だが、不用意な音を立てたく無かった。



“気付かれずに獲物に近づく!”


 これが一番の醍醐味だからだ。

 暗がりでも、女の白い肌の部分が判別できた。

 男は、慎重に掛け布団をめくり始めた。

 着物の裾が乱れ、女の太ももがあらわになっていた。


 男の興奮は、ピークに達していた。


 彼は、女に覆い被さると、着物を剥がそうとした。

 さすがに、これには女もびっくりした。

 慌てて枕元の電気スタンドを点ける。

 白熱球に照らされたその顔には、見覚えがあった。
 

「何しとるん! 千吉!」


 自分の貞操を奪おうとしているのが、隣の家の千吉(21)だと知って、節子は驚いた。

 隣と言ってもかなり離れているので、それほど親しい間柄ではない。


「いいじゃろ、節子、ワシの物になれ!」


 まだ夜這いの風習が残っている村なので、この行為自体はそれほど珍しい事では無かった。


「いやじゃ! 絶対いやじゃ!」


 節子は、断固として拒否しようとした。


 普通は、ここまで来ると諦めるのが村の習わしなのだが、節子はよほど千吉が嫌いなのか? 必死で抵抗しようとした。


「なんじゃ! そげに豊雄がいいか?」


 千吉は、節子の両手を抑えつけると、吐き捨てるように言った。
 
 
「あの豊雄は、呪われた家の子じゃ!

 あいつの祖父は、前の住職さんの頭をなたで割って、自分も首を切って死んだんじゃ!

 それで、あいつの父親は、女房を絞め殺してから、自分も首を吊ったんじゃ!

 あいつの兄貴は、呪われた身を悔やんで飛び降り自殺!

 姉は肺病で死に、本人も肺病じゃ!

 あいつは呪われた疫病神なんじゃ」


 千吉の言葉を、節子は否定する。


「豊雄ちゃんに関係なかっ!

 それは家族の事じゃ!

 本人がいちばん辛いんじゃ!

 責めたらいかんじゃろ!」


「なに言いよる! あの大馬鹿は、そのうち大それた事をするに違いないんじゃ!」


 節子は、千吉の顔に唾を吐いた。


「なにする!」


 千吉は、節子の頬を平手打ちにした。


 衝撃と痛みが、彼女の心に恐怖心を生んだ。

「お前はワシのもんじゃ。大人しくせい!」

 千吉は、節子の脚を開こうとした。


 だが、その動きが止まる。 


 千吉は、節子に覆い被さるように倒れた。

 節子の目には、千吉の背中に刀を突き刺している豊雄が映っていた。


「昔から五月蝿うるさいんじゃ! こいつは」


 節子は、あまりの出来事に声も出なかった。


「何しとるんじゃ! 豊ちゃん! そげな格好して」


 節子が驚くのも無理はない。

 豊雄の黒い学生服は、濃いシミで覆われていた。

 それが人間の血液である事は、彼の顔に付いた返り血をみれば容易に想像できた。


「……」


「豊ちゃん! 聞いとるじゃろ!」


「……」


「なぜ黙っとるんじゃ! あたしの目を見んかね!」


 異常な様子の豊雄に怯むこと無く、節子は強い調子で言った。

 それは、豊雄に対する節子の愛情の強さを表していた。


 普通なら、怖くて声も出ない筈である。


「なぜ、こげな酷い事をする? 千吉を殺したのは何故じゃ!」


 節子の質問に、豊雄は、下を向いたまま、ボソボソと答えた。


「千吉だけじゃない……。他にも大勢を殺した……」


 豊雄の発言を、節子は予想していた。

 彼の着る服は、かなり血で汚れている。

 それに、血が固まって、板のようにもなっていた。
 それは、かなり時間が経過した事を物語っている。


「豊ちゃん、こげな事をしたら駄目じゃ。それに、一人で残されるお婆ぁはどうする」


 節子は、強い口調から一変して、優しく諭すように言った。

 その言葉、声の調子は、豊雄の心に染みた。




「お婆ぁは真っ先に殺した……」



 豊雄の告白に、節子は衝撃を受ける。


「なぜ、そげな酷い事をしたんじゃ!


 お婆ぁが豊ちゃんに何をした!


 いちばん大切な家族じゃろ!」



 さらに何か言おうとした節子は、思わず黙ってしまった。


 なぜなら、豊雄が涙を流していることに気付いたからだった。



「俺も殺したくは無かったんじゃ!


 だが、俺がこげな大それた事をしでかしたら、お婆ぁは生きていけんじゃろ!


 辛くて悲しい思いをするだけじゃろ!」



 豊雄は、溜まっていた感情を吐き出すように叫んだ。


「それに、俺ももうすぐ死ぬ…。

 一人にはしておけんじゃろ…。

 やっぱり、千吉の言う通り、俺の家系は呪われているんじゃ」


 寂しそうに語る豊雄に、節子は、掛ける言葉を失っていた。


「最後に、節っちゃんの顔が見れて良かった…。

 おいの事は、忘れるんじゃ…」


 豊雄は、節子の顔を、しっかりその目に焼き付けると、きびすを返して走り出した。


 節子は、その後ろ姿を追いかける。


「豊ちゃん!


 殺したらいけん!


 死んだらいけん!


 あたしのお腹には、豊ちゃんの……」


 節子は、声を限りに叫ぶが、豊雄が振り返る事はなかった。


 暗闇に溶け込んで、ひたすら遠ざかって行く。



 闇の中へ


 闇の中へ


 闇の中へ



 闇の中へ




 闇の中へ
 
  


それぞれのエピソードが、今後の展開で繋がって行きます。












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