鬼人走る! 3
村で大惨事が起きていた頃、少し離れた民家に、一人の少女がいた。
名前を節子(19)と言う。
彼女の両親は、今日は親類の所に行っていて、留守にしていた。
家には彼女しかいない。
事件は、ちょうど節子が寝ついた頃に起きた。
ミシミシと、古い板廊下を歩く音がする。
男は、家の間取りを知り尽くしているのか? 迷う様子もなく先に進んだ。
廊下の突き当たりは便所になっている。
その手前の障子をそっと開ける。
少しだけ開いた隙間から、中を覗き込むと、目指す獲物を発見した。
慎重に、音が立たないように障子を滑らせた。
湿気を吸った木製のレールは、もどかしいほど動きが鈍い。
だが、不用意な音を立てたく無かった。
“気付かれずに獲物に近づく!”
これが一番の醍醐味だからだ。
暗がりでも、女の白い肌の部分が判別できた。
男は、慎重に掛け布団を捲り始めた。
着物の裾が乱れ、女の太ももが露わになっていた。
男の興奮は、ピークに達していた。
彼は、女に覆い被さると、着物を剥がそうとした。
さすがに、これには女もびっくりした。
慌てて枕元の電気スタンドを点ける。
白熱球に照らされたその顔には、見覚えがあった。
「何しとるん! 千吉!」
自分の貞操を奪おうとしているのが、隣の家の千吉(21)だと知って、節子は驚いた。
隣と言ってもかなり離れているので、それほど親しい間柄ではない。
「いいじゃろ、節子、ワシの物になれ!」
まだ夜這いの風習が残っている村なので、この行為自体はそれほど珍しい事では無かった。
「いやじゃ! 絶対いやじゃ!」
節子は、断固として拒否しようとした。
普通は、ここまで来ると諦めるのが村の習わしなのだが、節子はよほど千吉が嫌いなのか? 必死で抵抗しようとした。
「なんじゃ! そげに豊雄がいいか?」
千吉は、節子の両手を抑えつけると、吐き捨てるように言った。
「あの豊雄は、呪われた家の子じゃ!
あいつの祖父は、前の住職さんの頭を鉈で割って、自分も首を切って死んだんじゃ!
それで、あいつの父親は、女房を絞め殺してから、自分も首を吊ったんじゃ!
あいつの兄貴は、呪われた身を悔やんで飛び降り自殺!
姉は肺病で死に、本人も肺病じゃ!
あいつは呪われた疫病神なんじゃ」
千吉の言葉を、節子は否定する。
「豊雄ちゃんに関係なかっ!
それは家族の事じゃ!
本人がいちばん辛いんじゃ!
責めたらいかんじゃろ!」
「なに言いよる! あの大馬鹿は、そのうち大それた事をするに違いないんじゃ!」
節子は、千吉の顔に唾を吐いた。
「なにする!」
千吉は、節子の頬を平手打ちにした。
衝撃と痛みが、彼女の心に恐怖心を生んだ。
「お前はワシのもんじゃ。大人しくせい!」
千吉は、節子の脚を開こうとした。
だが、その動きが止まる。
千吉は、節子に覆い被さるように倒れた。
節子の目には、千吉の背中に刀を突き刺している豊雄が映っていた。
「昔から五月蝿いんじゃ! こいつは」
節子は、あまりの出来事に声も出なかった。
「何しとるんじゃ! 豊ちゃん! そげな格好して」
節子が驚くのも無理はない。
豊雄の黒い学生服は、濃いシミで覆われていた。
それが人間の血液である事は、彼の顔に付いた返り血をみれば容易に想像できた。
「……」
「豊ちゃん! 聞いとるじゃろ!」
「……」
「なぜ黙っとるんじゃ! あたしの目を見んかね!」
異常な様子の豊雄に怯むこと無く、節子は強い調子で言った。
それは、豊雄に対する節子の愛情の強さを表していた。
普通なら、怖くて声も出ない筈である。
「なぜ、こげな酷い事をする? 千吉を殺したのは何故じゃ!」
節子の質問に、豊雄は、下を向いたまま、ボソボソと答えた。
「千吉だけじゃない……。他にも大勢を殺した……」
豊雄の発言を、節子は予想していた。
彼の着る服は、かなり血で汚れている。
それに、血が固まって、板のようにもなっていた。
それは、かなり時間が経過した事を物語っている。
「豊ちゃん、こげな事をしたら駄目じゃ。それに、一人で残されるお婆ぁはどうする」
節子は、強い口調から一変して、優しく諭すように言った。
その言葉、声の調子は、豊雄の心に染みた。
「お婆ぁは真っ先に殺した……」
豊雄の告白に、節子は衝撃を受ける。
「なぜ、そげな酷い事をしたんじゃ!
お婆ぁが豊ちゃんに何をした!
いちばん大切な家族じゃろ!」
さらに何か言おうとした節子は、思わず黙ってしまった。
なぜなら、豊雄が涙を流していることに気付いたからだった。
「俺も殺したくは無かったんじゃ!
だが、俺がこげな大それた事をしでかしたら、お婆ぁは生きていけんじゃろ!
辛くて悲しい思いをするだけじゃろ!」
豊雄は、溜まっていた感情を吐き出すように叫んだ。
「それに、俺ももうすぐ死ぬ…。
一人にはしておけんじゃろ…。
やっぱり、千吉の言う通り、俺の家系は呪われているんじゃ」
寂しそうに語る豊雄に、節子は、掛ける言葉を失っていた。
「最後に、節っちゃんの顔が見れて良かった…。
おいの事は、忘れるんじゃ…」
豊雄は、節子の顔を、しっかりその目に焼き付けると、きびすを返して走り出した。
節子は、その後ろ姿を追いかける。
「豊ちゃん!
殺したらいけん!
死んだらいけん!
あたしのお腹には、豊ちゃんの……」
節子は、声を限りに叫ぶが、豊雄が振り返る事はなかった。
暗闇に溶け込んで、ひたすら遠ざかって行く。
闇の中へ
闇の中へ
闇の中へ
闇の中へ
闇の中へ
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