バットマン「狗神 杉川村編」(8/29)PDFで表示縦書き表示RDF


殺人鬼、豊雄の凶行は止まらない。
バットマン「狗神 杉川村編」
作:オリオン



鬼人走る! 2


 杉川村で農家を営む虎男(40)は、突然の停電にびっくりした。

 だが、この村ではよく起こる事なので、その驚きも一時的なものだ。


「おい、停電だ。蝋燭!」


 虎男は、台所の妻(38)に向かって叫んだ。 


「は〜い」


 遠くで妻が返事をする。

 そして暫くすると、玄関が開く音が聞こえた。


「誰だね?」


 誰かと思って襖を開けると、男が立っていた。



 それは、異様な光景だった。



 男は、詰め襟らしき学生服に帯を巻き、日本刀を差していた。

 手にはライフルを持ち、頭には手拭いを巻いていた。


 手拭いに固定した左右二本の懐中電灯が、虎男を照らす。

 男が首からぶら下げたランタンが、暗闇の中に彼の顔を浮かび上がらせた。


 照らされた顔は、血の気が無く、幽霊のようだった。まばたき一つしない目が、生理的な恐怖を呼び起こす。



 それは、人間の目では無かった。



 「豊雄か?」

 虎男は、その首だけお化けみたいな相手に思い当たった。



「そうじゃ! おんし! わしの悪口、言い触らしたじゃろ!」



 すっかり怯えていた虎男は、陸に上げられた魚のように、口をパクパクさせた。

 言葉が思うように出て来ない。


「なに? 言うとらん。言うとらん。」


 慌てて否定するが、豊雄の決心は変わらなかった。


「嘘じゃ!」


 豊雄は、刀を片手で引き抜くと、虎男の肥大した腹を切り裂いた。

 横一文字に赤い線が走り、腹の中で窮屈にしていた腸が、ダラリと外に出て来た。



「ぎゃああっ」



 虎男は、獣のような叫び声を上げる。
 反射的に飛び出した腸を元に戻そうとする。


「うるさいんじゃ!」


 豊雄は、虎男の顎の下から刀を突き通し、静かにさせた。



 虎男の叫び声を聞いた彼の妻は、蝋燭の灯りを頼りに廊下を急いだ。

 当然の事ながら、かなり胸騒ぎがする。


 その時、前から、三つの明かりに照らされた。

 虎男の妻は、恐怖で身動きが取れなくなった。


 暗闇に浮かんでいるのは、青白い男の顔だった。

 狂気を帯びた目が、彼女の方に近付いて行く。


 血の匂いが、辺りに充満していた。


 吐きたくなるような異臭に、女は我に返った。



「キャアアアアアッ〜」



 サイレンのような悲鳴が響き渡る。

 逃げようとして背を向けるが、既に遅かった。

 豊雄は、何の躊躇いも無く、彼女の背中に斬りつけた。

 斜めに斬られた彼女は、体を仰け反らせて、前のめりに倒れた。


 豊雄と壁が、返り血を浴びる。


 蝋燭ろうそくの火が、ゆらゆらと廊下をあぶっていた。 



 虎男の家から悲鳴が聞こえる。


 近所の数件が異常に気が付いた。

 五六人で様子を見に行くと、虎男の家に火の手が上がっていた。
 

「茂! 急いでみんなに知らせて来い」


 茂と呼ばれた男が、慌てて走り出そうとする。


 その時、一発の銃声がした。


 背中の肉が弾け、二三歩前に飛ばされた。


「茂!」
 

 次の銃声は、すぐに来た。

 一人が、喉を押さえて地面をのた打ち回る。その姿は、水揚げされた小海老のようだった。
 


 パン、パン、パン、パン



 連続射撃が、次々と村人を撃ち倒した。


 被害者の中で、肩を撃たれた成雅(28)は、撃った犯人を見る事ができた。

 犯人は、彼等から三十歩ほど離れた便所から出て来た。

 虎男の家は、中に便所が無く、外に汲み取り式の便所があった。その小屋から、犯人は出て来たのだ。


「豊雄か…」


 成雅は、死んだふりをしながら確認した。
 

 異様な雰囲気の豊雄は、炎に照らされながら彼の前を通り過ぎた。


 その後、悲鳴と銃声が暫く絶えなかった。
 豊雄が、次々と民家を襲ったのだった。














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