鬼人走る! 2
杉川村で農家を営む虎男(40)は、突然の停電にびっくりした。
だが、この村ではよく起こる事なので、その驚きも一時的なものだ。
「おい、停電だ。蝋燭!」
虎男は、台所の妻(38)に向かって叫んだ。
「は〜い」
遠くで妻が返事をする。
そして暫くすると、玄関が開く音が聞こえた。
「誰だね?」
誰かと思って襖を開けると、男が立っていた。
それは、異様な光景だった。
男は、詰め襟らしき学生服に帯を巻き、日本刀を差していた。
手にはライフルを持ち、頭には手拭いを巻いていた。
手拭いに固定した左右二本の懐中電灯が、虎男を照らす。
男が首からぶら下げたランタンが、暗闇の中に彼の顔を浮かび上がらせた。
照らされた顔は、血の気が無く、幽霊のようだった。瞬き一つしない目が、生理的な恐怖を呼び起こす。
それは、人間の目では無かった。
「豊雄か?」
虎男は、その首だけお化けみたいな相手に思い当たった。
「そうじゃ! おんし! わしの悪口、言い触らしたじゃろ!」
すっかり怯えていた虎男は、陸に上げられた魚のように、口をパクパクさせた。
言葉が思うように出て来ない。
「なに? 言うとらん。言うとらん。」
慌てて否定するが、豊雄の決心は変わらなかった。
「嘘じゃ!」
豊雄は、刀を片手で引き抜くと、虎男の肥大した腹を切り裂いた。
横一文字に赤い線が走り、腹の中で窮屈にしていた腸が、ダラリと外に出て来た。
「ぎゃああっ」
虎男は、獣のような叫び声を上げる。
反射的に飛び出した腸を元に戻そうとする。
「うるさいんじゃ!」
豊雄は、虎男の顎の下から刀を突き通し、静かにさせた。
虎男の叫び声を聞いた彼の妻は、蝋燭の灯りを頼りに廊下を急いだ。
当然の事ながら、かなり胸騒ぎがする。
その時、前から、三つの明かりに照らされた。
虎男の妻は、恐怖で身動きが取れなくなった。
暗闇に浮かんでいるのは、青白い男の顔だった。
狂気を帯びた目が、彼女の方に近付いて行く。
血の匂いが、辺りに充満していた。
吐きたくなるような異臭に、女は我に返った。
「キャアアアアアッ〜」
サイレンのような悲鳴が響き渡る。
逃げようとして背を向けるが、既に遅かった。
豊雄は、何の躊躇いも無く、彼女の背中に斬りつけた。
斜めに斬られた彼女は、体を仰け反らせて、前のめりに倒れた。
豊雄と壁が、返り血を浴びる。
蝋燭の火が、ゆらゆらと廊下を炙っていた。
虎男の家から悲鳴が聞こえる。
近所の数件が異常に気が付いた。
五六人で様子を見に行くと、虎男の家に火の手が上がっていた。
「茂! 急いでみんなに知らせて来い」
茂と呼ばれた男が、慌てて走り出そうとする。
その時、一発の銃声がした。
背中の肉が弾け、二三歩前に飛ばされた。
「茂!」
次の銃声は、すぐに来た。
一人が、喉を押さえて地面をのた打ち回る。その姿は、水揚げされた小海老のようだった。
パン、パン、パン、パン
連続射撃が、次々と村人を撃ち倒した。
被害者の中で、肩を撃たれた成雅(28)は、撃った犯人を見る事ができた。
犯人は、彼等から三十歩ほど離れた便所から出て来た。
虎男の家は、中に便所が無く、外に汲み取り式の便所があった。その小屋から、犯人は出て来たのだ。
「豊雄か…」
成雅は、死んだふりをしながら確認した。
異様な雰囲気の豊雄は、炎に照らされながら彼の前を通り過ぎた。
その後、悲鳴と銃声が暫く絶えなかった。
豊雄が、次々と民家を襲ったのだった。
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