バットマン3
被害者その5
警察は、もうお手上げ状態だった。
日本全国で1日に数万件の死傷事件が起き続けていた。
全ての事件に共通しているのは、被害者がバットによって殴打されている点だった。
全国同時多発殴打事件
対策本部が出来てから一週間。
何の進展もないまま、月日が過ぎて行った。
「証拠が無いんじゃお手上げだよ! 被害者に聞いても要領を得ないし…」
蟹江刑事は、デスクで体を伸ばした。
「先輩、お疲れです」
後輩刑事の吉田が、蟹江の机にコーヒーを置いた。
「おっ、悪い。砂糖とミルクたっぷりか?」
蟹江は、渋めの中年男だった。どう見てもブラックの方が似合いそうだ。
「ええ、いつも通りですよ」
吉田が笑いながら言う。
「何か可笑しいか?」
「失礼、先輩のイメージだと真っ黒って感じだから」
吉田は二十代後半。笑顔が似合う好青年だった。
「ふん、笑える余裕があるのは良い事だよ」
拗ねた中年男の仕草に、吉田の笑いが止まらない。
この所徹夜続きで、変なテンションになっているらしい。
「笑いすぎだろ…」
「ところで先輩。バットマンのホームページを知ってますか?」
「バットマン? 映画か?」
吉田は、蟹江の机のパソコンを操作した。
ディスプレイに、ホームページの画面が浮かび上がる。
バットマンのルール!
1 バットマンを呼び出すには、殺す相手を怨んでいなくてはならない。
2 バットマンを呼び出すには、バットマンのホームページにアクセスしなければならない(“怨バットマン怨”で検索可)
3 バットマンを呼び出すには、半紙と筆と墨がいる。
4 バットマンを呼び出すには、半紙に墨で人の形(リアルでなくて良い)を書き、その形が赤く染まるまで、自らの血を流さなければならない(血で染める部位で、攻撃場所が決まる)
5 バットマンの仕返しは、染める血の量が多ければ多い程、相手へのダメージも大きくなる。
6 バットマンの仕返しは、呪いをかけてから24時間後の同じ時刻に行われる。
7 なお、利用者のリスクは出血のみで、料金等は発生しない。
ご利用ありがとうございます。
「なんだ? これは?」
蟹江が素っ頓狂な声を上げた。
「先輩、何か事件と関係があると思いません?」
「ただの悪戯だろ。よくある事だよ」
蟹江は、全く取り合わなかった。
「このホームページの事を調べたんですよ」
「へぇ〜」
吉田は、先輩の態度を気にする事なく説明を続けた。
「まず、ホームページの管理人を探しました。登録はフリーメールを使ってました。フリーメールの登録を調べると、面白い事が解ったんですよ」
「へぇ〜」
蟹江は、相変わらず気乗りしないようだった。
「住所が、杉川村にある一軒家だったんですよ。しかも、その家は、過去に殺人事件が有った場所なんです」
「15年前だろ…知ってるよ…一軒家で夫婦が何者かによって鈍器で殴り殺された事件だ」
蟹江が事件を知っている事に、吉田は驚いた。
だが、次の台詞には更に驚いた。
「俺が担当したんだ」
「本当ですか!?」
「嘘ついてどうする」
「やっぱり、このホームページと事件は、何か関係があると思いませんか?」
吉田の推測を、蟹江は否定する。
「いや、やはり悪戯だろう。杉川村の事件は新聞にも載ったからな、
覚えていたか?
または調べてみたか?
どっちにしろ、誰かが悪戯でこんなホームページを作ったんだろう」
吉田は、納得できない表情だったが、それ以上は何も言わなかった。
「それに、この事件は俺たちの手を離れるらしいぞ。
新設された広域捜査班と公安が担当するらしい。
エリートどもに顎で使われるわけだ」
「この事件の犯人は、誰だと想定しているんですか?」
「多分、危険な団体、もしくは外国からのテロ攻撃だと思っているんだろう。同時多発だからな」
その日の夜、久しぶりにアパートへ帰宅した吉田は、さっそく実験を始めた。
彼の計画は、バットマンを呼び出す事だった。
パソコンを起動させ、ホームページを開く。
真っ黒な画面に、例の文字列が浮かび上がる。
「この画面を表示したまま、あの儀式をすればいいのか?」
吉田は、人の形が描いてある半紙の上で、指先を針で刺した。
血を一滴だけ、人形の腕の部分に垂らした。
ホームページの内容が本当なら、殺される事は無い筈だ。
吉田は、暗い部屋の中で取り残された感覚を味わった。
背中に悪寒が走る。背後の空間が、異常なまでに気になっていた。
ふと、パソコン画面に目を留める。
画面の端に、人影が映っていた。
「嘘だろ!」
振り返ると、吉田の目の前に人が立っていた。
影の塊が、吉田を見下ろしていた。
「窓も玄関も確かに閉めた。密室の筈のこの場所に、コイツはどうやって侵入したのだろう?」
そんな疑問を抱いている暇はない。
侵入者は、バットを振り上げているのだ。
このままでは、殴られてしまう。
吉田は、振り降ろされるバットを受け止めた。
ゴキッ!
ゴギュ!
生理的に嫌悪感を覚える音と共に、吉田の腕は折れてしまった。
自ら依頼した制裁は、ここまでの筈だった。
「嘘だろ!」
吉田の声は、恐怖で震えた。
バットマンは、再びバットを振り上げていた。
そして、二撃目を振り降ろす。
躊躇う事なく振り降ろされるバット。
吉田の頭は血まみれだった。
薄れ行く意識の中で、彼は思い当たった。
「バットマンが依頼を叶えるのは24時間後の筈だ。だから、このバットマンは俺が依頼したバットマンではない…」
消え行く意識の中で、吉田は自分の血でメッセージを書いた。
たった一言だけ…。
“信じて”
彼は、もう痛みも感じなくなっていた。
血の海に一人だけ取り残され、最後を迎えた。
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