エンディング
杉川村の事件では、悲惨な出来事が多発した。
その結果、多くの人が心身共に傷ついた。
特に、心に受けた傷は深く、厄介だった。
人間の本音にモロにぶつかった人々は、今までの愛情が幻想だったと思い知る。
もう、誰も信じられなかった。
さらに、自分すら信じられなくなった。
生きる気力を失い、自殺者が後を絶たない。
家族を信じられず、断絶する。
人間不信から、自暴自棄になる。
不安が募り、“何か”に依存する。
老人は居場所を失い、若者は他人を見下した。
事件から一週間が経っても、生き地獄は続いた。
村では、逮捕者が相次いだ。
蟹江刑事も、かなり忙しくしている。
逮捕者の多くは、事件を起こしたのは自分の意志ではないことを主張した。
心神喪失状態だったと主張した。
専門家は、集団ヒステリー状態になったのだと分析した。
過去の殺人鬼、澤地豊雄の事も取り上げられ、精神分析をワイドショウで行っていた。
事件は、魔物によって引き起こされた。
だが、それは“キッカケ”を与えられたに過ぎない。
犯行は、本人が望んだ結果だった。
それを忘れて、“誰か”もしくは“何か”に罪を押し付ける。
そんな騒ぎをよそに、杉川駅で一組のカップルが列車を待っていた。
抜けるような青空が眩しい昼下がりだった。
「電車、遅いな。杉川村に入れないんじゃね」
悪戯っぽい目をした少年が、隣に居る少女に話しかけた。
「冗談でも、嫌なこと言わないでよ」
少年は、少女の機嫌を損ねてしまったようだ。
白いワンピースの少女は、ストローハットを目深に被り、顔を背けた。
「ごめん……。あんな事があったのに、不謹慎だったな」
少年は、心から反省しているらしく、ぶたれた犬みたいな表情をしていた。
少女は、少年から顔を背けたままだった。
「姫岡、機嫌なおせよ」
少年が、少女の顔を覗き込む。
少女は、舌を出していた。
どうやら、少年は少女にからかわれたようだ。
「姫岡〜、脅かすなよ」
「もしかして、本気で困った?」
少女は、陽気に笑いかけた。
少年は、狗神瞬。
少女は、姫岡綾香。
今日、綾香は東京に帰る。瞬は、その見送りに来ていた。
「まあ、最後くらいはからかわせてやるよ」
“最後”のフレーズに寂しさを覚えた綾香は、瞬の顔を見つめた。
「狗神くん、ありがとう。危ない所を助けてくれて」
「いえいえ、こちらこそお世話になりまして」
確かに、澤地豊雄を倒したのは、瞬ではなく綾香だった。
「それにしても、和尚さんは、なんで自殺したんだろう」
綾香は、和尚の笑顔を思い出しながら言った。
あの日、榊原巡査の拳銃を奪った和尚は、それで自分の頭を撃ち抜いていた。
「罪悪感なのか? 発作的なのか? 解らないな。ただ、和尚が目の前で自殺したことに驚いて、村人が正気に戻ったのは確かだよ。それで、お巡りさんの命が助かった」
話が尽きない二人だが、電車の到着を告げるアナウンスが入った。
「いよいよ、お別れだな」
瞬の言葉が終わると同時に、ホームに電車が入って来た。
電車に乗り込んだ綾香が、瞬に尋ねる。
「また、会えるかな?」
不安気な綾香に、瞬ははっきり答えた。
「必ず会える。約束する」
電車の扉が閉まり、綾香を連れ去ってしまった。
取り残された瞬は、暫くホームに居た。
【 了 】
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