反撃その4
姐さん&子分ペアと警官ペアが奮闘している頃、未成年ペアの瞬と綾香は、異常な光景に遭遇していた。
それは、頭を半分吹き飛ばされた女性の死体だった。凄惨な光景に、綾香は目を背ける。
瞬は、死体に近づくと、女性が大切に抱えている何かを確かめた。
その何かを、そっと抱き上げる。
それは、冷たくなり始めた赤ん坊だった。
瞬の温もりを感じ取ったらしく、赤ん坊はいきなり泣き始めた。
「この子、生きているんだ」
瞬は、赤ん坊をあやしながら綾香に近寄る。
「綾香、バトンタッチ」
瞬は、綾香の胸に赤ん坊を預けた。
「よしよし、いい子ね」
綾香は、手慣れた様子で赤ん坊をあやす。
赤ん坊は、安心しきって眠りについた。
「慣れてるな〜、子供がいるとか?」
瞬の軽口を、綾香は笑って否定する。
「そんな訳ないでしょ」
赤ちゃんの健やかな寝顔を見るうちに、綾香は悲しくなって来た。
思わず涙がこぼれる。
「どうした?」
瞬の問いかけに、綾香は泣きながら答えた。
「私も、物心がつく前に両親を失ったから、同じ境遇のこの子が可哀想で……」
頬を、玉状の粒が転がり落ちた。
瞬は、そんな彼女にかける言葉が見つからなかった。傍らに寄り添うと、そっと抱きしめた。
「気をしっかり持って、この状況を乗り切ろう」
綾香は、無言で頷いた。
二人は、その場を後にする。街灯の下で、“物”のように置き去りにされた赤ちゃんの母親が、凄く寂しく感じた。
しばらく行くと、神社に辿り着いた。
石段を見上げると、灯りがあった。
どうやら、誰かがいるらしい。
石段の途中の灯籠の陰で、瞬は綾香に言う。
「ここで隠れていて、誰がいるか見てくるから」
瞬の言葉に不安そうな表情を隠せない綾香。だが、言葉には従った。
瞬は、身軽に石段を登って行く。
神社の境内には、男が一人いた。
彼は、黒い装束に身を包み、頭の左右に懐中電灯を固定し、首からもランタンをぶら下げていた。
腰に巻いた帯には刀を差し、散弾銃を持っている。
その異相は、彼が尋常ではないことを物語っていた。
石畳の上に地域図を広げ、熱心に見入っている。
どのように回れば効率よく殺せるか考えているようだ。
その鬼気迫る表情は、“鬼人”そのものだった。
「ずいぶんと、計画性があるんだね」
その場の重苦しい雰囲気に合わない声が、境内に響き渡る。
瞬が、鬼人から五歩ほど離れた場所に立っていた。
両者は、正面から対峙する。
三つの明かりに照らされ、瞬は眉をしかめた。
「村の人もだいぶ苦しんでいるから、ここら辺でもういいんじゃないの?」
鬼人は、瞬の問いかけに無言だった。
話し合う余地はないらしい。
瞬は、その場でぴょんぴょん飛び跳ねてウォーミングアップ。薄手の上着も脱いだ。
鬼人は、いきなり銃を構え、引き金を引く。
瞬は、すでにその攻撃を予想していた。
姿勢を低くしつつ、上着を鬼人の顔に投げる。
鬼人の視界を奪うと、そのまま背後を取った。
しかし、無表情な青白い顔と、にらめっこすることになる。
鬼人は、首を180度回していたのだ。
さらに、腕の関節も有り得ない方向に曲がり、瞬の頬を拳が直撃した。
瞬は、後ろに飛ばされ、鳥居にぶつかる。
「いいパンチしてるね」
瞬は、軽口を叩きつつも、すぐにその場を移動する。
先ほどまで居た場所が、散弾銃で抉られた。
まるで、止めどもなく流れる川のように、二人の攻防は変化した。
瞬は、あらかじめ拾っておいた小石を、鬼人の顔に投げつけた。
その、人をおちょくったような攻撃に腹を立てた鬼人は、瞬に向かって走り出した。
瞬も、鬼人に向かってダッシュする。
両者の距離は、どんどん縮まった。
散弾銃が火を吹く。
瞬は、スライディングでそれを避けた。
鬼人の足元まで滑り込んだ瞬は、足を絡め、カニバサミで倒す。
そのまま相手を抑え込もうとするが、誤算があった。
鬼人は、左手で右手を外すと、瞬の太股を何かで突き刺した。
元は蝋人形だった鬼人は、針金で体を繋いであった。外した右手から伸びていた針金が、瞬の太股を突き通し、地面まで達していた。
地面に固定され、動けなくなった瞬。
鬼人は、立ち上がると、ニンマリとした。
腰の刀を抜き、瞬を見下ろす。
ランタンで浮かび上がる狂気の表情。
瞬は、その表情を勝利者の驕りと勘違いしていた。
しかし、実際は違った。
鬼人は、別の標的を見つけたのだ。
しかも、瞬に確実にダメージを与えられる獲物を……。
鬼人は、それに向かって走り出した。
その先には、瞬を心配して石段を上がって来た綾香の姿があった。
彼女の胸には、赤ちゃんも抱かれている。
「綾香! 逃げろ!」
声を限りに瞬は叫んだ。
三つの光の真ん中に浮かぶ、狂気の顔。
綾香は、金縛りにあったかのように動けなくなった。
思わず、その場にへたり込む。
鬼人は、放心状態の彼女を、冷酷な表情で見下ろした。
躊躇いは無いはずだった。
彼女の顔を見るまでは……。
鬼人は、綾香の中に懐かしい面影を感じていた。
ろくでもない過去の人生の中で、唯一のいちばん大切な思い出。
それが、彼の心を揺さぶった。
鬼人こと澤地豊雄は、綾香の中に最愛の人を見ていた。
彼女が抱く赤ん坊が、自分の子に錯覚していた。
あの日、走り去る自分の背中に掛けられた節子の言葉は届いていた。
50年前のあの夜、豊雄の身を案じてくれた彼女。
人として扱ってくれた優しい彼女……。
「節子……」
綾香の祖母の名前を口にする。
鬼人は、絞り出すように呟くと、そのまま動かなくなった。
「姫岡、大丈夫か?」
瞬の言葉を聞いて、綾香は我に返った。見ると、自分より瞬の方が大変そうだ。
「狗神くんこそ、大丈夫?」
綾香の問いに、瞬は快活に答えた。
「もちろん」
そう言いながら、ヒョコヒョコと足を引きずっている。
瞬は、綾香の隣に座った。
二人で、“鬼”だった豊雄を見上げる。
今は、ただの蝋人形になっていた。
豊雄は、人の心が戻った瞬間、鬼でいることができなくなったようだ。
「大変な夜だったな」
瞬の言葉に、綾香は頷くのが精一杯だった。
上空では、星が瞬いていた。 |