反撃その3
真弓&岩尾ペアが奮戦している時、警官ペアも“鬼”の群れに遭遇していた。
「蟹江さん、電気が点いてます」
榊原巡査の指す方を見ると、村の寄り合い所に灯りが点いていた。
「もしかして、味方がいるかもな」
蟹江と巡査は、その施設へ向かって歩いた。
「誰かいるのか?」
奥に向かって声をかけたが、誰からも返事がない。
だが、耳を澄ますと、何やらぶつぶつと呟いているのが聴こえた。
たまに、女の子のすすり泣く声も聞こえ、異常事態の発生を匂わせた。
蟹江刑事と榊原巡査は、音を立てないように気をつけながら、長い廊下を歩く。
灯りが点いているのは、奥の集会所だった。
集会所のドアを、そっと開けてみる。
中では、村の顔役が勢揃いしていた。
彼らに取り囲まれて、10歳くらいの少女が泣いていた。
「沙織ちゃん、お爺ちゃん達を許しておくれ。お前は此処にいる皆に愛されている。だから、お前を殺せば、お爺ちゃん達は鬼になって、他の鬼に殺されずに済むんだ。一人の犠牲で、大勢が助かるんだよ」
少女に話しかけたのは、杉川駅の駅長だった。
彼らは、村長や村の班長など、地域で信頼されている人々が多かった。
あの和尚もいる。
蟹江は、彼らの身勝手な考えを聞き、怒りが沸々と湧いて来た。
その理屈は、15年前となんら変わりない。
あの事件も、他人を犠牲にすることで、自分たちの安泰を図ったのが動機だった。
彼らは、過去に犯した罪を、まったく反省していないようだ。
いや、罪とすら認識していないのだろう。
「榊原、拳銃の用意をしておけ」
蟹江の言葉に、榊原は戸惑った。
彼は、練習以外での発砲経験がない。
慌ててホルスターから拳銃を取り出すと、安全装置を外した。
「村人を、撃つのですか?」
不安そうな榊原に、蟹江は軽く答えた。
「緊張するな。撃つとは限らない。よし、行くぞ!」
蟹江は、集会所のドアを勢いよく開けた。
全員の注目が、こちらに集まる。
「警察だ! 全員おとなしくしろ!」
突然の警察の乱入に、村人たちは驚いたようだ。
しかも、拳銃を構える榊原巡査が、睨みをきかせている。
どう対応していいか解らず、呆然としていた。
蟹江は、後ろ手に縛られている沙織ちゃんに駆け寄り、保護した。
とりあえず、彼女を安全な所に連れて行くのが最優先だった。泣きじゃくる少女を抱きかかえ、蟹江は外へ出た。
蟹江の後から、榊原が付いて来た。
二人とも無言で、沙織ちゃんのすすり泣きだけが夜道に響いた。
今まで信頼していた大人に裏切られた彼女の心の傷は、これから一生消えないだろう。
そう思うと、堪らなく悲しくなった。
そんな時、榊原が声をかけて来た。
「かっ、蟹江さん、後ろ!」
榊原の声で振り返った蟹江は、青白い顔で黙々と走り続ける村人の集団を見た。
どうやら、蟹江たちを殺すことに決めたようだ。
村人は、すでに“鬼”になっていた。
「蟹江さん、ここはくい止めます」
榊原は、村人に拳銃を向けた。
蟹江は、どうするか迷ったが、沙織ちゃんの事を考え、榊原にこの場を任すことに決めた。
「頼んだぞ!」
激励の言葉を残すと、少女を抱えたまま走り出した。
蟹江の後ろ姿を見送った榊原は、村人に警告する。
「止まれ! 止まらないと撃つぞ!」
村人は、止まるようすがなかった。
榊原巡査は、真面目な警察官だった。
先ほど外した拳銃の安全装置も、かけ直していた。
再び、拳銃の安全装置を外す。
彼は、規則を守る善良な警官だった。
警察官は、国民の安全を守るのが最優先!
そんな理想をいつまでも持ち続けるタイプだった。
警察官は、警察組織を守るために存在する。
そんな矛盾に突き当たっても、腐らずに勤務を続けていた。
彼の目の前には、その守るべき村民がいた。
全員が顔見知りだった。
挨拶を交わし、笑顔を贈り合い、大切に思って来た地域の人々だった。
その愛すべき人々に、彼は銃を向けようとしていた。
「止まってください! 撃ちますよ」
喜怒哀楽を失った村民たちは、死者の群れのように進んで来る。
榊原巡査は、空に向かって発砲した。
一発。
二発。
三発。
四発。
五発。
やはり、彼には村民は撃てなかった。
威嚇射撃で正気に戻ってもらおうとしたが、効果がない。
“鬼”と化した人々は、恐れも迷いもなく近づいて来る。
そして、杉川駅の駅長の顔が、間近に迫った。
まばたき一つしない狂気に支配された目が、榊原巡査の心を縛った。
何時も笑顔を絶やさずに接してくれていた駅長の面影は、まったく無かった。
木製のバットを振り上げ、当然のように振り下ろす。
インパクトの瞬間、榊原巡査の頭蓋骨が歪み、白目を剥いた。
木魚を甲高くしたような音が響き渡る。
善良な被害者は、そのまま転倒した。
加害者たちは、無力な被害者を取り囲むと、それぞれが持つ凶器を、機械的に振り下ろした。
まるで仕事のように殴り続ける鬼たち。
榊原巡査は、ピクリとも動かなかった。
そんな中、和尚だけは別だった。
彼は、地面に落ちていた銃を拾い上げた。
弾倉を確かめると、まだ一発残っている。
一発一発に願いを込め、空に撃ち上げた弾。
村人の心に届かなかった五発。
和尚は、拳銃を持って榊原巡査に近づいた。
銃声が、大気を揺らした。 |