バットマン「狗神 杉川村編」(26/29)PDFで表示縦書き表示RDF


バットマン「狗神 杉川村編」
作:オリオン



反撃その3


 真弓&岩尾ペアが奮戦している時、警官ペアも“鬼”の群れに遭遇していた。

「蟹江さん、電気が点いてます」

 榊原巡査の指す方を見ると、村の寄り合い所に灯りが点いていた。

「もしかして、味方がいるかもな」

 蟹江と巡査は、その施設へ向かって歩いた。 
 

「誰かいるのか?」

 奥に向かって声をかけたが、誰からも返事がない。

 だが、耳を澄ますと、何やらぶつぶつと呟いているのが聴こえた。
 たまに、女の子のすすり泣く声も聞こえ、異常事態の発生を匂わせた。

 蟹江刑事と榊原巡査は、音を立てないように気をつけながら、長い廊下を歩く。
 灯りが点いているのは、奥の集会所だった。

 集会所のドアを、そっと開けてみる。

 中では、村の顔役が勢揃いしていた。

 彼らに取り囲まれて、10歳くらいの少女が泣いていた。

「沙織ちゃん、お爺ちゃん達を許しておくれ。お前は此処にいる皆に愛されている。だから、お前を殺せば、お爺ちゃん達は鬼になって、他の鬼に殺されずに済むんだ。一人の犠牲で、大勢が助かるんだよ」

 少女に話しかけたのは、杉川駅の駅長だった。
 彼らは、村長や村の班長など、地域で信頼されている人々が多かった。
 あの和尚もいる。

 蟹江は、彼らの身勝手な考えを聞き、怒りが沸々と湧いて来た。
 その理屈は、15年前となんら変わりない。
 あの事件も、他人を犠牲にすることで、自分たちの安泰を図ったのが動機だった。
 彼らは、過去に犯した罪を、まったく反省していないようだ。
 いや、罪とすら認識していないのだろう。
 
「榊原、拳銃の用意をしておけ」

 蟹江の言葉に、榊原は戸惑った。
 彼は、練習以外での発砲経験がない。
 慌ててホルスターから拳銃を取り出すと、安全装置を外した。

「村人を、撃つのですか?」

 不安そうな榊原に、蟹江は軽く答えた。

「緊張するな。撃つとは限らない。よし、行くぞ!」

 蟹江は、集会所のドアを勢いよく開けた。

 全員の注目が、こちらに集まる。

「警察だ! 全員おとなしくしろ!」

 突然の警察の乱入に、村人たちは驚いたようだ。
 しかも、拳銃を構える榊原巡査が、睨みをきかせている。
 どう対応していいか解らず、呆然としていた。

 蟹江は、後ろ手に縛られている沙織ちゃんに駆け寄り、保護した。
 とりあえず、彼女を安全な所に連れて行くのが最優先だった。泣きじゃくる少女を抱きかかえ、蟹江は外へ出た。

 蟹江の後から、榊原が付いて来た。
 二人とも無言で、沙織ちゃんのすすり泣きだけが夜道に響いた。
 今まで信頼していた大人に裏切られた彼女の心の傷は、これから一生消えないだろう。
 そう思うと、堪らなく悲しくなった。

 そんな時、榊原が声をかけて来た。

「かっ、蟹江さん、後ろ!」

 榊原の声で振り返った蟹江は、青白い顔で黙々と走り続ける村人の集団を見た。

 どうやら、蟹江たちを殺すことに決めたようだ。
 村人は、すでに“鬼”になっていた。


「蟹江さん、ここはくい止めます」

 榊原は、村人に拳銃を向けた。

 蟹江は、どうするか迷ったが、沙織ちゃんの事を考え、榊原にこの場を任すことに決めた。

「頼んだぞ!」

 激励の言葉を残すと、少女を抱えたまま走り出した。


 蟹江の後ろ姿を見送った榊原は、村人に警告する。

「止まれ! 止まらないと撃つぞ!」

 村人は、止まるようすがなかった。

 

 榊原巡査は、真面目な警察官だった。
 先ほど外した拳銃の安全装置も、かけ直していた。
 再び、拳銃の安全装置を外す。

 彼は、規則を守る善良な警官だった。
 
 警察官は、国民の安全を守るのが最優先!

 そんな理想をいつまでも持ち続けるタイプだった。

 警察官は、警察組織を守るために存在する。

 そんな矛盾に突き当たっても、腐らずに勤務を続けていた。

 彼の目の前には、その守るべき村民がいた。
 全員が顔見知りだった。
 挨拶を交わし、笑顔を贈り合い、大切に思って来た地域の人々だった。

 その愛すべき人々に、彼は銃を向けようとしていた。

「止まってください! 撃ちますよ」

 喜怒哀楽を失った村民たちは、死者の群れのように進んで来る。

 榊原巡査は、空に向かって発砲した。


 一発。

 二発。

 三発。

 四発。

 五発。


 やはり、彼には村民は撃てなかった。
 威嚇射撃で正気に戻ってもらおうとしたが、効果がない。
 “鬼”と化した人々は、恐れも迷いもなく近づいて来る。


 そして、杉川駅の駅長の顔が、間近に迫った。

 まばたき一つしない狂気に支配された目が、榊原巡査の心を縛った。
 何時も笑顔を絶やさずに接してくれていた駅長の面影は、まったく無かった。

 木製のバットを振り上げ、当然のように振り下ろす。
 インパクトの瞬間、榊原巡査の頭蓋骨が歪み、白目を剥いた。
 木魚を甲高くしたような音が響き渡る。
 善良な被害者は、そのまま転倒した。

 加害者たちは、無力な被害者を取り囲むと、それぞれが持つ凶器を、機械的に振り下ろした。
 まるで仕事のように殴り続ける鬼たち。
 榊原巡査は、ピクリとも動かなかった。

 そんな中、和尚だけは別だった。
 彼は、地面に落ちていた銃を拾い上げた。
 弾倉を確かめると、まだ一発残っている。

 一発一発に願いを込め、空に撃ち上げた弾。
 村人の心に届かなかった五発。

 和尚は、拳銃を持って榊原巡査に近づいた。


 銃声が、大気を揺らした。













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