バットマン「狗神 杉川村編」(22/29)PDFで表示縦書き表示RDF


バットマン「狗神 杉川村編」
作:オリオン



杉川村ルール3


  
  誰も入れない、誰も出られない

 
 杉川村在住の義男は、隣町の不動産屋に勤めていた。
 彼は、電車で通勤している。
 次は、彼が降りるべき杉川駅だった。

 だが、停車したのは、隣の松山駅だった。

 不思議に思いつつも駅を降り、表示板で確認する。
 すると、梅田駅の次は杉川駅と表示されていて、乗り過ごした事を示していた。

 気を取り直した義男は、反対側のホームに入った電車に乗り、来た方向へ戻った。
 今度こそ杉川駅に止まる筈だ。
 しかし、梅田駅へ着いてしまった。
 杉川駅を通り越している。
 駅員に尋ねても、解らないと首を振るばかりで話にならない。

 義男は、梅田駅でタクシーを拾い、杉川村に向かった。
 運転手は陽気に話し掛けて来るが、義男は生返事しかできなかった。
 何か、胸騒ぎを覚える。

 やがて、梅田村の終わりを告げる橋が見えて来た。
 この川を超えれば、杉川村に入る。

 橋を渡りきった途端、目の前にいきなり山が現れた。
 それは、松山村の風景だった。

 運転手は、車を止めて驚いている。
 状況が理解できず、放心状態だった。

 義男は、信じられない事実を悟った。


 杉川村が、存在していない……。




   鬼orネズミその2
 
 
 美代子は、大切な赤ちゃんを抱え、夜道を走っていた。
 かろうじて靴を履くことはできたが、靴下までは無理だった。
 素足が擦れ、痛みがあったが、そんな事は気にならなかった。
 子供を守る事で必死だった。

 事の起こりは、一人の男の乱入から始まった。


 夕食時、夫と一緒にテレビを見ていると、突然、画面が暗くなり、“バットマンのルール(杉川村専用)”が表示された。

 二人とも、ポカ〜ンと画面を眺めていた。
 意味が全く解らないので、反応しようがなかった。

 そんな時、あの男が乱入して来た。

 青白い冷酷な顔は狂気を帯びていた。
 迷いのない行動に誰もが動けずにいた。
 黒ずくめで頭に懐中電灯を固定した異装も、二人の度肝を抜くのに充分だった。

まず、美代子の夫の額に銃口が押し当てられる。
 クレー射撃用の散弾銃が火を噴き、右目半分を吹き飛ばした。


「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」


 意味不明の叫び声を上げた美代子は、サークル内の赤ちゃんを抱き上げ、靴を履くのももどかしく、家から飛び出た。

 暗闇の中を、夢中で走り続けた。

 しばらく走ると、後ろが気になってきた。
 
 足音はしないのだが、妙な威圧感を感じる。

 暗闇の中に、3つの光る目があった。

 それが、あの乱入男が頭に固定した懐中電灯と、首からぶら下げたランタンである事は間違いない。

 やはり、追いかけて来ていた。
 美代子は、絶望感を抱きながらも、逃げ続ける。
 松山村には自分の実家があるので、そこまで逃げ切れれば何とかなると考えていた。
 やがて、実家の前の道路が見えて来た。
 そこを渡れば助けてもらえる。
 希望を抱き、美代子の足が速くなる。
 
 ところが、道路を越える事ができなかった。渡った瞬間、道路を背にしていた。
 振り返り、道路を渡ろうとする。
 だが、気が付くと、再び道路を背にして立っていた。


 誰も入ることができない。誰も出ることができない。


 テレビ画面の文字が、美代子の脳裏に甦った。

 三つ目の鬼が近づく。

 美代子の頭の中の画面に、文字列が打ち込まれて行く。

絶望 絶望 絶望 絶望 絶望 絶望 絶望 絶望 絶望 絶望 絶望 絶望絶望 絶望 絶望 絶望


 今の美代子は、正常な判断ができなくなっていた。
 そんな時、抱きかかえていた赤ちゃんが笑った。
 美代子は、その笑顔に涙を流す。
 だが、現実は、三つ目の鬼が迫っている。

 赤ちゃんの笑顔。

 三つ目の鬼。

 赤ちゃんの笑顔。

 三つ目の鬼。

 赤ちゃんの笑顔。

 三つ目の鬼。

 戸惑い、立ち尽くす美代子。
 三つ目の鬼、こと澤地豊雄は、彼女の目の前に立っていた。
 何の躊躇いもない表情で、散弾銃を美代子へ向ける。
 夫の悲惨な姿が思い起こされる。
 それと同時に、ある言葉が浮かんだ。
鬼は鬼に殺されない。愛する者を殺せば鬼になれる。

 美代子は、赤ん坊を頭上に持ち上げると、絶叫した。

 ゴメンネ、私の赤ちゃん!

 絶叫の後に美代子が取った行動は、意外なものだった。

 赤ん坊を抱きしめると、その場でうずくまった。
 正気を失いかけていた美代子だが、赤ちゃんの笑顔を見て、鬼になる手前で踏みとどまったようだ。
 “ゴメンネ”の意味は、赤ちゃんに対しての謝罪だった。


 守りきれなくてゴメンネ。

 弱い母親でゴメンネ。

 もう、会えなくてゴメンネ。


 豊雄は、美代子の頭を散弾銃で吹き飛ばした。
 そして、何事もなかったかのように去って行く。

 
 赤ん坊は、母親の温もりが感じられなくなると、不安になって泣き出した。













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