バットマン「狗神 杉川村編」(19/29)PDFで表示縦書き表示RDF


バットマン「狗神 杉川村編」
作:オリオン



魔物の陰謀


 


 それは、雪の降る寒い日のできごとだった……。

 15年前、村で寄り合いがあった。

 寄り合いと言っても、ほとんどは雑談と宴会で終わってしまう。

 宴会が盛り上がった頃、杉川駅の駅長と、細田満男が口論になった。
 お互いのボルテージが上がり、他の村人も参戦する。
 圧倒的に、駅長に味方する村人が多かった。
 満男は、形勢が不利だと感じると、酔った勢いもあり、怒鳴り散らした。


「おまえら! 皆殺しにしてやる!」


 その場の誰もが、その形相を見て凍りついた。
 みんなが黙り込んだので、満男はさらに気をよくして、今度は和尚にむかって凄んだ。


「坊主、涅槃で待ってるぞ!」


 和尚は、その言葉を聴くと、恐ろしさで震え上がった。
 子供の頃に親を殺された時の恐怖が蘇ったからだった。

 村人たちが何も言い返さないことに満足して、細田満男は帰って行った。

 その後、自分の身に何が起きるのか、知るよしもない。




 満男が居なくなると、村人たちは真剣な表情のまま話し合いを始めた。

 議題は、細田満男についてだった。

「あいつは、やっぱり澤地豊雄の孫だな」

 和尚が口を開くと、村人全員が頷いた。
 それぞれの表情が、事の深刻さを物語っていた。

「やつの祖母は、細田節子だろ、豊雄と親しかった……。父親は解らねえが、豊雄の子供に違いねえ。またその子の孫だから、呪われた血が薄まったかと思ったが、あいつは豊雄そっくりだ」

「満男の一家は、刺激しないように優しく接していたけど、もう、限界だ。俺は、怖くて夜も眠れねえ。あいつの隣の家だから」

「和尚さん、満男をなんとかしなければ、俺たちが殺されてしまうかも知れないぞ」


 駅長の一言が、みんなの気持ちを決めた。

 誰もが、その言葉の意味を理解していた。



 風の強い、肌寒い夜だった。


 無言の一団が、寂しい田舎道を歩いていた。

 口に出さなくても、誰もが思っていた。


「俺たちは悪くない! 悪いのは、呪われた血筋の満男だ!」


 自分の立場を正当化することで、善良な村人は鬼に変わった。 

 人が人で無くなる時、恐怖に支配される。他の選択肢もある筈なのに、機械仕掛けの人形のように、村人たちは黙々と行動した。
 各自が、思い思いの武器を手にする。
 

 

 鎌、包丁、バット、鍬。

 それらを、本来の目的では無い使い方をしようとしていた。


 
 その行動や表情は、50年前の殺人鬼、澤地豊雄を連想させた。
 呪われた血は、満男の中にでは無く、善良な村人の中に蘇っていた。


 
 雪を踏みしめながら、死神の行軍は続く。



 

 ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン


 突然のチャイムに、満男の妻は軽い胸騒ぎを覚えた。

「お〜い、お客さんだぞ」

 風呂に入っている夫が、呑気に声をかけた。

「は〜い、いま出ます」

 満男の妻は、玄関で尋ねた。

「どちら様でしょうか?」

 玄関の向こうからは、遠慮がちな声が聞こえた。

「駅長です。夜分に申し訳ありません。満男さんに寄り合いでの事をお詫びしたくてお伺いしました」

 訪問者が、いつも親切な杉川駅の駅長だと知ると、満男の妻は安心して玄関を開けた。

 だが、その笑顔はすぐに凍りつく。

 目の前には、鬼の形相の駅長がいた。
 いつものニコニコ顔が嘘のような、恐ろしい表情だった。

 
 満男の妻に、駅長のバットが振り降ろされる。


ギャア〜


 もの凄い叫び声を上げて、満男の妻は転げ回った。
 額に瘤ができ、赤黒く膨れて行く。
 美しかった顔は、グロテスクな別人に変わり果てた。
 
 駅長は、彼女には構わず、奧に進む。
 目標はあくまで満男だった。

 駅長の後に続く村人が、満男の妻を包丁で刺した。
 押さえつけ、ザクザク刃物を抜き差しする。

 呪いの言葉を吐きながら、満男の妻は息絶えた。

 

 妻の叫び声にただならぬ物を感じた満男は、風呂から飛び出した。
 その時、駅長と鉢合わせした。

「てっめぇ!」

 それ以上を満男に言わせず、駅長のバットが振り降ろされる。
 こめかみを掠め、肩を直撃する。
 満男は、逃げるように応接間へ飛び込む。
 駅長は、満男の後頭部を殴って倒した。
 ボールを打ったような快音がして、満男の頭に血が滲んでいた。
 
 応接間で裸の満男を取り囲んだ村人たちは、今まで気を遣っていた鬱憤を晴らすかのように、凶器で殴りつけつけた。
 骨が砕け、体が腫れ上がり、動かなくなっても、その行為は続いた。


「もう、やめとけ」

 和尚の一言が、村人を冷静にさせた。










「いや〜!」


 目を閉じ、耳を塞ぎ、少女は叫んだ。

「お前の両親の最後だ。しっかりと目に焼き付けておくんだ」

 エラの張った角張った顔の男が、少女の耳元で囁く。
 少女は、水晶球に映るこの光景を何度も見せられていた。
 彼女は、細田 満男の娘だった。

 あの悲劇の夜、彼女と妹の綾香は、親戚の家に泊まっていて、難を逃れていた。
 その後、彼女は親戚の家で育てられ、妹の綾香は施設に預けられた。
 親戚の家では、二人も養育する余裕がなかったからだった。


「この娘が持つ憎悪のパワーは素晴らしい。人々の負の感情を吸収して、まるで原子炉のようにエネルギーを増殖させる。あともう少しで“霊石”が宿る。魔界と人間界とを隔てる“結界”を壊すことができる唯一の爆弾が……」

 角張った顔の男は、順調に進む計画に満足していた。

 男は、下級の魔物だった。
 魔界の結界を壊し、この世を地獄にするのが、彼の目標だった。
 計画を実行に移すための舞台を日本に選んだのは、世界でもトップクラスの自殺者を誇るためだった。
 豊かで物が溢れているのに、3万人も自殺者がいるのは素晴らしい。
 心の頼どころが、不安定な“物”や“地位”や“権威”に偏っているためだろう?
 もしくは、幻想に近い愛情や、世間体や自分に都合のいい家族関係に満ちている
欺瞞ぎまん蔓延はびこるミニ地獄に見えた。 
 
 魔物は、全国に負のエネルギーを集める水晶球を設置した。
 その負のエネルギーは、全て少女の体に集められている。
 バットマンのサイトは、特に意味を持たない。より強力なエネルギーを集めるために造ったに過ぎない。
 憎い相手を殴打していたのは、あの儀式が産んだ呪いが具現化したにすぎなかった。

そして、いよいよ、最終ゲームが開始される。
 



  













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