バットマン「狗神 杉川村編」(17/29)PDFで表示縦書き表示RDF


バットマン「狗神 杉川村編」
作:オリオン



パズルのピース7


 午後、素麺で腹ごしらえをした瞬と綾香は、サイクリングに出掛けた。
 綾香に気晴らしさせたいと思ったからだった。

 晴れ渡る空。杉川村は快晴。
 ペダルを漕ぐのも軽やかだった。

「綾香は、この村に住んでいたの?」

 瞬の質問に、綾香は快活に答えた。
 先ほどの憂鬱が去り、気分転換ができたようだ。

「小さい頃ね。村の人がとても良い人で、優しかったのを覚えている。駄菓子屋さん、駅長さん、農家のおじさん、みんなニコニコしている印象がある」

 幸せそうに話す綾香を見ていれば、ここでの思い出が良いものだったと想像できる。

「狗神くん、河原に行ってみる? 昔はよく泳いだりしたんだ」

「いいね、姫岡の水着姿が見れるわけだ」

「もう、水着なんか持って来てないよ!」   
 
 木々が密集して、夏の暑い日差しを和らげた。
 自転車を漕ぐ二人には、恵みになるが、坂道という新たな試練が加わるので、プラマイ0だった。いや、むしろマイナスかも…。
 綾香も瞬も、立ち漕ぎで山道を登っていた。
 筋肉痛で悲鳴を上げそうな頃、下り坂になる。苦労の後には恵みがあると実感できる瞬間だった。

 しばらくサイクリングが続くと、河原に出た。
 水の透き通った川は、とても清々しい気分になった。
 
「いいとこだな」

 瞬の言葉に、綾香は得意気な笑顔を見せた。

「そうでしょう! とっておきの場所だもの」

 岩に腰掛け、清流に素足を浸しながら答える綾香は、普段より子供っぽく見える。

「姫岡は、何歳まで杉川村にいたんだ?」
 
「生まれてから2歳くらいまでかな?」

「ずいぶんと記憶力があるな! こんな場所を覚えているなんて」

 瞬の驚きを、綾香は否定した。

「違うよ、村を出てからも何度も遊びに来ているもの」

「そうだよな」

 納得した表情の瞬に、綾香は寂しそうに付け加える。

「実は、今の両親は、本当の両親じゃないんだ。本当の両親は、私が小さい時に殺されたらしいの……」
 

 美しい自然の風景とは合わない内容に、しばらく沈黙が生まれた。

 瞬は詳しい話を聞こうとしなかった。それは、綾香が自然に話すのを待つことにしていたからだ。
 
 そんな時、瞬が急に立ち上がる。

「狗神くん、何?」

 綾香の問いかけに、言いにくそうに答えた。

「ごめん、生理現象」

 瞬は、慌てて綾香から離れた。 

 瞬が遠ざかって行くのを、綾香は微笑みながら見守っていた。
 彼には、何故か最初から親しみが持てた。
 

 そんな時、背中から吹き付けていた風が変わった。
 爽やかな凉風だったのが、生暖かい感じを受けるようになる。
 生暖かいのに、背筋が寒くなる。
 背後に、“何か”の存在を感じた。


「綾香」


 女の人の声で、ハッキリと名前を呼ばれた。
 だが、振り向くことができない。
 心と体が固まって、身動きとれなかった。


「綾香、忘れたの?」


 言葉の中に悲しみを感じとって、綾香は古い記憶を刺激された。
 恐る恐る振り返ると、女性が立っていた。

 彼女は、まるで幻のような存在だった。
 目の前にいるのに、映像を観ているような錯覚を覚える。
 背が高く、色白で、白いワンピースを着ていた。
 長い黒髪は、真っ直ぐに伸びている。
 見た目に怖がるべき要素は無いのだが、何故か彼女に不安を感じた。
 寂しく、無表情な彼女は、綾香の心を見透かすように佇んでいた。


「誰? 誰なの?」


 綾香の問いかけに、彼女は答えた。

「分からない?」

 質問に質問で返された綾香は、過去の記憶の糸を辿った。

「……。もしかして、お姉ちゃん?」

 目の前の女は、綾香に答えを与えずに、自分の用件を話した。

「村人を信じてはいけない! それから、死にたくなかったらこの村から早く出なさい!」

 謎の女は、だんだんとその存在が薄くなって行った。
 そして、霧のように消えてしまった。

 綾香は、取り残されたような気分になって、急に不安になる。
 辺りに瞬を探すと、彼はノンビリ向かって来ていた。
 不安な気持ちをぬぐうように、瞬に向かって走り出した。
 そして、無言で抱きついた。

「どうした? 姫岡」

 綾香は、何も答えなかった。
 体の震えが止まらない。

 瞬も、綾香に質問するのを止め、強く抱きしめた。 













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