パズルのピース7
午後、素麺で腹ごしらえをした瞬と綾香は、サイクリングに出掛けた。
綾香に気晴らしさせたいと思ったからだった。
晴れ渡る空。杉川村は快晴。
ペダルを漕ぐのも軽やかだった。
「綾香は、この村に住んでいたの?」
瞬の質問に、綾香は快活に答えた。
先ほどの憂鬱が去り、気分転換ができたようだ。
「小さい頃ね。村の人がとても良い人で、優しかったのを覚えている。駄菓子屋さん、駅長さん、農家のおじさん、みんなニコニコしている印象がある」
幸せそうに話す綾香を見ていれば、ここでの思い出が良いものだったと想像できる。
「狗神くん、河原に行ってみる? 昔はよく泳いだりしたんだ」
「いいね、姫岡の水着姿が見れるわけだ」
「もう、水着なんか持って来てないよ!」
木々が密集して、夏の暑い日差しを和らげた。
自転車を漕ぐ二人には、恵みになるが、坂道という新たな試練が加わるので、プラマイ0だった。いや、むしろマイナスかも…。
綾香も瞬も、立ち漕ぎで山道を登っていた。
筋肉痛で悲鳴を上げそうな頃、下り坂になる。苦労の後には恵みがあると実感できる瞬間だった。
しばらくサイクリングが続くと、河原に出た。
水の透き通った川は、とても清々しい気分になった。
「いいとこだな」
瞬の言葉に、綾香は得意気な笑顔を見せた。
「そうでしょう! とっておきの場所だもの」
岩に腰掛け、清流に素足を浸しながら答える綾香は、普段より子供っぽく見える。
「姫岡は、何歳まで杉川村にいたんだ?」
「生まれてから2歳くらいまでかな?」
「ずいぶんと記憶力があるな! こんな場所を覚えているなんて」
瞬の驚きを、綾香は否定した。
「違うよ、村を出てからも何度も遊びに来ているもの」
「そうだよな」
納得した表情の瞬に、綾香は寂しそうに付け加える。
「実は、今の両親は、本当の両親じゃないんだ。本当の両親は、私が小さい時に殺されたらしいの……」
美しい自然の風景とは合わない内容に、しばらく沈黙が生まれた。
瞬は詳しい話を聞こうとしなかった。それは、綾香が自然に話すのを待つことにしていたからだ。
そんな時、瞬が急に立ち上がる。
「狗神くん、何?」
綾香の問いかけに、言いにくそうに答えた。
「ごめん、生理現象」
瞬は、慌てて綾香から離れた。
瞬が遠ざかって行くのを、綾香は微笑みながら見守っていた。
彼には、何故か最初から親しみが持てた。
そんな時、背中から吹き付けていた風が変わった。
爽やかな凉風だったのが、生暖かい感じを受けるようになる。
生暖かいのに、背筋が寒くなる。
背後に、“何か”の存在を感じた。
「綾香」
女の人の声で、ハッキリと名前を呼ばれた。
だが、振り向くことができない。
心と体が固まって、身動きとれなかった。
「綾香、忘れたの?」
言葉の中に悲しみを感じとって、綾香は古い記憶を刺激された。
恐る恐る振り返ると、女性が立っていた。
彼女は、まるで幻のような存在だった。
目の前にいるのに、映像を観ているような錯覚を覚える。
背が高く、色白で、白いワンピースを着ていた。
長い黒髪は、真っ直ぐに伸びている。
見た目に怖がるべき要素は無いのだが、何故か彼女に不安を感じた。
寂しく、無表情な彼女は、綾香の心を見透かすように佇んでいた。
「誰? 誰なの?」
綾香の問いかけに、彼女は答えた。
「分からない?」
質問に質問で返された綾香は、過去の記憶の糸を辿った。
「……。もしかして、お姉ちゃん?」
目の前の女は、綾香に答えを与えずに、自分の用件を話した。
「村人を信じてはいけない! それから、死にたくなかったらこの村から早く出なさい!」
謎の女は、だんだんとその存在が薄くなって行った。
そして、霧のように消えてしまった。
綾香は、取り残されたような気分になって、急に不安になる。
辺りに瞬を探すと、彼はノンビリ向かって来ていた。
不安な気持ちをぬぐうように、瞬に向かって走り出した。
そして、無言で抱きついた。
「どうした? 姫岡」
綾香は、何も答えなかった。
体の震えが止まらない。
瞬も、綾香に質問するのを止め、強く抱きしめた。 |