パズルのピース5
狗神剣は、森の中を歩いていた。
夏の生気に溢れる森は、湿った空気を放ち、不思議と力を与えてくれる。
剣は、別に森林浴をするために森へ入った訳では無かった。
彼は、バットマンを追跡して来たのだった。
真弓がバットマンの邪魔をした目的は、ただの人助けでは無かった。
彼女がバットマンに撃ち込んだ矢は、発信機も兼ねていたのだった。
剣の右手で光っている水晶玉が、それを探す探知機で、真弓の鏃の方向を示す部分が、光る。
近くなると強く光り、離れると弱くなる。
カーナビと違ってアバウトなので、何度も見失い、時間もかかった。
だが、この杉川村で間違い無いと確信していた。
既に日も暮れ、まるで幕を下ろしたように辺りは暗くなった。
剣は、暗闇の中でも戸惑う事なく進んで行った。
光が無くても見えているのか? 足取りはしっかりしている。
そんな時、山道の奥に、ぼうっと光る物が見えていた。
近づくと、それは懐中電灯のようだった。
暗闇の中に、誰かが立っていた。
そいつは、おもむろに懐中電灯を顎の下に持って来ると、自分の顔を照らした。
暗闇に浮かんだのは、角張った顔にキツネ目をした男の顔だった。
口角が、裂けたかのように上がる。
あまり気持ちの良い笑顔では無い。
「けっこう、お茶目な事をするんだな…」
剣が、相手に聞こえないように感想を漏らす。
抑揚のない冷静な声で呟くので、それも何だか面白い。
「わざわざこんな辺鄙な村まで、ご苦労様ですね」
キツネ目の男は、笑顔を絶やさずに話しかけて来たが、剣は、それとは対照的に、無表情のまま答える。
「お前たちが暴れるから、仕方がない」
その時、キツネ目の傍らに、誰かが居る事に気が付いた。
その大きさから、子供だと判断できる。
「人質を取っているのか?」
キツネ目は、さらにニンマリした。
「あなた方は、すぐに乱暴するから、保険をかけているだけです」
剣は、夜目を凝らしてキツネ目の人質を確認する。
10歳くらいの女の子が、声も出せずに震えていた。
「乱暴? 罪も無い人々をバットで殴る方が、よっぽど乱暴だと思うが?」
剣の言葉に、キツネ目は笑いを堪えるのに必死のようすだった。
剣には、キツネ目の笑い所が解らない。
「失礼、あんまり可笑しいもので…」
あまり感情を面に出さない剣だが、かなり不愉快だった。
「だってそうでしょ? バットマンが人を襲うのは、それを願った人がいたからです。誰も相手に憎しみを持たなければ、事件は一件も起きなかったでしょう?」
キツネ目の問い掛けは、いちおう正論には聞こえる。
剣は、静かに言い返した。
「そう思うのと、実行に移すのとは訳が違う。その手段を知らなければ、加害者も被害者も別の道を選択できた筈だ。お前は、弱い人間の心を利用して、最悪の道を選ばせた」
相変わらず、抑揚の無い語り口だが、かなり怒りは溜まっていた。
「人間が死ぬくらい、どうだって言うんです? 地上のゴミを減らしているに過ぎないと思いませんか?」
キツネ目の問い掛けには答えずに、剣は別の質問をした。
「もしかして、霊石を造っているのか? 魔界の結界を壊すために…」
「だとしたらどうします?」
「阻止する」
「何故です? 考えても見なさい。この世界が地獄に変われば、人々は誰を頼りますか? 自分達ではどうしようも出来ない事態に陥った時、誰を頼りますか? 神でしょう? 今まで神を無視していた人類は、後悔の涙と共に神を見上げるようになるのです」
剣は、言葉を選ぶように沈黙していた。
だが、口を開いた。
「誰かが不幸になるくらいなら、忘れられていた方がいい」
「はは、見解の相違ですか。でも、邪魔はしないでいただきたい」
キツネ目は、ここまでは温和な調子で話したが、次の台詞は感じを変えた。
「邪魔したら殺す!」
眉間に皺を寄せ、猛獣のような眼光で言う。魔界の住人の本性を現したようだ。
「その方が、お前らしい」
剣は、ポソリと感想を漏らした。
「いや、失礼。あなたが分からず屋なもんで、つい取り乱してしまいました」
キツネ目は、温和な態度に戻った。
剣は、もう話し合う余地は無いとおもったのか? 左手に一本の太刀を出現させた。
優美な反りを描くその太刀は、上品な印象があった。
「おや、あんな事を言っていた人が、人質を無視ですか?」
「人類全体とその子を秤にかけたら、こんな結論になると思わないか?」
剣の問い掛けに、キツネ目は余裕の表情だった。
「思いませんね。あなたが算数が得意で無い事は、よく知ってますよ」
キツネ目は、その一言を残すと、人質を置いて闇の中へ消えた。
剣は、追えなかった。
夜の森に一人で取り残される少女を放って置けなかった。
剣にしがみついて泣きじゃくる少女。
剣は、彼女を抱きかかえると、森の奧に背を向け、里へ向かって歩きだした。
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