バットマン「狗神 杉川村編」(14/29)PDFで表示縦書き表示RDF


バットマン「狗神 杉川村編」
作:オリオン



パズルのピース4



 瞬が交通事故を起こしていた頃、別の場所では、東京からこの村に来ていた刑事が、聞き込みをしていた。

 彼は、全国で頻発しているバットマンの事件を担当していた蟹沢刑事だった。

 事件で忙しい最中、上司に無理を言って杉川村に来ていた彼だが、今のところ、何の手がかりも得られていなかった。

 彼が調査しているのは、15年前に起きた殺人事件だった。

 犠牲者は2人。

 細田満男とその妻、葉子だった。

 
 15年前の6月5日午前0時頃、一軒家で犯行は起きた。

 被害者は、複数の人間により、鈍器のような物で滅多打ちにあっていた。

 事件のあらましは、そのような物だった。

 犯人は、指紋や証拠になる物を、何も残して居なかった。

 念入りに、現場で証拠隠滅を図る時間があったらしい。

 有力な目撃情報は、事件当日、犯行現場付近に白いワンボックスカーが止まっていたと言う事だけだった。



 蟹沢は、事件現場に来ていた。


 あの家は、15年前と同じように建っている。


 ただ、かなり老朽化が進んでいた。

 あの事件以来、誰も住んでいないようだ。

 玄関は開いている。

 その入り口が、大きな魔物の口のように、蟹沢には感じていた。


 背筋に悪寒が走る。 


 なぜか、その家に入るのが躊躇ためらわれた。

 

「ただの空き家だろ!」

 蟹沢は、自分にこう言い聞かせると、事件現場に侵入した。


 家の中は、薄暗かった。

 

 ミシ


 ミシ


 ミシ


 ミシ


 規則的に続く自分の足音。


 蟹沢は、周り中から“誰”かに見られている気がしていた。

 

「俺がブルっちまうなんて、初めてだ」


 蟹沢は、その感覚が気のせいだと思い込んでいた。



 だから、気づかない。



 周り中からの視線を、


 薄暗い壁に怨念のようにこびりついている無数の染み…。


 その染み達が、不用意な侵入者を見つめていた。


 蟹沢は気づかない。


 その憎悪と悲しみを…


 


 蟹沢は、夫婦が殺害された犯行現場に来ていた。

 家の中は、放置されていたため、埃っぽく、汚れていた。

 廊下は、板がささくれ立ち、朽ちた箇所があった。

 二階に通じる階段の横にある廊下は、突き当たりがトイレになる。

 トイレの手前の扉から、6畳間の和室に入れる。

 夫婦は、ここで殺されていた。


 窓が閉め切ってあり、カーテンも引いてある。

 カビ臭く、湿気を含んだ重苦しい空気を感じた。

 その重苦しさは、環境のせいだけでは無い。


 誰かの視線を感じる。


 そんな時、カーテンの隙間からスポットライトのように照らされている場所がある事に気が付いた。

 それは、白い菊の花束を照らし出していた。

 
 
 何年も放置された部屋で、その白菊だけは真新しかった。

 その花だけが、周りの風景から浮かび上がっているように感じた。


「誰かが、ここに来たのか?」


 蟹沢は、菊の花束に近付いた。

 
 その時、周りの壁から、黒い人影が現れた。

 蟹沢は、数十体の黒い集団に囲まれていた。

 皆、手に鈍器を持っている。

 バール、木刀、バット、ゴルフクラブ、棒。

 それぞれが、バラバラの凶器を振り上げていた。

 蟹沢は、突然の出来事に為す術もなく、その場で頭を抱え込んだ。 


「ああああ〜!」


 蟹沢は、力いっぱい叫んでいた。

 恐怖で、理性が吹っ飛んでいた。


 だが、しばらくして、周りに何の気配も感じない事に気がついた。


 重苦しい空気が去っていた。


 顔を上げ、辺りを見回す。

 視界には、一人の青年が映っていた。


「大丈夫ですか?」

 青年は、色白で背が高かった。

 190センチ近くはあるだろう。

 体系もスリムで、ハーフのモデルをイメージさせる。

 
 薄暗い中にたたずむ彼は、天からの使いみたいに見えた。

 少なくとも、救いを求めていた蟹沢の目にはそう映った。



「大丈夫ですか?」

 放心状態で返事が無い蟹沢に、青年は再び聞いた。

 抑揚のない冷静な問いかけに、蟹沢は理性を取り戻した。

「ああ、ありがとう…。ところで、君は何かを聴かなかったか?」

 蟹沢の質問に、青年は暫く沈黙した。

 この沈黙が、妙に長い。


「特には…? 中年男の無様な叫び声以外には…。それを聴いて入ってきたのです」

 蟹沢は、青年の表情を見た。

 青年は、真面目な顔で答えていた。

 どうやら、蟹沢をからかっているのでは無く、事実をありのままに述べているに過ぎないようだ。


「……」


 気を取り直した蟹沢は、先ほどの人影が気になって、彼に質問をした。

「この部屋に、何か居なかったか?」

「中年の男性が1人」

 真面目に答える青年に、蟹沢は少しィラッと来た。

「俺以外に!」

「いいえ」 


 先ほどの現象は、幻覚だったのだろうか? 蟹沢は、自問自答した。

 蟹沢は、部屋に置かれた白菊の花束に目を留めた。

 リアルで新鮮な白が、古くて忌まわしいこの部屋には眩しかった。

 それを見て、蟹沢は考え直す。


「あれは絶対に幻覚では無い!」


 そんな蟹沢を、青年は観察するように見下ろしていた。

 青年の視線に気づき、蟹沢は立ち上がる。

 それでも、青年は頭1つ分は背が高く、見下ろされる事には変わりなかった。

「私の名前は蟹沢敬三。君の名は?」

 青年は、質問の意味を考えるのが癖なのか? 暫く沈黙してから答えた。

「狗神 剣です」

 蟹沢は、青年の名字に心当たりがあったが、思い出せなかった。


 狗神剣と別れた蟹沢は、15年前に聞き込みをした人々を訪ねた。

 だが、既に遥か昔の記憶だ。

 新しい情報が出るどころか、雑談で終わってしまう。

 無駄足を踏んで、蟹沢はトボトボと歩いた。


「吉田…。俺は、本当にこんな事をしていて良いのか? お前の事を信じて良いのか?」

 蟹沢は、自然と独り言が出て来た。

 亡くなった後輩の顔が目に浮かぶ。

 やり場の無い思いを胸に、蟹沢は天限寺へと帰った。













ケータイ表示 | 小説情報 | 小説評価/感想 | 縦書き表示 | TXTファイル | トラックバック(0) | 作者紹介ページ


小説の責任/著作権は特に記載のない場合は作者にあります。
作者の許可なく小説を無断転載することは法律で堅く禁じられています。




BACK | TOP | NEXT


小説家になろう