パズルのピース 2
「君……、大丈夫か?」
不安そうな様子のギャラリーが集まっていた。
瞬が大丈夫そうなので、安心と言うよりも、宇宙人を見るような目つきだった。
瞬を交差点の真ん中まで弾き飛ばした乗用車の運転手が、青ざめた顔で声をかけた。
「君にぶつかる直前に、急にブレーキが効かなくなってしまったんだ……」
彼の、“自分は悪く無い”発言に、瞬は微笑んだ。
「知ってます。悪いのは、あのキツネ野郎です」
瞬の言葉を聞いて、運転手は思った。
「頭の打ち所が悪かったんだ…」
救急車を呼ぶと言う周りの言葉を拒否して、瞬はその場を立ち去った。
彼には、綾香を迎えに行くと言う、大切な使命があったから、病院に行っている暇が無い。
第一、行く必要も無かった。
瞬は、駅に向かって歩いていた。
杉川駅は、ノンビリとした田舎の駅だった。
あまり目立った観光地の無いこの村には、駅前にもタクシー乗り場と交番しかなく、どちらも暇を持て余しているようだった。
瞬が駅に着いたのは、交通事故から15分後だった。
けっこうな距離を歩いた事になる。
瞬は、駅前の柵に腰を掛け、綾香が来るのを待っていた。
情報は、姫岡綾香と言う名前だけ。
もちろん、顔を見ても名前が解る筈がない。
いや、最有力情報を忘れていた。
彼女は“べっぴんさん”なのだ。
やがて、ローカルな2両編成が到着すると、パラパラと乗客が降りて来た。
その中に、文句なしの“べっぴんさん”がいた。
その女の子は、長い黒髪が美しい人だった。
緑のリボンで飾り付けしてあるストローハットを被り、白いワンピースを着ていた。
茶色の細いバンドの腕時計で、時間を確認する。
その何気ない仕草も絵になるような女性だった。
瞬は、彼女に声をかけた。
「姫岡さん?」
その女性は、驚いたように瞬を見つめていた。
大きな目は、純真で無垢な光を放っている。
黒いキレイな瞳で見つめられていると、気恥ずかしくなって、照れてしまう。
瞬は、視線を外すと、わざと意地悪く言った。
「あの、質問の意味わかる?」
綾香は、慌てて返事をした。
思わず顔が赤くなる。
「はい、あの…、天限寺の和尚さんのところの方ですか?」
「そう、迎えに行けって言われたから」
瞬は、素っ気なく言う。
何故か、彼女に対して素直になれない自分に苛立ちを覚えていた。
「ご、ご苦労様です。初めまして」
慌てて挨拶する綾香は、耳まで真っ赤だった。
見た目より上がり症なのかもしれない。
「なんて呼べばいい? 姫岡でいいか」
瞬は、綾香に答えるタイミングを与えずに決めてしまった。
「だったら聞くな」と言いたい所だが、彼女は別の質問をする。
「あの〜、わたしは何て呼べばいいでしょう」
「好きに呼んでいいよ。名前は“狗神瞬”だから」
笑顔で言ってくれた瞬に、綾香はホッと一安心。
かなり緊張がほどけて来た。
彼女は、“瞬さん”か“瞬ちゃん”か“瞬”で迷った。
年上なら“瞬さん”だし、
年下なら“瞬ちゃん”
同い年なら“瞬”でもいい気がする。
迷っていると、綾香の土台を崩す発言を、瞬がして来た。
「何て呼んでもいいけど、名字にして」
「……では、狗神くんにします……」
綾香は、小さな声で答えた。
「姫岡は疲れてる?」
瞬にいきなり質問されて、綾香は戸惑った。
「いいえ、大丈夫……」
「じゃ、郷土資料館でも行くか? ここから近いから」
瞬の目的が観光案内だと知って、綾香は安心する。ちょっと行き先がショボい気がするが、表情には出さない。
「はい」
「荷物、持ってやるよ」
「ありがとう」
差し出した瞬の手が、綾香の手に触れた。
温もりが、指先から伝わる。
バスケット風の旅行鞄は、綾香の小さな手から、瞬の右手に移動した。
「重いな〜、ダンベルとか入ってる?」
瞬の軽口に、綾香は応じた。
「ええ、重量挙げのヤツが」
お互いが笑顔になった。
2人は、なんとか打ち解けたようだ。
だけど、重量挙げはバーベルだから…。
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