バットマン「狗神 杉川村編」(12/29)PDFで表示縦書き表示RDF


バットマン「狗神 杉川村編」
作:オリオン



パズルのピース 2



「君……、大丈夫か?」


 不安そうな様子のギャラリーが集まっていた。

 瞬が大丈夫そうなので、安心と言うよりも、宇宙人を見るような目つきだった。

 瞬を交差点の真ん中まで弾き飛ばした乗用車の運転手が、青ざめた顔で声をかけた。

「君にぶつかる直前に、急にブレーキが効かなくなってしまったんだ……」

 彼の、“自分は悪く無い”発言に、瞬は微笑んだ。

「知ってます。悪いのは、あのキツネ野郎です」

 瞬の言葉を聞いて、運転手は思った。

「頭の打ち所が悪かったんだ…」

 救急車を呼ぶと言う周りの言葉を拒否して、瞬はその場を立ち去った。

 彼には、綾香を迎えに行くと言う、大切な使命があったから、病院に行っている暇が無い。


 第一、行く必要も無かった。


 瞬は、駅に向かって歩いていた。



 杉川駅は、ノンビリとした田舎の駅だった。

 あまり目立った観光地の無いこの村には、駅前にもタクシー乗り場と交番しかなく、どちらも暇を持て余しているようだった。

 瞬が駅に着いたのは、交通事故から15分後だった。

 けっこうな距離を歩いた事になる。


 瞬は、駅前の柵に腰を掛け、綾香が来るのを待っていた。

 情報は、姫岡綾香と言う名前だけ。

 もちろん、顔を見ても名前が解る筈がない。


 いや、最有力情報を忘れていた。

 彼女は“べっぴんさん”なのだ。



 やがて、ローカルな2両編成が到着すると、パラパラと乗客が降りて来た。

 その中に、文句なしの“べっぴんさん”がいた。


 その女の子は、長い黒髪が美しい人だった。

 緑のリボンで飾り付けしてあるストローハットを被り、白いワンピースを着ていた。

 茶色の細いバンドの腕時計で、時間を確認する。

 その何気ない仕草も絵になるような女性だった。

 瞬は、彼女に声をかけた。


「姫岡さん?」

 その女性は、驚いたように瞬を見つめていた。

 大きな目は、純真で無垢な光を放っている。

 黒いキレイな瞳で見つめられていると、気恥ずかしくなって、照れてしまう。

 瞬は、視線を外すと、わざと意地悪く言った。

「あの、質問の意味わかる?」

 綾香は、慌てて返事をした。

 思わず顔が赤くなる。

「はい、あの…、天限寺の和尚さんのところの方ですか?」

「そう、迎えに行けって言われたから」

 瞬は、素っ気なく言う。

 何故か、彼女に対して素直になれない自分に苛立ちを覚えていた。

「ご、ご苦労様です。初めまして」

 慌てて挨拶する綾香は、耳まで真っ赤だった。
 
 見た目より上がり症なのかもしれない。


「なんて呼べばいい? 姫岡でいいか」

 瞬は、綾香に答えるタイミングを与えずに決めてしまった。

「だったら聞くな」と言いたい所だが、彼女は別の質問をする。

「あの〜、わたしは何て呼べばいいでしょう」

「好きに呼んでいいよ。名前は“狗神瞬”だから」

 笑顔で言ってくれた瞬に、綾香はホッと一安心。

 かなり緊張がほどけて来た。

 彼女は、“瞬さん”か“瞬ちゃん”か“瞬”で迷った。

 年上なら“瞬さん”だし、

 年下なら“瞬ちゃん”

 同い年なら“瞬”でもいい気がする。

 迷っていると、綾香の土台を崩す発言を、瞬がして来た。

「何て呼んでもいいけど、名字にして」




「……では、狗神くんにします……」


 綾香は、小さな声で答えた。

「姫岡は疲れてる?」

 瞬にいきなり質問されて、綾香は戸惑った。

「いいえ、大丈夫……」

「じゃ、郷土資料館でも行くか? ここから近いから」

 瞬の目的が観光案内だと知って、綾香は安心する。ちょっと行き先がショボい気がするが、表情には出さない。

「はい」 

「荷物、持ってやるよ」

「ありがとう」

 差し出した瞬の手が、綾香の手に触れた。


 温もりが、指先から伝わる。

 
 バスケット風の旅行鞄は、綾香の小さな手から、瞬の右手に移動した。

「重いな〜、ダンベルとか入ってる?」

 瞬の軽口に、綾香は応じた。

「ええ、重量挙げのヤツが」

 お互いが笑顔になった。

 2人は、なんとか打ち解けたようだ。



 だけど、重量挙げはバーベルだから…。



つづく












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