鬼人走る! 4
お寺の子として生まれた文吉は、自分の家が嫌いだった。
寺は、古くさくて、少し不気味に感じていたからだ。
しかも、夜ともなれば、その恐さは倍増どころの話ではない。
しかし、どうしても、夜中にしなければならない事がある。
それは、便所で用を足すこと。
今年で十歳になる彼は、すでにオネショが許される歳ではなかった。
勇気を振り絞り、温かい布団の誘惑も振り切って、彼は便所へ向かう決意を固めた。
素足に、廊下の冷たさが伝わる。
古い廊下は、ミシミシと音が鳴り、静まり返った寺の中で響いた。
突然、風が強くなる。
ゴーッ、ゴーッ
ビュー、ビュー
文吉を脅かすように、風鳴りが響いた。
裏の竹藪が、
ザワ
ザワ
ザワ
と揺れる音がする。
それが、まるで警告音のように感じ、文吉は酷い不安を覚えた。
便所に続く長い廊下。
裸電球が灯る薄暗い道。
ふいに、その唯一の灯りである電球が、二、三回点滅した後、パッと消えた。
闇に包まれ、文吉の心臓の鼓動だけが響いた。
ドクン!
ドクン!
ドクン!
ドクン!
体全体が、太鼓になった気分がした。
ぎゃあああ〜っ
不気味な叫び声が響く。
その途端、裸電球が二三回点滅して、再び点灯した。
明るさが戻ると、文吉は、声がする方に向かった。
長い廊下を、恐る恐る歩いた。
雨戸が開けられ、月明かりが差し込んでいた。
蒼白い光は、廊下を渡り、開けられた障子の中まで照らしている。
文吉は、その部屋の中をのぞき込んだ。
父親の寝室であるその部屋には、黒い影があった。
影の足元には、少年の父親が倒れていた。
血が、辺り一面に流れ出し、彼の素足にへばり憑く…。
血の付いた日本刀を持った黒い影は、少年の方に振り向いた。
月明かりに、血走った二つの目が不気味に浮かぶ。
「ひゃ〜〜〜!」
声にならない叫びが、文吉の喉を鳴らした。
その時、文吉は、股間に生暖かい感触を覚えた。
臑を滑り落ちる尿が、足元の血溜まりと混じり合った。
狂気を帯びた二つの目の迫力に、少年は失禁した事にさえ気付かない。
血の海の真ん中に、ポツンと浮かぶ黒目……。
まるで、呪いをかけるかのように、少年の心を捕らえていた。
黒い影は、その場に胡座をかくと、持っていたライフルの銃口を自分の心臓に当てた。
引き金に手が届かないので、右足を伸ばし、親指を絡める。
文吉は、その一連の動作を、何もできずに眺めていた。
黒い影は、再び少年を見た。
あの狂気の目は、少し落ち着いていた。
「坊主、涅槃で待ってるぞ!」
一発の銃声が響いた。
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