新/042/怪物&武士娘VS寄生剣×二百
※:10月27日/変更完了。
『なあ、夜月。お前のabilityにある【潜む者】ってなんだ?』
『さあ?分からん』
『見ろよ。自分の能力くらい把握しておけよ』
『いや、当然見た。見た上で分からん』
『はあ?』
『なんかさ、文字化けしてんだよ』
『…………なんで?』
『分かんねえよ』
『気にならないのか?』
『気になるが、考えても回答はでない。まあ、名前からして隠密行動系だと思うが』
『……………まあいいか』
◆◆◆
突如として襲われた激痛に夜月が動きを止める。
その隙に黄金の剣が操る宿主は、全身ボロボロの身体で転がるように離脱していく。動きを止めている隙に攻撃しなかったのは、その余裕が無かったからだろう。
とはいえ、夜月も夜月で追撃できる状態ではない。
刺されているのだ。
(なぜ!?どうして!?)
と頭の中を疑問が埋め尽くす。
event中に、部外者が、それも雑魚が、ただの包丁で、rankAのコートを貫通し、夜月に傷をつけるという異常事態。
(いや、今は考えるな!!)
まずは後ろの奴を始末するのが先。
痛みを完全に無視し、振り向きざまに顔面へと蹴りを叩き込む。
グシャ、という顔面が陥没する感触がブーツ越しに伝わる。
そしてそのまま巨体の男──近藤匠は勢い良く地面を転がっていく。
鎧越しでも骨と内臓にダメージを与える一撃だ。防御もせずに食らえば即死。もっとも、そもそも生きていればの話しだが。
「………………」
匠は顔面が陥没し、首がありえない方向に曲がっているというのに、近藤匠は動いていた。
実のところ、夜月は背後に迫る匠が死んでいるということに、最初から気づいている。
気配で他者を把握する夜月にしてみれば、敵が死んでいるかどうかは、容易に判断がつく事だ。
だがしかし、夜月は無視した。死んでいても問題ないからだ。
event中であるという事と、動きの歪さがゾンビに似ていた事で、大した脅威ではないと無視していた。実際問題、振り返り再確認した匠の力は、本当に弱い。
だというのに、蓋を開けてみれば背中を刺されるという失態。
訳が分からない。
(考えるな!)
とはいえ今はそれどころではない。
再び反転。意味不明な死体を背にするのは抵抗があるが、光は今はボロボロ。今が絶好のチャンスなのだ。やらなねばならない──
──体育館から迫る無数の足音が、こちらに出てくる前に。
直線軌道という分かり易い軌道にて、夜月は突撃する。
見切られ易い軌道だが、その代わり最速だ。
ダメージの無い状態の光ならば対処してくるだろうが、今ならばこの速度に対応するのは不可能。
十メートル離れた光へ一瞬で接近。案の定、反応はしても身体は動かない。
未だ【安全設定】は終了していない。急所への攻撃は無効。だが問題はない。すでに一撃入れればくたばる程に、身体はボロボロだ。
更にはこの速度と、skill-level・Ⅸの格闘による、超高速の蹴り。
その威力はもはや、皮膚を、筋肉を、骨を、内臓を──抉り取る。
急所であろうとなかろうと、何も関係ない
即死か、数秒後に死ぬかの違いしかない。
当たれば──
「──は?」
止められた。
突如全身を覆った黄金の膜に。
反動すら無かった。故に理解するのに時間がかかる。夜月にすればあまりに長い一秒という時間もかけて。
「急所じゃねえぞ!」
叫ばずにはいられない。
必殺の一撃を受け止められた動揺というよりも、立て続けに起こる不可思議な現象に対して募らせてきた、苛立ち。
だがこのまま興奮する訳にはいかない。冷静に対応しなければ、死ぬ。
再確認の為、威力は落ちるがそれでも殺すには十分な威力の蹴りを腹部に放つ。
だが、やはり止められる。
ならば不得意だが関節技を実行──
「夜月!攻撃しても意味はない!【無敵設定】という一定時間あらゆる攻撃を無効化するabilityだ!」
「ふざけんな!」
もう一度、溜まった苛立ちを吐き出すように叫んだ後、顔を起こした光の顔面を踏みつけ、その反動で飛び退く。
離れて一度呼吸を整え、先程から激痛を発する刺さった包丁を無造作に引き抜く。
刺さった状態では回復もできないし、異物のせいで動きも阻害される。ならば多少(夜月目線)の出血が激しくなる程度、問題ない。
背後から二百の雑音が脳の警鐘を打ち付ける中、急いで説明を求める為にシャーネに目を向ける。
シャーネもその視線に応え、夜月へと情報を渡す。もっとも、分からないこともあるのだが。
「簡潔に言うぞ。奴等はeventの参加者、パラサイト・アイテムだ」
「っ!?」
「【群体寄生】という名のabilityで、多人数を操作している。もっとも、メインは光でまともな行動はとれないがな」
「ありかよ」
二百人も操作可能。だとすればあまりに最悪だ。
夜月とシャーネの会話を聞いていたもう一人の参加者であるメメは、その事態を正確に把握して顔が青ざめていく。
一体一体は弱いが、物量は偉大だ。
更には包丁で夜月に傷をつける程の攻撃力も確認されている。
それに回復を終えた光が加われば、夜月達の勝利はほぼ絶望的だ。
「【群体寄生】で操作可能なのは、死体か、意識の無い弱い生物だけだ。しかも、physical、magicは軒並み落ちて、skill、ability、toleranceは無くなる」
「ならなんで俺に刺せたんだ?」
「abilityだよ。死体じゃなくて、黄金の剣のな」
多人数を操作、というか寄生にしているので、パラサイト・アイテム自身の能力を使うことは可能。もっとも、離れているので使える数は限られるし、二百もの数が全て使用できる訳じゃないが。
「【必殺技】。その能力を使用した物理、魔法攻撃は、一度だけ相手のDEF、M-DEF、tolerance、を無視する」
「おいおい……」
七海がたまに読むライトノベルに出てくる主人公が保有する出鱈目な力。まさしくチートな能力。
皹の入っている肋骨を意識しながら、眉を寄せる。
「もちろん、使用限界はある、はず……」
「はず?」
「妾の記憶が確かなら、普通は一度しか使用できないはずなんだが……」
剣は一度、【必殺技】を使用している。夜月の攻撃から逃れる為に、剣に込められる[ビーム]という魔法の力を使用した際に。
だというのに、もう一度使用してきた。これが分からない。
シャーネは別に解析系のabilityを使用している訳じゃない。悠久の時を生きる知識から、敵のabilityを割り出しているにすぎない。
なので当然分からないこともあるのだ。
その時、光が起き上がった。
「な、な、み」
二つの眼球を別々にギョロリと動かし、もはや人間とは言えない動作でゆっくりと立ち上がる。
更に二百の死体がゾロゾロと体育館の扉から溢れ出てきた。一切統率されていない故に、出口で転ぶ奴が続出。それを踏みつけ更に転ぶ。正直コントみたいな登場だが、痛みや躊躇いを感じない元生徒達が這いよる様は、不気味の一言。
ゾンビを見慣れてきたとはいえ、基本的にホラー嫌いの七海は、その姿に涙を流し卒倒しかけた。
「多すぎ」
動きは遅い。普通に歩くより遅い。ぶっちゃけ赤ん坊のよちよち歩きと良い勝負。しかし今の夜月とメメには、[制限]がかけられ半径五十メートルという範囲しか動けない。逃げるにも限界がある。
「………先輩、お願いします」
「無茶言うな」
動きが鈍く技術も無い二百程度ならば、夜月は倒せる。
しかし背後には光がいる。光と戦いながら二百を相手にするのは無理だ。
【必殺技】はそんなに使えないといっても、人間という体重をのせられれば、それだけで力は半減する。
「メメ、お前何人いける?」
「どんなに頑張っても五十です」
「光を三分抑えられる自信は?」
「十五秒が限界です」
だよな、と分かりきっていた確認を取った後、現実的な打開策を頭の中で模索し始める。
([影化]を使うか?)
シャーネが言うには【無敵設定】はもうすぐ終わる。そして一度使用すれば最低でも二十四時間は再使用できない。
ならばその瞬間を狙った最速の一撃で倒すのがベスト。時間をかければ包囲されて、勝ち目が無くなるからだ。
死体の群れに紛れて[影化]を使い、【無敵設定】が途切れた背後を狙う。そう、考えるが、シャーネの手紙にあった[影化]の対策を思い出す。
「無理だな。視覚に頼っているならともかく、パラサイト・アイテム自身は精神生命体。視覚に頼ってはいないから、[影化]は見切られる」
若干期待を込めた視線は、苦虫を噛み潰したようなシャーネの声に否定された。
「夜月ぃぃっ!!」
夜月の焦る顔と、立ち上がる光、更に這いよる死体の群れに、七海が悲痛に顔を歪めて叫び声を上げた。
(俺の目的はナナの安全。もしも俺が死んでこの群が七海に向かえば……)
自分が死ぬならば、この場に七海を留まらせる訳にはいかない。
自分が死んで[制限]が解除されても、パラサイト・アイテムが居なくなる訳じゃないのだから。
「ナナ、雛、とりあえずここから離れろ!」
「よ、夜月!?」
七海は意味が呑み込めず狼狽する。当然だ、夜月は自分が死ぬ事を前提にして、離れろと言っているのだから。夜月を最強視する七海には、その意味は分からなかった。
一方雛は顔を悔しそうに顔を歪めるも、夜月の言葉の意味を正確に読み取る。そして感情的に受け入れ難い指示でも、理性が無理矢理指示を承諾した。
「シャーネ。ナナ達を頼む」
七海達だけでは不安だ。だから無理を承知で夜月はシャーネに頼んだ。
「………嫌に決まっているだろう」
そして当然ながらシャーネはそれを断る。
夜月の為なら出来る限りする気はあるが、七海達のお守りをする気は無い。
そんなことは夜月にも理解できる。
「………俺が戻るまででいい」
「………………………………」
反応は芳しくない。
夜月は面倒そうに一度ため息を溢し、シャーネに言うことを聞かせる切り札を出す。
「もしも戻ってきたらキス──」
「──任せろ!!!」
予想通りの食いつきだが、若干引いてしまうのは否めない。
シャーネはこの場の空気に全く合わないルンルン気分で、七海達の元に向かう。
「ぼ、ぼくは認めない!!」
「七海先輩、そんな事言ってる場合じゃないです」
「え?わっ!?」
雛は難しい顔をしながら七海を抱え上げる。今の状況を理解している雛には、とてもじゃないが冗談に付き合っている気分にはなれなかった。
「ひ、雛!?」
「七海先輩。ここに居ても自分達は邪魔になります。行きましょう」
冷静な雛の言葉に感情に任せて反論しようと思った七海だが、彼女の悲痛な表情を見て言葉を呑み込む。
そしてもう一度夜月を見つめた。
『行け』
『……………戻って来いよ』
アイコンタクトでやり取りをした後、泣きそうな顔をしながらも、雛に降ろしていいと告げる。
少し迷った後、雛は七海を道路に降ろし、手を繋いで駆け出す。七海は名残惜しそうに数回振り返るが、雛に手を引かれてすぐに門が見えなくなっていく。
──七海の小さな手はひんやりと冷たく、雛の手も氷のように冷たかった。
「ではな。夜月、さっきの約束を守れよ」
「ああ」
そう言うと、シャーネは影に潜って七海達の後を追った。どこまで仕事をしてくれるか分からないが、夜月とのキスをちらつかせた以上、それなりに動いてくれるだろう。もっとも、夜月が死んだら終わりだが。
その様子を眺めていたメメは、夜月の近くに寄って来た。
すぐそこに驚異が迫っているのだから、さっさと狙撃ポイントに向かうべきなのだろうが、夜月は別に咎めない。
死ぬ確率は非常に高い。夜月ですらそうなのだから、メメの生存率は相当に低いだろう。
だからこそ、少しでも精神を落ち着ける為にも、夜月の傍に寄ってきて、少しでも安心を得たいのだ。
「死亡フラグでしたね」
「まあな」
お決まりの軽口を叩きながら、状況を見渡す。
既に体育館から溢れた死体の群はすぐそこだ。元々が遅い上に、転んだりしている為、かなり速度は遅い。だが少し長く話しすぎて、もう目前と言って良い距離にまで近づいている。
「さ、策は?」
メメは震える声を隠せず、夜月のコートの裾を引っ張った。
「最速の一撃で仕留める」
「…………できますか?」
「さあな」
最速の一撃と言えば聞こえは良いが、ようはほぼ特攻だ。
成功率は夜月でも低い。
だが目の前の死体を相手にしながら光とやりあえば、間違いなく詰みだ。それに賭けるしかない。
「お願いします。私は死にたくありません」
「俺も七海がいるからな」
「死にたくない」という上等な感情は遠い昔に消失したが、それでも七海を通して感じる仮初めの恐怖心が「死ぬな」と叫ぶ。そう、夜月は死ねない。七海はまだ弱い。七海を死なす訳にはいかない。勝てる可能性が残っている以上、それを実行せずに諦める訳にはいかない。もっとも、それがダメなら素直に諦めるが。
「少しはお守りします。その隙にどうか」
「ああ。任せた」
メメは弓に矢をつがえる。かなり距離が近く、弓の間合いではないが、夜月に殺到されればメメも終わりだ。恐怖を圧し殺して、盾になる事を決意する。
「っ!」
軽快な音と共に、矢が放たれ迫り来る死体の足に当たる。
頭や急所ではなく足に当てたのは、近藤匠を見たからだ。見るも無惨に顔面を潰された匠は、間違いなく脳をやられているというのに、起き上がってきた。つまり、ゾンビと違って頭を潰しても消滅しない。しかし、足を射れば動きを鈍らせる事ができる。更には奴等に障害物を避けるような知能はない。こんな密集した状態で先頭が転べば、バタバタと後続が倒れていく。
「やるな」
「どうも」
全く感情のこもっていない称賛なので、あまり嬉しくはない。
「なぁ、なぁ、みぃぃぃ」
フラフラだった光がようやく重心を落ち着け、更に生成された鎧がペキペキという音を立てて修復されていく。
夜月はそれを見つめ、身体の力を抜く。
猫背に傾けた体勢で、両腕をぶらんと垂れ下げ、足は肩幅で開いて一足だけ左足を後ろに下げる。
夜月は戦闘のセオリーを否定し、文字通り全力を出すことを決意する。
本来ならば連戦に備え、力を残しておくべきなのだが、文字通り死地である以上、そんな事は言っていられない。
後ろで再び人のドミノ倒しが行われている中、光が纏っていた黄金の膜が薄れ始める。
それを見た夜月は──
「[アンチマジックオーラ]」
【魔断の帯】に込められる魔法の力を発動。すると身体が黒い靄に包まれた。
[アンチマジックオーラ]は一時的に第三階級までの魔法を無効化し、M-DEFが30上がる。
優れものなのは間違いないが、今は使ってもあまり意味はない。保険だ。
「なあ、なあ、みいいいぃぃぃ」
膜が薄れ行く。
脱力した状態で全神経を前に、ただ前に集中。
夜月らしくないが、背後はメメに任せる。
数体の死体が、前で転倒している死体達を乗り越えて、メメやその後ろの夜月を襲う。
しかしその前に、メメが流れるような動作で蹴りを叩き込み、吹き飛ばす。女性でも痩身な部類に入るメメの脚力とは思えないが、死体は力が込もっていないし、攻撃に対して反応しないので、特に問題ではない。
蹴った勢いのまま身体を半回転させて、再び死体の群に向き直る。更に回った時に引き抜いた矢を、滑らかに弓につがえて弦を引く。
矢は軽快な音を立てて、迫ろうとしていた死体の足に当たり、そのまままた連鎖するように倒れていく。
とはいえ、すでに距離は五メートルを切っている。
「はあ、はあ、はあ、はあ、はあ、はあ、はあ、はあ、はあ」
肉体的な疲れではない。
迫る二百の圧力が、メメの精神に重く圧しかかっているのだ。
ガチガチと歯を打ち鳴らし、心拍数と呼吸が急激に上がっていく。
それでもやらなくては、死ぬ。結局夜月を護らなくては、死ぬ。
僅か一分にも満たない決死の戦い。されどメメには永遠に感じる程の戦い。
もはや弓を引ける間合いではなくなった。
弓は捨て、矢筒も捨て、軽くなった身体で徒手格闘を用いて敵に対処していく。
しかし元々徒手格闘は苦手、というほどではないが、二百規模を相手取れるレベルじゃない。
這いずる二体がスカートを引っ張ってくる。ここで体勢を崩すわけにはいかない。恥を捨てて、スカートを破くように脱ぎ捨て、一歩後退。その間に回転しながら二体蹴り飛ばす。
一体が左のスニーカーの紐に手をかける。そのまま靴紐をほどきながら靴を脱ぎ飛ばす。
靴底が高い為、重心がズレて戦い難い。しかしもう片方を脱いでる暇はない。前や左右から対処しきれない数が押し寄せる。
「はあ、はあ、はあ、はあ………もう、いやです」
メメの眠たげな眼は涙が今にも滲みそうなほど悲痛に揺れて、心臓は破裂寸前かと思えるほど暴れまわる。
武道家であるメメは、矢をつがえ、弦を引き、敵に狙いを定めて射ち放った以上、死ぬ覚悟も恨まれる覚悟も憎まれる覚悟も出来ている。
自分はやったのに、他人からはやられない。などというふざけた考えは、そもそも彼女の頭には思い付かないのだ。
だが、死の恐怖を感じないかどうかは別だ。
それに今現在、目の前に迫る死者の群からは、一切の感情の色が見えない。ただ機械的に襲い来るだけ。
憎まれるのもいい、恨まれるのもいい、殺されるのもいい、自分だってやったのだから。
でも今の目の前にいる死者の群からは、憎しみも、恨みも、殺意も、敵意も、自分に対するどころか、全てに対して何も感じていない。死者なのだからあたりまえだ。
だが「覚悟など何も意味は無い」と言われているようで、悔しさよりも虚無感が胸に襲う。そしてそれは、自分自身の在り方を否定されているようで、何よりも恐怖を煽ってきた。
「──先輩」
敵から目を逸らし、強者に安心を求めてしまうのは、もはや必然。
メメは迫り来る敵に背を向け、後ろを振り返った──時、光を覆っていた黄金の膜が消え、夜月が消えた。
「っ!?」
人間としてなら最高レベルの動体視力を持つメメですら、それは消えたとしか言えない。
◆◆◆
──結果だけ言うならば、俺の拳はとどかなかった。
◆◆◆
身体への衝撃は無い。
全てを無効化にされたようで、全力の一撃は容易く阻止された。
【無敵設定】が解除された一瞬、メメにすら捉えられない速度の一撃で、パラサイト・アイテムにだって反応を許さない一撃。
それを無効化された。回避された訳でも、防がれた訳でもない。反動すら無効化された。
万が一【安全設定】解除されていない可能性を考慮して、急所からも外したというのに。
それなのに、無効化された。
──黄金の膜に。
「………………………」
「ありえない」その思考が夜月の頭にエラーをおこす。無言のまま、硬直するしかない。
【無敵設定】──一定時間あらゆる攻撃を無効にする。
そんな強力な力が、連発できるわけはない。現にシャーネは一度使用すれば、丸一日経たないと使用できないと言っていた。
だがしかし、敵は【必殺技】だって二回使用してきた。
つまり連続で使用できる可能性もあるという事だ。
だからこそ、夜月は効果の切れた刹那を狙った。反応を許さぬ速度で。
実際、効果が切れてから、夜月の拳が黄金の膜に阻まれるまで、0.2秒未満だ。
反応できるわけがない。できたとしても、abilityが発動するわけもない。
「ありえない」この戦いの中で、夜月は一体何度その思考を繰り返しただろうか。
もっとも、夜月の困惑は当然だ。
何故なら黄金の剣だって困惑しているのだから。
──【誤作動】
誤作動の名の通り、abilityを勝手に発動してしまうabilityだ。
シャーネすら知らないこのabilityは、正直【Status】のability欄を無意味に埋めるモノでしかなかった。
任意で発動できるわけでもないし、かといって何時発動するのかも分からない。それに、効果内容は必ずしもプラスになるわけじゃない。強敵を前に変なabilityが勝手に発動する事もあるし、弱い敵に強力だがリスクのあるabilityを使ってしまう事もある。命を勝手に賭けられてしまう理不尽なギャンブル能力なのだ。
ただ一点、このabilityが優れている事があるとすれば、発動制限を一切無視することだ──今現在の様に。
【必殺技】──実は回数制限が無いabilityだ。理論上は一日に何度も使用することができる。ただその代わり、一回ごとに自分のSPの九割を消費してしまう。
本来ならば九割消費すれば残り一割で、【必殺技】どころかまともな行動もできなくなる。しかし、今回は二百人規模の魂をエネルギー源としている。消費した傍から九割補完すればいい。SPの少ない弱者だからこそ、二度の使用が可能なのだ。(もっとも、肉体への負担が大きいので、乱用は無理だが)
だが【無敵設定】は違う。本当に一日一回だけのabilityだ。そこは魂二百人分のエネルギーでも、どうしようもない。
【誤作動】が発動する以外は──
「七海………」
先に我に帰ったのは、パラサイト・アイテム。
大半の知性を失い、深く考えることが無くなった為、すぐに戦闘に復帰した。
そしてパラサイト・アイテムが我に帰り行動を起こそうとする気配に、夜月は行き場の無い思考の渦から無理矢理浮上する。
しかし──
(動かねえ)
身体が動かない、
反動は無かったとはいえ、全力を賭した一撃だったのだ。筋肉が、骨が、次の行動に移ることに叫びを上げて、抵抗してくる。
その決定的な隙を、パラサイト・アイテムが逃すわけがない。
身体を覆っていた黄金の膜が消えた。
その代わり突きを放つ為に引いた剣が、美しいまでに輝き始める。
──まだ、夜月の身体は動かない。
洗練された動きで、夜月の胸にめがけて強烈な突きが放たれる。
──もう、夜月の身体は動く。
だがしかし、避けることはできない。
辛うじて急所を外せるだろうが、それがどうした?
外したところで、出血は激しく動きは鈍る。更に、二百に上る死体の群。外したところで結果は変わらない。
無駄な足掻きを止めて、突きを受け入れる。
自分の生命力ならば即死は避けられるだろう。その瞬間に、相手の気が緩めば相討ちに持ち込めるかもしれない。
そんな淡い期待を抱いたまま、黄金に輝く剣をその身に受け入れた。
コートを貫き、シャツを貫き、アンダーを貫き、皮膚を貫き、鋼の如き筋繊維の束を貫き、頑強な骨を貫き、そして心臓を貫いた。
それほどでも無かった痛みを無視しながら見たパラサイト・アイテムに──当然ながら油断は無かった。
「ははっ」
大量の血が口内を濡らしたというのに、口から漏れたのは乾いた笑い声。
そして最期に思ったことは──
(ナナ、俺が居なくて眠れるかな?)
──相も変わらぬ、七海への心配だった。
◆◆◆
《LPの全損を確認。
ability:【潜む者】が発動します》
Q:『パラサイト・アイテムが持ってるabilityって、どんなの?』
村人X:「まず基本的なパラサイト・アイテムのabilityから。
【単体寄生】:その名の通り、所持した相手の身体をのっとる。
【安全設定】:十分間急所攻撃無効。その代わり、取得経験値が-50%
【危険設定/エキスパートモード】:一時間、敵への急所攻撃無効。その代わり、取得経験値が+50%
でもって、次が今回のパラサイト・アイテムのability。
【群体寄生】:複数体の個体を操作できる。ただし弱い生物か、死体以外は無理。更に簡単な動きしかこなせない。
【無敵設定】:一分間あらゆる攻撃が無効化される。ただし、自分の攻撃も無効化される。
【反則技】:実は一番のチート能力。一つだけだが無条件でskill-levelを二つ引き上げる。Ⅹにはならないが、常駐型で特にリスクも無い。
【必殺技】:一回だけ、敵のDEF、M-DEF、toleranceを突破する。ただし、SPの九割を消費してしまうというリスクがある。ただし一桁を切ると使えない。
【誤作動】:abilityが勝手に発動する。あんま使えない。今回だけ良い仕事をしたけど、基本的にギャンブル。
rankBだから色々持ってた。
【群体寄生】は、宿主が【並列思考】とか持ってると、とってもヤバイ。寄生したのが光くんで良かった」