新/041/怪物VS寄生剣
※:10月27日/変更完了。
(杞憂だったか?)
夜月とパラサイト・アイテムに寄生された光の戦闘を見て、シャーネは眉を寄せる。
rankBを感知して急いで出てきたはいいが、実際目の当たりにしてみると、夜月が負ける要素は少ない。
(【安全設定】に【反則技】……だったか?まあ、abilityに面倒なのが多いな。もっとも、それでも技術の差は埋まらない)
ability:【反則技】は、skill-levelを上昇させる力がある。それによってパラサイト・アイテムは宿主である桐原光の剣skillを上昇させているようだ。だが、それでもⅦといったところだろう。
実はskill-levelのⅦとⅧの間にはとてつもなく大きい壁がある。
Ⅶまでは長年にわたり研鑽を積めば到達することも可能だ。
だがⅦからⅧに到達するには天賦の才が必須。凡人が到達するのは非常に難しい。(不可能ではないが、到達するには他の全てを捨て去り、それのみに人生を賭ける必要がある)
夜月の格闘levelはⅨ。天賦の才を持ったものが、更に必死の鍛練を積んで到達する領域。
光の剣levelは【反則技】で上昇させてもⅦ。凡人の限界値。Ⅸとは格が違う。
physical値が互角ならば、そのskillの差で夜月の勝利はほぼ揺るがない。abilityだってそう長時間使えるものではないので、現状の膠着状態はすぐに終わる。
それにパラサイト・アイテムは、ability:【単体寄生】を有する代わりに、知能が退化している。戦うことは出来ても駆け引きなんてできない。(厄介なことでもあるが)
宿主は思考能力が吹き飛び、最も固執しているモノを口に出すだけの廃人。
懸念点は武器の性能だが、宿主が弱いせいで性能をフルに発揮できていない。なので、特に問題にはならないだろう。
以上のことから、不確定要素を含んでも夜月の勝利は九割方確定している。
(まあ、雑魚を二百喰らった程度だしな)
所詮その程度。シャーネは自分が少し過保護すぎたと反省しつつも、ちゃっかり夜月に抱き着く機会をくれた剣に感謝する。後は良い経験値にでもなってくれれば御の字だ。
──シャーネは一つ勘違いをしている。
【EX7】の一角である絶対者故に。
雑魚二百人の魂。
それが、どれほど人間にとって驚異的かを、シャーネは知らない。
◆◆◆
「七海!七海!七海!七海!七海!七海!七海!七海!七海!七海!」
「うるせえ」
光は黄金の剣を地面と水平に構え、夜月に向かって突撃する。
口から発せられる狂った声とは裏腹に、その動作は洗練されており、力の流動は夜月から見ても合格点を出せる。
繰り出される高速の突きを、夜月は顔を傾け最小限で避けた。強烈な突きが顔の横を通過し、風圧でフードがはためく。
完璧に避けられたことに動揺などなく、光は素早く滑らかに剣を引き戻し、二連突きを──放つ前に、夜月によって足払いをかけられる。
「なな──」
突然転ばされても冷静に受け身をとる光だが、距離を取ろうとする前に、夜月の踏みつけが腹部に落ちた。
轟──
おおよそ人間には出せない音が響き、粉塵を上げながらタイルとコンクリートの地面にクレーターが発生。
魔力で生成された鎧が盛大に破壊され、腹を内蔵ごと踏み潰す。
急所ではないが致命傷だ。
衝撃で浮き上がった顔は相変わらず苦痛を感じていないが、口からは真っ赤な血が吐き出された。
とはいえまだまだ攻撃は止めない。
今度は足に目標を変える。
「ナァナミィィィィ!!!!」
「っ!?」
足を狙った瞬間、黄金の剣から光線が放出された。
見切れるので光速ではないが、それでも至近距離で避けるには速すぎる。
弾道から急所を外し、すぐに離脱出来るように足に力を込める。
激突──したが衝撃は大したことなく、むしろ過剰な対処だった。そしてそれが向こうの狙いだと瞬時に気づく。
光線は夜月のLPを減らすことは無かったが、夜月に防御体制をとらせたことで、光の離脱を許す。
内蔵を踏み潰された痛みなどは一切ないようで、離脱後は瞬時に立ち上がる。
とはいえさすがに重心がずれているが。
足に込めていた力を後ろではなく前に使い、追撃に向かう。
狙うは足。
「ナァナァァミィィィ!!」
またしても剣から光線が飛ぶ。
夜月はそれを無視する。
威力的に七海の[マジックアロー]よりは上だが、装備のお陰で気にしなくても問題はない。
肩に被弾するもバランスを崩すことなく、夜月は光に切迫する。
「ナナァァミ!!」
迫る夜月に黄金の光を纏った剣による、高速の連続斬りが襲いかかった。
一瞬、ジェネラルの【巨重斬撃】やソルジャーの【三連突き】の赤い燐光を思い出した。だが、構わず進む。
──ちなみにこれは戦技ではなく、剣が有する魔法[アタックプラス]MPを消費し剣のATTを高める力だ──
攻撃力の増した剣による一撃目の袈裟斬りが、夜月を襲う。
夜月はそれを地を這う程に身体を伏せ紙一重でかわしながら、足払いをかける。
光は避けることもできずに容易く転倒。しかも今度は連続技を使おうとしていたために、バランスを崩し受け身もとれない。
夜月は低く伏せた状態で一回転して瞬時に立ち上がる。そして転倒する光の足を踏みつけた。
轟──
再び粉塵と共に轟音が響く。更に金属の破砕音と、骨が砕ける不快な音が入り交じっていた。
片足を潰し、もう一本を潰す為、足を浮かせる。
その直後にまたしても剣から光線が飛んでくるが、無視──
「っ!!?」
──したそれは夜月の脇腹を強烈に抉る。
反射的に身体を捻って威力を分散させたが、それでも二本の肋骨に皹が入った。
「【必殺技】!」
シャーネの叫びが鼓膜を震わす。
どうやら今のはabilityで強化されたものらしい。
痛みは問題ないが衝撃は強く、何より片足を浮かせている関係上、踏ん張れずに飛ばされる。
飛ばされながらも夜月は肋骨の軋みを無視し、バク転で体勢を戻した。
「七海七海七海七海七海七海七海七海」
夜月が距離を取らされ、体勢を整えた時には、潰された足で無理矢理立つ光の姿が目に映った。
良く見ると、潰した腹部の鎧が修復されており、内臓ごと潰した腹の方も、十分回復されているように見える。
更には今潰した足も鎧も、どんどん修復されていっている。
夜月自身の回復力も十分異常なのだが、目の前のはレベルが違う。
(二百人分の魂だからな……)
シャーネと違って二百人の魂ということに、少なくない警戒をしていたので驚きは少ないが、実際に見るとやはり衝撃的だった。
肋骨の皹は無視し、腰を落とす。
シャーネに今のabilityについて聴きたかったが、そんな暇はなさそうだ。
「ナァ、ナァ、ミィィィ!」
まだ修復は終わっていないだろうが、走るのに支障が出ないくらいは回復したようで、一気に夜月に向かって走りだす。
やはり速い。
しかし足の怪我のおかげで幾分速度が落ちている。
問題は無い。
下段からの斬り上げをグローブで受け流し懐に入る。だが学習したのか光もバックステップで下がった。
かまわず距離を詰める。それを見た光が再び光線が放つ。今度は避ける。外見からでは威力がわからない。【必殺技】は何度も使えるabilityではないだろうが、それでも受ける気にはなれない。
ただし避けるといっても向かう足は止めないし、緩めない。前に走りながらでも、直線軌道なので身体をずらせば避けられる。
そして光の間合いに入り、再び振るわれる剣を掻い潜る。自身の間合いに潜り込んだ夜月は拳を握った。
連打。されど一撃一撃はコンクリートすら砕く。急所から外れているとはいえ、無視するにはあまりに威力がある連打。しかもグローブに込められる魔法の力[怪力]を発動している。
その連打を光は驚異的な反応をみせて、黄金の剣によって黒い拳を弾いていく。
さすがに最初、夜月の短刀による四連突きを弾いただけあり、攻撃箇所をバラつかせても、完全とはいえないが防いでくる。
(ちっ!)
内心で舌打ちするも、連打は止めない。むしろ速めていく。
──その連打の間に体育館からナニカの足音が聞こえ、こちらに接近してきた。だが、メメが対処するように弓を引いたので、夜月は気にしなかった。それにevent中では部外者の参加者への戦闘行為は[制限]がかかっている。無視してかまわない──
何発もの強烈な拳を受け止めても、黄金の剣は折れない。僅かに傷は入っているが、このまま続けてもへし折るのは難しい。だが、鎧通しの拳が防ぎきれず数発入り、その度にガードが甘くなっていっていた。
「ナアアアアアァァァァァナアアアァァァァァミイイイィィィィ!!」
回復が追い付かなくて内臓や骨に響く拳に、遂に耐えきれなくなったのか、鎧がバラバラと砕け散り、変色した生身がドンドン姿を現していく。
光の口から吐き出される血の量も増加していき、彼はようやく膝を屈した。
すでに満身創痍。
急所への攻撃が無効なだけで、全身に響くダメージは、夜月すら超える回復力でも修復が追い付かない。
夜月は膝をついた光へ最後に蹴りを叩き込む。
未だ【安全設定】が解除されていないが、もうすでに急所じゃなくとも夜月が蹴れば終わる。
「ナアアアアアア──」
「──うるせえよ」
◆◆◆
「は?」
真後ろに出現した気配。
気づいてはいた。しかし、無視していた。
event中で参加者を対象とした部外者の戦闘行為は無効だし、それじゃなくとも攻撃されたところでシャーネ製のハーフコートを突き破れるはずもない。
levelは低いだろうし、装備も特筆するものはない。強いて言えば体格が良いくらいで、それでも驚異になり得ない。敵にだってならない。
それにメメが気づいて矢を射ていた。コレの状態が分からないメメは、頭に射るのは躊躇ったみたいだが、正確に足を射ていた。それでも動いていたが、地を這うだけで問題では無く、メメも矢の無駄遣いだと判断したのか、それ以上は弓を引かなかった。
後で処理すればいい。夜月を含め、誰もが気にも止めなかった。
油断とか慢心とか傲慢とかそんなんじゃなく、純然たる事実が導きだした、無視。
きっとこれから先、名前を出されてもすぐに思い出せないだろう。その程度の存在。
そんな奴に気を配るくらいなら、不気味でふざけた目の前の傀儡を壊す。
その後で幾らでも対処は可能だ。
その筈。
その筈なんだ。
「なん、で?」
それなのに、背中から伝わるこの焼けるような痛みはなんだ?
「先輩!!」
「夜月!!」
メメとシャーネの珍しく焦りを孕んだ叫びが上がる。
ナナからも短い悲鳴が聞こえ、チラリと映った雛も驚愕に目を見開いている。
一体、なんなんだ………?
◆◆◆
(何故だ!?)
シャーネは驚愕に目を見開く。
ここ百年忘れていた焦りと困惑と激しい怒りが、内心で混沌と渦を巻く。
メメによって足を射抜かれた巨体の男は、必死に這いずり夜月の真後ろへと迫った。
動きも武装も、驚異になり得ない。
背後に迫っても誰も警告しない。夜月も気づいているだろうし、event中の[制限]もある。それにあんな家庭用の包丁で夜月に傷がつく訳もないし、這ったまま振り下ろしては力がこもらない。正直、誰もが無視していいと判断していた。
その結果が、コレである。
シャーネ製のハーフコートもシャツもアンダーも貫き、夜月の体に家庭用の包丁が突き刺さっている。
幸いなのは、夜月の強靭な筋肉に阻まれて、限界まで刺さらなかったことだろう。
理由は七海達にはもちろん、シャーネにだってわからない。
いや、シャーネは最初から一つだけ気づいている。
──あの巨体の男が、死んでいるということに。
「ゾンビ系だろうな」と思っていた。陽光を受けても消滅しないとは「上位かな?」とも思っていた。
だがモンスターでも[制限]がかかっているので戦闘行動に移れば消滅する。万が一攻撃可能でも、夜月の驚異にはなり得ない。注意を逸らすほうが危険なので、黙っていたのだ。
「…………あ」
その時、シャーネはようやく自分の間違いに気づいた。
(ゾンビじゃ、ない?)
死体であるのは間違いないのだが、ゾンビではない。
良く見ればシャーネなら判断がつくというのに、それを無視していた。ゾンビでなくとも脅威にならないことは確かなので、どうでもいいと無視していたのだ。
(【群体寄生】?)
そのabilityの名と共に、魅惑の魔貌が引きつっていく。
(最悪だ!)
絶対者として恥ずべき叫びを、声に出す寸前で内心に留める。
しかしそれ故に内心の憎悪と怒りは加速していく。
(そもそもおかしい……)
今まで考えなかったが、怒りに染まった思考がこの不可思議な状況に理由を求めてきた。
どうしてarea-rankFの場所に、rankBのパラサイト・アイテムがいるのか?
しかも夜月達の前に突然現れるなど、偶然とは言い難いのではないだろうか?
シャーネはこの【迷宮】内のことについては、それほど詳しくない。
【盟約】を結びはしたが、少ししか知識を持っていない。いや、少しという程でもない。【盟約】を結んだ時にあった【サマエル】と、ほんの少しの会話をした程度の知識だ。【迷宮】自体には興味があったのだが、【サマエル】に対する嫌悪感から、奴と真面目に話すことを拒んだ為に、知識は少ない。
だからこそ、目の前の異常事態に対する明確な答えは持っていない。だがそれでも、rankB以上がおいそれと出てくるとは到底思えない。
それに考えてみれば、あのパラサイト・アイテムの行動も不可解だ。
何かを探す訳でもなく、体育館の前に留まり続けた。まるでeventがすぐに始まるのを知っているかのように。
完全に作為的なのは間違いない。シャーネはそう確信した。
そしてそんな事が出来るのは【迷宮】の支配者ただ一人。
(【サマエル】貴様、何をする気だ!?)
Q:『雑魚とはいえ[吸魂]で二百人を吸えるんですか?』
村人X:「無理です。シャーネちゃんなら、二百どころか千でもいけますが、桐原くんだといいとこ五十でしょう。
しかし今回は、二百人が桐原光という存在に依存していた為、抵抗どころか受け入れてしまったのです。結果、二百人の魂を吸収することに成功してしまったという事ですね」