新/040/イベント・2
※:10月27日/変更完了。
「──光……?」
体育館の扉から出てきたのは間違いなく桐原光。見覚えの無い黄金の剣と純白の鎧に身を包んではいるが、背丈や体格、ヘルムから覗く顔は間違いなく桐原光だ。
だがしかし、雰囲気が全く異なる事から、良く知る七海ですら疑問系で首を捻ってしまう。
ここ最近は夏の熱波にも負けない暑苦しい正義感を放出していた光だが、今の瞳には不気味な妄執の念のみが映り、ブツブツなにかを呟いている。
「なんだ?」
夜月でも判断がつかない。後ろに控える雛達も、光の不気味さに鳥肌を立てていた。
どう行動するべきなのか非常に迷う。
「──パラサイト・アイテム」
その夜月の迷いを晴らしたのは、未だ七海の下に敷かれる銀髪の吸血鬼。
「寄生虫?」
「その通り。インテリジェンス・アイテムの亜種で、使用者の身体を乗っ取るモンスターだ」
なるほど、と夜月は納得した。現在の桐原光の雰囲気は、何かに意識を乗っ取られているというのなら、説明もつく。
しかし情報不足。例えば二百の命を瞬時に刈り取った方法など、今の情報だけでは分からない。シャーネにもっと情報を寄越せと視線で催促する。
「インテリジェンス・アイテム系のモンスターは、モンスターであると同時にアイテムでもある。二百の命を消したのは、多分、あの剣に[吸魂]系の魔法がこもっているのだろうな」
「二百も一辺にできんの?」
「あのパラサイトは高rankなのだ。それに吸われた奴等もM-RESがかなり低い。あの体育館くらいで、M-RESもlevelもrank低い二百程度ならば、一気に吸魂するのもそれほど難しいことではあるまい」
「俺達は?」
「あくまで威力は宿主のM-STR依存のはず。光のM-STR+10以上のM-RESがあれば、直接に接触しないかぎりは大丈夫だろう」
夜月は一番最初に見せられた光のmagic値を思い返し、身内のM-RESを頭に浮かべ、大丈夫だと判断する。
そのまま体育館の前でブツブツ呟きながら立つ光を観察し、夜月は逃走を一番に考え、シャーネに更に意見を求める。
「逃げろっつたよな。賛成はしてやるが、勝てないのか?」
「微妙だ。勝てないとは言わん。しかし妾の見立てではあのパラサイト・アイテムのrankはB。一般的にrankBからは力が跳ね上がる。逃げたほうがよい」
「………オーク・ジェネラルの時も忠告して欲しかったぜ」
「ジェネラルのrankはDだぞ。お前の勝てない相手じゃない」
「マジすか」
その話を聞いて、少し軽口を叩いた後、夜月は瞬時に逃げることを決意。
まだ気づかれていないようなので、素早く後ろの門から逃げれば問題無いはず。そう判断し、七海や後ろの二人に小声で指示をだす。
七海は夜月の下から這い出て雛と一緒に先に裏門へと向かう。その後ろをメメ、最後尾にシャーネに抱きつかれた夜月がいく。シャーネについては基本、諦めている夜月だった。
そして雛と七海が裏門の通用口に辿り着いた時──
ピーーーーーーーーーーーーーー!!
──聞き覚えのある、人間の不安を煽る甲高い警告音が、夜月達のスマートフォンから鳴り響いた。
「…………勘弁してくれ」
◆◆◆
《event:強制戦闘
パラサイト・アイテムとの強制戦闘が開始されます》
《パラサイト・アイテムから半径五十メートル以内にいる人間の中からランダムに以下の二名が選出されました。
・神崎夜月
・進藤メメ
以上の二名は強制的に現在のpartyを解散し、二名によるpartyが強制的に結成されました。
以上の二名には[制限]がかけられます。パラサイト・アイテムから半径五十メートル以上離れた場合、LPが全損します。
解除条件:パラサイト・アイテムの討伐》
◆◆◆
《現在、この場所でeventが開始されました。
パラサイト・アイテムから半径五十メートル以内に存在する参加者以外には[制限]がかけられます。
パラサイト・アイテム及び参加者への戦闘行為と判断される行動を起こした場合、LPが全損します。
解除条件:event終了》
◆◆◆
「………つまり半径五十メートル以上離れた場所からなら参加してなくても攻撃可能ってこと?13でも通ってくれると嬉しい」
「どうやって依頼するんですか?」
「旗でも振ってみるか?」
「……………………………………」
「……………………………………」
スマホの画面を確認した夜月とメメは、蒼い天を仰いで遠い目をしていた。
メメはevent初体験なのだが、話を聞かされていたため、やる気がマイナスに下降中。夜月としては「まあ、ナナが選ばれなかっただけましかな……」と切り換えるも、不機嫌さが滲み出ている。
雛と七海は心配そうにしながらも、戦いの余波を避けるために裏門の外へ。
シャーネは相変わらず夜月に抱きついている。
「はあ…………やるか」
「…………はい」
一度ため息を吐いた後、メメと共に未だ体育館の前に立っている白い鎧を纏った光を観察する。
「シャーネ、鎧と剣は両方とも例のパラサイト・アイテムか?」
「違う。鎧の方はお前の【千の刃】と同じ、魔力で生成された物だ。大した効果はないだろう」
「つまり、あの剣の方がパラサイト・アイテムなのですね」
距離があるのでしっかりと確認することは出来ないが、光の手に握られる黄金の剣は、相当な業物だと見える。
雛の【荒波】クラスの頑丈さを持っていれば、戦闘中の破壊は難しい。素直に宿主を狙った方が早いだろう。
夜月は戦うためにシャーネを引き剥がし、短刀を引き抜き右手に握る。メメも背中から弓を外して、矢を筒から引き抜く。
そのまま夜月が前を歩き、メメは狙撃に最適で、いざという時の為に遮蔽物がある場所に向かった。
(……ランダムだけど、パートナーがメメだったのは運がいい)
今一信用しきれていないが、タッグを組むならばメメが最良だと夜月は考えている。
無論、合わせようと思えば誰とでも合わせられるが、一番楽なのはメメだ。
雛の場合は同じ近接タイプなので連携がとり難い。雛が敵を引き付けている間に、後ろから忍び寄るという戦いも有りだが、雛が引き付けられる相手なら正面から夜月一人でやっても大した労力ではないし、雛にも負担がかからず七海の護衛に力を回せる。雛でも引き付けるのがキツい相手なら、そもそも最初から夜月一人で戦う。基本的に雛は七海の護衛に努めさせるのが夜月の方針だ。
七海は後衛として優秀に育ってはきたが、夜月が本気で戦う場合、動体視力が追い付かないので、狙いが定まらない。ギリギリ雛レベルなら目も追い付くので、組ませるならば雛だ。
メメならば、実戦経験は乏しいが優秀な射手だ。動体視力もよく、夜月の動きにもギリギリ追い付ける。動く標的に対する射撃も正確。だから夜月の援護をするならば、メメが最良なのだ。
『ナナ、悪いがあいつを殺す』
夜月は光の正面に向かう途中、柵の外から覗く七海に視線で語る。
当然夜月の視線の意味を理解出来る七海は、一度俯き、震えながらも覚悟を決めた瞳で、夜月の濁った瞳を見つめ返す、
『………わかった』
という念を込めて。
アイコンタクトで会話をした後、夜月は感情の色を消した瞳を光へと向ける。
あまり正面からの戦闘は好まないのだが、背後が体育館で左右が開けている。側面と裏面がとれないので、この際正面に立つ。
夜月が正面に立った時、光が顔を上げ──
──カッ!
メメが矢を射る。
アニメや漫画のように、戦いが分かっていながら対話を求めるような事などしない。
高速で飛来する矢は、正確にむき出しの顔面に向かう。
それと同時に気配を消した夜月も身を低くして音もな無く走り出す。
矢は高速だ。常人が反応できる速度ではない。
そして剣道の全国大会常連者でも、あくまで常人の域。
だが、
──カンッ!
当然の様に光は両手で握った黄金の剣で矢を弾き飛ばす。
メメは動揺から次の一本を取り出す手が止まり、雛は目を細めて鋭い視線を向けた。
軽い金属音が響く中、夜月が気配も音も無く地を滑るように迫る。矢を弾く反応は素直に称賛するが、足を止める程じゃない。
光は矢を打ち払った為に、夜月への意識を外している──はずなのだが、
「っ!?」
強引に引き戻すことなく滑らかに剣を身体の中心に戻して、夜月の動きに対応してきた。
反応速度といい、技量といい、もはや桐原光ではない。
外見からどうしてもイメージしてしまう光像に、感覚が引っ張られ、侮っていたことを夜月は少し反省する。とはいえ足は止めないが。
狙うは顔。というより、鎧があるのでそこしかない。
更に[大怨の蠱毒]も発動する。これなら掠り傷でも致命傷、とはいかずともバッドステータスは避けられない。
下から顔面を狙って突き出された漆黒の短刀は、速く鋭い。
常人どころか天才ですら反応できるかどうかわからない突き。
──キィン!
しかし光は対応して見せた。有効部位が限られているとはいえ、驚くべき反応だ。
黄金の剣の刀身が夜月の突きを阻み、美しいとも感じさせる金属音を響かせた。
(…………?)
光の不気味な両目は、視線が夜月を追っておらず、さっきからずっと何もない宙を泳いでいる。
その事に眉を潜めるも、夜月は追撃を止めない。
素早く引き戻した短刀による、四連突き。
前に夜月に傷をつけたオーク・ソルジャーの戦技を超える速度で、正確無比に光へ向かう。
七海の目には映らず、雛とメメにはそれが連撃だと辛うじて判断できるレベル。
四つの突きが顔面へと刺さるのは、すべて一秒以内の刹那。
空中に漆黒の閃が刻まれる──が、
──ガギィンッ!!
黒と黄金が混じり合い、火花を散らす。全てが弾かれた。的が小さく、顔に備えていれば良いとはいえ、良く弾いたものだ。
(ちっ)
内心で舌打ちするが、一応予想していた夜月は、即座に攻撃方法を切り替える。
この至近距離では剣は振れない。夜月の間合いだ。オーク・ジェネラルのように圧倒的な体格の差がある訳ではない。だから譲る気はない。
振りかぶらずに関節の連動と筋肉の収縮で光の鳩尾に掌底を叩き込む。鎧通し。
──ドンッ!
おおよそ掌が出せる音ではない音が大気を振動させた。
喰らった光は口から空気と共に唾を盛大に吐き出し、身体をくの字に折り曲げる。
内蔵を潰した手応えが手から伝わる中で、それでも夜月は攻撃を止めない。
バランスを崩してガードが甘くなった光の顔面へ向け、夜月は短刀を突き出す。
力が流れているので剣を強引に引き戻すのにも時間がかかる。
つまり、夜月の一撃は必中で、必殺だ。
──もちろんそれは、黄金の剣がただの剣だったらの話。
短刀が眉間に突き刺さるまで残り0.5ミリをきった瞬間、光の顔から黄金の光が噴出した。
「っ!!?」
漆黒の短刀がまるで黄金の光に掴まれたかのように、停止する。
急停止の反動を殺す事は成功しているものの、さすがの夜月でも驚愕に瞳が揺れ動く。
だが止まっている場合ではない。
黄金の剣が強引に引き戻されて、夜月へと力任せに向かってくるのだ。
驚愕で反応が一瞬だけ遅れた事に、追撃する事や受け流す事が出来ず、仕方なく横に飛んで間合いを取る。
そこにタイミング良くメメの矢が飛来した。
光は夜月に気を配っているし、まだ掌底によってバランスを崩しているので、避けるのは難しい。その上、剣を強引に引き戻した関係で、矢を弾くことはできない。
もちろん必中──だが、纏う黄金のオーラがまたしても必殺の攻撃を弾いた。
(刺突耐性が高い?いや、【刺突無効化】?)
加速した思考の中で様々な可能性が浮かぶが、とりあえず突きは無効にされると判断し、メインを拳に切り換える。
メメを無視して夜月の方にゆっくりと光は身体を向ける。
だがその瞳には夜月の事など映ってはおらず、相変わらず妄執に似た色のみを宿し、顔には生気が感じられない。
(……内蔵、潰れた手応えがあったんだけどなあ)
重心は崩れず、痛がる素振りすらみせない。
刺突だけではなく殴打、いや物理攻撃を無効化されている可能性もある。が、それなら衝撃で身体を折り曲げるはずもない。
刺突は無効化で、内蔵の方は回復と、痛覚を遮断しているのだろうと予測する。
しかし、少し離れた場所に立つシャーネからの情報が耳に入り、その予想は否定される。
「夜月、あの黄金のオーラは【安全設定】というabilityだ。一時的に急所への攻撃を無効にしてる」
「…………めんどくせえ。つーか、最初から使えよ。なんで防いでたんだよ。俺の労力返せよ」
文句を言いつつ距離を保ち、構えていた短刀を鞘へと納める。
急所への攻撃が無効ならば、鎧のせいで短刀は効果が薄い。無論、貫くくらいは出来そうではあるが、強敵がその隙を見せてくれるとは考え難い。
「それにしても、桐原はそんなability持ってたのか?」
「宿主のabilityではない。パラサイト・アイテムのabilityだ。奴等は物であり、同時に生命。【Status】だって持っている」
早く言ってほしかった。聞かなかった自分が悪いのだろうが、夜月は内心にシャーネへの不当な不満を抱く。
「痛覚が無いのも?」
「いや、寄生されると痛みとかは感じない。abilityとかではないな。回復や肉体強化もabilityではなく、[吸魂]で集めた魂が起こしているのだ。技術の上昇は、剣のabilityなのだろうがな」
今のところ能動的な動きがないので、注意を払いつつシャーネに情報を求めた。
身体能力、反応速度は夜月クラス。技術は雛クラスまで上がり力もしっかり扱えている。その上、急所は無効で、回復力は高く痛みも感じない。
(嫌な相手だ)
夜月は内心で顔をしかめる。
シャーネの情報を聞いていたメメから僅かな動揺が伝わってきた。
当然だ、唯一矢が有効だった顔への攻撃が無効にされるのだから。
「メメ、お前はナナに気を配れ。また伏兵が来られたらたまらない。俺への援護は、出来ればでいい」
「……了解です」
少し悔しそうな声だったのは気のせいではないだろう。
しかし自分の援護の意味が薄い以上、確かに他に労力を割いた方が賢明だ。メメにはそれが理解できるので、素直に七海達の方に向かう。
夜月は腰を落として気配を消す。眼前にいるのに気配を消しても意味はない、と思われがちだが、五感のみで感知している者ならともかく、気配も感知している者には動きが読み難くなる。もっとも、半分癖みたいなものだが。
受動的にしか動かないならば、このまま警戒しつつ膠着させて、abilityの時間切れを狙ってもいい。とはいえ、あまりに楽観的過ぎる。敵が能動的に襲ってくる可能性は当然否定出来ない。
「シャーネ、どれくらいで効果が切れる?」
「剣次第だ」
さすがに正確な時間まではわからないらしい。
それでも「そんなに長くはない」と補足があったので、試しにこのまま向かいあったまま時が過ぎるのを待ってみた。
当然そこまで敵も甘くはない。
「───、──み、─なみ、ななみ、七海!七海!七海!七海!七海!七海!七海!七海!七海!七海!七海!七海!七海!七海!七海!七海!七海!七海!七海!七海!七海!七海!七海!七海!七海!七海!七海!七海!七海!七海!七海!七海!七海!七海!七海!七海!七海!七海!七海!七海!七海!七海!!!」
妄執に取りつかれたように光の眼球がぐるりと回る。
そして全身から黄金の光が狂気的に噴出し、朝の陽光を汚す。
女性陣の嫌悪感を異常な程刺激し、特に名指しの七海は泡を吹きそうなくらい恐怖に震える。
光は剣を構える。
ギョロリと眼球が夜月に定まる。
「知性…………名前負けし過ぎだろ」
うんざりとしながらも、夜月は拳を握る。
Q:『夜月くんは何で今まで関節技を使わなかったんですか?』
[夜月]:「苦手なんだよ。今まで使う機会なかったし」
Q:『護衛だから敵の捕縛とかで使いそうですが?』
[夜月]:「いや、殴って昏倒させたほうが早い。
関節技で組つくと動きが止まる。万が一伏兵がいた場合、その隙を狙ってくるから今まで関節技を実戦で使ったことがない」