新/038/死の気配
※:10月27日/変更完了。
パチパチと燃える幾つもの死体を尻目に、虚ろな表情を見せるナナと、未だに遠い目をしている雛を連れて図書館に戻る。
報酬の入門書はまだ貰っていないが、吉野先生のあの様子じゃあ今はまともに会話が出来ないだろう。
途中、呆然と姉が燃えていく様を見続ける進藤の横を通り、チラリと見たその顔は、完全に色を無くした無表情。三メートル以内を通ったのに、彼女は俺に無反応だった。
俺は気に止めずに、図書館への道を急ぐ。
図書館の前につき、一応気配を確認してから扉を開けて中に入る。
この状態では三階まで行くのは無理そうだから、一階隅にある硬めのソファに腰を下ろした。
左右にはナナと雛。
二人とも俺に寄り添い身体を預けている。
「一応言っておく。あまり長居はしたくない。一時間だけだぞ」
「「………………」」
二人は無言で、されど了承の意を弱々しく伝えてきた。
二人にしたら一時間は短い筈だ。
特にナナは間近で知人が死んだ。しかも俺が殺したのだ。相当なショックで、内心の整理がつくには一時間ではとても短い。
だが先も言った通り、あまり長居をしたくないのだ。
風魔法の入門書を貰い、回収させたドロップアイテムを受け取り、魔法書を買って、外に出る。
今日もまた快晴だから、朝のうちに進みたい。
「…………うう」
ナナが俺の腕に顔を押し付け、呻く。
聞くに堪えない程の悲痛な感情がくっきりと分かる。
………俺は本当に異常だな。
あんな事をしてもすぐに切り替えられる俺は、今更ながらあまりにイカれている。
もっとも、そんな事はどうでもいい。
あれを見ても何も感じないならそこまでだ。
俺は二人の頭を撫でながら、周囲の気配を探る。
この状況でも、ここは安全地帯じゃないんだから、気を抜く訳にはいかない。
◆◆◆
一時間が経とうとする時、図書館の外に見知った気配を感じとる。
進藤か。
個人は特定しづらいのだが、進藤クラスは近寄れば分かる。
「ナナ、雛、客人だ。俺は出迎える。お前達はここにいろ」
「………うん」
「分かりました」
ナナと雛はそう返事をしながら、俺を支えにしていた身体を起こして背もたれに深くもたれ掛かる。
もうすぐ時間なんだが、まあいい。
とにかく図書館の前に来た進藤の相手だ。多分、入門書とかを持ってきたんじゃないだろうか?
そういやドロップアイテムってどうしよう?近くの道具屋まで着いてきてもらうかな?
図書館の両開きの扉を開け、図書館の前に丁度良く来た進藤を出迎える。
いきなり扉が開いたという事実に、進藤はビックリして眠そうな目を開くも、俺だと分かると直ぐに元に戻った。
「………神崎先輩」
少しやつれている感じはするが、それでもしっかり両足で立って弓を背負う姿は、彼女の力を如実に表していた。
あんな事があったのに、それも自身の姉を殺したというのに、俺を見つめる視線は前とそんなに変わらない。
メンタルが強いのか、それとも俺と同じであまり感じない程ドライなのか、はたまた壊れているか……まあどうでもいい。
扉を閉めて一歩前に出る。
もうこの学校にはオークはいない。俺達のオーク退治と共に外に繋がる門を全て閉じたので、新たなオークは早々入ってはこれない。
なので外で話をしても問題は無い。
「どうした進藤」
「……先生からです」
俺の問いに平坦な口調で端的に答える。
そしてstorageから出した入門書を俺の方に投げ渡してきた。俺はそれを苦笑しながら受け止める。
「ああ、確かに受け取った」
「それからドロップアイテムですが……」
「悪いが俺達にstorageの空きは無い。道具屋まで一緒に来てほしい。当然見返りはだす」
手伝うと言った吉野だが、それは学校内での事だと俺は解釈している。
だから外に連れ出す以上、見返りは当然出す。
「……あの、その事なんですが、神崎先輩。少し良いですか?」
「あ?」
単なる吉野の代理の使者かと思ったが、どうも違うようだ。
ここに来たのは何か私的な理由があるみたいで、瞳に真剣な色を映している。
「ドロップアイテムの件は私がお受けいたします」
「そうか。それで?」
「………あの、私を一緒に連れていってくださいませんか?」
………は?
「それは、どういう意味だ」
「神崎先輩達のpartyに加えてほしいのです」
……やはりか。
即座に断ろうと思ったのだが、こいつを加えた時のメリットが高く、思い止まる。
まず俺達にstorageの余裕が無い以上、進藤が同行すればstorageの空きを増やせる。
次にこいつは単純に使える。遠距離からの精密狙撃が加わるのは戦闘でも、ナナの盾としても有用だ。
しかし、何故?
雛の愛とか恋も意味が分からないが、本気であるという事は間違いないので一応信用出来る。
だがこいつは違う。俺の感覚が間違っていなかったら、こいつは大多数と同じく俺を恐れる類いの実力者だ。現に今だって三メートル以上近づかない。間違っても俺に同行を求める類いの人間では無い。
その意味が理解出来ない以上、こいつを迎え入れる気は起きない。もっとも、使えるのは確かなので少し惜しいが。
「………私はお姉ちゃんを殺しました」
俺の否定的な瞳を感じ取ったのか、進藤は語り出した。
眠そうな両目が寂しそうに輝く。
「だから私はお姉ちゃんの分も生きないといけない気がするんです」
無言で先を促す。
「死なないだけならば、桐原先輩や吉野先生と協力して、この学校にいれば可能かもしれません」
だろうな。桐原は面倒な奴だがオーク程度ならば問題ないし、順調にlevelを上げていけば厳しいだろうがコミュニティの維持も不可能では無い。吉野先生もいるしな。
「でもそれは、死なないだけ。もしも、このままここにいれば、私はまた大切な事から目を逸らす。だから、生きる為に乗り越えなくてはならない──恐怖を」
進藤は震える足に必死で力を込めた。
そして一歩前に踏み出す。自分が定めたであろう絶対的恐怖の内側に。
ガクガクと震えている。
殺されかけた記憶がフラッシュバックしているのだろう。
俺はその様子を冷ややかに観察する。
後数秒このままなら、俺はこいつにみきりをつける。
◆◆◆
──あの日、入学してから十日が経ったあの日。
四階に続く階段にて、西園寺先輩の後ろを歩く神崎先輩を見みかけた。
本能で理解し震えつつも、武道家としての好奇心に負けて、この人に知覚の糸を伸ばした。伸ばしてしまった。
瞬間、呼吸が止まり視界が真っ黒に染まって階段から落ちた。
西園寺先輩の可愛い悲鳴が聞こえながらも、私は後ろにいるあの怪物を恐れ、意図的に意識を消し飛ばした。恐すぎて、恐すぎて、意識を保っていたくなかった。
その時、肋骨を一本骨折してしまったが、なんとかこの人から逃げる事が出来た。
後で聞いた話では、倒れた私に一切興味を持たず、群がる生徒達を割って西園寺先輩を引き摺っていったらしい。
私はそれを聞いた時、心の底からほっとした。
興味を持たれなくて良かったと。
──でも、でも今は違う。
私はこの人について行かなくてはいけない気がするのだ。
怖い。吐き気がする。ぐらぐら頭が揺れる。
でも、それでも行かなくては。
お姉ちゃんの分も生きなくてはいけないのだ。
そうでなければ、私はなんの為に姉を殺したのかが分からない。
世界に『挑戦』為には、まずこの恐怖を乗り越えなくてはならない。
私にとっての恐怖の対象。
打ち勝つ為に、私は一緒に行く。
◆◆◆
──進藤の眠たげな目が見開き視線が定まる。
足に力が戻ってしっかりと両の足で身体を支える。
その見開いた瞳からは、まだまだ俺に対する恐怖はあるものの、それでもしっかり怪物を見ている。
「お願いします!」
大声、というほどではないが、これまでの進藤メメでは考えられない様な、しっかりと響く声。
そして深々とその場で頭を下げる。
善性の感受性が悪い俺だが、こいつの真摯な思いは十分に伝わる。
震える手から考えて、まだまだ恐怖心を拭えてはいないのだろうが、それでも負けないくらいの精神力を発揮していた。
「死ぬ様な命令以外はなんでも従います。西園寺先輩を守れというなら盾になります」
雛と同じで自分の命を他人に預ける愚か者では無い。僅かだが、恐怖に対して一歩踏み出す事も出来た。こいつの思いも理解出来た。だから少しは信用しても良い。
「…………まあ、い──」
俺が認めようと言葉を発そうとしたら、更なる進藤の言葉が重なる。
だがその言葉で、認めようとしていた俺の評価がメチャクチャな方向へと進む。
「──お望みでしたら、先輩に処女も差し出します」
……何故この場面で?
だかしかし、気の抜けた俺とは裏腹に進藤は至極真面目だ。真面目な方向がおかしいけども。
「………お前らはそんなに性欲を持て余してるのか?」
雛といいシャーネといい、ナナも若干そうだけど、流石に引くぞ。
顔を上げたこいつの目からは冗談が感じられない。真剣で言っているらしい。
「?別に愛してくれとかはいいませんよ?」
俺のひきつる顔が目に入ったのか、良く分かっていない様に首を傾げる。
「ビッチかお前は」
「処女です。思うのですが、性欲の処理といいますか管理といいますか、とにかく性欲の発散は急務かと。正しく解消しないとストレスを溜め込んで、爆発しかねませんよ」
「俺はそこまで盛っていない」
「先輩だけでは無く、私達女の子もです。女にだって性欲はありますし、生命の危険が身近にあるこの世界では、種族の本能が高められ性欲も肥大化すると思います」
「性欲一つでそこまで語れるお前は凄いぜ……。つーか、自慰でもしろ」
「身近に強い男性がいるので、自慰で解消出来るのは少しだけだと──」
「──何お前、盛ってんの?つーか、なんで俺はこんなところで女子とエロトークしなきゃならないの?」
こいつは本気で言っているようなんだが、完全に先程までの真剣な空気を失っている。そもそも当初の話が全く変わっている。いつから性欲の話になったんだよ。
「エロではありません。生物の本能についてです」
「本音は」
「先輩は怖いですけど、間近で感じると子宮には来るモノがあります。きっとさっき言った通り、生命の危険を感じているからなんでしょうね」
淡々と抑揚の無い声で自らの性欲事情を赤裸々に語る。ていうか俺の威圧感って性欲肥大化させんの?
…………こいつこんな性格だったのかよ。
雛とは別の意味でめんどくせえ。
断りたくなった。ちょっと前まで別に一緒に行ってもいいかな?とか思ってたのに、一気に断りたくなった。
言ってる事は的外れでも無いんだが………。
「という事で、性奴隷でも盾でもいいので一緒に連れていってください」
「お前、目的変わってない?そっちが本音?」
「いえ、お姉ちゃんの分まで挑み、生き抜くのが目的です。立場としては性奴隷でもいい、という事です」
最初から最後まで声色が一切変わらない進藤に、俺はペースをかき乱される。
こんなにも落差のある会話なのに(本人は全部真剣みたいなんだけど)声のトーンが変わらない奴は初めてみた。つーか気づいてないし。
すげえよお前。俺のペースをここまで乱したのは、シャーネだけだぞ。
「それではよろしくお願いします」
「おい待て。いつ迎え入れると言った」
「ダメですか?」
「…………とりあえず、【Status】見せろ」
「わかりました」
◆◆◆
《name:進藤メメ/人間
level:5
exp:192
title:
energy:[LP・64][MP・65][SP・65/72]
physical:[STR・20][VIT・20][AGI・30][DEX・59]
magic:[M-STR・41][M-PUR・21][M-RES・30][M-CON・28]
skill:[格闘・Ⅳ][弓・Ⅶ][気配察知・Ⅲ][気配遮断・Ⅲ][料理・Ⅳ]
tolerance:[苦痛・Ⅳ][恐怖・Ⅱ]
ability:【鷹の目】【武の力】【柔の力】
party:
guild:》
◆◆◆
──結局、迎え入れる事になった。
【Status】見ても十分使えるしな。微妙な会話になったけど。
それにしても、性欲か。俺は気にした事無かったけど、確かに重要な問題だよな。
桐原は破廉恥とか言いそうだけど、ストレスや本能的に解消しておくのは間違いじゃ無い。
むしろ、溜め込んで何かの拍子に爆発し、以降性的な快楽に耽溺されるのは避けたい。
まあ、雛と進藤は俺が解消してやってもいいが、ナナは──どうしようか?
◆◆◆
「じゃあ行くぞ」
「はいッス!」
「うん」
「よろしくお願いします」
半ば無理矢理押し入ってきた進藤メメを新たにpartyに加え、図書館の前に集合する。
メメの加入には意外な事に殆ど文句が出なかった。雛は相容れないと分かっていても、実力は十分に理解している。七海は自分には良く分からないので、否定する理由が無いからだ。
余談だが──
『よろしくお願いします七海様』
『神様!?』
どうやら進藤メメは、唐草君を教祖とした『ナナミ教』の信徒らしい。
レズとかではないらしいのだが、七海の愛らしさに神を見たと言っていた。
(そう言えば、唐草君って生きてるのかな?)
夜月は少しだけ親交のあったクラスメイトを、ぼんやりと思い出し、すぐに忘れた。
──閑話休題
二人は人死のダメージから、雛は何時も通りの朗らかな笑みに戻り、七海も外面上はなんとか回復した。
その後、報酬の入門書を七海に使わせ風魔法を習得。ついでとばかりに魔法屋にて、風魔法の魔法書を購入。今はskill-levelが足りずに使えないが、なかなか有用そうだったので全員合意の上で買った。
1Gと高かった【光魔法入門】だが、やはり回復魔法は重要だという事で購入。
しかしここで少し問題が起きた。
当初は一番magic値の高い夜月が使う予定だったのだが、MPを流し込んでも反応ぜず習得不可能だった。
何故?と頭を捻る四人だったが、理由は簡単にわかった。
《光属性の適正はありません》
と、スマホの画面に表示されたからだ。
しょうがないので雛に使わせる、と思ったのだが、雛はM-PURが1足りない。なので、まだ信用できないメメに差し出す事になった。もっとも、実用を考えれば、前衛と後衛のどちらに覚えさせた方が有用か、分からないメンバーはいなかったからでもある。
だが、またしてもスマホの画面に適応しませんと表示されて、メメも光魔法が使えなかった。
七海なら適正するかもしれなかったが、あいにく三つ目の魔法skillを習得するための要求能力値は全て100以上と高すぎた為に、この【光魔法入門】は残念ながら貴重なstorageを埋める事になった。売却しようとも考えたのだが、半値まで落ちるので止めておいた。
──そんな問題はあったが、とりあえず出発する。
現在は日の高さから八時過ぎ。
あんな人殺しの後だというのに、三人ともそれなりに好調で、夜月は相変わらずだ。
「まずは道具屋からだな」
夜月はそう言って三人を連れて歩きだす。
再び来た道を戻るはめになるが、向かう先にあるスーパーが遠い以上、一度戻ってstorageを空けておく必要があった。
オークが居なくなったとはいえ、ここは危険地帯である事は変わらない。すっかり忘れそうになるが、オークは最初に意味不明なテレポートの様な現象で出現したのだ。危険地帯では気を抜けない。
夜月の隣に雛。二人の後ろに七海。そして最後尾に新入りのメメ。
今日も日が強いのだが、慣れてきたのか、それとも人が減って来たのかしらないが、世界はどことなく冷たい気がした。
そんな空気を大して気にしない雛は、今日も明るく夜月に話しかける。
「まさか先輩が新しい女を引っかけて来るなんて!それも進藤さんを。もう、隅に置け──ぶぎゅ!」
「使えるからだ。後、お前は少し学習しろ」
軽口を叩いた雛に、夜月は相変わらず容赦の無い蹴りを叩き込む。
「でも女ばっかりだよな」
「そりゃお前の為だからだよ」
「へ?」
夜月が雛とメメを選んでいる理由は、一番はやっぱり使えるからなのだが、他にも理由がある。
七海の美貌では下手に男を入れれば欲情されて、変なちょっかいをかけられるからだ。それに七海は夜月に不満を言ったが、七海は軽度の対人恐怖症だ。女性でも反応するが、男性の場合はより敏感に反応する。そうである以上、夜月は男を戦力に加える事を極力避けている。使える奴がいないのだけれど。
そこでメメが閉じていた口を開く。
「大丈夫です。私にお二人の邪魔をする気はありません。私は所詮、先輩の性奴隷ですから」
「「…………………………」」
相変わらず抑揚の無い声で喋るメメ。
むろん夜月は性奴隷とかを認めた事は無い。あくまでメメの中での話だ。
だがそんな事を知らない二人は、夜月にあからさまな非難の視線を送る。
「おい、夜月。性奴隷ってなんだ?」
「いや~、ちょっと自分の予想を越えてるッス。愛人では無く性奴隷とは……まあ、嫌いではないですよ?」
七海は夜月の背中に小さい足で蹴りを入れつつ、雛は珍しく不満そうに笑みを消して目を逸らす。
そんな二人に夜月は面倒そうに空を見上げ、無視する事に決めた。
メメへ反論してもいいが、メメのあの抑揚の無い声と会話をすると、どうしてもペースを狂わされるので止めておいた。
裏門に向かう途中の体育館近くで、夜月が突然体育館の方を向いた。その視線には、意外な事に困惑があった。
「夜月?」
その夜月の困惑をいち早く感じた七海は、不安そうな表情で夜月のコートの裾を引っ張る。
『『『──!──!──!──!』』』
(なんだ?)
夜月ですら完全に聞き取れない小さな音が、体育館のほうから漏れている。
この学校の体育館は騒音対策で遮音性の高い構造になっている。それなのに音が漏れているとは、相当な大声での合唱だ。
雛とメメも気づいているようだ。雛は首を捻り、メメは特に変わらないものの、体育館に目を向けている。
「なんか讃えてるっぽいッスね」
雛の言う通り、僅かに耳に聞こえる合唱は、何かを讃えているようで、誰かに祈っているようで、何かを願っているようで、誰かにすがっているような、そんな声だ。
「ナナミ教?」
「おい、前々から思ってたけど、おかしいだろ」
「唐草聖下でしょうか?」
「おい待て!聖下ってなんだ!!」
「いや、コールは『ユウ』?だと思う。唐草君なら『七海様』か『七海神様』だろう」
「ボディーガードの癖にそんな怪しげな新興宗教その存在認めてんの!?」
「確かに、金曜放課後の礼拝とは全然雰囲気が違うッス」
「礼拝!!?お前ら放課後なにしてんの!?青春無駄にすんなよ!」
「はい。基本は三時間の祈りから始まり、終始厳かな雰囲気ですからね」
「三時間!?時間に謝れよ!クロノスに謝れよ!」
「………!!神王の父を呼び捨てとは、畏れ入りました七海様」
「違うだろ!!」
その七海の叫びが合図になった訳ではないのだろうが、突如として体育館の締め切られたカーテンの隙間から黄金の光が漏れだした。
「「「「っ!!」」」」
流石にただごとでは無い。軽口から一転、全員がすぐに行動に移った。
夜月は背後に七海を庇い、雛とメメもその夜月の後ろに入る。
その間にも黄金の光は力を増して──
「…………なんだ、今の」
──体育館から濃厚な死の気配が漂ってきた。
今まではしっかり感じ取れていた二百にせまる命の気配が、完全に喪失した。
さすがの夜月ですら困惑を隠しきれず、雛とメメは恐怖に震える。夜月から伝わる困惑を感じ取った七海もまた、不安で杖を抱き締める。
(逃げるか?)
しかし情報不足だ。
二百を一瞬で消し飛ばす敵を前に、果たして背を向けていいのかどうか、夜月にも判断できない。
ただとりあえずは下がり隠れるべきだろう。
「雛、お前は戦わなくていい。ナナの護衛を全力で勤めろ。ナナは【電光加速】の準備だ。終わり次第俺にかけろ。メメは俺の援護だ」
「「承知しました」」
「ま、任せろ」
夜月は指示を出しながら体育館から下がる。体育館との直線上に遮蔽物があり、こちらからなんとか向こうを確認できて、あちらからは死角になる。そして逃走に移りやすいよう裏門から近い位置に陣取った。
「さて、気を引き締め──」
◆◆◆
「七海」
光は少し頭痛のする頭をさすり、黄金の剣を片手に体育館の外を目指す。
「七海」
生気の籠っていないうわ言のように、その言葉を繰り返す。
「七海」
そこには盲執が感じられるが、光の顔は無表情。
「七海」
足元に転がる親友だった物を踏みつけ、光は進む。
「七海」
もはや、それしか彼は繰り返さない。
火は夜月くん達が買った、マッチ棒とか色々。