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新/037/感じろ

人殺し描写があります。

「【電光加速(エレクトロ・アクセル)】!!」


 七海が覚えたての魔法を雛に使用する。

 その魔法をかけられた雛の身体はサファイアの光に包まれた。


「おお!!おおお………おぉおお??」


 最初は驚いて目を見開いていた雛だが次第に声に疑問系が混ざっていく。


「魔法、ちゃんとかかったんスか?実感微妙なんですけど……」


 反応速度が30%UPされたはずなのだが、雛には実感がわかなかった。


「多分、その筈なんだけど……初めてだから分かんない」


「雛」


「はい──ぬおっ!!」


 魔法のかかった雛の顔面に向けて、夜月はそこそこ手加減した拳を繰り出す。手加減といっても夜月レベル。世界王者のプロボクサーすら遥かに超える速度と威力の拳だ。


 普通の人にとっては文字通り必殺と言っていい速度の拳を、雛は冷や汗をかきながらもぎりぎりで回避する事に成功した。


「この速度はさっきまでのお前なら避けられなかった」


「ふえ?そ、そうッスか?……確かに反応出来たのは奇跡的な速度でしたね」


「そういう事だ。つーわけでそろそろ行くぞ」


 魔法の確認を終えた三人と、その後ろに続く吉野は校庭の方に進む。

 ちなみに進藤は校舎の二階に上がって弓の狙撃ポイントを確保し、梅宮はその護衛──という名目の逃避でいない。


 この学園の校庭は広い。

 しかしオーク達の集団は校舎に近い位置で爆睡しているので、角を曲がれば直ぐに魔法で狙える。


 七海は魔法の準備に入った。

 使う魔法は【強電撃(スパーク)

 普通のオーク達なら杖の効果を合わせて一撃で始末できる。(基礎消費40→27。基礎展開速度25秒→12秒)


「ナナ、あそこの五体密集している所を狙え」


 電撃である以上、くっついているオーク達はまとめて感電する。夜月は雑魚寝でまとまっているオーク五体を指差す。


 サファイアの魔力光に輝く七海は、魔法に集中しながらも夜月の指先を見て無言で頷く。


「雛、お前は突っ込んで始末していけ。援護はしてやる」


「危険ッスね。まあ良いですけど」


 魔法で起きた後のオーク達はパニックを起こすだろう。巨体のオーク達がメチャクチャに暴れまわる場所に突っ込むのは危険だが、雛は軽く頷く。

 夜月の投擲技術への信頼と、七海の魔法への信頼故だ。


「お前ら、気をつけろよ」


「はいはい~」


「分かってます」


 吉野の心配そうな声とは裏腹に、雛は軽い。七海はこれから起こる殺人への恐怖からか、少し硬い。


「行くぞ」


 それを合図に七海が角から飛び出し、雛が音も無く走り出した。


 ◆◆◆


 七海から迸った電撃によってオーク達への奇襲が遂に始まる。


 爆睡しているからと言って、電撃をくらった五体の絶叫には、流石にオーク達も目を覚ます。


 しかし元々動きも頭の回転も鈍いオーク達が、即座に状況を理解して対応できる訳は無い。


 ノロノロと起き上がりながら、キョロキョロとその醜悪な顔を彷徨わせるだけだ。


 そして軽快な音と共に、その内の上半身だけ起こしたオークの眉間に、一本の矢が突き刺さる。


 その個体は即座に死亡し、再び地面に倒れるも、他のオークは気づかない。そもそも、音にすら気づいていない。


「よっ!!」


 まだまだ覚醒していないオーク達。

 そんな彼等を嘲笑うかのような軽い声と共に、音も無く接近していた赤い着流しの少女が居合いを放った。


 銀の閃が宙に刻まれ、鮮血と共にオークの首が舞う。


 全てのオーク達の視線がそこに集中し、数秒思考が停止する。


 その隙にも赤い着流しの少女はまた新たな標的へと迫り、反応する事が出来ないオークの血飛沫が大気を染める。


 そしてようやく──


「ブ、ブモオオオォォォ!!?」


「ブオオオオォォォ!!」


「ブギャアアァァァ!!」


 ──オーク達は状況を呑み込んだ。


 ただし、大混乱という状態で。



 ◆◆◆



 逃げる、または怒りのままに武器を手に取る。


 オーク達の反応は様々だけれど、一様にめちゃくちゃだった。


 武器を振れば味方の同士討ち。

 逃げれば味方にぶつかり転げまわる。

 

 足元にいる苗床になった女性達を踏みつけ、食料となった男の肉片を踏んで足を滑らせる。


 そんな中を雛は、舞う蝶の如く優雅に、それでいて凄まじい殺気と共に刻まれる銀の閃は、蜂の如く獰猛で鋭い。


 だがそれでも巨体が密集した状態で暴れまわるこの状況は、さすがにきつかった──はずなのだが、


(25%は偉大ですね~)


 七海の魔法のおかげで、暴れまわるオーク達を優雅に回避し、それでいて的確に攻撃する事が可能になっていた。


 結果的に全てを回避しつつ、全てを一撃で屠るという、常軌を逸した剣舞を踊る。


 また一体と、急所に突きを入れて絶命させたその時、後ろ、左、右の三方から同時に敵が襲いかかった。


 目の前には死に行くオークがいるので、逃げられない。


 慌てる程では無いものの、雛はダメージは覚悟した。


 しかし──


「ブギャアアッ!!!」


「ブ、モ!?」


「────っ!?」


 雛へと殺到する三体は、雛が何をするでも無く倒れる。


 右の一体は輝く電撃にて。

 左の一体は眉間に突き刺さった矢にて。

 後ろの一体は真横から深々と頭に刺さった黒きダガーにて。


「ふふっ♪」


 雛は笑った。

 その笑みは、血と肉の舞う戦場には似合わない、東の空に輝く太陽にも負けない微笑みだった。



 ◆◆◆



『ブモッ!?』


『ブギャアァァァァッ!!』


『ブモッ!!ブモオオォォォ!!』


『ブ、ブモっ!?ブモォ!!』


 何時もの欲にまみれた汚らわしい豚の叫びではなく、痛みと恐怖と怒りに溢れたオークの悲痛な叫びが校庭より響き渡る。


 美しいサファイアの光と共に電光が弾け、鋭い銀の閃光がオークを両断する。


 姉を汚された恨みと憎しみを心に溜め込んでいた進藤メメは、その蹂躙劇をゾッとするほど暗い満面の笑みで眺めていた。


 いや、眺めているだけでは無い。

 自身も弓に矢をつがえてオークを射る。


 ちなみにメメが使っている弓は、七海が貸したオーク・アーチャーの弓だ。矢の方は競技用のを刺さりやすく加工している。


 軽快な音と共に放たれた矢は、必死に逃げ惑うオークの眉間に狙い違わず突き刺さる。


 オークを殺したという快感にメメは暗い瞳のまま、絶頂にも似た快感に支配され、身体を震わす。


「……ふふっ♪」


 思わず口から笑い声が漏れた。

 アニメ声に全く似合わない嗜虐心を孕んだ暗い笑い声は、十歩ほど距離をとって壁際にいる鈴火の恐怖心を刺激する。


(進藤さん……なの?)


 生徒会長である鈴火と、生徒会庶務であるメメは当然知り合いだ。

 優秀な武道家を輩出する進藤の家と、親交があったという縁。それとメメ自身の可愛さを、自身を着飾る装飾品にしたいという欲求。それらの事情から引き抜いたメメを、鈴火はそれなりに知っている


 だが、こんな表情や声を出せる人間では無かった。

 何時も眠そうな表情で口数も少なく、何を考えているか分からないという欠点はあったものの、無駄口を叩かないという点を上から目線で評価していた鈴火には、驚愕の光景だった。


 鈴火が恐怖に震える間にも、メメは正確に狙撃を続ける。

 憎しみと愉悦を携えながら、一方的に虐殺しているその姿は、無表情無感情で虐殺する冷酷な怪物(よづき)とは別の意味で多大な恐怖を誘う。


 鈴火は壁に張り付き視線を逸らすしか無かった。

 やはり来るべきでは無かったと、バクバクと煩い心臓を抑え付けながら、涙目で後悔していた。


「ああ、終わってしまいましたね……」


 心底残念そうなアニメ声と共に、最後のオークが電撃に倒れた。


 メメが射殺したオークは四体。二十四体中四体だが、暴れまわるオーク達の眉間を正確に狙撃した腕は、素晴らしいの一言につきる。


「…………お姉ちゃん。私はやりました」


 先程の憎しみと嗜虐心に溢れた声とは一転、暗く悲痛な小さな声が響く。

 テンションが一気に通常に戻った事で、涙腺が緩んで涙が落ちる。


 その顔は先程と違い、神に罪を告白する咎人の顔だった。


「待っててね。終わらせてあげる」


 開け放たれた窓から漂う微風と死の臭いに、その小さな呟きは攫われた。



 ◆◆◆



(すげえな、あいつ……)


 夜月は二十四のオーク全てが光になって、ドロップアイテムを落とした事を確認し、二階の窓で涙を流しているメメを見つめていた。


 倒したのは四体だが、その四体を射抜いた四本の矢は全て正確に眉間に吸い込まれた。

 

 夜月の中で一番中遠距離に優れた射手は義母(つばき)だが、今まで見た中でメメの弓の腕は十指に入ると断言できる。


(俺も見る目が無い。ていうか最近、人を過小評価しすぎなんじゃね?)


 七海と雛があの獣人を倒した時もそうだが、メメの事も随分過小評価していたと気づく。

 無意識に人を見下していたのかもしれないと、舌を噛んで自身を戒める。


 口内を鉄の味が支配する不快感を顔には出さず、七海と雛と一緒にドロップアイテムを回収する為に動く。


「神崎!」


「なんだ?」


 気功で舌を回復させながら、後ろから声をかけてきた教師に振り向いた。


 振り向いた先にある吉野のゴツイ顔に張り付く表情を見て、めんどくさそうにしていた自身の表情を真剣なものへと切り替えた。


 夜月は他人の感情などに動かされる事は無いが、それでもここまでの顔をされれば真面目に聞かずにはいられない。


「俺が彼女達を………楽にしてやろうと思う」


「…………」


「最初は抵抗があった。だから見守ると言った。だが見ているだけなど、俺の教師としての──いや、大人としての信念が許さない」


 吉野は言葉を一回区切り、目を伏せる。

 その表情は特攻の覚悟を決めた兵士にそっくりだと、夜月は感じ取る。


「お前は凄い。俺より遥かに凄い。俺より遥かに濃密な人生(けいけん)をしてきたのだろう。想像するのは無理でも、一端を感じ取る事は出来る」


 顔を上げ目を見開いた吉野の瞳は、これ以上無いという程の慈しみと覚悟に溢れ、夜月はそれに対して素直に尊敬をする。


「そんなお前でも、俺にとっては大切な生徒だ。そして何より、お前は子供(・・)だ。どんな経験を積んでいようとも、子供である事は変わらない。生徒(こども)が人を殺す瞬間を見守るという愚行で見過ごせば、俺は生涯後悔するだろう。それに殺される生徒もまた俺の生徒だ。傲慢かもしれないが、教師(おとな)である俺がやるべきだと思っている」


 拳を握り締めわき起こる自分自身への非難を抑え込みながら、吉野は夜月から目を逸らす事無く最後まで言葉を続けた。


 夜月はそんな吉野を眩しいと感じ、同時に少しだけ久しく忘れていた『嬉しい』という感情が掘り起こされた。


 自分の本性を知りながらも子供として扱ってくれた人は、十七年の人生で神崎椿ただ一人。

 他の人達は夜月の怪物性を見た瞬間、恐れ避けるか、または怪物と感じながらも受け入れるかの二択。例外は当然いるが。


 それが今日、夜月の怪物性を目の当たりにしながらも、子供として扱ってくれる人が現れたのだ。


 夜月は苦笑しながら、その『嬉しい』という感情を引き出してくれた吉野に感謝の念を贈る。


「覚悟は認める。しかしそれなら殺さない方がいい」


「どういう事だ?」


「俺達は理解を示す。だが今後先生(・・)が生徒達を守るとしたら、例え『情け』という理由をつけても生徒を殺した先生を奴等が受け入れてくれるとは思えない」


 先生と言葉を改め、夜月としてはかなり珍しい他人に対しての『優しい』忠告をする。


 桐原を含めてこの学校にこもる生徒達は、未だこの新たな世界を受け入れられてはいない。こんな状況でも平和の国の精神を引き摺る彼等に、『情け』でも人を殺した吉野は受け入れ難い存在だ。ボロボロにされた生徒を助けた者では無く、人を殺した殺人者として忌避される可能性が高い。


「……確かにな。そうかもしれん。だがそれでも俺がやる。やらねばならないんだ。それが俺の教師として信念で、大人としての責任だ」


「そうか。なら何も言わない。だが俺もやらなきゃならない。ナナに見せる為にな。それから進藤の姉は妹にやらせろ」


「家族を殺させる方がいいと?」


 吉野は未だ進藤が姉を殺すという事を納得していない様で、微妙な表情になる。


「家族だからこそ、だろうよ。せめて自分の手で楽にしてやりたいのさ」


 メメの悲しそうな瞳を夜月は思い出す。そこに何かを感じるほど人間的では無いものの、理解は出来る。


「そうか。ならば早くすませよう。長引かせるだけ、彼女達に悪い」


「……そうだな」


 吉野と夜月は共に並んで歩く。

 雛と七海は遠目で訝しげに思いつつも、散乱したドロップアイテムの回収に勤しんでいる。storage内には入りきらないので、金以外の袋を一ヶ所に集めていた。


 その場所に向けて、吉野と夜月は歩く。倒れているボロボロでうわ言呟く女性や、食い散らかされている肉塊の横を歩く。


 途中、夜月から珍しく口を開いた。


「俺は『情け』なんて言ったが、実際にはナナに人殺しを見せるいい機会だとしか思ってないんだ」


 自分でも良く理解できないが、夜月はなんとなく吉野に胸の内を晒す。普段ならば不快な行動でも、自分を子供と言ってくれた吉野に対しては、そんな感情は湧かなかった。


「…………知っていたさ。お前に慈悲が無い事くらい」


「それでも俺は生徒なのか?」


「無論だ。それでもお前が生徒である事は変わらない」


「不器用だな。生き辛いぞ、この世界じゃ無くとも」


「全くだ。だが別段悪い気はしない。それにそれはお前もだろう?」


「あ?」


「お前ほどの強さがあれば、むしろ一人の方がいい筈だ。それなのに二人も抱えている」


「二人じゃねえよ。ナナ一人だ。でもまあ、確かにそうかもしれないな」


「お前が西園寺を守るように、俺は生徒を守る。お前はそれで後悔するか?」


「しないな。ナナは俺の唯一の生き甲斐だし」


「そうか、俺もだよ。生徒が唯一の生き甲斐だ。特にこんな世界になったからにはな」


「ふーん」


 そんな軽い感じで言葉を返しながらも、夜月は少しだけ心を癒された。



 ◆◆◆



「二人とも、決して目を離すなよ」


「はい」


「………ああ」


 雛は真剣ながらも達観した表情で、ナナは悲痛そうにその端整な顔を歪め、ショートパンツの裾を握りしめながらも目を逸らさず、二人とも真剣に返事を返す。


「三上先生……か」


 ボロボロになって横たわるのは、俺とナナのクラスの担任。

 美人で明るく優しい教師(ひと)だった為、学年、男女問わずたくさんの生徒から慕われていた。


「……か、かん、ざ、き、くん?」


 焦点は定まらず、呂律も上手く回っていないが、三上先生は俺の名を呼んだ。

 こんな状態でも生徒の、しかもまともに話した事の無い俺を見分けるとは、もしかしたらこの人も、吉野先生のように生徒愛に溢れた人だったのかもしれない。無論、俺の容姿が特徴的過ぎるのかもしれないけど。


「っ!!」


 ナナがその声に反応して目を逸らしそうになるも、寸前で思い止まり視線を三上先生に向ける。


「俺はあなたを殺します」


 俺はただ事実だけを告げる。

 ああ、やっぱり俺の心には何も湧かない。

 吉野先生との会話で、教師への尊敬を胸に抱いたつもりだったが、所詮俺の心は変わらない。


 三上先生は俺の言葉を虚ろな瞳で数秒かけて受け入れ、最期に──


「………あ、りが、とう」


 ──と力無く笑った。


 俺はそんな彼女に微塵も心を動かされる事無く、眉間に短刀を突き刺し一撃で絶命させた。


 振り返る。


 ナナは嗚咽を漏らし両目から滝の様に涙を流して、それでも目を離さずに立っていた。


 雛はその三上先生を透かして過去の自分を見つめているかの様な、遠く寂しい目をしていた。


「次だ」


 俺はその二人に声をかけず、まだまだいる者達に足を向ける。


 感じろ──


 ──人の死を。



 ◆◆◆



「ごめんな、助けてやれなくて」


 最期まで見続けてやらねばならないのに、俺の視界は歪む。


「…………ころ、して」


「遠藤……」


 うわごとを呟く遠藤は、俺を視界におさめてはいない。

 その光を映さない瞳に、堪らず涙が溢れてくる。


 すぐにでも連れ帰り、看病し、少しでも良いから回復させてやりたかった。


 また笑わせてやりたかった。


 そんな気持ちをただ胸の内に圧し殺し、俺は武器にと集めていた中にあった長細い刃物を後頭部に突き付ける。


「………ころして」


 その言葉が鼓膜を連動させて俺の心を激しく揺さぶる中、覚悟を決めて押し込んだ。


「──ごめんな」


 こんな俺には、それしか言えない。


 最期に流れた血をすくい、消え行く生徒(こども)の魂を僅かでも残すために毛髪を鋏で切る。


 立て、吉野武蔵。


 まだ他にも生徒(こども)はいる。


 やらねばならない。



 ◆◆◆



「……お姉ちゃん」


 ボロボロになって横たわる姉。

 こんな事になったのは、自分を庇ったからだ。


 助けに行きたかった。でも私は嫌なほど冷静で、無理だと頭で理解してしまっていた。


 吉野先生と合流しても、桐原先輩達に会っても、私は姉を助けに行こうとすら考えなかった。


 目を逸らしていた私は、神崎先輩の名前を聞いた時、初めて姉の事を助けに行きたいと強く願ったのだ。


 私は神崎先輩が強い──いや、ヤバイという事を知っていた。この世界で唯一まともに生きる事が出来るとしたら、あの人だけだと確信するほどに。


 だけど私はあの人がとてもとても怖かった。見ただけで分かる存在(かく)の違い。身に纏う常軌を逸したの雰囲気。


 凄まじく怖くて、二度と二年の教室には近づきたく無いと思うほど怖くて、でも、それでも今のこの世界で、お姉ちゃんを助ける事が出来るのは神崎先輩だけだと理解して、私は吉野先生に同行を申し出た。


 そしてようやくお姉ちゃんの所まで辿り着けた。


 最初の内は助けた後に体育館に連れ帰って面倒を見ようと思った。

 しかしこの状態でこれから先、このふざけた世界でこれ以上お姉ちゃんを苦しめる事が、本当に正しい事かどうか悩んでもいた。


 そんな葛藤の中で神崎先輩の言葉を聴き、私は決心した。


 ──殺してあげよう、と。


 神崎先輩はきっと慈悲なんて持っていないだろう。

『情け』なんて言っていたが、彼の言葉には慈悲なんて微塵も無い。

 だけどそれでも私はあの人の言葉で決心を固められた。


 そして今、ここで、終わらせる──


「──お姉ちゃん、さよなら」


 意識の戻らない姉に、私は少し寂しく思いながらも、躊躇せずに貸して貰ったサバイバルナイフを後頭部に突き刺した。


 手に残る感触は意外なほど柔らかく、そして想像を遥かに超えて生々しかった。


 吐き出しそうになる胃の中身を必死で抑え付け、私はポケットからハンカチを取り出す。


 濡らしたハンカチで顔を丁寧に拭いて、せめて少しでも綺麗に逝ってもらう。


 埃と汚物を取り除いた顔は、やつれてはいるが誰にでも自慢出来る美人な姉の顔。


「…………お姉ちゃん」


 空気を読まない眩しい太陽を恨めしく見ながらも、私の両目から涙が溢れ落ちる。


「お姉ちゃん、ありがとう」


 本当は謝りたかった。

 地に頭を擦り付けて必死にあの時の事を、二日以上も目を逸らしていた事を。


 でも姉はそんな事を望まない。

 私は覚えている。昔から、お姉ちゃんが言っていた言葉を。


『ほら、笑ってメメ。そこは「ありがとう」だよ』


 その言葉を思い出して、私は今度こそ蹲って泣いた。



夜月くんにだって「嬉しい」くらいはあるんです。

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