挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
境界迷宮と異界の魔術師 作者:小野崎えいじ
995/1204

番外243裏 魔獣と殭屍・中編

 翼を広げて飛翔する幼き竜。されどその正体は迷宮の深奥を守るラストガーディアンだ。
 ヴィンクルは光の軌跡を空間に残しながら弾丸のような速度で飛んでいき、そうして爪を振り抜く。切り裂いてマジックシールドを蹴って。複雑な軌道で反射を繰り返す。

 放たれた矢のような速度に加えて予想もつかない軌道で飛び回る幼竜に、魔獣達をしても追い縋ることができない。尾を振り回し、爪で切り裂いて。魔獣の群れの中を無人の野を行くがごとく。光弾のようにヴィンクルが飛び回って蹂躙する。
 切り刻まれる魔獣達はそれでも再生はしているが、破邪の術とはやはり相性が悪いのか。ヴィンクルの攻撃圏内に捕らわれた魔獣達のその図体そのものが再生の度に縮んでいっているように見えた。

「あの動き方。テオドールの影響」

 シーラがそんな事を言いながら粘着糸の網を放つ。そこに囚われた魔獣に、イルムヒルトとセラフィナが協力して放つ鏑矢が突き刺さって、破邪の力を炸裂させる。

 戦域に、朗々と歌が響き始めた。それはシリウス号から響く、ユラの歌声だ。荒ぶる御霊を鎮める神楽が、魔獣達の動きを鈍らせていく。



「高位のキョウシは空を飛ぶ――と聞いていたでござるが――」

 副官に呼び出されたキョウシ達は、いずれも空を飛べるらしい。それぞれで衣服や装備が異なっている。しかし俊敏な動作で得物を操るようにして構えたその動きは、相当な手練れといって差し支えない程のキレがあった。

 双鉤(そうこう)――。先端が曲がった剣を両手に構え、大きく足を広げて低く構える者。直角に交わった棒――トンファーを両手に装備し、一本足で立って構える者。そしてその二者の後ろで、無手のまま悠然と佇み、紫色のオーラを立ち昇らせる者。
 いずれも副官の切り札とも言うべき連中だろう。この連中は、オリエとの戦いに立ち入らせるべきではない。

「あの後列にいるのは私が。術主体でないと難しそうだ」

 ツバキが言うと、イチエモンとイングウェイが頷く。

「拙者は双鉤――あの先端の曲がった剣を持つ者を引き受けるでござる」
「ならばもう一体は私が」

 そうして3人がキョウシ達目掛けて踏み込めば、敵もまた迷いなく突っ込んでくる。
 最初に仕掛けたのはイチエモンだ。いつの間にか手裏剣を取りだし、双鉤を持つキョウシ目掛けて2枚3枚と一呼吸の間に投げつけ、注意を引きつけた上で横っ飛びに跳ぶ。

 キョウシは双鉤を振るって手裏剣を弾くと、イチエモンの動きに追随してきた。双鉤を縦横に振るえば、イチエモンは闘気を纏わせた忍者刀と苦無で応じた。

 たちまち無数の剣戟の音が周囲に響き渡る。イチエモンは切り込んでくる双鉤の、その切っ先の内側へ、内側へと踏み込んでいく。
 得物の長さは忍者刀と双鉤はそれぞれ同じくらい。ならば踏み込んだ分だけ双鉤の威力は減るし、苦無を攻防両面で有効に使えるというわけだ。現に、イチエモンは短い苦無を利き手側に握る事で、得物の長さからくる当たり負けをしないようにという工夫をしている。つまり、防御的に立ち回るが故の至近戦だ。闘気で強化しても尚、キョウシの膂力は驚異的。

 しかし、双鉤という武器は、通常の武器でいうハンドガードや柄頭にも斧のような刃や尖った部品がついている。
 キョウシもその利点を十分に心得ているのか、その部位を用いるように拳を突き出すように刃を突き出して来たり、はたまた刃や柄頭をひっかけるように弧を描く軌道の攻撃を繰り出したりと、イチエモンの動きに即座に対応してくる。

 激突して闘気の火花が至近で幾度も弾けた。刹那の間隙を縫うように。
 逆手に握った苦無をキョウシの首目掛けて繰り出せば、キョウシは半身になって一方の双鉤でそれを受け止める。大きく引いたもう一方の双鉤が猛烈な勢いで突き出される。

 イチエモンは身体を捻って避けるも、先端が曲がった鉤という武器は刺突を戻す際にも引っ掛けるような使い方ができる。
 視界の外。背後から刃が迫ってくるような形。それを予期していたのかイチエモンは身体を屈めながらシールドを蹴って大きく横に跳んだ。

 それを見て取ったキョウシは引き戻した双鉤の、曲がった先端同士を引っ掛けて連結させる。二節の長大な武器となったそれを振り回してイチエモンの動きを追いながら凄まじい速度で振るえば、ハンドガードであった部分がそのまま斧のような役割を果たしてイチエモンの首元を襲う。

 皮一枚。上体を逸らして避けたイチエモンの、覆面の一部を引き裂くような、ぎりぎりの位置を通過していく。
 しかし止まらない。キョウシは止まらない。連結した双鉤はイチエモンの得物の間合いを遥かに勝る。

 弧を描くように振り回しながらそこに妖気を纏い、連結双鉤の更に間合いの外にまで斬撃を放ちながらイチエモンの動きを追う。キョウシの膂力にたっぷりと遠心力を乗せたそれは、まともに受けられるものではない。

「鉤剣の使い方は知っていたでござるが……」

 熟練するとこうも見事に操れるものなのかとイチエモンは内心で舌を巻く。真っ当な武芸で勝負すれば自分の上手を行くかも知れない。だが――。

 旋回してきた双鉤が当たると思われた瞬間。素早く印を結んだイチエモンの身体から爆風が放たれる。真っ黒な煙をまき散らしながら、一帯が黒い煙に包まれていた。

 火遁の術――。いかなるものをも任務の遂行に取り入れるのが忍者というものであり、イチエモンの信条でもある。武術、体術は勿論のこと、薬学も変装技術も、忍びにとっては一つの手段に過ぎない。ならば当然ながら陰陽術も。
 キョウシは追う。煙の動きを追う。煙が動いたそこに向かって、連結双鉤を叩き込むが――引き裂かれたのはイチエモンが上半身に纏っていた忍び装束のみであった。

 イチエモンの姿は空蝉の術とは全く逆の方向に。口に巻物を咥えたままで次々と印を結ぶ。
 すると、イチエモンの身体に引き寄せられるように、地面から黒い砂が渦を巻いてイチエモンの身体の周囲を舞っていく。

「秘技――屑龍」

 砂鉄――それは砂鉄だ。無数の砂鉄が寄り集まって巨大な黒い蛇とも龍ともつかない形を成す。
 砂鉄の奔流で作り出された龍の頭に乗って。印を結んだままのイチエモンが飛翔する。
 金気を操る術がイチエモンの家系の本領。故に五行において金を意味するタツミの姓を持つ。

 迫る砂鉄の龍を、連結双鉤で迎え撃つ。しかし、双鉤の動きを妨害するように砂鉄が渦を巻いて纏わりつく。動きの鈍った双鉤を悠々と躱し、鉄屑の龍がキョウシの身体を飲みこんだ。

 渦巻く砂鉄が見る見るうちにキョウシの身体に張り付いて固まり、動きを阻害していく。周囲でも砂鉄が渦を巻いて、黒い竜巻のようになった。

 テオドールの用いるグラインドダストのように直接削り取るほどの勢いがある、というわけではない。しかし、術によって制御された砂鉄はまるで不定形の生き物のように寄り集まり、重しや拘束具となって捕らわれた者の動き一切を封じる。

 この術単体は攻撃用のものではない。派手ではあるが、それを活かして注意を引きつけたり脅しに使ったり、目潰しや目暗まし、窒息であるとか……動きの阻害に使うための――忍術であり、遁法だ。

 しかし、その真下に移動したイチエモンは砂鉄の渦の中に包みの中からまた別の粉末を流し込み――そうして。

「燃え落ちよ」

 そんな言葉と共に種火を投げ入れた。種火は一瞬にして巨大な爆炎と化し、竜巻全体を包む。空気を幾重にも取り込んで、内部に捕らわれたキョウシを爆炎と高熱で焼き尽くす。

 焼き尽くすまではあっという間だった。消し炭のようになったキョウシが地面に向かって落ちていくのであった。



 イングウェイとキョウシは――真っ向から突っ込んだ勢いそのままに激突した。すさまじい速度で闘気の爪撃と、妖気を纏ったトンファーの腹がぶつかり合う。
 木製の武器。しかしながらそこに妖気を纏わせる事で、鉄をも切り裂くイングウェイの爪撃を受け止めている。

 そのまま。激突の勢いに任せるように、至近で互いの腕が。足が。跳ね上がり、弧を描いて闘気と妖気がぶつかり合う。
 単純な形状ながら、トンファーの使い方というのは多彩だ。拳を放てば先端で穿つような刺突となるし手甲のようにも用いることができる。闘気を纏った腕でキョウシの一撃を逸らして踏み込み、近い間合いから裏拳のような一撃を放つ。

 拳で殴るのではない。イングウェイの闘気が集中しているのは手首。手首を曲げることで関節部の堅さを利用した一撃を、近い間合いと見慣れない軌道から叩き込む事が出来る。

 木と肉体がぶつかり合ったとは思えない、何か重いものを叩きつけたような音と衝撃。キョウシがトンファーの腹で受けた形だが、研ぎ澄まされた闘気を纏うイングウェイはまともに打ち込んで尚、痛みを感じていないようだし、凄まじい衝撃であったにもかかわらずキョウシは微動だにしない。それはそうだ。そもそもキョウシは痛みを感じないのだから。

 即座に反撃。持ち方を変えて攻撃範囲を広げたトンファーが、凄まじい勢いで横から振り抜かれる。肘と膝で挟むようにしてトンファーを止め、掌底を放てばキョウシは身体を逸らして避ける。
 火の出るような至近で互いの武芸を応酬する。躱し、逸らし、ぶつけ合って。そこからトンファーで巻き込んで関節を取ろうとする動きに身体ごと飛んで抜け出す。そこにキョウシが追随する。上から交差させたトンファーを叩きつけ、受け止めたイングウェイの横合いから蹴り足が跳ね上がる。それを膝で受け止めて。

「キョウシか。生前の武術を使える者がいる、とは聞いていたが」

 大したものだと、キョウシやこの国の武芸に対してイングウェイは称賛の念を抱く。そうして顔のすぐ横を掠めていく刺突を避けながら――楽しくなってきたと言うように、牙を剥いて獰猛に笑って見せた。

 イングウェイとキョウシの拳撃、蹴撃が交差する。凄まじい密度の攻防。
 キョウシの繰り出す多彩な技。見慣れない武器。それらが相まってイングウェイの闘気の防御を僅かにすり抜けて、痛みを伝えてくる。それをも意に介さず、攻撃を応酬。イングウェイの攻撃もまたキョウシに命中しているものがあるが、しかし痛覚を持たないキョウシには堪えた様子は見られない。それでも律儀に攻防の技術を駆使するのは、キョウシの生前の名残りか。

 ならば、どうする。イングウェイは自問する。
 簡単だ。痛みが行動を阻害しないのならば、そもそも行動ができない程に破壊してしまえば良い――!

 間合いの離れ際。トンファーを持ちかえようとする動きを潰そうとするように、大きく引いたイングウェイの爪に闘気が集中する。それに対する反応が、異常な程速い。トンファーの回転を止めて妖気を集中。爪撃を繰り出そうとする動きに合わせて防御的な動きを見せる。

 次の瞬間だった。イングウェイの両腕が、十字に交差する形で振り抜かれていた。放たれた爪撃は二つ――だったはずだ。
 しかし寸分の狂いない座標で重なりあって――防御しようとしたトンファーを切り裂き、キョウシの身体にまで十字の傷を刻んでいた。

 放たれた闘気の爪撃が命中するまでの間合い。炸裂する位置を見切る、その尋常ならざる業――。

 それで、終わりではない。十文字の爪撃を放ったままの体勢――その交差させた腕に凄まじい程の闘気が渦を巻いていた。キョウシは――それを見て、避けきれないと判断したのか。躱そうとするでも受けようとするでもなく、その場からの反撃を試みようと伸ばしたもう一方のトンファーに妖気を集中させていた。

「おおおおおっ!」

 咆哮。技を置き去りにしたかのような力に任せた一撃。外側へと引き裂くような十字の一撃と真横に振り抜かれる妖気の一撃が激突する。

 互いの技がぶつかり合っての爆裂。切り裂かれて落ちていくキョウシと、真っ向から技をぶつけ合い、減衰させる形で受け止めて…。…白煙を上げながらも空中に留まって笑うイングウェイ。

「避けずに迎撃とは、お見事――」

 そんな、イングウェイの称賛の言葉。キョウシの意思は希薄だと言うが、それでも技の激突による衝撃で副官の統制から外れたのか。落ちていくキョウシの目に一瞬光が宿り、笑って……そうして崩れていったようにイングウェイの目には見えた。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ