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境界迷宮と異界の魔術師 作者:小野崎えいじ
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番外243裏 魔獣と殭屍・前編

「行きます――!」

 踏み込むグレイス。応じるように飛びかかってくるのは見上げるほどの巨大熊だ。
 大気を震わす咆哮と共に、前足の爪による打ち下ろしを見舞ってくる。それを――グレイスは漆黒の闘気を纏った斧で受けた。グレイスの闘気と、魔獣の纏った正体不明のオーラが干渉し合って火花を散らす。
 しかし、振り降ろしの動きは止まった。巨大熊の一撃を退かずに停止させたかと思うと、もう一方の斧が跳ね上がって反撃を見舞っていた。

 脇腹から胸板まで深い裂傷が刻まれる。傷口の内側はぼんやりとした光だ。まともな生物ではない。一撃を受けた熊は後ろに飛び退りながら一旦距離を取ると、グレイスの斬撃を受けた部分に前足で触れる。
 全身に纏っている、立ち昇るような光――オーラが傷口に集まり、塞がっていく。それでも攻撃を止められた事や反撃を受けた事が腹に据えかねたのか、巨大熊は憤怒の感情を露わに突進してくる。

 今度は力に任せた一撃の重さではなく、速さで勝負するとばかりに。オーラを纏う爪を左右から繰り出しグレイスの斧と凄まじい密度での斬撃を応酬する。そこにもう一体。巨大な虎まで突っ込んできて。魔獣の群れの中でも特に目立つ二体もの大物を引きつけながらも、グレイスはその勢いをいなしながら縦横に斧を振るう。

 生半可な者が相対しては瞬時に肉塊にされるほどの圧倒的な暴威。それらと渡り合いながらも、グレイスは冷静に観察をしていた。野生動物に有り得ざる挙動と驚異的な再生能力。そして垣間見える知性や感情のような反応――。生み出された魔獣の性質、正体が何なのか。
 それを見誤ると隠し持っている奥の手で手痛い反撃を受ける可能性がある。だからこその観察だ。

「少なくとも、単純な魔法生物、というわけではなさそうですね」

 そんなグレイスの呟きに、答える声。

「個体によって強さも、性質も違う」

 高速度で鷹とすれ違いながら、あちこちに火花を残して切り結ぶシーラ。仲間達も同じで。瞬時に無力化して押し切れない類の相手ならば観察を行うというのは徹底している。
 直線的な飛行速度では鷹が勝るが、立体的な体術と反射神経でその速度の差を埋めて、羽の弾丸を打ち落として空中を交錯しながら切り結ぶ。
 斬撃の陰に隠して粘着糸を貼り付けると雷撃を放つ。一瞬身体を強張らせるも、声を上げて身体から立ち昇る光を弾けさせるように放ち、粘着糸を引きちぎって空高く舞い上がっていく。それを迷わず追うシーラ。

 一瞬だ。シーラの追撃から鷹が逃れるように動くも、その頭部をイルムヒルトの光の矢が射抜いていた。戦域を外れる場所に追いつめて射線を確保した上で誘導した形だ。しかし――。

 頭を貫かれたはずの鷹はオーラを纏いながら四方八方に無茶苦茶に羽の弾丸をばらまく。そう思った次の瞬間には光の矢をへし折り、再生してシーラ目掛けて切り込んでくる。

「自由意志を持ちながら、旗に統制を受ける魔獣達――。いくら宝貝の形式が西方の魔道具と違うとはいえ、術者と旗だけで……これだけのものをその場で、というのは難しく思えるわね。頭を潰しても活動に支障のない不死性を持ちながらも肉体的な部分に縛られてもいるようで……。これは、何かを取り込んで動物の形にしているのか。それとも――」

 ローズマリーがマジックスレイブによるイグニスへの援護射撃をしながら、得られた情報から分析を重ねていく。痛みを感じているのか、それとも演技なのか。演技であるなら必殺の瞬間に捨て身に出てくるといった手立てが可能となる。
 もし旗を操るサイロウを倒さなければ魔獣の群れがどうやっても止まらないのであれば、テオドールが仕留めるまでの間に被害を受けないように、防御的な戦闘に努める必要があるだろう。

 既に――自分の周りではアシュレイとステファニアが防御陣地を構築している。そこに篭って引きつけて戦うか。それともシリウス号を中心に据えるか。
 否。魔獣達をテオドールやオリエの加勢に行かせないために分断は続けなければならない。だからこそだ。性質を正確に見極める必要があった。

 それにシリウス号も魔獣の群れの一部を引き受けている。シオン達やアルファ、ヴィンクル達が船の守りとして応戦中だ。シグリッタのインクの獣や御前の操る水の防御幕の展開で対応している形である。

 防御陣地も同様。ピエトロが数的不利を補い、オボロが攪乱。小蜘蛛達が立体的に糸を展開して足止めし、そこにアシュレイ達と共にエクレールやティール、雷獣が弾幕を張る事でディフェンスフィールドに踏み込んでくる魔獣の群れを撃退し続けているという形だ。
 今の形で数的な面において拮抗しているのなら、遊撃班は大きく動かさずに押し切るための方法を見出し、戦局を有利に運んでいくのが良いだろうと、ローズマリーはそう判断する。

 空中で軌道を変えて突っ込んでくる光る狼に、カイ王子が応じる。

「ならばこれは――ッ?」

 光を纏う銭剣で弾き返し、狼の動きの先を予想したように空いているもう一方の腕を振るえば――無数の白い粒が放射状に飛び散った。香鶴楼で受け取った糯米だ。道士が扱えばそれは破邪の力を宿す。
 乾いた音が断続的に響いて、狼の身体に浴びせられた無数のもち米が爆ぜる。白煙と悲鳴を残して光る狼が大きく距離を取った。

 破邪、退魔の術が効果を見せる。ならば死霊術の類かとローズマリーが視線を向ければ、ヘルヴォルテとデュラハンは、揃ってそれは違うというように、否定の意を示す。その時だ。イルムヒルトの肩に捕まっているセラフィナが声を上げた。

「精霊――怖い子達だけど、あれは多分、私達に近い!」
「破邪の技を受けて旗の統制が揺らいだのかも知れんな。確かに、精霊達に近い力を感じる」

 セラフィナの言葉に頷くように、シリウス号の甲板に陣取り濁流の防御幕を操る御前が言った。
 邪霊、邪精。分類するならそういう物になるのだろう。自然の暴威。夜の恐怖。そういうところから生じる存在を仮初の猛獣の器に核として組み込んだというような。故に、荒れ狂う魔獣となる。
 旗の力で性質を動物に近いものにされているので肉体的な制約も同時に持つ、といったところだろう。

「死霊術ではないにしても、破邪の力で攻める、というのは効果が大きいようね」
「なら、私が前に出るわ」

 分析の終了と同時に皆が性質に応じて動きを変える。ローズマリーの言葉を受け、ステファニアはコルリスの背に乗ると、水晶鎧によって使い魔と一体化して魔獣達に突っ込んでいった。その背を守るようにヘルヴォルテやアカネが動く。

 錫杖の先端から光魔法の刃が伸びる。斬馬刀の如き長大な武器となるが、しかし光の剣故に、重さは錫杖のままだ。突っ込んでくる獣の群れをコルリスの水晶やアシュレイやラヴィーネ、リンドブルムの援護射撃が阻み、それをステファニアの光の剣が薙ぎ払えば、触れた獣達はそれだけで悶絶しながら吹き飛ばされていく。
 第5階級光魔法――スターブレイド。破邪の力を宿す光剣の魔法だ。

 それを見たヴィンクルがにやりと笑って両手を広げる。光の魔法――魔力が集中してその爪や尾が白く光り輝く。

「――そうか。そういうことならば」

 虎と杖で渡り合っていたゲンライの身体から、ぼんやりとした光が立ち昇る。突っ込んでくる虎の前足、牙をかいくぐると、直下から掌底を見舞う。命中の瞬間に青白い光が爆ぜて虎が遥か高空に打ち上げられていった。
 仙気。ゲンライの纏う力の正体はそれだ。清浄な――精霊に近い気を直接叩き込まれるという効果は相当なもののようで、虎は悶絶しながら跳ね回っている。

「――後ろは気にせずに存分にやりな」

 レイメイがゲンライの背後に陣取る。

「つまりは――破邪の術を使える者を補助する形の戦いか」
「かたじけない!」

 ジンがカイ王子の背中を守るように構え、カイ王子が魔獣に突っ込んでいく。

「何やらお主に背中を守ってもらうというのも懐かしく感じるのう」
「くっく。確かにな」

 肩越しに視線を合わせ、レイメイとゲンライは笑みをにやりとした笑みを向け合うのであった。



 サイロウと副官を守る護衛達は――はっきり言えばあっという間だった。突っ込んだのはイングウェイにアカネ、それにイチエモンという顔ぶれ。腕は立つのだろうが、それは普通の相手ならばという話である。イングウェイには間合いの内側に踏み込まれて闘気を纏った裏拳で顎の骨を砕かれ、ツバキには下駄で顔面を蹴られ沈む。

「おのれ! 曲者めらが! 我らを天子の使者と知っての狼藉か!」

 護衛の長らしき人物は抜剣して、本来の忍び装束を纏って、忍者刀を逆手に構えているイチエモンに突っかけた。
 間合いを詰めてくるその動きに合わせるように。イチエモンは忍者刀に闘気を纏い、口元近くで印を結ぶように人差し指と中指を揃えて立てる。そうして。
 イチエモンの口元から炎が真っ直ぐに護衛の顔目掛けて噴き出されるように伸びていた。

「ぬおっ!?」

 闘気を纏う忍者刀に意識を集められていた護衛長は、予想外の反撃に完全に意表を突かれる。顔の近くを熱波で炙られて身体をそらした瞬間――。首元に何か、細い針が一本突き刺さっていた。

「き、貴様――!? それでも武人……かっ!」

 その正体は麻痺針。震える身体で剣を構えようとするも、護衛長は手に力が入らないのか、得物を取り落してしまう。

「無辜の民を傷つけようとするような輩が名誉ある戦いを望むとは、お笑いでござるな。名も無き素破乱破に敗れるのが似合いでござるよ」

 そう言ってイチエモンは無造作に間合いを詰め寄ると、闘気を纏った忍者刀の峰を兜の上から力いっぱい叩きつける。重い音が響いて護衛の長は白目を向いて沈んだ。

 オリエと対峙している副官がそれを見て取ってからの行動は早かった。
 舌打ちすると腰に吊るした小瓶の蓋を開けたのだ。そこから三体。何かの影が飛び出す。細長く伸びた影は急速に立体感を増すと、イングウェイ達にそれぞれ対峙した。
 体中に文字を書かれたキョウシだ。副官の持つ小瓶もまた宝貝の一種なのか。キョウシを持ち運び可能な代物であったらしい。
 但し、やってきたキョウシ達はそれぞれ武器を手にしており、かっと目を見開くと武芸の心得があるかのようにそれぞれ構えを取る。

「油断ならない相手だ。キョウシは死体故に最初は死後硬直していて、動きに融通が利かないというが――」
「死後硬直が解けると動きもしなやかになり、時間経過と共に強靭になっていく、だったでござるか。額に札もない。何か……特別製という印象でござるが」

 ツバキの言葉をイチエモンが続ける。

「キョウシ対策は考えてきましたが……特別製となると常道では中々難しいかも知れませんな。しかし、相手にとって不足はない」

 そう言って。イングウェイが研ぎ澄まされた闘気を纏う。

「そいつらを片付けたら、この化け物を倒すのを手伝え!」

 副官がそんな風に怒鳴る。化け物、と呼ばれたオリエは意にも介した様子もなく、静かに口を開く。

「そのような無礼な物言いをされたのも記憶に久しいが……まあ良い。ヒタカにキョウシを送り込んだのは貴様だな? 我が糸に感じる波長が同じものだ」
「な、に? ヒタカだと? 貴様一体……?」

 その副官の反応に。オリエは目を見開き、牙をむいて獰猛に笑うのであった。
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