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境界迷宮と異界の魔術師 作者:小野崎えいじ
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番外242 使者の宝貝

「どうやら足を止めて……あの場所で夜まで過ごすつもりのようね」

 イルムヒルトが担当していた水晶板を見ながら言う。
 街道付近に配置したシーカー、ハイダー。それにオリエ達の蜘蛛糸による探知で連中の追跡を行い、足を止めたのでシリウス号でも監視できる位置を取って見れば……サイロウ達は少し道から外れた川縁で足を止め、そこで野営の準備を始めている様子であった。

 声を拾うために糸を接続したシーカーが地表ぎりぎりに同化しながらゆっくりと前進していく。

「旗を渡せ」
「はっ」

 サイロウは護衛の持っていた細長い布の包みを受け取ると、周囲を覆っている布を取り払っていく。そうして出てきたものは、何やら黒地に錦糸の刺繍が施された旗であった。

「念のためにショウエン様より預かってきたが、これほど早く使うことになるとは思いませんでしたな」
「全くです。もう少し話の分かる相手と見込んでいたのですが。まさか使者として向かい、都市に入る事は愚か、滞在すら許されずにこんなところで野営する羽目になるとは」

 サイロウと副官が、そんな会話を交わす。使者と相談役の副官という立場の違いはあれど、両者の間に明確な上下関係というものはないようだ。双方とも仙人か高位の道士といったところだろう。

「この旗が……噂に聞く宝貝……でございますか。とても武器には見えませんな」

 護衛の一人が恐る恐るといった調子で言うと、サイロウは意味ありげに笑って見せた。
 ……護衛達もショウエンの裏事情を知っていて従っているような連中ということか。

「日暮れと共に仕掛けましょうか。段取りは分かっておりますな?」
「勿論です。私はサイロウ殿が仕留めた死体をキョウシに作り替え、他の者を次々襲わせていけばよい、と」
「そう。それにて、北西部は突然の妖魔の襲撃とそれに伴うキョウシの大発生により、壊滅的な被害を負う、というわけですな」

 キョウシは――大きく分けると自然発生する妖怪的な存在と、道士が扱う管理された死体の2種類が存在している。サイロウの攻撃を皮切りに、それを原因としたキョウシの大発生を演出しようとしている、というわけだ。ゾンビ映画さながらの大混乱。兵士や住民が凶暴化して隣人を襲う。都市部と軍を自然災害的に壊滅に追い込むのなら、それも一つの手なのかもしれない。北西部ということで、妖魔との戦いが多い地方だからこその作戦なのだろう。

 2人は作戦について段取りを話し合っているが……その言葉に反応したのはオリエだ。

「……キョウシ使いか」

 少しだけ、感情を抑えたような声。

「キョウシは……黒霧谷に入ってきた術者が連れていた、という話でしたね」

 ショウエンの手の者が巻物の片割れ捜索にヒタカに刺客を送り、黒霧谷に迷い込んだ。
 そこで連中が暴れて蜘蛛達に被害が出たとか。だからこそ、その応報のためにオリエが今ここにいるわけだ。

「うむ。だが、統率している術者を仕留めた後で、その場で死体に戻るものと、戻らないものがいた。戻らない方のキョウシがより強い力を持っていたという事を考えれば……誰か、他の優れた術者から預かってきた、という公算が高い。あの副官の方は……我に任せてほしいのだが」

 そんな風にオリエが静かな口調で言った。

「そうですね。約束ではありますし、副官はお任せします。しかし、キョウシを扱えるということは仙人や道士の系列ですから、退魔の術に通じている可能性もあります。その点は注意が必要かと」
「ふむ。それは確かに」

 そう言ってオリエは真剣な表情で頷く。そんなやりとりに、グレイスが同意するように頷く。グレイスもサキョウ達と戦った時にそういった術を使われたからな。妖怪であるオリエに対して、道士であるならそういう術を使ってくる可能性は高いだろう。

「それにしても旗ですか。どんな宝貝なんでしょうね」
「さっき言っていた作戦に沿うもの、だとは思うけれどね……」

 アシュレイの疑問にローズマリーが思案していると、サトリが言う。

「連中……警戒していた、からな。一旦引き下がって宝貝を使う……等と思考はしていたが……表層しか読み取れていない……。直接質問ができれば話は変わるのだが……」
「いや、相手の方針が事前に分かるだけでも、十分ありがたいんだけどね」

 率直な感想を言うと、サトリはこくんと頷く。

「どうであれ、彼らの好きにさせていては沢山の犠牲が出てしまうのだろうな」

 と、カイ王子が決然とした表情で言う。カイ王子は改めて変装を行っている。戦闘に参加して、使者達に姿を見られても問題ない、というわけだ。
 まあ……事前にわかるところではこのぐらいか。継続して連中の会話を聞き取りながら情報収集しつつ、こちらも動いていくとしよう。



 連中が動き出すまでの間にこちらも準備を整え、そして――時刻は夕暮れ。
 仕事の前に野営の準備を整えたりと、腹拵えを済ませたりしていた連中であったが。

「そろそろ、日が暮れる、か」

 動き出す頃合いと見たのか、サイロウがそう言って立ち上がった。その手にする旗がぼんやりとした光を纏う。その――機先を制するように。

「――始めましょうか」

 遠くに姿を現したクラウディアの足元からマジックサークルが閃くと、広範囲に広げられた蜘蛛糸に沿って魔法陣が展開する。
 連中に察知されないぐらいの距離を維持しつつ、封印結界の魔法陣をカリン、レンゲ、ユズ達が地上に蜘蛛糸で描いていたのだ。小蜘蛛の姿に戻り、光魔法と風魔法のフィールドを併用して、俺やバロールと共に魔法陣を描けば、下準備ができる。

 拠点防衛といった長期間の維持を考えない結界の構築であれば、オリエや小蜘蛛達の糸はミスリル銀線の代わりになれる。加えて蜘蛛糸なので地上に展開されていても事前に察知するのは非常に難しい。
 展開したい場所に臨機応変に糸を展開できるために……こういった一時的な封印結界を構築するならばこれ以上はないと言えよう。

「何っ!?」

 サイロウの驚愕の声。
 結界の展開と同時に、俺や皆が直上――高々度に位置するシリウス号の甲板から飛び降りる。直下に向かって加速しつつの強襲――!

「これは一体……!?」
「上だっ! 備えろ!」

 護衛達が周辺に展開した結界に気を取られる中で、副官が怒鳴る。
 サイロウ同様、副官も仙人か道士の類。油断のならない相手――。

「何者か知らぬが――!」

 光を纏う黒い旗を、サイロウが振るう。瞬間――。その旗の中から何か、全身から怪しげな光を立ち昇らせる獣が生じた。犬や狼、虎に熊に鷹に大蛇に――。
 いずれも自然界に存在するそれよりもはるかに大きく強靭な――化け物じみた猛獣の、群れ、群れ、群れ――!

 そんな獣の群れが、空を駆け上がるように、こちらに向かって来る。

 そうか。あの旗は――シグリッタのインクの獣達に似た能力を持っているわけか。
 北西部が妖魔の襲撃で壊滅したという演出を行うには、おあつらえ向きの宝貝――。しかし搦め手の類ではないと言うのならば、真っ向から叩き潰すまでだ……!

 直下へ突撃しながらマジックサークルを展開。コンパクトリープでサイロウの真横に出現。角度を90度変えながらの転移。――落下の勢いのベクトルをそのまま真横からの突撃の勢いに変換しながら突っ込む。

「何だとっ!?」

 出現しながらウロボロスを振り抜く俺の一撃に、サイロウは反応して見せた。旗で以って胴薙ぎの一撃を受け止める。こちらの振り抜く勢いに逆らわず、驚愕の表情のままで後ろに大きく飛ぶサイロウ。旗は――凄まじい程の魔力を放っている。近接戦闘用の武器としても使えるのか、ウロボロスの一撃を受けてもへし折れなかったが……獣の統率が一瞬乱れて、そこにみんなが突っ込んでいた。
 グレイスやシーラ、イグニスとマクスウェル、デュラハン達が一撃を打ち込むも、魔獣達は統率を受けずとも独自の意思を持っているのか、サイロウの状況に関係なく応戦する。

 しかし、一瞬動きが乱れたのは事実だ。カリン達が糸を飛ばして更にその動きを制限し――群れの一点を突っ切って、オリエが副官目掛けて突っ込む。それを追おうとする魔獣と、迎撃しようとする護衛達――。
 それらにヘルヴォルテやイングウェイ、アカネに、カイ王子やレイメイ、ゲンライと言った面々が切り込み、或いは牽制を放って分断する。

 俺はサイロウに。オリエは副官に。みんなは魔獣と護衛達に。
 多数による有無を言わさずの制圧とはならなかったが、相手に仙人や道士が混ざっているのならばそれも織り込み済み。結界によって逃走の手立ても封じている。
 仕込みは上々。では――戦闘開始と行こうか。
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