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境界迷宮と異界の魔術師 作者:小野崎えいじ
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番外241 言葉の表裏に

「お目にかかれて光栄です、シガ殿。私の名はサイロウと申します」
「よくぞ参られた。サイロウ殿」

 使者とシガ将軍は天幕の奥で少し距離を置いたままで対峙し、顔を合わせて挨拶と自己紹介を交わす。シガ将軍は敵意をあらわにするでもなく、感情をあまり表に出さない静かな表情、という態度だ。対するサイロウは愛想良く笑っているが……天幕の中にはどこか緊張感が漂っている。

 天幕の奥は少し高くなっていて、立派な椅子をそこに設置している。シガ将軍はそこに陣取り、武官の格好をした俺やイングウェイ、ジン、レイメイが左右に控え、丁度城の謁見の間と同じような様式を整える事で使者と将軍の間に安全な距離を確保する、という形だ。

 そして……案の定というか、一団の長である使者サイロウと、その副官の魔力反応は異常なものであった。小さく咳払いをしてから喉元に手をやる。事前に決めていた合図をシガ将軍はちらりと横目で見やる。それからサイロウ達に視線を移して言った。

「先日まで兵達の訓練をしていたのだが、それも滞りなく終わってな。仮設の陣を引き払おうかと思っていたところなのだ。しかし間が悪いことに、城が改装中で謁見の間も使える状態ではない。そこでもう少しこの陣に役に立ってもらおうと思っていた次第。不作法を許されよ」
「なるほど。この陣への案内はそういうことでしたか。しかしまあそういう事情でしたら不満はありません。まるで戦場での面会のようですが、嫌いな雰囲気ではありませんよ」

 サイロウは笑って応じる。
 戦場で、ね。言い得て妙だな。こちらとしては最初から一戦交える覚悟でサイロウ達を迎え入れているのだから。

「元より我らは、陛下のお言葉を届けに来た身。役目を果たせれば他の事柄は些末な話です」

 陛下、という単語にシガ将軍がほんの少しだけピクリと反応するが、何も言わずに続く言葉を促すようにサイロウを見やる。

「知っての通り、我が君は先帝より禅譲をお受けになられた。しかし前王朝の偉大さ故にその事に反発をする者も多く、未だ世は乱れに乱れております。我が君はままならぬ人の心を憂いながらも人の心を詮方なきことと仰り、最低限の応戦をしながらも停戦や説得を呼びかけて参りました」

 ……ショウエン側の主張する大義名分だな。もっともらしく修飾した話をしてはいるが、主君と跡継ぎの暗殺を実行した上での状況なのだから、そもそも根っこの部分で正当性などないのだが。戦乱を広げないようにしている、というのも、裏の事情を知っていれば何か理由があるのではないかと、胡散臭くて仕方がない。
 サイロウは言葉を続ける。

「その上でお聞きいただきたい。この場で返答せずとも良いのです。寧ろ熟慮頂きたい。我が君はシガ殿のこれまでの西方の守護を非常に素晴らしいと仰っておいでなのです。戦火を徒に広げず、妖魔達から領民をよく守っている、と。これまでに些かの誤解がありましたが、志を同じくして平和のために手を取り合える誇り高き武人と信じればこそ……朝廷としても今のままの形で西方の守護をお任せした上で、名誉ある位を用意してシガ殿を迎える準備があります。今後百年の国の平和と安寧のために、そのお力を貸していただきたい」

 立て板に水を流すがごとく。そう言って、サイロウはショウエンから預かったという書状を渡してくる。俺が受け取り、妙な魔力が無いことを確認した上でシガ将軍に渡す。
 シガ将軍はそれに目を通して呟く。

「人事と組織の独立性、軍権の維持。護西大将軍の位と任官を国内に盛大に喧伝、か……。ふむ」

 単純な恭順、の呼び掛け……とは少し違うな。
 ショウエンの心情や現状について、理解を示せるような形で修飾して伝えた上で……シガ将軍を敵視せずにその手腕を高く評価しているとして、陣営の独立性をそのままにすることを明確にする。平和のために力を貸してほしい。応えれば厚遇を約束する、などと人柄や実益に合わせた説得をしてきている、というわけだ。

 破壊工作といった強硬策を取る前にまずは常道としての手で、ということなのだろう。
 この話を受ける側の視点としてメリットを見るなら――開戦を避けられ、護西大将軍なる位を作って代々的に任官を内外に発表することで、その後の陣営と領民の安全も保障される、と言うことになる。

 言うまでもなく、陣営の将来を左右する重大な内容だ。通常ならば重鎮達と会議を行い、ショウエンの意図等を量る案件になるだろう。
 そこで返答に期限を設ける事で即答を避け、結果として決裂に至るにしても、次にどちらかの陣営が使者を送るまで開戦自体を引き延ばすことができる。

 ……確かに、説得の手段、交渉の手腕として見れば有効と言える。 シーラも言っていたが、仙術ありきとはいえ朝廷の権力闘争を勝ち抜いたというのも納得はできる。

 但し――それが有効に働くのは、ショウエンの裏の事情や、他の諸侯の動きを知っていなければ、の話だ。信用の無い相手の約束など意味がない。
 シガ将軍はしばらく書状に目を通していたが、やがて書状を畳むとサイロウ達を見据えて静かに口を開いた。

「……熟考、か。答えは決まっている。忠臣は二君に仕えることはない。以上だ」

 サイロウ達は一瞬虚をつかれたような表情を浮かべた。重大な事案であるというのに、あっさりとした拒絶の返答に、理解が追い付かなかったように見える。
 少しの間を置いて、護衛達が気色ばむも、それを手で制してサイロウが口を開いた。

「義理のために、民を犠牲にしてでも戦乱を広げる……と、仰るのですか?」
「どう受け取るかはそちらにお任せしよう。しかし私はとうの昔に仕えるべき主を定めている。他の者に従うことだけは出来ぬよ」

 サイロウ達にとって、シガ将軍の先程の言葉は、滅んだ王朝への義理故に仕えないという意味合いに映るだろう。当然の帰結として軍権を維持したまま恭順しないのなら、一戦交える事も辞さない覚悟である、となるのだろうが……シガ将軍の意図は少し違う。

 既にカイ王子に仕えている身であるが故に、二君に仕える事は有り得ないという宣言だ。といっても、それを正直に明かす事はできない。だから解釈は相手に委ねる、という言葉が出てくる。
 それに……開戦するか否かも主君の命によるものであるから、シガ将軍はその意思決定も明言していない。あくまでも家臣としての立場を明確にした上で、主君たるカイ王子の決めた方針に従った返答と言える。

 その言い回しの裏の意味に気付くには、カイ王子達の生存と諸侯の関係性を知っていなければならない。使者兼刺客であろうサイロウが表の意味しか気付かないというのであれば……それはショウエンもカイ王子の生存をまだ察知していない、という事を意味する。

 では……? 取りつく島もないというほどに交渉を拒絶された、と感じたサイロウは、どういう対応に出るのか。

「……先程の言葉、後悔なさいますぞ」

 感情を押し殺したような声色。この場で直接仕掛けてくる気は……ないようだが。

「後悔など。選んだ道に何一つ恥じる事はない。恐らく、我らの陣営の誰しもがそうであろう」
「残念です。もう少し道理の分かる方と見込んでおりましたが」

 そう言うとサイロウは形式的に一礼して天幕を出て行った。遠くなっていく背を見送り――そうして一団が十分に離れたところで合図を送ると、地面から爪が飛び出し――そうして頭にバロールを乗せたコルリスがひょっこりと顔を出した。

 隠蔽結界と音の遮断によって地下部分で待機していた面々を隠しつつ、連中の様子と出方を窺っていたわけだが……。

『一旦人目に付かない場所まで離れ、夜を待ってから宝貝で仕掛けてくるつもり、らしい』

 通信機にシーラからそんな連絡が入る。コルリスに続いて、毛玉状態になったサトリが地下から出てきた。
 そう。地下部分を拡張して待機してもらっていたのは、サトリを怪しまれないようにこの場に同席させるための手段だ。サトリは……読心能力こそ強力だが、直接的な戦闘は不慣れらしいしな。戦闘になりそうな場所で迂闊に前に出す、というわけにもいかない。

 いずれにせよ、地下部分から通信機で連絡も回していたので、連中がこの場で仕掛ける事を決めたとしても即座に対応可能だったという寸法である。

「後は……連中の動きを監視して対応していきましょうか。夜まで待つつもりだというのなら、こちらとしても都合がいい」

 そう言うと居合わせるみんなが頷いた。では、連中の出方が分かったところで、こちらも作戦を続行していくとしよう。
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