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境界迷宮と異界の魔術師 作者:小野崎えいじ
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番外230 氷牢と流星

「いや、やはり私も現場に向かおう。キショウは裏切りを目論んだとは言え我が陣営の武官。投降を呼びかけるならばそれは私が行うべきこと。安全な後方でのうのうとしているつもりはない」

 ガクスイ自身はあまり武芸が得意ではないということで、矢面に立たないことを前提にしていたが、出撃の準備を手早く整えながら、誰を護衛として残すかという話をしているとガクスイはそんな風に言ったのであった。俺が視線を向けると、カイ王子もゲンライも静かに頷く。

「了解しました。では、現場で攻撃を受けないようにお守りします」

 ということで連れ立って突入する面々と共に出撃だ。キショウの自爆を誘うために少しだけ仕込みもしたが、兵達を沢山引き連れていくようなことも無い。頭数だけで言うなら真っ当にぶつかるにも逃亡を阻止するのにも人数が不足しているし、準備も万全なものとは言えない早さで動いている。
 とはいえ、それも普通ならばの話だ。こちらが早い段階で動くという事は、相手にも態勢を整えたり情報を集める時間を与えない、ということでもある。

 キショウの屋敷は……名門の武家ということで街の中心に近い、大通りに面した立地にある。そのため、城から出て少し歩くとキショウの屋敷が見えてきた。
 高い塀と立派な門。結構な敷地の広さを持ち、中庭も家の間取りも広々としていて、大立ち回りをするにも隠れて待ち伏せるにも苦労しないだろう。

「うん? 何だ、お前た――」

 と、大通りをやってきた一団に門番が声をかけようとしたところで、直上から光魔法のフィールドを纏い、姿を消して降りてきたアシュレイからスリープクラウドを浴びせられ、門番達がそろって倒れる。封印術を叩き込んで手足を石の枷で拘束。そのまま転がしておく。
 突入前に騒ぎになられても困るからな。ま、準備ができたなら遠慮なく騒がしくするつもりではあるのだが。

「では――始めましょうか」
「うむ」

 宙に浮いた御前が薄く笑う。水。御前の身体の周囲に舞う水の帯が生き物のようにうねったかと思うと、凄まじい水量となって屋敷の敷地を囲うように広がっていく。まるでそれは――水でできた大蛇のようであり、空中を流れる川のようであった。

 御前は神性を持つ身。穢れやらを考えると直接戦闘はデメリットがあるが、補助的な役回りならこうして存分に力を振るえる。

 ラヴィーネ、ティールが別方向から降下。屋敷を囲うように展開した水の帯に、正門に立つアシュレイと同時に触れた瞬間――。急速にその水の帯が3方向から凍りついていく。あっという間に屋敷の周辺に氷の外壁が形成されていた。根本は槍衾のように内側に向かって尖り、壁面は反り返るような形で手がかり一つない。それは氷の牢獄だ。

 屋敷からは一人たりとも逃さない。外壁を覆うように氷の牢獄が形成されたことで、今になって外の異常に気付いた連中が屋敷の中から顔を出し、氷の壁を指差して何事か慌てふためいている様子であった。

 準備ができたところで――レビテーションによって空中に浮かぶガクスイが目を閉じ、大きく息を吸ってから声を張り上げた。セラフィナの力で声を増幅している。往来――都市に響き渡るような大音声だ。

「私はこの地を預かる領主、ガクスイである! 聞こえているか、キショウ! 貴様には将軍として私に仕え、長年禄を受け取ってきた身でありながら、あろうことか逆賊ショウエンと通じ、我らを裏切ろうとしたという嫌疑がかかっている! 貴様のしたためた密書も既に証拠として押さえている! 武器を捨てて大人しく投降するが良い! キショウに付き従う者達も、この事実を知ってなお投降せぬとあらば、賊徒として扱われる事を覚悟せよ!」

 ガクスイ自らの指揮による大捕物、という形だ。裏切り者が出たとはいえ、行動を起こすよりも早く察知した上に、主君が自ら前に出て裁断を下したとなれば格好もつくだろう。
 屋敷から中庭に顔を出したキショウはその言葉を聞いて、驚愕に目を見開いていた。周囲の者達も思っても見なかった事態に、キショウに視線を向ける。
 キショウは……その状況を拙いと思ったのか、対抗するように声を張り上げた。

「ば……馬鹿な! 誠心誠意ガクスイ様に仕えてきたこの私が裏切りなどと! 有り得ません! 有り得るはずがない! これはきっと……そう、何かの勘違いだ! そうでなければ罠だ! 誰かが私を陥れようとしているのです!」

 自分の胸に手を当てて、身振り手振りを交えて大仰に嘆いてみせる。演技の仕方が中々堂に入っているが。
 確かに……奴の行動に合わせて罠を仕掛けはしたが、な。裏切りそのものは誰に言われたでもない。キショウが自ら考え、行おうとしたことだ。

「何という事だ……。ヨウカめ、しくじったのか? こんな早さで……動くだなどと。しかもなんなのだ、あの氷の壁は……!」

 と、当たり前のように申し開きはしてみたものの、流石に動揺を隠せないらしく、そんな風に小声で呟いていた。カリン達が糸から声を読み取って、艦橋から知らせてくれる、というわけだ。
 キショウの言葉を受けたガクスイが、目を閉じて大きく息を吸う。その仕草に合わせてオリエとカリン達が自分の耳を塞いだ。大音量を響かせるのでガクスイが話している間はこうして耳を塞ぐ、というわけだ。

「ならば、今すぐ武器を捨てて投降するがいい! 貴様が潔白であるかどうか、こちらで厳正に取り調べさせてもらう!」

 そう。申し開きをするのならば当然ながらそういうことになる。だけれど、その程度で終わらせてはやらない。キショウがあくまでもヨウカがしくじった、と思っているのなら、それは揺さぶりをかける好機なのだ。

 ふわりと、ガクスイの隣にフードを被った人物が浮かんでくる。それは、ローズマリーの使い魔――ドッペルゲンガーのアンブラムが変身したヨウカの姿だ。フードを取って、その顔を見上げたキショウの顔色は真っ青であったが、そこから逆に一転して、怒気で真っ赤になっていった。視線を合わせた瞬間、ローズマリーの制御を受けたアンブラムが嘲笑を向けたのだ。それも、意味ありげに。

「……貴、様ッ! 昔からあれほど目をかけてやったのに、この私を裏切ったのか!? 書状を届けずに密告をっ! ……ぐっ、うううっ!」

 途中まで口にしてから、怒りに茹った頭でも流石に拙いと思ったのか、キショウは誤魔化すように言葉を途中で切ってかぶりを振って呻き声とも怒声ともつかない声を上げる。

「語るに落ちる、ね」
「……どうやら間違いないようだ。残念なことだ」

 ローズマリーがつまらなさそうに肩を竦め、ガクスイが目を閉じる。
 憤怒による揺さぶりをかけられ、裏切りも明るみに出て。
 奴の手勢達も仲間達と武器を手に目配せしあうが――キショウはその雰囲気を敏感に悟ったのか、血走った目でぎょろりと睨み返し、闘気を漲らせながら口角泡を飛ばして叫ぶ。

「何を――している、馬鹿者共がっ! あれは――あれは正気のガクスイ殿などではないっ! そう……そうだ、仙人! 邪仙が心を操っているのだっ!」

 何を言うかと思えば……。カイ王子は、頭痛をこらえるように額に手をやって、ゲンライは目を閉じて首を横に振っていた。
 荒唐無稽ではあるが、抵抗する理由を今この場で考え着いたというところだろう。
 勝てば官軍とも言うし、どれだけ無茶な言い分でも押し切れさえすれば、異論を黙らせる事も不可能ではないとは思うが……但しそれは、勝てればの話だ。

「大体! 貴様らとて私が失脚すれば今までの事が明るみに出るぞ! 誰も庇ってなどくれん! 大人しく投降したとしても、ただで済むなどと思うなよ! 既に我らは一蓮托生! この上はガクスイ殿の身柄を押さえ、邪法を解いて正気に戻すまでよ! 私の邪魔をすると言うのなら、貴様らから殺すぞッ! 状況を理解したなら武器を持て! 主君に弓引く賊と戦うのだッ!」

 矛盾と破綻だらけではあるが、あくまで自分が正当な臣だと。そんなふうに主張しながらも怒声を飛ばす。そんなキショウの常軌を逸した様子に――男達は蒼白になりながらも俺達に向かって武器を構えた。
 許される見込みのないキショウが最後まで抵抗する、というのはまあ……理解できるとして。
 揺さぶりをかければもっと簡単に仲間割れするかもと見積もっていたが、ひょっとするとこちらの想像していた以上にキショウと共に悪どいことをしていたのかも知れない。
 余罪はまあ……捕縛してからじっくりと裏を取っていけば良いだけの事だ。そして、そういう理由で抵抗するというのなら、こちらの対応も決まってくる。

「どうやら……取り巻き連中にも遠慮はいらないようですね」

 と、赤い瞳を輝かせながら、グレイスが言った。

「そうなるかな。残らず叩き潰していこうか」
「はい、テオ」

 グレイスに小さく笑みを返す。それから正面に向き直った。
 非戦闘員であるガクスイとアンブラムには後ろに下がってもらい――代わりというように前に出て、屋敷の中へ降り立つ。みんなも次々屋敷の敷地内に降りる。

「行けっ! 戦況を見て指揮を出してやる!」
「う、おおおおっ!」

 投降しても先がないと言うのは本当の事なのか。一人がキショウの言葉に呼応し、自分を鼓舞するように咆哮を上げて得物を抜き放つと、他の者達も殺気立った表情でこちらに向かって走ってきた。弓に矢を番えたりする者もいる。連中のそれは、明らかに訓練された動きだ。
 闘気を扱える技量を持つ者も一人や二人ではないらしい。闘気を込めた足で地面を蹴って、踏み込んでくる。

「弱そうな老いぼれや女子供から狙え! 可能なら人質に取れ!」

 そんなキショウの怒号。
 自然体、且つ手ぶらで佇むレイメイを与しやすい相手と思ったのか、その肩口に戟を叩き落とそうとする。
 しかし、レイメイが無造作に手を払うとその動きで空気の大渦が生まれ、戟を巻き込まれた男の身体が風車のように回転していた。踏み込みと共に掌底を放てば男の身体が吹き飛んで屋敷の壁に激突する。仙術と体術。そして鬼の膂力の合一。吹き飛ばされた男に息があるのは、レイメイが十分に加減したからではあるだろう。

 それを見て、勝てない相手に喧嘩を打ってしまったと。
 自棄になった頭に、冷や水を浴びせられて多少冷静になったとしてもだ。
 もう、遅い。遅きに失している。

 足を止めた連中にこちらの面々も突っかけている。ジンが無造作に裏拳を上から振り降ろせば、受け止めようとした槍ごと砕いて男の上半身が地面に突っ伏すように叩きつけられ、風を纏ったツバキが突っ込んでいけば、男の悲鳴だけをその場に残し、目にも止まらぬ速度で壁まで諸共すっ飛んで行って壁に罅が入るほどの勢いで叩きつける。

 鬼達の凄まじい速度と膂力にあんぐりと口を開ける射手。キショウの怒号。慌てて矢を番えるも、一手遅い。その手の甲に光り輝く銭剣が、弾丸のように突き刺さっていた。
 カイ王子が人差し指と中指を揃えて指揮をするように腕を振れば、銭剣が独りでに抜けて飛翔し、次々と射手の腕や弓を切り裂いていく。
 レイメイは銭剣を儀式にも使っていたが……ああして手元から放って誘導できる飛び道具として使うこともできるというわけだ。

 ゲンライは突っ込んできた男の得物を手にしていた何の変哲もない木の杖で巻き上げ、錐もみ状態で遥か上空まで吹っ飛ばしている。自分は力をほとんど出さず、相手の勢いと闘気を利用した、というような、円熟の技だ。仙術すら見せていない。

「こ、こいつらっ!」

 そう言って一人の男がグレイスに槍を突き出すも、漆黒の闘気に巻き込まれて小枝をへし折るようにあっさりと得物が砕かれる。反撃とばかりにグレイスが踏み込み、同時に繰り出されたのは何の変哲もない手刀だ。それ一発で何倍もの体格の男の身体が上腕の骨の砕ける音だけを残して真横に吹っ飛ぶ。

「う、おおっ!?」

 オボロの幻影が男達の身体を撫でていき、気を取られたそこに姿を消したシーラが音もなく踏み込んでいってすれ違いざまに手足の腱を正確に切り裂いていく。

「む、無理だ! こんなの! こんな連中に勝てるわけが――」

 戦意を喪失して屋敷に逃げ込もうとするも――地面から猛烈な勢いでコルリスが飛び出してくる。爪の部分を水晶の拳で覆い、地面から飛び出した勢いで猛烈なアッパーを食らわせて男を天高く吹き飛ばすと、そのまま空中から地面に飛び込んで水面に潜るように沈んでいくコルリスである。

 常軌を逸した光景に他の連中の動きが止まる。その後方にマジックスレイブが浮遊してきて地面に触れると、巨大な土塊の手が出現して男たちを蠅でも叩き潰すかのように後ろから強烈な平手を食らわせる。

「ぐえっ!?」

 これはステファニアの遠隔魔法だな。ぎりぎりで避けられた男も、どこからか飛来したイルムヒルトの光の矢でふくらはぎのあたりを撃ち抜かれて悶絶している。
 アシュレイの氷に首だけ残して氷漬けにされ、がちがちと震えている者。ローズマリーの魔力糸やクラウディアの茨に絡め取られて、全身から血をしぶいたまま身動きが取れなくなった者。デュラハンの馬に踏みつぶされるようにして地面にへばりつく者。空から飛来したリンドブルムに掻っ攫われて地面にたたきつけられる者。闘気を纏ったティールの体当たりで遥か彼方に吹っ飛ばされる者に、氷壁の上から放たれた弾幕に飲み込まれてボロ雑巾のようになる者――。

 あちらこちらで苦悶の声や悲鳴が重なって阿鼻叫喚だ。キショウの指揮は後手に回っているというより、撃破するのが早過ぎて手勢達が命令を受けて行動するより先に叩き潰されているという印象だ。
 オウハクや警備隊長、武官達も中々の動きでそれぞれの相手を叩き伏せたりしているが……ここまで一方的になるとは思っていなかったようで瞬く間に減っていく敵の頭数に驚愕の表情を浮かべていた。キショウはそれでも指揮して有効な策を練ろうと、何とか状況を打開しようと。後方で喚いていたが全てが無駄な事だった。

「ち、畜生っ!」
「邪魔だ」

 叫びながら突っ込んできた男をウロボロスで薙ぎ払い、地面と平行に吹っ飛ばす。
 それで信じられないものを見た、というような視線がこちらに集まった。それなら丁度いい。後方で固まっているキショウを真っ直ぐに見やって、口を開く。

「お前がまだ無傷でいるのは――周囲に取り巻きがいるからなんて理由じゃない」
「な、何を――」
「適当に采配をさせておけば手下共が壊滅するまで向かって来るだろうから、手間がかからなくて良いと思ったからだ」

 そう言うと、キショウの表情が茫然としたものから次第に怒りに染まっていく。将として無能。結果の見える形で、そういう意味合いの事を言ったまでだ。

「何様だ……。貴様この私に向かって何様のつもりだッ!」

 激昂したキショウが闘気を纏いながら地面を蹴り砕き、そして俺目掛けて突っ込んでくる。そして――マジックサークルを展開した俺を、まともに見失った。
 刹那の間を置いて、踏み込んできたキショウが垂直に吹っ飛ばされていた。
 踏み込みの速度に合わせてコンパクトリープで懐に飛び込み、間髪を入れずにレビテーションをかけて直上に殴りつける勢いで吹っ飛ばしたのだ。

「ぐはっ!」

 吹き飛ばしたその動きに、術式を展開しながらぴったりと追随する。
 ――第6階級風魔法ヴォルテクスドライブ。氷壁よりも高い場所で。これを目にするであろう誰にも明らかな形で叩き潰す。戦力不足を感じている味方には士気を与え、敵になろうとしているものは、その心ごとへし折るために。

「――踊れ」

 青白い魔力の尾を引いたままで、暴風の障壁を纏い。空中で幾度も往復してキショウを跳ね飛ばしていく。もっと高く。もっと速く――。
 二発。三発。最初の数発は意識を保っていられたのか、かろうじて闘気で防御をしながら反撃を試みようとしていたキショウであるが――空中に縫い止めるかのように幾度も数を重ねれば、どちらが地面でどちらが空なのか、俺がどの方向から来るのかさえ分からなくなって、あっという間にただ弾き飛ばされるだけの的となった。

 上腕、足、肩。鎖骨。高速でめぐる天地の中ですれ違いざまに目標を見定め、正確に砕いて、戦闘能力を奪っていく。更に幾度かの往復の後で、完全に白目をむいているのが見えたので、直上からすれ違いざまに封印術を叩き込んで、一直線に下降した。
 城よりも高く跳ね飛ばされたキショウが光の鎖を全身に巻きつけながら自由落下してくる。先に着地し、手を頭上に掲げてレビテーションで受け止めた。

 そうしてボロ雑巾のようになったキショウを音もなく地面に投げ捨てる。その光景の一部始終を見ていたキショウの手勢達は、完全に戦意を喪失して武器を投げ捨て、頭を抱えて蹲るのであった。
+注意+
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