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境界迷宮と異界の魔術師 作者:小野崎えいじ
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番外227 竹林の奇襲

 カドケウスの追跡により、キショウの屋敷も分かった。カドケウスとしては無理に会話を聞く必要もないので距離を取って追跡させてもらったというのもあり、楽な仕事だったと言える。声はオリエ達がキショウの位置を把握した時点で拾えるのだからカドケウスが接近する必要もない、というわけだ。
 すぐにオリエと小蜘蛛達が家の周囲に糸を貼り付け、文字通りの監視網を厳重にして、準備完了といったところだ。
 シリウス号の速度を強調しておいただけにすぐ動きがあるものと予想されるが……長期戦になりそうならカドケウスは一旦引き上げる形になるだろう。

「監視の糸でどれぐらいの情報が分かるのですか?」

 と、シリウス号の艦橋にて、お茶を淹れながらグレイスが尋ねる。

「特定しておけば付近一帯の会話の内容を掴めるぞ。シーカーを経由してやや精度が落ちるかと思ったが、セラフィナが協力してくれるからな。歩幅や歩き方から、年齢や性別、体術の心得がある者なのかそうでないかも判別もできるし、見ていなくても位置を掴む事も可能だ」

 オリエが答えてくれる。……なるほど。オリエ達とセラフィナ、シーカーの連係で相当色々な情報を得られるらしい。シーカーを経由しなければ精度も上がるということは、オリエの住んでいる黒霧谷はほとんど要塞と同義だな。

「……ということは、歩き方とその人物を特定しておけば、その人物が糸の結界内にいる限り、どこにいても追跡が可能、と」
「そういうことになるな」
「キショウの歩き方についてはもう把握した」
「いつ屋敷から外出しても追跡できるようになってる」
「屋敷に出入りする人達の足音も判別中。セラフィナのお陰」
「ふふっ、どういたしまして」

 オリエが首肯すると、カリン、レンゲ、ユズもそれぞれ自信ありげな笑みを浮かべながら教えてくれた。セラフィナもカリン達からお礼を言われてにこにこと嬉しそうだ。

「むう。諜報活動に身を置く者としては……羨ましい術でござるな」
「ん。便利」

 本職としては気になるところなのだろう。イチエモンやシーラが反応する。

「昔は絡繰りが分かるまでは、大変だったのじゃがな」
「ああ。ありゃ厄介だったな。挟撃を食らった事もあったか」
「くっく。何を言うか。張り巡らせた結界を力ずくで引き裂いて包囲を突破した本人が」

 御前の言葉にレイメイが苦笑すると、オリエも肩を震わせた。そんなやり取りに、ゲンライが何となく嬉しそうな表情を浮かべているのが印象的だ。

「何はともあれ、味方だと心強い」
「うむ。確かに」

 そんな風に頷き合っているツバキとジンである。

「キショウが人を呼ぶみたい」

 と、そこで小蜘蛛達がキショウの屋敷の動きを掴んだらしい。ヨウカという人物のところに家人をやって、屋敷に呼ぶようにとそんな話をしているようだ。

「この、屋敷に呼ばれるヨウカという人物については?」

 ゲンライとカイ王子に尋ねる。

「ガクスイ殿を説得するにあたり、儂らもいくらか情報を集めたがの。キショウ子飼いの武官で、かなりの武勇を誇る豪傑という話じゃな。幼少の頃からつるんでいるとか何とか」
「キショウが揉め事を起こした相手を、ヨウカの手下に当たる荒くれ共が脅して黙らせた、などという噂話もあった」
「つまり、この状況で呼ぶという事は……信用と腕前を含めて裏の仕事を任せられる相手ということですか」
「そうなるかの」

 要するに、その噂話の信憑性も俄然真実味を帯びてくるというわけだ。キショウの裏の顔というか、本音の部分もああだし。
 自分の腹心の……更に手下を暴れさせる事で、自分を慕う者が勝手にやったなどと言い訳ができて、ガクスイやオウハクの耳に入ったとしてもキショウまでは責任が及ばないように予防線が張れる、というわけだ。
 キショウの屋敷に、やがてヨウカという人物がやって来る。屋敷に潜入中のカドケウスもその男の姿を捉えている。

「やはりこの者……武芸の心得があるようだな」

 足音から情報を得ているらしいオリエが言った。そうだな。身のこなしは武人のそれだ。
 家人に案内されてキショウの待つ部屋へ。ヨウカを迎えると、キショウは会談の結果等々を不満げに語り出すのであった。まあ……会談の内容をべらべらと話してくれるだけでも業腹ではあるのだが。

「我が主君は残念な事に、大局を見誤っている」

 などと、ガクスイの考え方を色々とあげつらい、自分は大局を見て物を言っているとヨウカに語る。

「全く仰る通りですな。ショウエンもまた仙人だとしても、かく言うゲンライとて内心はどうだか知れたものではないでしょう」
「その通りだ。怪しげな仙人や王子を名乗る馬の骨、それにどこから来たかも知れぬ余所者の言う事を真に受けるなど馬鹿馬鹿しい」

 そう言ってキショウは嘆かわしいというようにかぶりを振る。こうしたやり取りも、オリエや小蜘蛛達がみんなにリアルタイムで伝えてくれている。

「まともに戦っても勝てぬから裏で工作をしていたのだろうし、ショウエンとゲンライでは仙人としてはショウエンの方が強い、と私は分析する。ホウシンとの同盟が成った以上はショウエンとの戦いが激化するのは避けられぬが……然るに、残念な事ではあるが……私は、私についてきてくれる志ある者を守るために行動をしなければならない」
「ほう……。と仰いますと」
「ショウエンに情報を渡し、恩を売っておくのだ。これは戦いの行方に関わらず親しい者達の命を守る事にも繋がろう」
「なるほど。予防線というわけですな」

 にやりと笑うキショウとヨウカ。裏切りと分かっていながら、もっともらしい理屈をつけるのを楽しんでいる、という風にも見えるな。つまり……こいつらは同類というわけだ。キショウの外面的な部分に騙されて心酔しているということでさえないなら、遠慮はいらないだろう。

「それにな。上手く立ち回れば我らも仙術の恩恵に与ったり、朝廷の中枢で出世の道が拓けるかも知れんぞ。丁度良い機会だ」
「くくっ。それは素晴らしい」
「だからショウエンへの密書をしたためた。危険も予想されるが、他の者には任せられん仕事だ。お前に関しては郷里に所用があって出かけたと伝えておくから、密使の仕事をこなして欲しい」
「承知しました。万事お任せあれ」

 と、ヨウカは不敵に笑って四肢から闘気を立ち昇らせる。なるほどな。単独行動でショウエンの所まで行けるという自信があるわけだ。

「しかし、失敗するつもりもありませんが……キショウ殿も念のため、腕の立つ者を身辺に控えさせておいた方がよろしいでしょう」
「無論だ。これから戦いに向かって動いていくわけだから、それに関しては問題あるまい。とはいえ、ゲンライどもも既に作戦に従って動いていてな。あまり悠長に構えていられる時間もないのだ。情報には鮮度というものがあるし、私も将軍として怪しまれないように振る舞う必要もあるからな」

 そうだな。情報伝達が遅れてしまえば役に立たない。ショウエンに取り入りたいならすぐに動くしかないが、同盟が成立してこれから慌ただしくなるのなら、将軍であるキショウは、密書を、誰か信用のおける使いの者に送らせるしかない。だから――そこが隙となる。

「承知しました。すぐに動きましょう」
「旅の用意に必要なものは?」
「問題ありません。路銀は前に頂いたお金がありますし、実は先日、中々の名馬を手に入れましてな。少し遠出をしてキショウ殿と狩りでも、と考えていたところなのですよ」
「ほう。では丁度良かったな。狩りについては戻ったらということにしておこうか」

 と、そんな会話を交わすキショウとヨウカ。

「いやはや。呆れたものですな」
「全くです。目的があったとしても見失うべきでないものというのはあるでしょうに」

 イングウェイとコマチが揃って呆れ果てたというような反応をしていた。イングウェイは自身が義理人情を重視している上にエインフェウスの事も気にかけているし、コマチも職人ではあるが設計理念に筋が通っているからな。こういう輩の会話を聞いていたら頭も痛くなるだろう。

 ヨウカは早速書状を受け取ると、キショウの屋敷を出て自分の家に旅支度をするために向かう。
 小蜘蛛達が会話の内容を逐一艦橋の皆に知らせていたので、改めて説明せずとも情報の共有と現状把握は完璧だ。

「ヨウカの足音は追えているな?」
「はい、オリエ様」

 オリエの言葉に頷く子蜘蛛達。
 性質上……ヨウカは単独で動かざるを得ない。街を出て、人目が途切れたところを確保する、というのが理想だ。

「密書と使いの身柄を押さえるとして……その後の作戦は考えているのかしら? キショウは武芸の腕も立つというし、警戒して身辺に警護をつけているのなら、ある程度段取りを考えておいた方がいいのではないかしらね」

 ローズマリーが尋ねてくる。そうだな。俺達はあまり表舞台で動かずに終わらせたい話ではあるが、かといってキショウに暴れられて反乱に繋がっても困る。

「んー。そうだな。こういう作戦はどうかな?」

 と、みんなに俺の考えた作戦を聞いてもらうのであった。



 さて。ヨウカの場合は当然、北側に面した門からショウエンの所へ向かう、ということになるだろう。そこをシリウス号で先回りし、人目のなくなったところで仕掛ける、という寸法だ。予想通りヨウカは旅支度を整え、北の門から街道を北上するために移動中である。

 オリエ達が向かっている方向を確認した時点で予想に裏付けが取れた形だ。
 水晶板モニターを拡大して望遠で監視を続けていると、馬に跨って街道を進んでくるヨウカの姿を捉えた。

 街道のあちらとこちら。人の往来はどうか。位置関係はどうか。
 それらを見て、襲撃に適したポイントを絞り込んでいく。候補となったのはちょっとした竹林の中を街道が通っているような場所だ。
 人目にも付きにくく、移動速度から考えると丁度ヨウカが通りかかるころに他の人通りが途切れる。シリウス号はポイント上空に移動。そしてその場でヨウカが来るのを待ち伏せる。

 竹林にみんなも散らばって待機することで十重二十重の包囲網を敷く。突破されてしまったら作戦漏洩の危険があり、奇襲で決められなければ、これまた密書を燃やされるなどの証拠隠滅の恐れがある、と考えれば大袈裟ではあるまい。

 それだけに、奇襲は見切られないように万全を期す。

「さて、それじゃ始めるか」

 街道の向こうから馬に乗ったヨウカがやって来る。
 馬の消耗を考えてか、それほど速くは走らせていない。俺は光と風のフィールドを纏い、姿と音、臭い等の気配を消したままで――空中で既に待機している。
 そうしてヨウカが所定の位置まで来たところで――シールドを蹴って真っ向から突っ込む。

 いくら腕が立とうが――五感で感知不可能な奇襲を、避けられるものなら避けてみるが良い!

 首元を刈るように、すれ違いざまにシールドを展開したままでラリアットを叩き込む。同時に魔力衝撃波を送り込み、そのまま振り抜いて問答無用にヨウカを馬上から後方へと弾き飛ばした。

「ぐはっ!?」

 突然の衝撃。奇襲攻撃は完璧な形で決まっていた。魔力衝撃波も同時に叩き込むことで、一撃で意識を刈り取っている。白目をむいて馬上から投げ出されていく。

 これで足りなければ更に意識を刈り取るために雷撃の魔法を叩き込む用意もあったが……問題はなかったようだ。そのまま封印術を叩き込んで無力化してやる。
 光の鎖が奴に巻きつき――ふっ飛ばされていくその先で、土壁が盛り上がってその身体を受け止めていた。そのまま土が結晶化してヨウカの動きを完全に封じる。
 土中から、のっそりとコルリスが顔を出した。
 馬は街道の向こうでローズマリーが操り糸を接続して足を止めさせ、アシュレイがスリープクラウドで眠らせている。
 馬には罪はないからな。かといって騒動が終わるまでは放置もできないから一緒に確保させてもらう。

「いい連係だった」

 と、サムズアップしてやると、コルリスも同じような仕草で応じてくれる。うむ。
 コルリスが梱包した結晶を一部分だけ解除してもらって、荷物や懐を漁っていると、やがてキショウのしたためた密書が出てくる。
 竹林の中で待機していたゲンライにもそれを見せて内容を確認してもらう。

「どうやら……目当ての物に間違いないようじゃな」

 よし。これで物証確保、というわけだ。キショウとて、その立場故に誰彼構わず作戦内容を吹聴する事はしないだろう。まだ糸による監視の目も残っているし、とりあえず作戦が漏れる心配も当面は無くなった、と見て良いだろう。
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