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境界迷宮と異界の魔術師 作者:小野崎えいじ
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番外218 境界公の演武

 城からの迎えが来たのはそれから暫くしてからの事であった。リトウの家人にお茶を淹れてもらい、みんなで話をして時間を潰していたが、そこに城から文官達が迎えにやってきた形である。

 どうやらリトウと意見を同じくする者達のようで、扱いを丁重にしてくれている、という印象だ。

 リトウが出かけてから迎えが来るまで、それなりの時間がかかっているが、相手方の背景としてはどうだったのだろうか。
 リトウによる説得で時間を使ったのか、こちらへの対応や意思統一をする相談の過程で時間を使ったのかまでは分からない。
 しかしどうであれ、ここに反対意見を持つ者を使いとして寄越すような事はしなかったというわけだ。

 仮に賛同してくれていたとしても、考えを後になって変えられても困る。
 心変わりをされないためにも、俺としては直接会って話をする機会がどうしても欲しい。だからリトウが尽力してくれたというのはありがたい話である。流石に門前払いされていたらそれ以上はどうしようもないからな。

 そうして湾岸部を治める君主の待つ居城へと迎えの馬車は入っていくのであった。



「我が君はまずは内々で話をしたいと仰せです」

 と、案内役の文官が言う。

「分かりました」

 文官達の案内の下、朱塗りの柱が立ち並ぶ、中庭に面した廊下を奥へ奥へと向かう。
 内々で話を、というのは……例えば謁見の間のような場所で、家臣一同の前で話をするには扱いの難しい情報が多いからだろう。

 そう思っていると、文官が耳打ちするように教えてくれた。

「お待ちになられているのは、我らが主君と軍師殿。同盟を説くリトウ殿と我ら。単独強硬論を説く将軍殿と武官達数名も同席します。会談は均衡を取れるようにしておりますが、家臣全体でみると、強硬論側に傾いておりますな」

 なるほど。主だった者達でまず意見を一致させようということか。軍師はどちらの派閥とも言わなかったが、文官達からは状況を見て冷静な判断を下せる人物だと目されている、ということかな。
 そして、こうして事前に情報を教えてくれるのは、文官が心情として俺達の後押しをしたいと考えているからだろう。

「ありがとうございます」
「いえ。参考になれば幸いです」

 そうして大きなテーブルの置かれた一室に通されると、そこにはリトウを含めた何人かの人物が待っていた。顔を合わせたところで、お互いに拳と掌を合わせて一礼する。

「お初にお目にかかる。我が名はホウシンという」

 と、湾岸部一帯を治める君主――ホウシンが静かに名乗った。君主であるホウシンは眼光鋭い叩き上げの将軍といった印象だ。前王朝においては将軍であり、この地方を治める太守であった人物。名君と言われているようだが武闘派であるのは間違いないようである。
 それに倣うように同じ部屋にいた家臣達も名乗り、こちらも自己紹介を返す。

「これは丁寧に痛み入る。西国のお客人、高名な仙人殿、伝説の大妖怪殿をお迎えする席としてはどうにも風情がないが……表沙汰にできない事情が事情故、御寛恕願いたい」
「いや。こちらとしても扱いの難しい、ややこしい話を持ち込んでいる、という自覚はあるのでのう。書状に記した事柄については、また別口の話になる故、後程話すとしよう」
「承知した」

 ホウシンはそう言って頷く。
 書状に記した事柄――つまりゲンライからホウシンへ、紹介したい御仁がいると、事前に通達してあるのだ。
 カイ王子とリン王女の事だ。俺達が来たのはゲンライにとっても予想外のことで最近になってのことであるから、ホウシンとしても別口と言われれば他に紹介したい人物がいる、と理解しているようである。それをカイ王子達の事、とまで察しているかどうかは、表情や反応からは窺い知れないが。

「では、早速話を始めるとしようか。ショウエンの正体が仙人である、という話であるが……我らの陣営にはそれをどれほどの脅威と見積もればいいのか、明るくない者が多くてな。実際にゲンライ殿と顔を合わせて話をしなければ、正確な戦力の分析ができないと理解している」


 そうだな。高位の道士。或いは仙人と呼ばれるにまで至った者というのは希少性が高いだけに、実際に顔を合わせてみなければ分からない部分は多いだろう。

「ふむ。流石の儂も仙人同士で戦った事はないのでのう。ショウエンの底は未だ分からぬが……少なくとも高位の妖魔とはレイメイと共に何度か矛を交え、理解している事がある。大前提として、空を飛べる者に対しては、同じように飛べなければ対抗しうる手段がない、ということじゃな」
「西方にも邪仙のような存在はいましたが、全く同意見です。ましてや宝貝のような武器を所有しているのであれば、通常の兵力は全く意味をなさないでしょう」

 制空権を握られている事。加えて殺傷力の高い攻撃手段を持っている事。これらの条件が重なっているとなると、地上に兵力をいくら繰り出そうが無駄な事だ。はっきり言えば一方的な虐殺となる。

「それは……確かにそうだな。一方的に攻撃されてしまうようでは、その場に留まるだけ無意味だ。すぐに兵達は潰走してしまうだろう」

 ホウシンは顎に手をやって思案しながら答える。頭の中で戦いになったら、というのを想像しているのだろう。

「闘気を扱える者を並べ、強弓を持たせても、でしょうか? 空を飛ぶだけの魔物なら撃ち落として迎撃した例はかなりありますが」

 武官の一人が言う。やや不満げだ。そうだな。今まで単独で戦う事を提唱していた手前、簡単に説得されるというわけにもいかないだろう。
 だから、こちらも彼らに理解しやすい方向で話をする。

「それは、凶暴化した魔物が自分から弓の射程距離に飛び込んでくるからではありませんか? 同じように遠距離からの攻撃手段を持っているなら、届かない距離や、見てから避けられる距離を取っているだけで危険はないのです。反面、空を飛んでいる方は地上の目標に落とすだけで事足りますからね。射手や武将を狙わずとも……例えば――上空から糧食に火矢を放つだけで戦いは終わります」

 俺がそう言うと絶対的な不利を理解したのか、武官が丸く目を見開いた。そう。兵站に攻撃を加えることで軍隊を破綻させるというのは手間が無くて効果も絶大だ。回避もままならないしな。

「い、いやしかし。そ、そう。魔道具です! 魔道具で武将も空を飛べば――!」

 まあ、そうなるな。だが仙術による飛行術が使えるのはかなりの才能を持ち、正しく修行した者だけだ。
 つまり高性能ではあるが、それを魔道具に落とし込むとなるとかなりの質の魔石が必要となる。
 西方の空中戦装備と違って、数を揃えることのできない相当な貴重品になるが故に、どうしても精鋭に渡すことになるだろう。しかし――。

「普段から飛び慣れている奴らの領分での戦いを挑む、と? そいつはちょいと見通しが甘いんじゃねえか? 身体能力で優位に立てるならまあ、戦いの行方も分からなくなってくるが……」

 レイメイが言う。立体的な戦闘は事前に訓練を積んでおかなければ厳しい戦いになるのは間違いない。相手に一日の長があるなら尚更だ。

「そうですね。仙人や高位の道士は修行を積んで研鑽に努めているわけですから。武芸に加えて仙術という優位性を持っている相手に、生半可な訓練で及ぶとは思えません」

 俺がそう言うと、武官の一人がそれでも言う。

「い、いやしかし! 鍛錬をというのなら我々は日々、闘気を扱い、戦いのための鍛錬を積んでいる! 術との片手間での鍛錬をしている者相手ならば、闘気での一撃を通せれば十分に勝機はありましょう! 戦う前から弱気になるなど、武人としての恥!」
「確かに、私の知る道士崩れ程度では参考にはならないのでしょうが、連中が名のある将ほどの武芸を披露した記憶は私にもありませんな。空を飛べさえすれば戦いの形になるというのならば或いは――」

 それに同意するもう一人の武官。その主張に理解できるところが無いわけでもないが……。
 と、それまでお互いのやり取りを聞いていた軍師が尋ねてきた。

「テオドール殿は、確か西方でも屈指の道士――いや、魔術師という話でありましたな。
……武芸者ではなく、術師を名乗っているという事は、武芸よりも術に重きを置いているということでありましょうか?」
「そうですね。僕の場合は近接戦闘の中に術を組み込むのを得意としている部分はあります」
「……今、何と? これほどの佇まいで純粋な武芸者ではない、と? そう仰るのか」

 軍師の言葉に将軍が驚いたような表情を浮かべて腰を浮かせた。

「体術に優れた高位の術者か。それが誠なら、仙人や道士にも通じる部分があるが……そういった者が術を用いる事により生じる優位性というのは……一体どれほどのものなのだ?」

 ホウシンが疑問に思った事を真剣な表情で尋ねてくる。
 ホウシンにしても将軍らや武官にしても、間違いなく腕は立つのだろうが……高位の術者を見た事が無いから分からない、想像が及ばない、というのは致し方ない。
 高位の道士や仙人達はあまり人前に出てこないから、機会が無ければ実態を知る手段は尾鰭のついた噂ぐらいのものであるだろう。道士崩れを参考にしているのならば、そんな噂話など眉唾物だと決めつけてかかっていても不思議ではない。

「こればかりは、実際に見て肌で感じてもらった方がいいかも知れませんね。近接戦闘での術の使い方というのを、少し実演させてもらいましょうか」
「で、では! 僭越ながら、私がお相手仕る!」

 そう言って先程まで強硬に抗弁していた武官が立ち上がった。

「武器防具の類は必要ありませんよ。一例の実演ですから。怪我をするような心配もありません。僕が今からそちらに踏み込み、貴方の首に手刀を繰り出します。それを体術で止めるなり、闘気を一点に集中させる防御なりで守ってみて下さい」
「良いでしょう」

 部屋の前の廊下に出て、やや緊張した面持ちの武官と少し距離を取って対峙する。
 うん。広々とした廊下だ。これなら問題ない。

 レビテーションを発動して、少しだけ宙に浮く。俺の一挙手一投足を見逃すまいと、闘気を漲らせながら武官が構えを取る。

 シールドを蹴って空中を斜めに飛び出す。それを武官が目で追った。俺の姿は武官の斜め右上。そこから再度シールドを蹴って鋭角に折れ曲がり、武官の首元めがけて右腕で手刀を放つ構えを見せる。それを武官は止めようと身構えて――。

「なっ!?」

 がら空きになった首元に、左腕で繰り出した手刀がぴったりと触れていた。武官が合わせようとした俺の姿は光魔法ミラージュボディで飛ばした分身だ。
 振り降ろす右の手刀と、振り上げる左の手刀。
 立体的な動きを意識させるために最初に宙に浮いて見せた。後は分身を高速度で空中に突進させてそれを目で追わせ、自分はエアブラストで地を這うようにあらぬ方向へ。
 視線と体勢によるフェイントを挟みつつ、腕を交差させるような形で本体からの攻撃を全く逆方向から繰り出す、という具合だ。

「ぶ、分身、だと……? こ、これが?」
「術を使う事のできる優位性、というのはこういうものです。どこを狙うと予告されていて、目で追えても、耳で聞こえていても……だからこそ攻撃を防ぐことができない。これで僕の左手に短刀でもあれば、闘気の集中ができていない首なら簡単に掻き切れます」

 そう言って分身を消して一歩離れると、武官は信じられないといったような表情で触れられた首元をさすっていた。

「は、ははは……。有り得ない。有り得ない。あんな動きをしながら、一体いくつの術を同時行使したというのです……?」
「……分身と共に空中で軌道を変えて……信じられん。……いや、よもや、最初の一撃を凌いでも、次からはその本体と分身の攻撃自体が虚実の二択になるということなのか?」

 リトウと将軍が一連のやり取りに顎を落としている。そう。その通りだ。フェイントと本命の攻撃をこちらの気分次第で入れ替えることができる。更なる裏の選択としてゴーレムに虚像を被せて繰り出せば、どちらも本命、ということもできたりする。クレイゴーレムに埋め込むようにして相手の動きを拘束したりと、まあ対抗する手段がないならやりたい放題できるわけだ。

「これも所詮小手先の技法です。本命の一撃というのならば……例えばこれの何十倍もある大きさの岩を作り出したりするような……攻防や城塞等の意味を全くなさない大規模破壊を行う術式もありますよ。行使するとどうしても目立ってしまいますから、この会合での実演は避けますが……必要だと仰るのなら何時でも機会を設けてお見せしましょう」

 掌の上に赤熱した岩を作り出すと、居並ぶ面々から生唾を呑み込む音が聞こえた。

「いや、それには及ぶまい」

 ホウシンが手で制する。それを受けて頷き、掌の上に浮かばせた術を解体すると、ホウシンは更に言葉を続けた。

「テオドール殿……。そなたは高位の道士や仙人には及ばぬと、そう忠告をしている、のだな? 単独での戦いは愚か、他の勢力と共闘しても……。それでも連中が前に出てくれば勝てぬ、と」
「返答を頂いていないので、こちらの考えている作戦については詳細を割愛させていだきますが……。少なくともショウエンやその側近に関してはゲンライ殿やレイメイ殿、僕達が対応するしか手が無いのではと見積もっています」

 真っ直ぐにホウシンの目を見返し、そう告げた。
 同盟の返事をもらっていない以上は作戦の実情を伝えられないが、俺達の対応する相手についての返答に他ならない。リスクはこちらが請け負うと、そう伝えている。
 ショウエンの隠している手札とこちらの方針については……伝えたいところを伝えられた印象ではあるか。後は、これらの情報を彼らがどう判断するか、だな。
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